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107話

ここから少し倶利伽羅視点です。

 



「A班、B班。共に配置につきました!!」

「C班からE班、配置完了しています!」



 倶利伽羅の職務において常人の介在を挟まないために張られる結界。

 その多くは電波を通さないため、携帯電話などの電子機器は軒並み使い物にならなくなってしまう。故に、その結界下の環境では俱利伽羅は遠方との連絡手段には護符を用いる。遠隔通信の術式は受信と送信両方が刻まれている場合は相当に値が張るものの、ここで出さずしていつ出すのか、と言う火加々美家当主にして東の盟主たる火加々美十蔵の豪快な判断によって、今回の作戦ではそれが各班に支給されていた。普段であれば地域一帯を取り仕切る倶利伽羅が送受信型を有し、各部隊には受信、時と場合によっては送信型の一方的な護符しか扱わないため、高級品とも取れる送受信型の術式が刻まれた護符に、一部の倶利伽羅は沸き立っていた。



「壮観ですね」

「そりゃそうだぜ。何せ、十蔵さん直々の命令、十蔵さんの動かせる倶利伽羅の大半を稼働している訳だしな。つっても、その内の六割から七割は後方支援って形だが」



 送受信型の護符が配備された班の数だけ、部隊の数だけ宙に浮かんで数多の炎が明滅しては様々な声が飛び交う光景を前にして思わず素直な感想を零したのは、消えない傷を背負う事になった黄金世代における『幻の世代筆頭』と呼ばれる寵児、火加々美(ひかがみ)甘奈(かんな)

 彼女は今回、作戦立案の要として、また、現段階で集められた倶利伽羅の中で最も頂点に近い実力を誇るものとしての役目を担っており、この場における倶利伽羅の命を背負う総司令官であった。


 そして、彼女の感想に付随する形で目の前の光景を吟味するのが、火加々美家と共に並ぶだけの血の価値を持つ天炎家の若き秀才、天炎(てんえん)晴也(はるや)であった。彼は彼女の右腕として、作戦参謀としての地位を与えられてはいるものの、甘奈の優れた作戦立案に穴など無く、その地位としての役割は一切果たせそうには無かった。そんな彼が甘奈の右腕として招かれたのは、甘奈の精神を支える為であった。


 齢僅か十五にしてこれだけの数の命を背負うなど、普通であればその責任の重さに押し潰されてもおかしくは無い。ましてや、彼女たちがここまでの手数を揃えて攻め立てるような相手である。全員が無事で済む、などと言う御伽噺は期待するだけ無駄である事を知っていながら、甘奈はその倶利伽羅達に今から「死ね」と命令するのだ。

 これから先、命令が命令の意味を成していなかったとしても、例え甘奈が間違っていたとしても、この護符の先の俱利伽羅達は従わなければならない。たった一言が、俱利伽羅の命を左右するかもしれない、などと言う恐怖は、どれだけ心が狂っていない限り平常心を保つ事など出来るはずもない。


 けれども、人の上に立つと言うのはそう言う事であり、甘奈は今から、限りなく犠牲の少ない未来を勝ち取る為に少なくない犠牲を選ぶ役割を担わなければならないのであった。


 彼女の父親である東の盟主、火加々美十蔵のような傑物でさえも未だに倶利伽羅の殉死の報せを聞く度に心を痛めているのを娘の甘奈は知っているからこそ、誰よりもその責任の重さを理解していた。理解しているからこそ心を痛めるのだと知っている火加々美十蔵の采配によって、晴也は甘奈の右腕として選ばれたのであった。



「人形使い……。本当に出てくるのでしょうか。それに……永恋さんは、大丈夫でしょうか」

「……鉄仮面の甘奈が一丁前に他人の心配をするとはな」

「それはどういう意味でしょうか?」

「怒るな、怒るな、っての。とにかく、気楽に行こう。肩の力を入れるのは、やつが姿を現してからだ。それに、永恋には七星が付いてる。赤坂さんに、それに……獅子王もついてる」



