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咆哮のグレーテル  作者: 胡桃ヌイ
★第九章 『太陽と月とターリア』――Kapitel 9:Sonne, Mond und Talia――
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Ⅱ 『始動』

逢魔が時。窓辺の攅叢(さんそう)に昏暗が満ちる頃。

その一室は甘味と酸味、それに雅味を含んだ、滑稽な香味(こうみ)に包まれていた。


室内には4人の唱導者。1人は漆喰壁に背を預け、3人は卓子を囲んでコの字の座席に着している。

卓子は高価な一級品で支柱には猫脚、天板には大理石が使用され、その上には、これまた純良な磁

器がいくつも並べられていた。


黒い森には似つかない、オーバーゴールドな光景だが、いつの時代もどの国も、金は権力者の象徴

だ。世人より金があるというだけで、それだけで、欲者は支配者になれる。そして、支配層であり

続けるためには、金を、権力を誇示していく必要があった。


そんな中。壺中天を想わせる馥郁(ふくいく)しい蜜域に、1:1:1で三杯酢が絡み合う。


「まったく……どうして君は、いつもいつもそう慌しいんだい?」


座席の一角から青年の冷ややかな声。罪人を咎めるような目に法服を匂わす黒縁の眼鏡。

右手には思想書、左手にはマイセンで製陶されたティーカップを手挟(たばさ)んでいる。


青年は気の抜けたビールのような表情で、


「ドライ。君からも何か言ってやってくれないか」


対岸に座る堅物大逞(しこぶつ)の男に同調を求めた。青年にドライと呼ばれた大男は、人情味のない声色でけ

んもほろろに応対した。


「諦めろ。一度形成された人格はそうそう変われるものじゃない」


青年は溜め息を吐いて「三つ子の魂百までか――」と頭を抱えた。人間の成長において、生まれて

から最初の三年間ほど、急成長の時期はない。何て大げさな……と思うかもしれないが、脳内神経

細胞のおよそ80%が、生後3年間で完成されるという科学的証明がある。


要するに、身体は大きく成長しても、脳細胞は子どもの頃からあまり変わっていないと言うことだ。


「あのさぁ……」


青年と大男のやり取りを聞いていた、座席中央の若者が口を挟む。若者は浮かない顔で口を尖らせ、


「君たち、さっきから僕の悪口を言っていない?」


二人の茶仲間を交互に覗いた。遠回しに〝幼いやつだ〟と、言われた気がしてならない。青年は読

んでいた紙面に一旦栞を挿み、パタンと閉じてテーブルに置いた。


「悪口って自覚があるのなら、少しは倫理道徳を改めてみては?」

「ハハハッ! 相変わらず生真面目だねぇツヴァイは。僕たち悪徳集団に倫理道徳を求めるなんて」


若者にツヴァイと呼称された青年はもう一度溜め息を吐き、若者はケタケタと笑いさざめいた。

唯美で無味乾燥な青年とは対照的に、座席の中央で大きく胡坐をかいた若者は底抜けに陽気だ。


「それにしても、うまいね~これ!」


ほんと「それにしても――」である。細かいことにはこだわらない性格なのか、先ほどの悪口の件

は冗談だったにせよ既に忘れ、若者は上等なティーカップを舐めるように眺めては、銀器内に拡が

る紫紺の湯を躍らせた。室内に充満している甘酸っぱい香りの正体は、この葡萄色から漂っている。


「フィア。この紅茶は君が淹れてくれたのかい? 実に君らしい風味が出ているよ」


酸いも甘いも噛み分けた味――って言いたいのだろうか? 若者は座ったまま首だけをもたげ、後

方の壁に視線を送った。


(しりえ)には4人目の教団員。教団共通のローブを身に纏い、深々とフードを被っている。フィア――軽

々しくそう呼ばれた4人目はひどく不機嫌で、退屈そうに腕組みをし、若者からの問いかけに無言

で返した。


「これは俺が淹れたものだ」


代わりに、ドライの野太い声がする。若者は、しばしの間沈黙を貫き、その後すぐに平常を装った。


