101話
捻じれた異界の中はまるで、整列されたコンテナ群を粘土みたいに千切っては縦に、横に、斜めに無理矢理繋げたみたいに捩れている。例えば、狭苦しい通路を抜けたと思えば、次の瞬間にはたった今まで地面だった者が壁に変わって落ちて行ったりなどが当たり前のように次から次へと展開されていく。そんな環境は探索するには到底適していないと言えるのだが、永新は己の体力の消耗も構わずに奥へ奥へと進んで行く。
「きゃっ!?」
一つ、二つと空の異界を通り過ぎた永新と七星は、三つ目の異界に差し掛かると再びの重力反転に襲われて七星が盛大に体制を崩す。前を行く永新が注意するように声を掛けたにもかかわらず慣れない環境に戸惑う七星は絵麻を背負ったまま倒れ込んでいく。
それに対して、再起に着地していた永新は片腕を伸ばして絵麻だけを救出すると、七星は盛大に尻餅をつく羽目になってしまう。
意識を失った状態の絵麻に負担を掛けないように片腕だけであると言うにもかかわらず絵麻にかかる負荷を殺してキャッチすると言う器用な真似を披露して見せる永新に対して、素通りされて盛大にお尻を打って悲鳴を上げる、と言う対応の差に何やら言いたげな目線を七星が送る。しかし七星は我儘を言って付いて来ている立場である以上、ケチの一つでさえもつける権利は無い。ましてや、背後から見ているだけでも負傷による負荷による拭いきれない疲労の色が見える永新にこれ以上の負担をかける訳にはいかず、喉元まで上って来た文句は出番を迎える事無く引っ込んでいく。
「……ありがとう」
故に、代わりとなる感謝の言葉を口にして永新から絵麻を受け取るのだが、七星はその度に永新の絵麻に対する扱いに目が行ってしまう。七星が永新に話しかける時と同じかそれ以上に慎重で、まるで割れ物を運ぶ時のように繊細な力加減で触れているのが気にかかってつい、口に出てしまう。
「……燼月にとって、絵麻はどんな存在なの?」
「……」
「あ、や……別に、答えたくなかったら答えなくていい、って言うか……」
「――絵麻は、俺の大切な人だ」
「ぇあ……、そぅ……」
七星にとっては、不意に漏れた、独り言のような声。その声が聞こえたからか、振り向く永新に慌てて首を横に振って撤回しようと試みるのだが、永新は無言で歩みを寄せたかと思うと七星に背負われる絵麻の頭に手を伸ばして、触れようとして止める。
伸ばした右手は虚しくも空気を握るに留まるのだが、これまで距離を取られてきた七星からすれば突然の急接近に心拍を跳ね上げざるを得ない。子供にとっての七年以上と言う月日は男女の対格差を明確にするもので、自分よりも頭一つ分大きな永新が目と鼻の先に迫った事で緊張が走り、目をぱちくりと瞬かせる。最も身近な異性である天真爛漫を絵に描いたような晴也とはまた違う、目を離せば消えてしまいそうな儚さの宿る永新に七星は想定外にも胸を高鳴らせてしまう。永新の目が自分に向けられていないとしても。
しかし、我に返った七星は永新の怪我の有様を改めて認識し、浮かれた気分が一瞬にして地に足がつく。
「じ、燼月。少し、休む?」
「いや、先を急ぐ。この異界がいつまで保つか、分からないからな」
「……それ。ここが異界、って言うのは納得したけど、どうしてもうすぐ崩壊するって言い切れるのか、まだ聞いてないんだけど?」
「……歩きながら話すぞ」
それから、異界の区画を更に二つ分歩き通しながら永新の話に耳を傾けた七星は、その余りにもふざけた話の中身に瞠目を禁じ得ない。開いた口が塞がらない、とは正にこの事か、とばかりに言葉を失ってしまう。
「――そんな。嘘……」
「信じたくなければ、信じなければいい。だが、このまま異界が崩壊した後に、どうなるかも、分かったものじゃない……」
「だから、一刻も早く香織さんを探さないと、いけないのね」
「最初から、そう言っているだろ」