 神来戸獅子王(けらとししお)

 規則違反に加え、同じ倶利伽羅にまで危害を加えんとした罰によって謹慎を言い渡され、精神不安定を理由に人形使いの魔の手を誘き出す囮にもなった彼は、連盟本部にて甘奈達が人形使いとの邂逅を果たしていた裏で、裏切り者達を排除するのに一役買って出た。流石は四家、流石は黄金世代に名を連ねる者として実力は腐っておらず、一騎当千が如き実力を誇った彼は功績を称えられ、晴れて謹慎は解除の運びとなった。そして、彼は今回の作戦にて復帰する事になったのだが、戻って来た獅子王にはこれまでの振る舞いが嘘のように傲慢さが抜け、迷惑をかけた方々に頭を下げて回った。その変化に黄金世代の誰も彼もが驚きを隠せなかったものの、良い変化の兆しだとして、小暮日永恋、御厨七星、赤坂千夏他数名の実力者が所属するアルファベット以外の特命班に配属となった。


 そしてその特命班こそが、今回の作戦の要。人形使いを討つための、主力部隊であった。



「だからこそ心配だと言っているのですが、下手な励ましでも素直に受け取っておくとしましょうか。ありがとうございます」

「本当にかわいくねぇやつだこと。だが、獅子王のやつが何を考えて主力部隊に立候補したのかが分からない、ってのは確かに不気味だよな。だが、今は俺達の幼馴染を信じるしかない。少しでも人形使いを倒す可能性が高いのなら、俺達はそれを試すしかない。そうだろ? ……それに、だ。()()使()()の奴の居場所は倶利伽羅の情報網が掴んでるんだ。後はこの包囲網から鼠一匹逃がさなければいいだけ。簡単な話だろ?」



 アルファベットに振り分けた各班が取り囲むのは、逃亡から長い事逃げおおせた人形使いが住まう居城。倶利伽羅の情報網が全力で捜索に当たる事、およそ一週間余り。


 その間に白昼堂々とショッピングモールにて襲撃が行われたり、都市近郊の貸し倉庫が並ぶコンテナ置き場で異変が起こったりと、妖魔が関わっている事件が立て続けに二件、それも人形使いに並ぶ上級相当の妖魔による事件が起きており、それを隠れ蓑にするように人形使いは逃げ続けていた。特にコンテナ騒ぎに関しては甘奈も晴也も動員されており、その事件に関してはあの、【燼月永新】も関わっていると来た。黄金世代にとっては寝耳に水のような情報であり、それがもたらされてから僅か二日しか経っていないが故に、人形使いの情報が出揃いかき集められた黄金世代の胸中は、内心穏やかではない者も多かった。


 そして、その倶利伽羅の情報網にひっかかった人形使いの行く先と言うのが、甘奈達が立つこの地。


 甘奈達が住まう都市部から大きく外れた、今ではもう使われていない道路の果ての果て。

 打ち捨てられたトンネルの先にある廃村が人形使いが最後に出入りした場所であり、人形使いが潜んでいる、と言う裏が取れている以上、人形使いの墓になる場所であった。

 その廃村を取り囲むように倶利伽羅は配置され、現段階は最後の待機時間と言えた。


 明滅を繰り返す二十七枚の護符は、各班からの観察状況と照らし合わせて異常の有る無しが断続的に送られ続け、常に人形使いの動向が探られていた。



「それでも獅子王さんの不安定さは、倶利伽羅全体に支障が……」

「それでも、勝つか、負けるか。二者択一の場面で、盟主様は獅子王を使()()方に賭けたんだろ。それでもって、甘奈がどうやって獅子王を、倶利伽羅達を使うか、ってのを見るつもりなのかもな」

「……お父様なら、きっとそう考えるでしょうね。ですが、私は――」



 上に立つ者は時に、非道でなければならない。

 これだけの数の倶利伽羅を支配下に置き、その一人一人に心を割いて回るなど、余りにも非効率。心を割いたところで、望まれる効率は最低限の士気の向上と言ったものしか望まれず、時間の無駄、徒労に終わる事が目に見えていた。故に、盟主として、指揮官として必要な素養と言うのは、少ない犠牲で最大の効果を発揮するための『損切り』の才であった。


