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咆哮のグレーテル  作者: 胡桃ヌイ
★第八章 『ハーメルンの笛吹き男』――Kapitel 8:Rattenfänger von Hameln――
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Ⅵ 『笛吹き男』

「グレーテルちゃん? うちには来ていないけど……」


住居を飛び出してヘンゼルが真っ先に向かったのは、赤頭巾のホーム『おばあちゃんの家』だった。


「赤頭巾さんのホームにも来ていないなんて……」


目算場所である『おばあちゃんの家』が外れ、ヘンゼルが肩の力を落とす。


「グレーテルちゃんに何かあったの?」


ヘンゼルのただならない様相に、赤頭巾も真剣な表情になる。


「グレーテルが……グレーテルがホームからいなくなっちゃったんだ……敷地内はすべて探したん

 だけど、どこにもいなくて……」


ヘンゼルはグレーテルが行方不明になっていることを弱々しく赤頭巾に伝えた。


「えっと、最後にグレーテルちゃんを見たのが真夜中で、その後はトイレから部屋に戻ってきたか

 も分からないってことだよね?」

「うん……」


不覚にも日中の疲れで朝まで眠ってしまっていたことが悔やまれる。


「わかった。私もグレーテルちゃんが行きそうな場所を当たってみるよ。ホーム周辺に結界が張ら

 れているのなら、誘拐とかの可能性はないと思うし、自らホームの外に出たって考えるのが妥当

 かもしれないね。ヘンゼルくんは花園のほうに行ってみて」


赤頭巾が親身になって、グレーテルの探索を買って出る。


グレーテルの行き先が赤頭巾のところでないのなら、妹が次に向かう場所は、まず間違いなく『乙

女たちの花園』だ。日頃から魔女のお使いでも頻繁に出向いている場所だし、ここ一ヶ月の間も何

度も花園に行くと言っていた。グレーテルが花園にいる可能性は十二分に考えられる。


「ありがとう赤頭巾さん。恩に着るよ……」

「にしし……仲間、でしょ」


      ☆


鮮緑だった草木のトンネルは、その全景を橙が統べる秋色(しゅうしょく)へと変え、朝方なのに夕刻を想わせる不

思議な光景だった。木漏れ日が優しい。足を踏み出すたびに、落ち葉たちに歩を取られそうになる。

グレーテルが足しげく花園に通っていたのも、何となく分かる気がした。


ヘンゼルは黄昏たトンネルを抜け、花園が一望できる段丘へと這い上がった。一陣の風が花香を運

んできて、肺腑(はいふ)の中いっぱいに典雅な香りが広がっていく。足下(そっか)では極彩色の草花が、脚光を浴び

て生き生きと咲き誇っていた。


ヘンゼルがグレーテルの姿を探す。しかしながら、台地の上からじゃあ花の陰までは見て取れない。

彼は側道から外苑に向けて丘を駆け下り、広大な花園を()き身を(やつ)して走り回った。


「グレーテル! グレーテル、どこだーい! 居るなら返事をしておくれー!!」


名花を掻き分けて、ヘンゼルが必死になって声を張り上げる。そんな彼の意気姿が目に入ったのか、

遠くから幼い声で彼を呼ぶ者がいた。


「あーきこりのおにいちゃんだぁ!」


幼女が一人、トテトテとヘンゼルの元に駆け寄ってくる。黄色いスモックに黄色いサンタ帽。両手

で大きなガラス瓶を抱え込んだ、小さな小さな女の子だ。


「ヘンゼルくん?」


花陰で小瓶に花を詰めていた少女が、幼女を追って立ち上がる。白銀色の艶髪がサラリと肩に零れ

落ち、花顔(かがん)なフルールドレスがフワリと風を包み込む。高雅に咲いたどの花よりも美しい、王国フ

リードリヒシュタインの元お姫様だ。


「きこりの旦那だって!?」


全員で7人いる小人たちのうち、最初に駆け出した幼女以外の6人も、少女に続いて集まってくる。

