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咆哮のグレーテル  作者: 胡桃ヌイ
★第九章 『太陽と月とターリア』――Kapitel 9:Sonne, Mond und Talia――
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Ⅲ 『双子』

少女はひどく不機嫌だった。愛らしい尊顔をムツッと膨れさせ、口をへの字に結んでいる。


「ご機嫌ななめだね、イヴ。何かあった?」

「……べつに」


何かあったのだろう。平常を装っているように見えて、彼女も問いかけた少年もまだまだ子どもだ。

感情をコントロールするなんて技巧は、残念ながら身に付いていない。


良くも悪くも、子どもらしいと言えば子どもらしいのだが、彼女たち二人には、どこかやけに背伸

びをしている部分があった。


「兄さまのほうこそ、何かあったんじゃなくて?」


不機嫌な少女とは対照的に、少年のほうは、この上なく上機嫌だった。


「ふふふ……いろいろと〝収獲〟があったからね。もちろんイヴにもちゃんと分けてあげるよ」


分けてあげる――少年にそう言われて、少女の機嫌が少しだけ良くなった。二人は午前中の間だけ

別行動を取っていて、つい先ほど合流したばかり。めったやたらには別行動をしない二人だが、近

い未来、黒い森での活動領域を拡げるため、二人して夜討ち朝駆けに当たっていた。


「あら? もう戻っていたの? 随分と早いのね」


そんな二人の耳に木の暗茂(くれしげ)から臈長(ろうた)けた声。現れたのは一人の成人女性だった。女性にしては背の高い、

くびれのはっきりとした麗人だ。


「あっ」 「ママ!」


少年と少女の反応は息ぴったしで、少女が真っ先に駆け出した。少年も負けじと後を追う。


「ねぇママ! イヴねっ! イヴねっ!!」


少女の機嫌は、すっかりと良くなっていた。ふらりと現れた女性にべったりと纏わり付く。

女性は「まあ、まあ」――と少女の報告に、艶やかに微笑み賛美を送った。子猫のように、

頭を撫でて可愛がってやることも忘れない。


「……アデム。そんなところに突っ立ってないで貴方もこっちにいらっしゃい。甘えていいのよ?」


そうなるとサファイアの瞳は少年にも向けられた。少女と瓜二つの顔をした少年の髪色は、真っ赤

に燃え上がる太陽のような橙色だ。それに合わさって、どこか大人びて見えるのも、令息か育ちの

良さを思わせる紳士的な服装のせいだろう。


長袖の白いドレスシャツに、ノースリーブ型のウェストコート。襟飾は少女と同じリボンタイで美

粧しているが、下はブリーチズで少年らしさと大人らしさの二面性を主張している。


単純に少女とまったく同じ服装でも違和感のない顔立ちをしているが、服装で差別化を図らなけれ

ば、二人はどこからどう見てもそっくりで、一目では見分けがつかないほどだった。


「うん。ママ」


そう――少年と少女。二人は兄妹でありながら双子でもあった。アデムと呼ばれた少年は、女性を

母親と称して、少女と同じようにその身を女性へと委ねた。


「ところで二人とも」


再び女性の声。先ほどと声の調子は変わっていないが目のほうは笑っていない。一転して、どこか

〝冷たさ〟を感じるそんな一声だ。


「この前の争奪戦……対戦者に止めを刺さなかったらしいわね? いったいどういうつもりかしら」


母親からのすげない揺さぶりに二人の身体がビクンと反応する。母親が今しがた口にした、この前

の争奪戦とは、二日ほど前に東区の森で戦ったひ弱な少年との一戦だ。少年は対者が中央区最強の

被験体だとは知らなかったようで、見た目・年齢だけで勝てると判断し争奪戦を仕掛けてきた。見

たくれだけならば〈双子〉は少年よりもいとけなかったからだ。


結果は……言うまでもない。対戦者があの〈双子〉だと判明し、負け色が濃厚だと察した途端、少