 しかし、火加々美家当主の直系の子である次期盟主とも呼び声高い火加々美甘奈には、その才は恵まれていなかった。

 四家として、倶利伽羅の頂点にも近い家に生まれた甘奈は、幼い時から優秀な倶利伽羅となれるよう霊力の英才教育を受け、帝王学すらも身に付けた完璧な人となるよう育てられて来た。しかし、当の甘奈の性格は、一寸の虫にも五分の魂がある、とすら思える程に慈しみ深い心優しい少女であるが故に、火加々美家の血を引く者として、弱みと成り得るその優しさを人前では常にひた隠さなければならない、と教わって来た。故に、学園でも、同じく四家である幼馴染の前でも、表情筋が痛みを発する程に常に()()()()を張り付けてきた。


 そのせいだろうか。甘奈はいつしか、心から笑う事も無ければ、心から悲しむ事も出来なくなってしまっていた。


 そんな折に起こった、四家の記憶に深く刻まれた、燼月永新の事件。

 甘奈は、最後の一時まで関わるつもりは一切無かった。その為、甘奈は常に永新を視界から外し、とことんまで関わり合いにならないよう努めた。


 だが、その日は酷く苛ついていたのを覚えている。


 どれだけ帝王学によって上に立つ者として育てられてきたとしても、どれだけ恵まれた環境に身を置いているとしても、自分の心を押し殺して生きて行かねばならない自分の姿。好きな物を好きと言えず、嫌いな物を嫌いとも言えない、張り付けた笑顔がそれを物語るかのように、窮屈で、退屈な人生。

 その姿が、どれだけ傷付けられてもヘラヘラと笑って耐え忍び、反撃の一つも企てない燼月永新の姿と重なって見えて、甘奈は酷く狼狽えた。


 ――なんて、醜いものか。


 堪えている訳でも無い、心に正直に生きる事を諦めながらも、それでもみっともなく人生に足掻く燼月永新の姿は、まるで鏡に映った自分のようであった。その事実を前にした甘奈は、下唇に歯を立て、口の中に鉄の味と匂いが広がるのも厭わずに憤懣遣る方ない思いを抱えざるを得ないのであった。

 一歩間違えれば、燼月永新は私だったかもしれない。そんな考えが頭に過ってしまっては、もう甘奈は自分を止める事が出来なくなってしまう。


 生憎、甘奈は幼い頃より多くの大人達から人の醜い部分を嫌と言う程見させられているため、その手腕は獅子王や晴也の物とは程度が違っていた。どうすれば燼月永新を壊せるかを徹底的に考えた結果、燼月永新の幼い恋心に決して消えぬ傷を刻む事に決めた。そうした事を一人で考えている間は、火加々美甘奈としての仮面を被る必要が無く、ただ一人の『甘奈』として試行錯誤する時間は楽しかった。そう思える、と言う事は、自分は心優しい子供なんかじゃないのだと認識できてしまえるのだが、それでも構わなかった。嫌な女の子であろうとも、これが私のやるべき事なんだ、と脳裏に染み付いた鏡を打ち砕くべく、これまで注がれてきた英才教育の成果を絞り出すのであった。

 そして、決して自分に足がつかないように手筈を整え、来年から始まる本格的な霊力の授業に備えて四家によるおままごとのような嫌がらせに終止符を打つべく実行に移した。


 その結果、手に入れる事が出来たのは、自分を見下ろすような深い絶望。ただそれだけ。

 燼月永新を追って出て行った三人に対して、教室に残されたのは甘奈と獅子王の二人だけ。甘奈は一刻も早く鞄を手にしてこの場から立ち去ろうとする中で、背中越しに獅子王から声が掛かる。


『流石、次期世代筆頭候補サマはやる事が違うな? これで燼月のやつが死んでくれでもしたら、永恋は俺のものだ……! そうなったら、世代筆頭は譲ってやってもいい。感謝するぞ、甘奈』