「そんな大事な事言ってないわよ! ……もう。それなら、一緒に落ちた他の倶利伽羅達が代わりに保護してくれているといいわね」
「……そうかもな」
助けるのは、俺じゃなくてもいい。
永新の口ではそう訴えるが、せめて本当に香織が助かったかどうかはこの目で確かめたいからこそ、捜索する足は止められない。
この異界は永新を殺す為の舞台。永新の主観による誠一郎の悪行を話し終えた永新は、そこで新たな発見が一つあった。
それは、誠一郎が奪った心臓。
その規模は計り知れないが、異界から持ち出したとは考えられない。異界はそれ程融通が利くものではないし、万能ではない。故に、確実にこの異界のどこかに隠されているはず。であるならば、誠一郎が奪った香織の心臓と、ルゥの心臓もこの捻じれた異界の中のどこかに必ずあるはず。特に、後者に関しては絶対に倶利伽羅に奪われる訳にはいかなかった。永新のみならず、ルゥや、ひいては真宵にとっても、幾らでも悪用されかねない危険な弱点である以上、それを七星に明かすなど言語道断であった。
いかに七星が献身的な態度を見せているとは言え、前科持ちである相手の何を信じればいいのか、永新には分からなかった。どれだけ月日が変わろうとも、人間の根幹と言うものはそう簡単に変わる事は無い。だからこそ、七星とは平行線のままでいい。その他の倶利伽羅とも、金輪際交わる事が無いままでいい。ただ一人、絵麻だけを除いて。
永新が明かしたように、永新にとって絵麻と言う存在がどれだけ大きいか。本来であれば七星にその胸の内を明かすつもりなど無かったのだが、彼女に救われた事実が全てである以上、明かした事実は紛れも無い永新の本心なのであった。
「……ねぇ、さっきの、燼月にとって、絵麻が大切な人、って言うのはさ……」
「……」
「それは、永恋も、燼月にとって大切な人に、入るの……?」
絵麻を見る永新の目の穏やかさを知る七星は、前を歩く永新の背にそんな疑問を問い掛けてしまう。
何せ、七星は永恋の想いを知っているからこそ、彼女の力になりたいを歩み出たからこそ、ここであの時の伝言の真意を問わねばならなかった。
――俺の事は、忘れてくれ。
赤坂千夏が永新より受け取った伝言。
それが伝えられた時、七星もその場に居たからこそ、知っている。永恋の横顔が、悲哀に満ちていく瞬間を。言葉にしようと口を動かすも、頭がそれを拒否するかのように何度も開閉する様を。それだけ、永新の事を好いていた彼女の想いも、何もかも。
彼女の全てを知っているからこそ、「あの言葉は嘘だった」と本人の口から聞かねばならなかった。それ以外の言葉はいらない。本命以外の言葉など聞きたくない、とばかりに踏み込んだ問いに対して、永新は歩みを止める事無く、背を向けたまま、端的に答える。
「……永恋? まだ諦めて無かったのか」
「――ッ!?」
深い溜め息と共に吐き出された諦念交じりの言葉に、七星は思わず永新に食って掛かりそうになるのを、背中に感じる絵麻の重みで自制するも、沸き上がる感情の一端は制御が利かずにそのまま吐き出されていく。
「どうしてッ!? 永恋は、ずっとあんたの事、待ってるんだよ!? あの子は、どんだけ苦しくても、寂しくても、あんたに認められるために、頑張ってるのに……っ! それを……っ、それをお前が……ッ! お前がそんな事、言っちゃ、駄目だろ――ッ!!!!!」
「……」
それは、七星がずっと抱えていた罪悪感とは別の、彼女を縛る魂の叫びだった。
たかだか二週間足らずの時の流れの中で、最愛の人を失った永恋が段々と壊れていく様を最も近くで見ていた七星だからこそ、彼女の想いが実る事を誰よりも願っていた。恋が成就する事を、誰よりも信じていた。
だと言うのに、満を持して問いかけた先で永新から放たれた回答は、まさか永恋の努力を踏み躙るような、七星の期待を大きく裏切るような、そんな言葉だった。