劣悪環境な黒い森にて、お姫様の護衛を任されているホビット族の面々だ。


「わっ、小人さんに白雪さん」


ホビット族の一人、ミーレに抱きつかれ、偶然にも白雪たちと一緒になる。最後に会ったのは、赤

頭巾の兄――青卑下との『赤頭巾争奪事件』の翌日で、あの日から3週間ほどの月日が流れていた。


青卑下戦での傷は癒えたのだろうか。白雪たち一同はポプリの材料を得るために、豊富な草花木果

が揃っているこの場所を訪れていた。


ポプリとはお花や葉っぱ、ハーブや木の実、果実などを混ぜ合わせて作る、お手軽なルームフレグ

ランスのことで、フランスの『ごった煮料理<Pot pourri>』からそう呼ばれている。


「おにいちゃん、だっこしてー」


ミーレがヘンゼルに抱っこを強請(ねだ)る。困った様子のヘンゼルを見て、白雪が彼の代わりにミーレを

抱え上げた。ミーレの小さな身体が本来のゆりかごに納まる。


「ダメよミーレちゃん。ヘンゼルくんはグレーテルちゃんと一緒なんだから。ね?」


優しく、それでいて母親のようにミーレを納得させる。


「でもでもー、ぬいぐるみのおねーちゃんいないよー?」


白雪の豊胸に後頭部を乗せ、ミーレが頭を反り上げた。ヘンゼルはグレーテルがいなくなった事を、

白雪たち一行に打ち明けた。


「グレーテルちゃんが行方不明?」


白雪は一驚を喫するも、冷静にヘンゼルの話を聞いた。


「グレーテルがいなくなる前、妹はほとんど毎日、花園に行くってホームを飛び出してたんだ……」


『魔女の家』から『乙女たちの花園』までは、時間にして約30分ほどの道のり。その道中に赤頭

巾のホーム『おばあちゃんの家』がある。グレーテルが花園に向かう際は、赤頭巾のホームに立ち

寄るか、そのまま花園に直行するかのほぼどちらかだ。赤頭巾のホームに立ち寄っていないのなら、

グレーテルの行き先はもはや花園のみに限られていた。


「今日は朝早くから花園にいるけど、グレーテルちゃんには会っていませんわ……」


白雪の証言から、妹の目撃情報が花園にもないと知り、ヘンゼルがますます打ちひしがれる。


「木こりの旦那、俺たちが一緒になって魔女っ子を探してやる。だからさー、そんなに落ち込むな。

 あんたに暗い顔は似合わないぜ」


脱力したヘンゼルを励ますため、ネッセルがグレーテル探しを引き受けてくれる。


「ええ。私たちも協力しますわ。ううん。グレーテルちゃんを探すの、一緒に手伝わせて」


白雪たち一同の頼もしい協力に、ヘンゼルは『グリムの仔達』と出会えて、本当に良かったと感謝

した。赤頭巾に白雪、加えてホビット族からも励ましの助力が得られ、ヘンゼルのグレーテル探し

が段々と心強くなる。


「フェンちゃん。一旦ホームに戻って、王子くんにも知らせたほうがいいかしら?」

「そうだね。もしかしたら、僕たちのホームに行っている可能性だってある。それに王子の《童術》

 なら、空域からの捜索だって可能だからね」


白雪の提案にフェンヒェルが賛同する。白雪たち一行は、留守番中の王子にも協力を要請するため、

一同揃って一旦ホームに帰還することにした。


「それじゃあ私たちは一旦ホームに、ヘンゼルくんはもう一度、赤頭巾ちゃんの家に戻ってみてく

 ださいな。もしかしたら、入れ違いになっている可能性もありますから」

「……そうですね。分かりました」

「王子くんと合流したら、私たちもすぐに赤頭巾ちゃんの家に向かいます」


      ☆


「ぜんぜんダメ……『妖精の湖』にも、『森の廃教会』にもいなかったよ……」


数時間後。ホーム『おばあちゃんの家』に、赤頭巾・ヘンゼル・白雪・タエマナシ王子・7人の小

人たちが一堂を会して集まった。グレーテルに関する目撃が当てにしていた場所から得られなかっ