 ククク、と気味の悪い笑みを漏らす獅子王の声が背中に纏わり付くかのようで、甘奈はその声に振り向く事すらないまま足早に教室から立ち去っていく。

 晴也や七星が学園の中で燼月永新を探して回る声を耳に聞きながら、甘奈は待たせている家の車に逃げ込むように、乗り込んでいくのであった。


 車に揺られる中で、今更になって自分が何をしたのかを思い出す。七星の叫びが蘇る。


『――あいつの恋心を、弄んだ、とでも、言うの!?』


 ――あぁそうだ。だが、それの何が悪いと言うのか。


 自分のやった事を否定されたくなくて、それでも、自分のやった事を否定したくて頭の中で反芻を繰り返す。その結果手に入れる事が出来たのは顔色の悪さだけで、家に帰ってきた甘奈は体調不良を訴えてすぐに寝込んだ。それから、目を覚ましたのは夜明けの時頃だった。


 少し、外の空気が吸いたい。そう言えば、何も聞かずに傍仕えが車を出してくれて、甘奈は空が白み始めた町の中を車の後部座席で揺られながら、考え事に励む。


 何がいけなかったのか。

 どうしても頭の中から消えてくれない、あの時の燼月永新の絶望に満ちた表情。結果、燼月永新の心に傷をつける事には成功したものの、自分の心にも決して消えぬ傷が刻まれた事に気付いたのは、その時だった。心の傷の痛み。トラウマの恐怖を覚えて体を震わす甘奈であったが、その時、車の窓から見えた人影に、甘奈は思わず「止めて!」と上げた事の無いような金切り声を上げて車を道の端に止めさせると、小さな人影から目を離せなくなってしまう。

 如何しましたか、と問いかける運転手の尋ねる声に反応を示すことなく車の窓の外を見つめていると、運転手もまた、甘奈の視線の先の正体に気が付く。


『どうして、あんなに小さい子が、こんな時間に一人で……?』


 運転手の求めるその問いの全てに、甘奈は答えを持ち合わせていたにもかかわらず、何一つとして答えを与える事は出来なかった。口にすればきっと、怒られると思ったから。非難されると思ったから。軽蔑されると、思ったから。

 そして、そうなるようなことをしてしまったのだと、自覚してしまったから。


『……ッ』


 明け方で車の往来が少ないとは言え、もしも万が一子供が道路に出てしまっては大変な事になる。

 甘奈達は反対車線に居合わせている為、大きな声で呼びかけても車の走行音にかき消されてしまう。

 その上、目線の先の子供の様子がおかしい事から、運転手が「様子を見てきます」と言って離れようとするのを、甘奈は「行かないで」と制止してしまう。そんな権利、あるはずも無いと言うのに。それでも、しかし、と食い下がる運転手が甘奈の手を剥がそうと試みた直後、何を思ったのか視線の先にいた子供はガードレールにかけた手を離して、背を向けて住宅街の方へと走り去っていく。そしてもう一度甘奈達の前を車が視界を遮るように横切れば、もう二度とその子供の姿を捉える事は出来ないのであった。


『お嬢様と、同じくらいの年の子でしたね』


 甘奈の恐々とした表情を見た運転手は、「幽霊でも見たのかと思いました」と空気を和ませるために茶化して運転を再開し、そのまま火加々美家にまで最短距離で帰っていくのだが、その間、甘奈は一言たりとも発する事は無かった。運転手は顔を知らなかった上に夜の暗闇の中だったからか見えなかったようだが、甘奈の瞼の奥に焼き付いたあの子供――燼月永新の姿は、消えてくれないのであった。


 その日が甘奈の人生におけるターニングポイントだったかのように、翌日から甘奈の人生は大きく変わっていく。否、甘奈のみならず、燼月永新に関わった多くの人の人生が、少しずつ狂っていった。