「ハハハッ! やっぱりね~そうだと思ったよ~うん。これは、ドライフルーツの味だ」


乾燥した果物と同期のコードネームをかけて、失態を歓談へと誘導するつもりだったが、メンバー

の反応がイマイチ良くなかったため、若者は今のは撤回だとばかりに、残りの紫湯を算を乱して飲

み干した。


「フィア。ロンネフェルトの最高級紅茶ホルシュタイナーグリュッツエだ。めったに飲めないよ?」

「……私はいい。紅茶は身体が受け付けない」


青年ツヴァイからの売り声に、フィアは相乗的に呼応した。先ほどの若者に接した時よりも態度が

柔らかい。深々とフードを被っているせいで上っ面までは確認出来ないが、澄み切った声色に華奢

な体つき。それだけでフィアが女性であると判明する。


「もったいないなぁ~フィア。これ、茶殻まで食べられるのに」


ポットに残った茶殻を抓んで、若者がそれを口に放り込む。

ロンネフェルトの高級茶ホルシュタイナーグリュッツエは、干しブドウやイチゴといった酸味のあ

るフルーツから作ったフルーツティーで、抽出した茶殻をデザートとして食べられるのも特徴的だ。


フィアが明後日のほうを向く。明らかに、一人の男性だけを無視しているのが分かった。


「はぁ……つれないな~まあいいや。諸君……お遊びはこれ位にして、そろそろテーゼに入ろうか」


それまでふざけていた若者がその一声で空気を変える。

年に2回、教団の幹部だけで開かれる極秘会談の始まりだ。場を仕切るのは座席中央の若者――他

の幹部たちとは違って、一人だけ異なる色のローブを身に付けている。


「まずは、いつものように情報の同期化から始めよう」


4人全員が一斉に手のひらをかざし、空中に粒子状の小型端末機を出現させる。13・3インチの

青白い端末機は、画面に≪LORELRY≫の文字を映し出し、自動音声システムが順繰りにパス

ワードを解除していく。『AUGE』『PULS』『NERV』『BLUT』『HAND』――最

後に『VOLLKOMMEN!』の解除音で、タブレットが起動する。


ここまでの起動時間は、僅か11秒ほど。


4人全員のタブレットが立ち上がり、データバーによる自動更新が始まる。『更新完了』の知らせ

まで3秒もかからない。達成率100%の文字で全員のデータが共有化処理完了となる。


システムバージョンは、『Ver4.6』から『Ver4.7』に変更され、再起動のためログアウトになった。


1秒後――再起動したタブレットに≪ローレライ≫の文字。『目』『脈拍』『神経』『血液』『手』

――全ての認証条件を満たし、最後に『完璧!』と表示される。起動画面がフィードアウトし、待

ち受け画面へと切り替わった。ディスクトップには多数のアイコンが点在しており、その中の一つ、

ロマン主義教団『クレメンス』がクリエイトした、魔法円にRの刻印がされたアプリケーションを

フリック。たちどころに『黒い森』の情報が画面の枠を超えて映写される。


「んん? この戦績……本当なのかいツヴァイ?」

「本当も何も……これら全てのデータは、真実だけを集計しているけど?」

「あの西ブロック最強の被験体〈笛吹きの男〉がやられたの? この〈兄妹〉って奴らに?」

「ドライが数ヶ月前に連れてきた新たな被験体だ」

「いやいや嘘でしょ……その新人たち何者?」

「〈笛吹きの男〉だけじゃない――僕が連れてきた〈黒い影〉も手懐けている」


座席中央の若者&ツヴァイが揃ってドライを覗き見る。ドライはフッと笑って、


「順調に物語を築いていて何よりだ」


〈兄妹〉の戦績を目で追った。初陣から最新の争奪戦まで苦戦の多い兄妹だが、二人は確実に成長

している。森に来た時よりも遥かに強くなっているのは確かだ。事もあろうか〈笛吹きの男〉を倒

してしまったのは流石に予想外だったが。とはいえデビュー戦での瞬間ロマン値だけを見れば、二

人は既に笛吹き男のデビュー戦最大瞬間ロマン値を超えていた。


自分たちより格上の〈笛吹きの男〉に勝利できたのも、『奇跡』だけでは片付けられない(まこと)だろう。