たことで、赤頭巾がひざを折って項垂(うなだ)れる。続いてタエマナシ王子が、


「僕のほうも同じだね……上空からペガサスの姿で彼女の風体を探してみたけれど、残念ながらそ

 れらしき人物は発見できなかった」


空からの捜索でも引っかからなかったと報告した。


「私たちのホームにも、鉱山にもいませんでしたわ……他にグレーテルちゃんが行きそうな場所っ

 て、どこがあるかしら……」


白雪のほうでも発見には至らなかったようで、相も変わらず妹に繋がる有力な糸口は掴めなかった。


「……これだけ探しても見当たらないなんて、どうにもただ事ではない感じがするね」


フェンヒェルが思考に思考を重ね、行方不明の背景に暗雲が絡んでいると読み明かす。


「ヘンゼルくん。妹が行方不明になる前、彼女に何か変わった様子はなかったかい?」

「そうだね。もしかしたらグレーテルちゃんの行動に、手がかりになりそうな事が隠れているかも」


グレーテルの近況に起因があるかもしれないと王子と赤頭巾が考える。ヘンゼルはここ1ヵ月の妹

の行動を思い返し、目についたところがいくつかあったことを伝えた。


「えっと……あれはたしか、おばあさんが『魔女たちの宴』で家を空けたあたりからだったと思う。

 グレーテルが毎日のように森に通い出したのは……」


ヘンゼルたちのホームには、いくつかの決まりごとがある。それは兄妹がホームに住むための絶対

条件になっていて、その中の一つに『外出許可願』というものがあった。


ホーム『魔女の家』は、黒い森の中にあって『マホウノモリ』という、垣根とも結界とも呼ばれる

外壁によって守られている。そのため、外部からホームへの侵入はもちろん、ホームから森に出る

ときですら、魔女に幻術を解いてもらわなければならない。


とくに外出に関してはそれこそ厳しく、お使いや有事の際以外で森に出る事は許されていなかった。

魔女にしてみれば、兄妹の身を第一に考えた、やむを得ない処置だったからだ。


しかし、ここ1ヵ月はそれが違った。魔女の魂が肉体から抜き出て不在になったため、マホウノモ

リの幻術は、兄妹それぞれの〝意思〟によって解除される仕組みに変わっていた。


ホームの外に出たい――そう願えば、マホウノモリから黒い森に出られるように。


ただ、幻術の解除方法を、魔女が兄妹に任せたのには理由ある。それは、兄妹それぞれに〝自分で

考える力〟を養ってもらいたかったからだ。しても良いことと悪いこと。何が良くて何が悪いのか。

その判断力を着けさせるため、魔女は兄妹に〝自由〟を許していた。


つまるところ、森への出入りが自由になった反面、兄妹には〝責任〟というものが委ねられた形に

なる。森に入るのは構わないが、それに伴うリスクは、すべて自己責任だと言わないばかりに――


「グレーテルのことだから、何か理由があって森に入っていたんだとは思うけど、それがいつの日

 かボーっとしていることが多くなって……その頃だったかな、次第に朝食も食べなくなったのは」


最初のうちは少し朝食を残す程度だったが、いなくなる数日前には、全く食べていなかったと語る。


「森には何って言って、出て行っていたの?」

「それが本人に訊ねてみても、花園に行く――としか答えてくれなくて。何かを隠しているように

 も思ったんだけど、おばあさんからは心配ないって言われたから、そのまま様子を見ていたんだ」

「グレーテルちゃんが花園に? 私たちも何回か朝早くに森へ出かけていましたが、花園でグレー

 テルちゃんには一度も会いませんでしたわ」


赤頭巾とヘンゼルの会話に白雪が入り込む。衝撃の事実を知ったヘンゼルは頭を抱え込み、


「それじゃあグレーテルは、花園には行っていなかったってこと?」

「毎日のように花園に来ていたのなら、私たちと一度くらいお会いしてもよろしくありませんか?