年は二人に背を向けて形振り構わず逃げ出した。もちろん〈双子〉がそれを見逃すわけもないのに。


そして、長時間にも及ぶ鬼ごっこの末、少年は〈双子〉の手によって捕らえられた。

止めを刺す際に火葬か氷葬で揉めたが、揉めに揉めた挙句、最後は二人仲良く半分こで手を打った。


しかしながら、どうやらその決定的瞬間を、もっとも見つかってはならない人物に秘密裏で見られ

ていたようだ。


「えっ、えっと……ママ! それはね……」


自身の事をイヴ――と名乗っていた少女が、たじろぎながらも説明を口にする。

それに加勢するように、アデム――と呼ばれた少年も慌てて理由を付け加えた。


「僕たちが止めを刺す前に気絶しちゃったんだよ。それで一気に熱が冷めちゃって」

「そうそう! そうなの! そんな弱い子いたぶっても面白くないもの」


〈双子〉の言い分に嘘偽りはない。ひ弱な少年が心神喪失したことで、興味への惹起(じゃっき)が一気に冷め

てしまったのは事実だ。けれどもそんな口八丁で、あの母親が納得するはずもない事を二人は知っ

ている。


「お黙り……言い訳なんてみっともなくて聞きたくないわ」


懸命な〈双子〉の申し立てを、母親は一切の聞く耳を持たず峻厳(しゅんげん)にはねつけた。二人には普段から

手を抜いてはいけないという事を毎日のように叩き込んでいる。それは争奪戦についても同じこと

で、敗北した者に慈愛の心をかけるなんて凡愚は許していない。


もしも、そこで見逃した被験体が再び襲ってきたら? 改心していない犯罪者が刑務所から出所し、

第二・第三の事件を起こす割合は少なくはない。一生塀の中に閉じ込めておけば更なる被害者は出

なかったのに、社会が、慈愛が、人情がそれを許してしまったがゆえに、悪魔は再び地上へと這い

上がって来る。つまりはそういった再発防止の教訓を、母親は〈双子〉に分からせようとしていた。


「貴方たち今日はもう帰ってこなくていいわ。夕ご飯も無しよ。私の考えが身体に染み込むまでず

 ーっとそこで反省してなさい」


今回どれだけの抗弁を並べたところで、二人が母親の教えに背き約束を破ったことに変わりはない。

しゅんとする〈双子〉をよそに女性は森の木立へと歩いていく。


「ま……ママっ! まって!!」


少女が涙目になって母親を追いかけようとする。そんな少女の追走を女はいけぞんざいに無視した。


「今度はっ! 今度はイヴ、ちゃんと頑張るからっ! ママっ!!」


母親の袖にしがみ付き、少女が女を引き止めようとひとえに泣きじゃくる。


「うるさいわね!」


怒声と共に母親が強引に腕を振り解いた。勢いで少女が転倒する。それに伴って母親の怒りが爆発

した。転倒した少女に殴る蹴るの暴行を加える。


「どうしてっ! どうして貴方たちは私の言うことが聞けないの!」

「いたっ! 痛い! ごめんなさいっ、ごめんなさい!!」


母親の嗜虐(しぎゃく)から逃れるようと少女が謝りながら顔を覆う。それでも女は乱暴を止めなかった。


「だいたい貴方なんか! 貴方たちなんかっ!!」

「ママ! イヴが死んじゃうよ!! やめて!!」


妹を守るかのように少年が間に滑り込む。母親の悩乱(のうらん)は今に始まったことではない。


「あら? 貴方この私に口答えする気? この子がどうなろうと私の勝手じゃない。それとも貴方、

 私からの〝恩〟を忘れたって言うんじゃないでしょうね」

「そ、そんなこと……」

「だったら偉そうに生意気言ってんじゃないわよ!」


口ごもる少年の頬を母親が張り倒す。少年は妹の上に重なるように倒れた。


「ほんと厄介な子たちを拾ってしまったわ」


女はすっきりしない表情で、忌々しく〈双子〉を睨みつけた。出来損ないを子に持ったことで軽い

ヒステリーを起こしている。先ほどの無償の愛を怪訝に思うほどの光景だ。そして、決まって最後

はこう話す。


「いいかい、二人ともよーくお聞き。私は貴方たちが憎くてこんなことをしてるんじゃないの。私