 天炎晴也と御厨七星の二人は、四家として生まれてからこれまでの期待と責任を放棄するかのように世代筆頭への道を自ら閉ざした。それ程に責任を負っているのだと、周囲に示すように。

 神来戸獅子王は狂ったようにステータスに執着し、自己と言う存在を見失っていく。その狂っていく過程は見るに堪えないものであったと同時に、素直に狂えたらどれだけ楽か、と羨むくらいであった。


 そして、残る甘奈は、抱えきれない罪悪感を胸に、しかして己の感情を隠すのに長けた技術を用いて周囲にそれを悟られぬよう努めて、世代筆頭の座に君臨した。例えその席が幻だとしても、盟主の娘として晴也や七星のように降りる事は許されないのであった。それを非情と呼ぶ者があれど、甘奈はその苦言を甘んじて受け入れる。どんな非難であろうとも、あの時に見た燼月永新の絶望と比べれば。あの夜に見た燼月永新の憐憫さと比べれば、痛くも痒くもないものだった。


 あの夜の燼月永新の事は、誰にも言っていない。言えるはずが無かった。

 そこに至るまでの経緯を知っているからこそ、あの明け方、あの場所で、燼月永新が何をしようとしていたかだなんて、想像するに易いもので、燼月永新が写し鏡のように見える度に、あぁなっていたのは自分だったかもしれない、と戒めのように罪悪感を胸に刻む。


 そうした自罰的な考えは甘奈の心を蝕み、やがて現実へと浸食を果たす。

 それが、連盟本部で起こった叢雨勇哉(むらさめいさや)の裏切り行為でまろび出た。


 燼月永新の一件以降、甘奈は「人を傷付ける」と言う行為そのものに忌避感を抱くようになってしまっていた。それは紛れも無い甘奈の精神的な弱点であり、妖魔ではない人と対峙した際に、四家の面々に分かりやすい程はっきりと映し出されてしまっていた。

 叢雨勇哉は、確かに強い。倶利伽羅でも上位相当にランクインするだけの実力者であるが、本物の才覚を有する甘奈の前では劣ると言うもの。そうした実力差がはっきりとあったにもかかわらず、叢雨勇哉を相手に手間取るどころか、命の危機すらあった。


 そうした心の弱さは、指揮官として求められる能力である、例え戦友であったとしても情を持つ事無く兵士を道具と見做し少ない犠牲で最大の功労を手にする為の「損切り」の能力とは相反するものであり、火加々美家当主にして東の盟主たる火加々美十蔵は甘奈のその弱さを克服してもらう為に、甘奈にこのポジションを任じたのであった。



「……別に、盟主様も今すぐにどうこうしろ、って言ってる訳じゃないはずだ。ここで兆しでも見せれば、分かってくれるはずだ」

「……そう、でしょうか」

「そうに決まってる。盟主様の娘の溺愛っぷりは有名だからな。……それに、俺は甘奈のそういうところ、嫌いじゃねぇ、から……」

「――!」



 罪の十字架を背負う私が誰かの命を左右するような事をしていいものか、と唸る甘奈に対して、晴也はぶっきらぼうながらも彼の本心を口にする。

 聞き逃してしまいそうな程にか細いこえは、護符から放たれる数多の声を割って甘奈の耳に飛び込んできて、甘奈は思わず言葉を失って目を瞠る。驚いて晴也の方に目線を向けてしまえば、彼の背けた横顔が耳まで真っ赤に染まっていて、甘奈の方まで暑くなってくるよう。



「……ふふっ。ありがとうございます、晴也さん」

「~~ッ! そ、それに、だ。勇哉は俺が必ず仕留める。必ず、責任を果たす。だから、安心しろ。安心して、甘奈は甘奈の思い描く当主を目指せばいい。お前の隣には、必ず俺が居るから」