 きっと、花園に行くって伝えたのは、別の場所に行くことを隠すためだったんじゃないかしら?」

「そんな……グレーテルが僕に嘘をついていたなんて……」


ショックのあまり気を失いそうになる。


「う~ん。私はグレーテルちゃんが嘘をつくようには見えないけどなぁ……たぶんだけど、やむを

 得ない事情があって、ヘンゼルくんに言えなかったんだと思うの」

「僕にも言えない事情……そういえばグレーテルがいなくなる前日、森に行こうとする妹を引き止

 めた時があったんだ。その時に森で何をしているのか問いただしてみたんだけど、今は何も答え

 られない――そう返されたんだ」


【ごめんなさいお兄さま……今は、何も答えられません……】


生気のなかったあの表情。森で何かをやっているんだろうけど、それを隠したようなあの言葉。あ

の言葉の裏に、何か手がかりになりそうなヒントがヘンゼルにはあるような気がした。


「他に何か気になったことはなかったかい?」


黙々と書記を務めていたタッシェルが一旦筆を置く。


「えっと……そうだ。グレーテルがいなくなった夜。トイレかと思って声をかけたんだけど、返事

 が……返事が返ってこなかったんだ。僕の声は届いているはずなんだけど、なんの反応もなくて。

 無言のまま誰かに操られるように出ていったんだ」


グレーテルが夜中に目を覚ましトイレに向かう際は、ヘンゼルに必ず声をかける手口になっている。

それがあの日の夜だけは少し違った。


妹が真夜中に目を覚ましたまでは物音で分かったが、問題はその後である。いつもなら真っ先に自

分を起こしに来るはずなのに、あの日の夜は自分を起こしに来るどころか、恐れを知らない様相で

一人でに家の外へと出て行ったのだ。


「操られるようにして出ていった、か……なんだか『笛吹き男』の話に似ているね……」

「笛吹き男?」

「笛吹き男って、ハーメルンの町で鼠を退治したっていう、あの伝説かい?」


赤頭巾の口から『笛吹き男』という話が持ち出され、ヘンゼルと王子が反応した。


「うん。ちょっと待ってて。たしか笛吹き男の絵本がどこかにあったと思うから」


数分後。赤頭巾が古びた絵本を抱えて寝室から戻ってきた。


「あったあった、これこれ」


絵本のタイトルには、<笛吹き男―The Pied Piper―>と書かれており、笛吹き男が伝説になった

話のうち、もっともスタンダードなものだった。


笛吹き男の話にはいくつかの類話があり、その話のどれもが現代に生きている。そのため、どの話

が本当で、どの話が偽りなのかは分からない。ただ、どの話を取っても、当時の時代背景が鮮明に

映し出されていて、見方を変えれば、それは『おとぎ話』にも『創り話』にも成りえてしまい、当

時、本当に起った出来事を〝伝説に置き換えるしかなかった〟――とも捉えられる。


だからこそ、どの話にも妙な信憑性があって、現在もなお、物語が生きていると言われているのだ。


「ハーメルンの笛吹き男。ヘンゼルくんのために簡潔に読むね」


『笛吹き男』を知らないヘンゼルのために、赤頭巾が絵本を開いて朗読を始めた。


**************【♪笛吹き男―The Pied Piper―】**************

*                                          * 

* 1284年、ハーメルンの町に不思議な男が現れた。男は様々な色が混ざった布切れを着 *

* ていたため、まだら男と呼ばれており、自らを鼠捕りだと称していた。         *

*                                          *

* そして、市民に向かってこう言ったという。                     *

*                                          *

*「いくらかの金銭を支払えば、この町の鼠どもをすべて退治して差し上げます」      *

*                                          *

* 男は鼠の被害に悩むハーメルンの市民にそう断言し、市民たちはこの男と取り引きを結び、*

* 一定額の報酬を支払うと約束した。                         *

*                                          *

* そこで男は、懐から横吹きの笛を取り出し、ハーメルンの町に向かって笛を吹き鳴らした。*

*                                          *

* すると間もなくして、すべての家から鼠たちが走ってくるではないか。         *

*                                          *

* 鼠たちは男の周りに群がり、男は町の中に鼠が残っていないことを確認して、ハーメルン *

* の町から出て行った。                               *

*                                          *

* 鼠の大群も後についてゆき、男はヴィーゼル河まで鼠を連れて行った。         *

*                                          *