「ふ~ん。なるほどね。それで『要監視対象者』の申請が挙がって来ていたわけだ」


若者は画面上の〈兄妹〉の欄をタッチし、さらに被験体【KHM15/1113/R】の個人詳細を開いた。


「兄ヘンゼルの妹で名はグレーテル。身長133cm、体重35.4kg。年齢は10歳で今月で

 11歳。家族構成は、兄の他に父と母。『黒い森』における総合戦績は≪4勝2敗1分け≫。そ

 のうち個人戦による戦績は≪1勝1敗1分け≫。現在配属定置は【東ブロック0893区A地点】

 ――≪民謡伝術≫発動時の反映配色は『桃色』。内省能力は『光科学デフレクタシールド』。通

 常ロマン平値216、最大瞬間ロマン値1044%。能力による属性区分域は『守りと風』。能

 力形成に伴う想型因子は『尊兄』。ふむ……それでいて幸遺伝子は0段階のままである――と?」


誰に? というわけでもなく、若者は画面上から目を離し、他の幹部らに質疑の確認を迫った。 


「まあそのとおりだね。過去に例を見ない案件だけど、別に密議をするほどの喫緊(きっきん)の問題でもない」


どんなに謎が多い被験体でも、出生記録から家族構成、成長過程までがデータで秘帖(ひちょう)されているの

だ。被験体の【台帳記録】を虱潰(しらみつぶ)しに見ていけば、謎を解くカギは必ずある――とツヴァイが呟く。


それだけ、『ローレライ』のスペックに自信があるようだ。


「ククク……それなら既にツェーンがやっている。肝心のローレライ〝に〟採録の資料がないから、

 暗礁(あんしょう)に乗り上げているのだ」


ツヴァイの一言半句(いちげんはんく)にドライが不気味に笑う。


「ハハハッ! ドライ。君のそういうところ、僕は嫌いじゃないよ」


持って回った言い方で若者が笑いに笑いを重ねた。およそ、ドライの物言いが、採録に難航してい

るような口ぶりではなかったからだ。


先ほどの彼の発言だと、ローレライの情網内には手がかりとなる詳報はないが、それ〝以外〟のユ

ーティリティーになら、解決に結びつく有力な判断材料がある――と言っているようなものである。


「それで、君はどんな朗報を提供してくれるのかな?」


教団内における情報の共有は絶対だ。知っている情報は洗いざらい吐き出せと若者が睨みを利かす。

同調圧力には集団における一強抑制の鎮痛効果がある――とは、どこの誰の言葉だったろうか。


「血だ」

「血?」


ローレライが高周波のロマン数値を感知した直後、ツェーンは現場検証を(つかまつ)るため、足早に現場へ

と急行していた。〈兄妹〉〈赤い帽子〉〈黒い影〉が交戦したと思われる接触地点には、被験体4

人が激しく争った形跡があり、ロマン周波の残光――《想型》が微検された(ほか)、〝3人分〟の血液

が、採取されたとの報告が上がっていた。


そしてその内2人の血痕には、赤外光を当てて赤外スペクトルを解析。生体血か死体血かを識別し、

『性別・ABO式血液型DNA検査』で、まず間違いなくヘンゼルと赤頭巾であると判明した。


残る1人分の血液は血痕こそ見当たらなかったものの、『ルミノール反応』で検地することに成功。

同じくDNA検査で個人解析を行い、それが被験体【KHM15/1113/R】――グレーテルのものである

という成果が出ていた。


もちろんこれらはツェーンが任務裏で極秘に行ったものであり、直接の上司であるドライ以外には、

報告どころか共有すらされていない。あくまでドライ個人が進めさせたものだった。


「では君は早い段階で1000%超えの被験体を特定しており、さらにその被験体についても、ロ

 ーレライでは詮索できない内容まで調べ上げている――と?」

「ククク……不可解な情報に、足下を掬われたらたまらないからな」


おそらくツェーンの情報通は、直属の上司ドライによる影響が大きい。彼が教団の『参謀』を担っ

ているのも頷ける話だ。第二の参謀員が育つのも時間の問題であろう。


「で? いいかげんその極内を聞かせてもらっても?」