過去の罪が七星を縛っている以上、本来であれば彼女には永新を非難する権利など無いのだが、憤懣遣る方ない思いが反射的に彼女の口を衝いて吐き出されたのは必然でもあった。
そんな七星の思いの丈を吐き出された永新ではあるが、それでも彼の心は決して揺れ動く事は無い。
「……それで? それなら俺はなんて言えばいい? 傷付けたくないのであれば、好きに脚色して伝えればいい。叶わない夢を、与えてやればいい。……お前達が、俺にしてきたように」
「っ、それ、は……。ごめんなさい。燼月の気が済むまで、ずっと謝り続けるから。だから――」
「……別に、攻めている訳じゃない。謝って欲しいわけじゃない。俺にとって、過去はもう、どうでもいい。お前達が罪悪感に駆られようが、どうなろうが、知った事ではない。これ以上纏わり付かれても困るだけなんだ。だから建設的な話をしている。俺達はもう、関わるべきではない。お互いに、忘れたい過去は忘れ去った方が良い。御厨七星、お前も過去を忘れたがっているはずだ」
「あたしは……っ」
罪の記憶。消せない過去。
片目と片腕を失い、体に穴が空いて全身が血塗れになる永新から発せられた言葉は、七星の胸に残るしこりを的確に言い当てる。
何度も夢に見る罪の記憶。どれだけ功績を積んだとしても消せない過去。
それらは時が経てば経つほど重みを増して、七星の枷となっていた。
もしもあんな真似をしていなければ、自分が止めていれば。変えようのない過去を夢に見ては、あったかもしれない未来、五体満足で笑う永新と永恋の二人の姿が、七星が理想とする男女のにこやかな日常があったかもしれないと、自ら捨てたその未来に手を伸ばしては、空を切る。否が応でも現実を突き付けられて魘されて、あったかもしれない未来を自分達の手で破壊したと言う罪悪感に駆られ、飛び起きる。
そんな夜が何度もあった。その度に、自分の心がすり減るような懺悔を繰り返す日々は、苦痛でしかない。この思いがこれから先、永遠に続くのだとしたら、いつか自分は壊れてしまうのではないのか。そう思う度に、他の皆のように忘れて、普通の日常に没頭したいと願うのだが、根が真面目な七星に宿る精神が「それはいけない」と引き留める。
自分では捨て去れない規模の罪悪感。
隠しているつもりでも隠しきれていないそれを、罪悪感の根本にある永新本人に図星を突かれたどころか、「忘れていい」とまで言われた七星は、返す言葉すらも見つけられずに足を止めてしまう。
それは、七星がどうしても欲しかった言葉であると同時に、その言葉に悦んでいる自分が居ると言う恥知らずを自覚し、結局は罪悪感から解放されたがっている自分を肯定するしか無いのだと、これまでの努力が無駄であったと証明されてしまったから。永新を引き留める為の、理由が無くなってしまったから。
だがしかし、そんな七星の心情になど興味は無い、とばかりに永新は異界の中を突き進み、七星と距離を離していく。
その背が語るのは、七星の悩みなど「どうでもいい」と言う永新の本心。そしてそれは同時に永恋の想いも、四家の抱く罪悪感すらも「どうでもいい」と斬って捨てるかのような、突き放す感情の集合体。永新の中で過去の出来事は、最早「許す・許さない」の問題ではなく、ただひたすらに「どうでもいい」と結論づけられているようで、取り付く島もないとは正にこの事であった。
そしてその事実は七星のみならず、今も一途に永新を思い続ける永恋の報われない恋路が確定してしまったようなものであった。
「ま、待って――」
永新の背が遠く離れた頃にようやく我に返った七星が声を上げて永新の背を追いかけた、その時。代り映えのしなかった異界探索に変化が起こったのは。
永新の元に駆け寄る七星の耳に、自分たち以外の物音。それも人の声が七星の耳に届く。