 は二人に良い子になってもらいたいから、泣く泣く罰を与えているのよ。貴方たちのことが好き

 でも何でもなければこんなことなんてしないわ。全部、貴方たちのことを思ってやっているのよ。

 アデム……イヴ……お母さんの言っていること、分かるわよね?」


母親からの圧力に、少年は妹を庇ったまま頷いた。


「そう……それならいいわ」


女はそれだけを口にすると、くるりと身をひるがえし、〈双子〉からスタスタと離れていった。少

女は相変わらず泣いたままでいる。少年はそんな妹を慰めた。


「イヴ、いいかげん泣き止みなよ」

「うっ……っ……ママに……ママに嫌われちゃった……」


あのような母親でも、少女にとっては愛しい母親なのだろう。何にせよ自分たちが招いた結果に変

わりはない。母親の言うとおり対戦者に情けをかけなければ、母親に嫌われることもなかったのだ。


「兄さま……イヴどうしたらいいの? どうしたらママはイヴを許してくれるの?」


少女が身を乗り出して兄に救済を求めた。いつ・どんな時でも頼れるのは兄だけだ。今までだって

これからだって。二人はそうやって生きてきたから。


「イヴ、さっき〝収獲〟があったって話しただろ? 覚えてるかい?」

「……うん」


後ほど兄が分けてあげると言っていた話だ。ここで言う〝収獲〟とは〝情報〟のことで、兄は別行

動時に、担当範囲内で良質な新報を仕入れたと上機嫌だった。噂や、でまかせじゃない真正な声息

は、死の森林地帯『黒い森』で生きる者にとって最高の活力剤でもあるからだ。


どこに、どんな場所に、誰が、どのように――だけで、生きるための希望は見えてくる。

どこにどんな食べ物が、どんな場所に誰が住んでいて、どのような方法で生活していて。


それだけで、死神は遠ざかり、生き残る確率は上昇するのだ。


「これは北ブロックの子らに聞いた話なんだけど、あの西ブロックの最強〈笛吹きの男〉が、なん

 とつい最近負けちゃったんだって。それもあの人に捕まってた子から直接聞いた確かな情報だよ」


少年は仕入れてきた一報を面白おかしく口外した。それを聞いて少女は泣き止み、愉快だと笑った。


「クスクス。あの可笑しな格好のお兄さん負けちゃったんだ。だっさーい」

「森の木陰からコソコソと卑怯な童術しか使ってこないしね」

「ほんとそれだわ。ふ~ん、いい気味ね。でも、いったい誰が倒したの? この森であのお兄さん

 とまともにやり合える子なんて、イヴたち以外にそうそういないわよ?」


いくら一敗地にまみれたとはいえ、〈笛吹きの男〉は『黒い森』でも上位にランクインする被験体

だ。〈双子〉とも過去に引き分けている。そんな上位ランカーを相手にまともに立ち回れる被験体

など知っている限りでは二組しかいない。


元、南ブロック住みで、今や『黒い森』最強とも謳われている〈黒い影〉と、北ブロックで豊穣の

女神とも拝められている〈コルンムーメの姉妹〉くらいだ。


もしも〈笛吹きの男〉を倒したのがその二組でないのなら、他にいったい誰がいるというのだろう。


「それがさ。ぼくも聞いた時は驚いたんだけど、なんでも、ぼくたちと同じ男女の兄妹って話だよ」

「兄妹?」

「うん。信じられないだろうけど、その子らが〈笛吹き男〉を負かしたって声は一向に絶えないね」

「ふ~ん……嘘ではないみたいね。どこの区に住んでる子たちなの?」

「ホームまでは割り出せていないけど、区域なら東だって言ってたよ。そういやイヴの担当範囲も

 東だったよね? 何か心当たりはないかい?」


諜報活動の成果を兄に促され、少女は東区への潜入調査を(ひとえ)に思い起こした。


「東区に住む兄妹、ね。兄妹ってことは一人は女の子なのよね? 女の子になら今日、何人かに話

 しかけられたわ。みんなダッサイ格好をした田舎娘(いもっこ)ばかりだったけど」


少女はここにきて、少年の意図を理解し始めていた。〈笛吹き男〉が敗北したという情報から、兄