全員の視線がドライへと向けられる。彼は腕組みの体勢をそのままに、軽い口調でさらりと答えた。


「魔女だ。魔女の血筋を被験体【KHM15/1113/R】は引いている」

「!? 被験体【KHM15/1113/R】が……魔女だと??」

「……そういうことか。それなら幸遺伝子が0段階のままなのも説明がつく」


若者の驚きに続いてツヴァイが納得の姿勢を示す。後方でもフィアが天井を仰いだ。

3人のその反応だけで、魔女の列女伝が語られる。


そもそも、魔女についての実録は曖昧だ。差し当たっては、悪魔について考察する必要がある。そ

れは――世の中の悪を説明する原理、根源を人格化した存在が『悪魔』であり、それら最大の被害

者が『魔女』でもあるからだ。


まず――悪魔の誕生はキリスト教神学に由来する。発端の指導者たちが新約聖書の正典化を進める

際、唯一神を絶対善とするために悪魔は生まれた。悪魔に誘惑されず、神への信仰を怠らなければ、

人間は神によって天に召されるのだと民衆に信じさせたかったからだ。


要するに、神と〝対を成すためだけ〟に生まれた存在が悪魔で、神の善性を完全なものに仕立て上

げるため、無数の悪を説明する〝引き立て役〟に悪魔は選ばれてしまったのだ。


それから、中世になってキリスト教が浸透し、悪魔の概念が民衆にも広がりだしたところで悪魔像

は変わっていく。


悪魔の姿や秘密、論旨が……神話や伝承などで登場する怪物たちと混ぜ合わさっていき、人々に思

い思いに肉付けされてしまったのだ。


その結果。悪魔に従事する悪の手先として魔女が登場した。


それまで、偶像的であった悪魔像を、より民衆の身近に……より絶対神を崇めるために、と求めた

落しだねである。


「それじゃあ被験体【KHM15/1113/R】の母親も魔女ってことになるね」


加害魔法『魔女の血脈』は先祖代々女系にしか伝統しない。

仮にグレーテルが魔女の血筋を継承していて、魔女種姓における末裔だと言うのならば、当然純血

を分けた彼女の母親も、親代々魔女だということになってくる。


「もちろん究明済みだ。これで彼女の母親が魔女の血脈を引く適正嫡女の場合、被験体【KHM15/11

 13/R】に繋がる女系家譜は、全員が魔女であると判然できるからな」


魔女たちの中にはかつて『普通の生活』を求めた者もいた。

自身が魔女であることを隠し、平穏な日常に浸りたいと思った魔女も少なくはない。

それは大規模な魔女狩りから逃れるための一つの手段だったのだろう。


「オーケーだドライ……その情報だけで、被験体【KHM15/1113/R】が、〝確実に〟魔女の卵である

 と証明できた。ゆえに被験体の幸遺伝子が、童術の昇華に(あやか)らず0段階で止まっている事にも納

 得がいく。魔女の血脈を引く者は、例え『民謡伝承者』であっても、光の術式《民謡伝術》を扱

 うことは不可能だと伝えられているからね。噂では術を発動する前に闇の術式《黒曜魔術》が能

 力の発現を取り込んでしまうと言われているようだ。後は彼女の内省能力が〝本当に彼女のもの〟

 であるのかどうかだね」


魔女の身でありながら、グレーテルが記録上《民謡伝術》を使用しているという矛盾に若者が迫る。

その第一の候補として型式による幸遺伝子操作が疑われた。


《民謡伝術》には『童匿型』という、通常にはない形態がある。

『童匿型』の特徴は『想い』を《カタチ》へと昇華しなくとも、想いの丈を〝カタチ同様〟に解放

することが出来るという点だ。


通常《童術》は、想いをカタチにすることで、想いがだだ漏れになるという〝欠点〟を抱えている。

これは術者同士が仲間を見つけたり、互いに共鳴しやすくするための補助能力の一つだと思われる

が、反ってそれが対敵を引き寄せてしまっているという危険性も含んでいるからだ。


そんな状況下で、『童匿型』は敵に想いを感知されることなく、存分にカタチを発動できるという

メリットがある。ただしその分デメリットもある。他の型式と違って〝幸遺伝子の段階上げが出来