「先程より恥ずかしい事を言っているのに、気付いていますか?」

「うっせぇ。茶化すんじゃねぇよ」

「でも、とっても嬉しいです。勇気が、湧いて来るようです」



 目を見てそう言い張る晴也の言葉に強張っていた甘奈の表情が和らぎを取り戻す。

 周囲で張り詰めていた通信使の倶利伽羅達から温かな目線を浴びた晴也は、思わず照れ隠しにそっぽを向くのだが、その刹那。全体に激震が走る。






『――しゅ、出現!!! 人形使い、が――ッ』






 護符が激しく燃え上がり炎が揺らいだかと思えば、護符は自らの炎に焼き尽くされるかのように灰燼と化し燃え尽きていく。それは、送受信型の護符の持ち主の霊力が尽きた事=その人物の死、を意味するのだが、その余りにも突然の出来事に作戦本部に激震が走ったのであった。



「――G班との連絡途絶!!! 続けてH班、I班から人形使いの報告が!!! 方角からして、出現地域は想定の範囲より東側と推定されます!!!!」

「該当範囲はこれまで異常無しだったはずだろ!? 見落としがあったとでも――」

「今は失敗を攻め立てるよりも人形使いを逃がさぬ事の方が先決だ!! 駆け付けられる班をそちらに集中して……」



「――Z班、A班共に叢雨勇哉との接触を確認! 動き出した模様!!」

「観測隊から報告!! 廃村中央に霊力の異常な高まりを確認! 人形使いです!!!」

「何を馬鹿な事を! 今し方G班周辺が壊滅したと……ッ!? なんだ、アレは……!?」



「おい、甘奈……どうする……!」

「情報が、錯綜しすぎています……! これでは……っ」



 突如として護符よりもたらされる被害報告。

 それに加えて、叢雨勇哉、及び報告とは別の形で観測隊が人形使いを捕捉。

 状況を整理するには時間が足りない緊急事態に、甘奈は最低限の犠牲で済ませるべく最善手ではない行動を図る。



「特命班を中央に投入します。観測隊は、全域の様子を逐次報告を。G班及びその周辺の被害に関しては、F班及びJ班に被害の確認と報告を通達。Z班とA班は叢雨勇哉の時間稼ぎをお願いします! そちらには――」


「……俺が行く」


「えぇ、晴也さんに向かわせます。特命班は人形使いの思惑と奥の手が判明するまで深追いは禁じます。その他の班は人形使いによる妨害が見込まれます。それの排除と特命班の支援を。詳細は都度、報せます!! どうか皆さん、無理はなさらず――」



 甘奈の声に護符からは濁った返答が聞こえたり、聞こえなかったりが混在する中、叢雨勇哉の出現が確認された時点で出立の支度を終えた晴也に甘奈は駆け寄る。



「及第点だな。士気の向上は中の下。指示も曖昧だ。それじゃあ俱利伽羅達の間で連携は取れたもんじゃない」

「ですが……」

「命令に私情を挟むな、命令は端的に簡潔に。これが基本のはずだろ。忘れたのか?」

「……」

「……だが、俺にはハッキリと伝わった。今は、それで満足してろ。必ず、戻ってくる」

「死なないで下さいね」

「当たり前だ。俺は死にに行くんじゃない。責任を、果たしに行くだけだ。甘奈、お前も、自分のやるべき事、やりたい事を貫き通せよ――」



 小手型の霊具をカチり、と鳴らした晴也はそう言って作戦本部を飛び出すと、あちこちで炎と煙が上がり始めた山の中に消えていく。

 甘奈は晴也から贈られた言葉を反芻しながら、自分のやるべき事を頭の中で整理していると、背後から声が掛かる。



「火加々美様、情報が揃ってまいりました」

「……分かりました。指示を下します。悪い所があれば、教えて下さいますか?」

「は、はい……!」

「そんな不安な顔をなさらずとも、私は貴方達を危険に晒す事だけはないと約束しましょう。では、現場の状況を教えてくださいますか?」



 燼月永新が(ハク)の領域に足を踏み込むのと同時刻。

 倶利伽羅もまた、人形使いとの大決戦へと臨む。そしてそれは戦地の中心たる廃村のみならず、後方の作戦本部も地獄のような戦場と化すのであった――。






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