が何を起こそうとしているのかを。それこそ〈双子〉だから解るというように。


「その子たちを倒したら……ママはまた、イヴのこと抱きしめてくれるかなぁ……」


少女の瞳からはすでに落涙(らくるい)は消えている。兄は此度(こたび)の失態を大きく挽回(ばんかい)するために、この情報を持

ちかけてきた。母親に認めてもらうには、もはや、その〈兄妹〉を倒すしか方法がないと分かって。


「当然さ。西ブロック最強の〈笛吹き男〉をやっつけた子たちだよ? その子らに勝ったってママ

 の耳に伝われば、きっとママだって褒めてくれる。いっぱい抱きしめてくれるに違いないよ」


今度は少年のほうから少女に顔を近づけた。こうして二人を見比べると、まるで互いに鏡を見てい

るようだ。少女も負けじと少年に顔を近づける。少女の表情はすっかり元通りになっていた。二人

は互いにおでこを当てて、


「兄さま……今度の獲物は二人もいるから、取り合いにはならないわね」

「ふふふ。そうだねイヴ。存分にぼくたちの力を見せつけられるよ」


妖艶に唇を重ね合わせた。勝利への、まじないみたいなものなのだろう。神への誓いも、二人だけ

の華燭の典も。二人なら、何だって出来るってことを確認し合うために。


「それじゃあ、まずは〈兄妹〉の居場所を割り出さないとね」


      ☆


【東ブロック0895区B地点】――周りに人気(ひとけ)はない。いや、正確にはそこに住む〝住人〟以外、

他には誰もいないということだ。


ここは『黒い森』東区の中でも、とくに門前雀羅(もんぜんじゃくら)を張っているが、見方を変えれば、拠点を築くの

に適した場所でもあった。森の中心からは見捨てられた地帯だが、攻守共に完璧な陣を敷いている。


そんな人里離れた離郷(りきょう)に、新築を構える者たちがいた。


「ついに……ついに俺たちのホームが……」

「くっ……長い日々だったなぁ、兄者……」


建築したばかりの我城を見上げ、二人の少年は感慨にふけていた。このホームが完成するまでに2

ヶ月と8日。その間の野営を含めると、実に長い期間をホームレスで過ごしてきたことになる。別

にこの森でホームレスなことは珍しいことではないが、二人の少年には過去にホームがあったゆえ、

この度の新築は物語の再建でもあり再出発でもあった。


「大あんちゃーん! 中あんちゃーん!!」


そんな二人の頭上から一際大きな声がする。ホームのてっぺんに設けられた筒型の煙突からだ。


「ブハハハ! どうだジーゲル。そこからの眺めはァ」


大あんちゃんと呼ばれた、雲衝くばかりの少年が声を張り上げる。新築の排煙塔から手を振ってい

るのは、ホームのこけら落しのため屋外に昇っていた、二人の少年――三兄弟――の末っ子だった。


兄弟の長兄にジーゲルと叫ばれた末っ子は、ぶくぶくに太った二重あごをタプンタプンと弾ませて、

満足そうに頷いた。思えば〈黒い影〉に壊された『藁の家』から始まって、謎の勢力に吹き飛ばさ

れた『木の家』の惨劇……それらを越えて今回で3度目の建築だ。言葉では言い表せない無上な思

いもあるのだろう。


ただ――二度あることは三度ある。ということなのか、


「これで……ようやく俺たちにも希望が……」


三兄弟の次男――ホルツがそう呟いた時だ。


「てっ、てきしゅうー! てきしゅうー!」


排煙設備から、再び末っ子のがなり声。


「あん? 敵襲だとォ?」


そんなわけあるか、と三兄弟の長兄――シュトロは森のほうを振り返った。遅れるようにホルツも

身体をねじ向ける。新築慶祝のこんなめでたい日に、敵襲なんて冗談もいいところだ。


二人は極限まで目を凝らし、無辺際な敷地を見渡した。


敷地内の端っこに、小さな人影が二つ。それも、明らかにこちらに向かってきているのが分かった。


慌てふためく次男。再三に渡るホームの喪失から「この世に神はいないのか――」と頭を抱え込む。