ない〟という恩恵的不利を発生してしまうからだ。


幸遺伝子は『想い』を《カタチ》にして、初めて段階が上がる仕組みになっている。その後は、術

者が新たな術式を解放したり、想いの濃度を変化させたりなど〝幸せをより強く願うこと〟で、幸

遺伝子の段階は上がっていく。それに対して『童匿型』は幸遺伝子の段階上げが出来ないため、他

の型式と対峙した際に能力補助で差が出てしまうという弱点があった。


よって暗殺目的や隠密行動を主とした場合には打ってつけの型式だが、直接の戦闘では悪点ばかり

が目立つ荒の多い型式として暴露されている。


「確かにこの型式なら、幸遺伝子が0段階である説明も付くし、少なからず《民謡伝術》を使用し

 ていることにもなる。ただ、この型式では1000%越えのロマン周波を出すのは不可能だ」


強い想いは幸遺伝子の〝段階に比例している〟と若者が自問自答する。他の幹部たちも同じ表情だ。

『童匿型』ではいくら能力を隠し通すことが出来ても、幸遺伝子を昇華させることが出来ないため、

ロマン周波1000%超えの立証が成り立たない。逆に言えば、それ位ロマン周波1000%超え

は規格外でもあるのだ。若者が次の選択肢に探りを入れる。


「被験体【KHM15/1113/R】の能力は『盾』のはずだが、ツェーンが検証した現場は、まるで『童波

 型』の術が使われたような形跡だった。ドライ、君は確かにそう言ったね?」

「ああ……あの場で使われていた型式は、まず間違いなく『童波型』のそれだ。ただ――被験体の

 想型をいくら辿っても『童波型』に結びつく決定的な前触れがない。それこそお前が言うように、

 被験体の能力は『光盾』だ。『童波型』の特徴である放出系とは遠く離れている。どちらかと言

 えば『童具型』に近い能力だろう。だがそれも、先に述べたとおり無駄骨折りだ」


では『盾』という能力はいったいどの型に当てはまるのか? ツヴァイが意見を加える。


「彼女が魔女であると判明する前は『童宿型』と記録されているけど、これは被験体の記録の中で、

 この型が一番共鳴率の高い想型だったからかな? まあ、彼女が魔女だと分かった今、型なんて

 ものは意味を成していないんだけどね」


ローレライの記録では、不鮮明な出来事を取り合えず〝仮置き〟にする傾向がある。それはつまり、

莫大な量の情報を一時的に算出するためのもので、『仮想キャッシュ』あるいは『論理キャッシュ』

に近いものだと言われている。用途としては、被験体の活動記録から〝一時的〟に割り出されたデ

ータをメモリ管理ユニットMMUに処理させ、媒体の激務管理を軽減してくれるハードウェアであ

ると捉えている。


その結果、グレーテルの【活動記録】および過去の【生活状況】からローレライは、彼女がいつも

持ち歩いている『ヌイグルミ』という情報ワードを拾ってしまったようだ。


そこから、彼女は『童宿型』であるに違いないと一時的に当て嵌めてしまったのだろう。


とはいえ、ツヴァイが言ったように、グレーテルが魔女の卵であると氷解した現在、型式なんても

のは民謡伝術が使えない者には何の意味も成さない代物だ。


僅かな可能性として『童匿型』の存在が上げられはしたが、幸遺伝子0でロマン周波1000%は、

出せるに不可能な数値だと先ほど結論が出ている。


「――となると、考えられる可能性は一つか……」


教団幹部全員の思考が、参謀ドライの目論見どおりに動く。即にドライは、その事実関係に気づい

ている様子だが、正確な物証が挙がっていないため強くは強調しない。


「過去に事例がないためにわかには信じがたいが、被験体【KHM15/1113/R】は、自分の中に自分以

 外の〝誰かの能力〟を持っている――つまりはそういうことだな?」


被験体が『想い』を《カタチ》へと昇華させる際、能力形成の(パラダイム)となるのが『想型』であるわけだ

が、その『想型』の算出元は、術者の【活動記録】および【生活状況】だ。


被験体の『記憶』『経験』『性格』といった、人生における活動観が主軸になることで『想型』の