「――行方不明になった時と同じ服装。写真と同じ特徴。この方は、燦然院香織さんで間違いなさそうです。体に不調が無いか、急ぎ検査をお願いします!」
「甘奈! こっちにも道が続いているぞ! くそっ……。この異界、どれだけ広いんだよ……!」
「晴也君、甘奈ちゃん、別働隊から連絡! 奇妙な物を見つけた、って!」
「永恋さん、詳細を聞き出してください。人手が必要ならルートと合わせて要求を、とお伝えください! 私達は引き続き七星さんの捜索を――」
角を抜けた先、その向こうでは多くの倶利伽羅が活動している気配があり、声から察するに、火加々美甘奈が先導して異界の攻略に務めているのだろう。道中で合流した倶利伽羅を引き連れて。その一団が、永新の探し求める人物、その手を掴めなかった少女を保護したと言う事実を耳に挟んだ永新は、横顔から安堵の色を宿して見守っていた。
その光景を前にした七星は、一歩を踏み出す事が出来なかった。永新がそれを望んでいない事くらいは、分かるから。だとしても、この角を曲がった先で待つ、永恋の為を想うのなら行動に移した方が良いと分かっていながら、七星は結局、永新が来た道を戻るまでその場から動く事が出来なかった。
「……ねぇ、燼月。いいの? これで」
「……」
背中にかかる問いに、永新は答える事無く去っていく。付いて来るな、と背中で物語るかのように、血の痕跡を残して去っていく。
彼が向かう先は、七星には分からない。だが、ここで彼を追いかけなければ、もう二度と会えないような気がする。しかし、このまま追いかけなければ彼の言葉の通り、罪の意識も全て無かった事に出来る。その葛藤に揺れている間に、永新の姿は霞のように消えていく。彼に抱いた儚い印象そのままに、まるで泡沫の夢だったかのように、七星の視界から永新の背は見えなくなる。
「あたしは……っ!」
「七星ちゃん……? っ! 七星ちゃんも私達の事探してくれてたの!? 背中の子は……って、どうしたの? 七星ちゃん、大丈夫……?」
七星の悲観する声を聞きつけてか、角から姿を現したのは、今一番顔を合わせたくない、永恋だった。
永恋の声に、光差す空間の方から天炎晴也、火加々美甘奈の他、多くの倶利伽羅が迫るのだが、その間も七星は俯いてばかりいた。その様子に違和感を抱いた永恋は、地面に落ちた血痕に目敏く気が付く。
「七星ちゃん、どっか怪我を――。……これ、永新の、血、だよね?」
七星にも、七星が背負う絵麻にも外傷が無い事を見抜いた永恋は、彼女の頭の中で何がどう繋がったのか、瞬き一つの逡巡を経た後に、核心を突く。
永恋にだけは気付かれたくなかった事実。けれども、永恋の前で永新に関する隠し事など、出来得るはずもなく、七星は力なく頷くばかりで、答え合わせの済んだ永恋が血痕を追って駆け出そうとした、その時だった。
「――じ、地震!?」
「異界だぞ、起こる訳がないだろ!」
「……異界が、限界を迎えただけ。異界化が、解かれるの」
「……七星さん、詳しい話を、端的に説明してもらえますか? これは、異界の崩壊なのですか?」
「……燼月が、そう言ってたの。この異界は、燼月を殺す為の檻で、あたし達はただ巻き込まれただけ。けど、燼月を殺そうとした妖魔は命を使い果たして、後は燃え尽きるだけ……。その限界が、今訪れたってだけなの……」
「ッ、永新が、居るの!? 会ったの!? 教えて、七星ちゃん!!! 私は、私は……永新と会って話さなくちゃいけないの……ッ!!!!」
「――落ち着いて下さいッ! 異界が崩壊する中での単独行動は私が禁じます! ……異界の中に居る、と言う事は異界が解除される瞬間は共に同じ環境の下にあると言う事です。つまり、あのコンテナ置き場に出現する、と言う事。であれば、捕らえる事も可能なはずです。この場に居る全ての倶利伽羅に通達を! この場に居合わせる燼月永新を見つけ次第拘束するようにと! 交戦許可は、私が出します!!」