新築の祝い・祝辞なら大歓迎だが、争奪戦がお望みならお引取り願いたい。


そして、毎回毎回どうして俺たちばかりがこんな目に……と、被害者側に回ってみるものの、少し

考えて、脳裏に映ったのは、過去に働いた悪行ばかりだった。


「ちくしょうが!」


叫びたくもなる。積み重ねてきた不行跡は、一度や二度の善行では帳消しにならないということを

知ってしまったのだから――これが世の(ことわり)なのだろう。


「そう身構えんなよホルツ。目ん玉見開いてよーく見てみろ。ガキもガキ。ただのクソガキじゃねェか」


長兄にそう促され、次男はもう一度人影を追った。視線の先には少年少女が二人……それも若干1

0歳少々の小童(こわらば)が、遠足気分で近づいてくるではないか。


「ハ、ハハハ……なんだよ……迷子の子守とは冗談がきついぜ兄者」


訪問者が垢の抜けていない十年児だと知り、次男が強気の風格を取り戻す。今だ毛の生えていない

ような児童が相手なら、たとえ争奪戦に縺れ込んだとしても、のめのめ圧勝できると踏んだようだ。


二人組は兄弟のホームに近づくにつれ不適な笑みを零した。よくよく眺めると二人組は(おんな)じ顔をし

ている。俗にいう双子ってやつだった。


「あの~ぼくたち、お兄さんに聞きたいことがあるんだけど」


いきなりの訪問に、いきなりの質問が飛んでくる。双子の訪問者は敵地に着くや否、陽気なしこな

しで兄弟に接した。次男が質問に対応する。


「あん? 聞きたいことだ? ホームを譲ってくれって話ならお断りだぜ」

「そんなものいらないわ。人を探してるの」

「人だと?」


少年少女に問い詰められ、ホルツは長兄と顔を見合わせた。会話の節から辿るに、ホームを狙って

来たわけではなさそうだ。長兄が適当にあしらってやれとホルツに目配する。


「やれやれ、めんどくせぇな。で、誰を探してるんだ?」

「男女の二人組」 「兄妹」

「年齢はぼくたちと(おんな)じくらいで」 「この地区に住んでるの」

「まてまて。いっぺんに喋べんじゃねぇよ。あー男女の二人組で兄妹でお前らと同じくらいの……」


そこまで言った途端、次男の頭の中にある人物が引っかかった。まさかとは思うが〝あいつら〟の

ことではないのかと――


「その兄妹なら心当たりが――」

「……おい。悪いがそんな二人組、こんな辺鄙な田舎地区にはいねェよ。引き返して他を当たりな」


長兄の突然の割り込みに、次男は口にしかけていた言葉を嚥下(えんげ)した。そのまま推し量るような目で

長兄を属目(しょくもく)する。長兄のたった今の発言は、素性の知れない双子の詮索網から、相識のある兄妹の

情報を庇保(ひほう)したことになるからだ。


どういう風の吹き回しで、今さら兄妹の情報を内密にするのか? 

長兄にとって兄妹は、ホームを賭けて争った忌々しい対戦者ではなかったのか?

あの、憎き兄妹のことを忘れているわけでもないだろうに――


次男の表情が困惑と不安で溢れ返る。まさかとは思うが、兄妹との一戦で、兄妹に友情めいたもの

を感じているのではないだろうか……もちろんそう思っているのは長兄だけではない。次男も三男

も、少なからず兄妹との一戦は身に染みるものがあった。


兄妹との争奪戦は、それほどまでに〈三匹の子豚〉の物語を大きく変えたのだ。


ただ、可能性としては他にもある。情報料の搾取だ。『黒い森』における情報の有無は他の何より

も価値がある。今日出会ったばかりの敵対者に、みすみすくれてやるにはもったいない。些細な情

報でも欲する輩は多いからだ。


もしかしたら、長兄は兄妹を餌に、双子から莫大な情報料をふんだくる算段なのかもしれない。が、

長兄の考えは、そうではなかった。困惑する次男を押し退けて、長兄が双子の前に出る。


「とっとと失せろ」


脅迫じみた長兄の威嚇に、双子はうつけたように立ち尽くした。次男も同じような顔をしていたと

思う。双子から情報料を奪うわけでもなく、帰れ――だと?