存在は成り立っている。平たく言えば能力形成時に伴う幸遺伝子の配合は、100%が『想型』で

あるという事だ。


そのため、一人の人物につき『想型』は〝一つだけしか〟見い出せないという極論が教団の見解で、

同一人物が異なる能力形成軸――『想型』を二つ以上有しているという話には、信憑性が無かった。


が、全員がドライに動かされるまま小異を捨て大同につく。『黒い森』における今後の状況が状況

なだけに、たとえその話が仮説であったとしても、それに乗っかって被験体を監視する方法しか考

えがまとまらなかったからだ。


「ああ……それで全て解決だ。被験体【KHM15/1113/R】は、魔女の血脈を継承する悪魔の手先魔女

 であり、その内には別の人格者〈シャルロッテ・アマーリエ・グリム〉の『想型』を秘めている」

「「「!!!」」」」


一同にどよめきが沸き起こる。それもそのはずで、ドライが口にした〈シャルロッテ〉という名は、

ロマン主義全盛期を支えた〈グリム兄弟〉の実妹だったからだ。


「ドライ……それは確かな情報なのか?」

「微弱ではあるが――現場検証にてツェーンが〈シャルロッテ〉の想型痕を察知した」

「残香……いや、残光か……」


現場に残されていた〝この世の者ではない〟想型を巡って、3人の男たちがそれぞれの意見を示す。


「では――現場周辺の森をもれなく壊滅させたという『童波型』の痕跡は、〈シャルロッテ〉本人

 の《民謡伝術》であると?」


グレーテルが魔女の血脈を系譜していて、光の術式《民謡伝術》が使えないのなら、当該地に残さ

れていた爪痕は、想型の発見から〈シャルロッテ〉本人のものだと断定できる。ただし、問題なの

は、その〈シャルロッテ〉の想型をグレーテルがどうやって受け継ぎ、どうやって《民謡伝術》に

変換させたのか――というところだった。


実のところドライが正確な物証を挙げれていないのもこの部分になる。


「〈シャルロッテ〉の《カタチ》については今だ検証中だ。現場区域から『想型』の反応があった

 とはいえ彼女については多くの謎が残っている」

「まあ……ローレライどころか禁忌ベースにすら、まともな資料が残っていないしね」


内容が再び振り出しに戻りそうになったところで、若者が〆(しめ)の一声を放つ。


会議とは、いろいろな意見が飛び交っているうちはいいのだが、話がまとめに入りだし、一案が低

調気味になってきた場合には、それ以上の進展は望めない。議長である若者は、会議がその状態に

なりつつあることを察したのだろう。


他の面々も賛意を表している。結論は出た――ロマン主義教団の次なる動きが定まったようだ。


「被験体【KHM15/1113/R】の監視計画を最大限まで引き上げる」


監視レベルの最大値――つまりは『要脅威』にグレーテルが格付けされる。『黒い森』に住む子ど

もらの監視計画において『要脅威』の位置付けは、狼の『潜在的脅威』を上回る最高ランクの監視

レベルだ。


「万が一だけど、魔女の血脈が〝暴走〟したら?」

「その時はその時だ……どのみち〈崩壊の魔女〉が誕生してしまえば、本人はもちろん、世界の3

 分の2は厄災の中だ。そうなると我々ロマン主義教団が掲げる『童話創生論』も紙屑当然の扱い

 になる。被験体【KHM15/1113/R】への強刺激はなるだけ避けるのが望ましい」


座っていた若者がのっそりと立ち上がる。同時にツヴァイ・ドライの二人も伸び上がり、幹部全員

がはだけたローブを羽織直す。毎テーゼにおける解散の瞬間だ。


(なんじ)――我らが(あるじ)クレメンスの庇護の下――」

「この身その(しん)に絶対的忠誠を――」

「ああ……偉大なる創造主よ――」

「成果と共に誇りを払わん」


教団の祈りが室内に木霊する。全員が宙で『R』の文字を切り、


「「「「我こそがクレメンスだ!!」」」」

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