「待って、燼月は――」
冷静沈着、明晰な頭脳と判断能力で異界の攻略に一役買った黄金世代であるが、燼月永新一人の出現によって、輝かしいはずの連携は瞬く間に崩壊していく。
独断専行の火加々美甘奈と小暮日永恋。沈黙は金を貫く天炎晴也と御厨七星に分かれる事態は収拾がつかないどころか、悪化の一途を辿っていく。そんな中で、唯一燼月永新の今を知る七星が甘奈の策を止めようと声を上げた、刹那。
歪み、捻じれ、狂っていた異界が、主の焼失によって形を保持する事が出来なくなり、異界が解除される。
異界の中に閉じ込められていた存在は漏れなく吐き出されるのだが、吐き出された先は異界の影響をもろに受けた、コンテナだった物の集合体。積み上がり、捻じ曲がり、大きく歪んで瓦礫と化したコンテナ群の上に、異界に閉じ込められた全ての存在は吐き出されたのであった。
目の前に広がった酷い有様を前に多くの倶利伽羅が言葉を失う中、突如としてコンテナ群の一角より悲鳴が上がる。
「――っ、永新ッ!?」
その場において誰よりも早く反応を示した永恋が動き出し、それに遅れて甘奈、七星、晴也もまた後を追うのだが、悲鳴と物音が鳴り響いたコンテナ置き場の一角に辿り着いた頃には、既に何かが起こった後だった。
「うぉ……なんだ、こいつぁ……?」
「……悪趣味、ですね」
「燼月は、これを、探してた……?」
黄金世代や倶利伽羅の多くが心配して集まって来た場所では、誰もが初め、息を飲むような光景が広がっていた。
そこには、瓶詰にされた人の心臓が幾つも転がっており、そこには律儀に一つ一つ名前まで記されている始末。ただでさえ気味が悪い展示物だと言うにもかかわらず、それ以上に怖気を誘うのは、その心臓たちがまだ動いていると言う事。
そんなショッキングな光景を目の当たりにして誰もが動けずにいる中、ここでも真っ先に動いたのは永恋だった。
「――永新は、何処に居るの!? 何処に、行ったの!?」
その場に居合わせた倶利伽羅に詰め寄る永恋の剣幕は、漏れ出る霊力だけで最下級の妖魔であれば圧死させてしまえそうな程の勢いであり、詰め寄られた倶利伽羅も思わず武器を構えてしまう始末。
「そ、それが……燼月永新と思しき人物の襲撃を受けたものの、相手は相当に負傷している様子で……。奇襲が失敗に終わるや否や、早々に姿を消してしまいました……!」
「そんな……」
「……燼月永新が求めたのは、心臓? いえ、それも含めて、七星さんに話を伺わなければなりませんね。……まずは後処理の部隊に連絡を。大仕事だと伝えておいてください。それから、この心臓の件ですが――」
「お? これ、燦然院香織、って書いてあるぞ。あの子のやつか――」
その倶利伽羅の言葉の通り、永新の姿は既に無く、全てが終わった後に残されたのは、胸にぽっかりと穴が空いたような無念と、言葉に言い表せないような解放感。
永恋は泣き崩れ、七星は胸を撫で下ろす。
甘奈と晴也は何を感じたのか、それとも何も感じていないのか。
心臓を取り戻した香織は目を覚まし、絵麻は運ばれた先の病院で目を覚ました。
この一連の騒動の首謀者は、倶利伽羅の記録には「燼月永新」と記された。
燼月永新が御厨七星に語ったとされる妖魔「夕薙誠一郎」の姿は、話に聞いた七星すら、誰も見ていないが故にそう判断されたのだが、倶利伽羅側に被害は無いと言う事実が謎を謎のままにされ、闇に葬られていく。
しかし、その後の燼月永新の行方を知る者は、誰も居ない。
この時を境に、以降の燼月永新の足取りはパッタリと潰える。
四家も、永恋すらも、それ以降、燼月永新について探し回る事も無く、話題に上げる事すら、禁忌とされるのであった。
これまでの騒動が全て噓であるかのように。
まるで、泡沫の夢であったかのように――。
貴方なら、どうする?
許す。
許さない。
→ どうでもいい。