双子は互いの顔を鏡を見るかのように眺め、フフッと白い歯をこぼした。


「ふ~ん……それじゃあ、今度はあっちのお兄さんに聞いてみようかな」


双子の片割れ――少年――が、新造されたばかりのホームに向かって歩き出す。ホームには兄弟の

末っ子ジーゲルが、今だ煙突に篭城したままこちらの様子を眺めている。兄弟の中でも一番臆病者

な彼は、少年の発言で咄嗟に顔を隠した。こっちには来ないで欲しいと。


少年はそんな末っ子に同じ質問をするつもりで、彼らの新ホーム『煉瓦の家』に目をつけた。長兄、

次男の間を通り抜け、単身、ホームに向かっていく。


一歩、二歩、三歩目を踏んだところで少年がむんずと地面を転がった。長兄の容赦ない掴み投げが、

少年を吹き飛ばしたのだ。


「おい……てめェは人の話を聞いていたのか?」


長兄がギロリと少年を睨みつける。少年の勝手な行動に反射的に手が出てしまったようだ。少年は

やれやれとジェスチャーで無事をアピール。そんな一触即発の事態を少女はクスクスと笑った。次

男はどうしたらいいのか瀬踏みをしている。


「兄さま、手を貸してあげてもいいわよ?」

「いらないよそんなの……」


少女の間延びした態度に、少年は頬を膨らませた。のっそりと悠々緩々に起き上がる。

そして、やったな。とばかりに長兄を睨み返した。薄っすらと笑みすら浮かべている。


「ねえイヴ……このお兄さんめんどくさいから、やっちゃっていいかな?」

「今さらね兄さま。最初からそのつもりじゃない」


双子の片割れ――少女――が、腰に軽く手を当て、首にかかった髪端を背中へと押し退けた。

薄水色のツインテールに、ひんやりと冷気が漂う。次男は彼女から放たれたそんな冷たさに、

ぶるっと身体を震わせた。


冬季の気温も合わさって、一帯だけが一気に氷点下になる。


「あ、兄者……こいつら……」


前にも似たような体感を経験したことがる。〈黒い影〉との一戦で受けた、超驚異的な力だ。


さすがの長兄もこの冷気には眉をしかめた。小物だと思っていた敵対者が、まさかの〝能力持ち〟

だったと知って――


「……くそ。これだから男女の兄妹ってのは嫌いなんだよ」

「ふ~ん。なんだ、やっぱり知ってるんじゃないか」


長兄の独り言に、少年は愛想の無い笑みで応えた。


      ☆


「うわああん! やめてよー!!」


三男の啼泣(ていきゅう)が木霊する。三男はホームの内側から鍵をかけ、双子の脅威から保身に走っていた。

庭場には赤く燃え尽きた長兄と、青く凍り付いた次男が白目を剥いて倒れている。三男は三兄弟

最後の砦『煉瓦の家』に篭城し、双子からの容赦のない攻撃に晒されていた。


「けっこう固いなぁ、このホーム」


上二人の兄がやられ、窮地がいよいよと迫った三男の救いは、この『煉瓦の家』だった。前築の

『藁の家』『木の家』とは違い、さすがは最後のホームといったところか、双子の手から放たれ

る、悪魔的な所業にも難なくと耐えている。


このままホームに引き篭っていれば、さすがの双子でも諦めがついて帰ってくれるのではないだ

ろうか? 三男はそう作戦を立て持久戦に持ち込むことを決めていた。


「さて、どうしようかイヴ」


踏んでも蹴ってもビクともしない敵城を前に、少年は少女の意見を仰いだ。少女は「そうね……」

と一言呟いて、


「兄さま。『北風と太陽』ってお話、知ってるかしら?」


少年にとある物語を持ち出した。少年はその物語が有名なお話で、どういう結末だったかを思い

起こした。


「ふふふ。いいのかいイヴ? 物語どおりの作戦なら、この勝負ぼくの勝ちになっちゃうけど?」


『北風と太陽』はイソップ物語の一つで、教訓は『厳罰と寛容』。北風と太陽が互いに旅人の上

着を脱がせるという大勝負をする物語である。少女はこのお話が、自分たちの物語に〝似ている〟

と踏んだのだ。


ただ、少女がこの物語を〝自分たちの能力〟に置き換えているのだとしたら、結果は太陽の勝ちだった。


先行であった北風は、力いっぱい風を吹かし、旅人の上着を吹き飛ばそうとしたが、旅人は返っ

て上着をしっかりと押さえ込んでしまい、結局北風は、旅人の上着を最後まで脱がすことができ

なかったからだ。


逆に太陽は、力任せな北風とは違い、黙々と照り続けただけで、旅人の上着を脱がせることに成

功した。燦燦と照り付ける太陽に旅人は暑くなり、ついには暑さに耐えかねて、自ら上着を脱い

だのだ。


「クスクス。それはその北風に力が無かったからでしょ?」


わたしは違うわ――そう言わないばかりに、少女は両手を突き出した。漂っていた冷気が彼女の

手のひらに集まってくる。


「ふ~ん。言ってくれるじゃないか。だったらこの勝負、ぼくも負けられないね」


バチバチバチと双子の間で火花が飛び散り、それがそのまま熱気へと変わる。少年の片腕に炎が

絡みつき、それは轟音を立てて豪快に炎上した。


「ほらほら~さっさと出てこないと焼き豚になっちゃうよ」


少年がホームに向けて威嚇する。本気を出せば、おそらくホームは木っ端微塵に出来るのだろう。


三男は神に向けて懺悔した。今までの悪行を悔い改めて、真っ向に生きることを神に誓う。神に

祈ったことなど、これが初めてだ。この際、あの〈黒い影〉でも兄妹でもいいから、自分を助け

てくれと。だが、三男は知りもしなかった。


彼が助けを求めている神が、実は地上に〝使い〟を送っていて、それが〝天使〟とも称されてい

ることに。そして、その天使たちの名が旧約聖書に(なぞら)えた、『アダムとイブ』だと言う事に――

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