* 男は服をからげて水の中に入っていき、鼠たちは男の後について行ったため、水の中で溺 *

* れて死んでしまった。                               *

*                                          *

* こうしてハーメルンの市民たちは鼠による災難を免れると、今度は男に報酬を約束してし *

* まったことを後悔し、口実を並べては、男に報酬の支払いを拒絶した。         *

*                                          *

* 男は烈しく怒ってハーメルンの町を去った。                     *

*                                          *

* しかし、6月26日。聖ヨハネとパウロの記念日に、男は再びハーメルンの街頭に現れた。*

*                                          *

* 男は赤い奇妙な帽子を被り、今度は恐ろしい顔をした狩人の出で立ちだった。      *

*                                          *

* そして、鼠を追い払った時と同じように横笛を取り出して、小路で吹き鳴らした。    *

*                                          *

* すると、今度は鼠ではなく、4歳以上の少年少女たちが大勢走り寄ってきて、男の後につ *

* いて山の中へと姿を消した。                            *

*                                          *

* 事態を目撃したのは、一人の子守娘で、娘はやがて引き返してハーメルンの町に戻り、町 *

* 中にこの事態を知らせたのである。                         *

*                                          *

* 知らせを受けた子どもたちの親は、家の戸口から一斉に走り出てきて、叫び声をあげて泣 *

* きくずれた。                                   *

*                                          *

* その後、直ちに海陸あらゆる土地へ使者が派遣され、何か探索の手がかりになるようなも *

* のを見なかったかどうかが照会された。                       *

*                                          *

* しかし、それらはすべては徒労だった。                       *

*                                          *

* 消え去った子どもたちは行方不明のまま見つからず、ハーメルンの町からは全部で130 *

* 人の子どもらが帰らぬ人となった――                        *

*                                          *

********************************************


赤頭巾は物語を読み終えると、静かに絵本を折り畳んだ。


「ヘンゼルくん。グレーテルちゃんがいなくなった時、ヌイグルミは置いたままだったんだよね?」

「うん。グレーテルがムーちゃんを外に持ち出さなかったことなんて初めてだよ……」


そう言って、ヘンゼルが羊のヌイグルミを眺めた。妹が置き去りにしてしまった大切なヌイグルミ

は、今現在、目の前でミーレが抱いている。もし、ムーちゃんとの会話が可能なら、自分が知らな

い森での出来事を、何か一つでも聞き出せるかもしれないのにな――と、ヘンゼルは思った。


「それじゃあ、やっぱり〝操られてた〟――って説が濃厚になってくるよ……だって、グレーテル

 ちゃんに自覚があったのなら、大切なヌイグルミを置いて、そのままホームの外に出て行くなん

 て、そんなことはしないでしょう? となると、自覚を奪われていて、ヌイグルミを持ち出せな

 かった――って考えるのが妥当じゃないかしら」


赤頭巾の考察は確かに理に適っていた。グレーテルがヌイグルミを置き忘れるなんて事態は、それ

こそ、天変地異が起こり得るくらいの出来事だったからだ。それに、ここ数日間、あるいはもっと

前からなのかもしれないが、グレーテルに〝異常〟が出ていたことは間違いない。それこそ、操ら

れていた――とも言えなくはない状態だった。だが、しかしだ。


「ち、ちょっと待って赤頭巾さん。確かにグレーテルが操られてたって可能性は否定できないけど、

 外に出て行く時、グレーテルはきちんと普段着に着替えていたんだ。これって自覚があったから

 じゃないのかな」

「着替えてたって、私服にってこと?」

「うん。グレーテルは寝るときはいつも、ディアンドルを脱いでベッドに入るんだ。下着姿だけど、

 それが妹の寝巻き姿で……だからもし、グレーテルがホームの外に出ようとして私服に着替えた

 んだとしたら、それって自覚があって自ら衣服を着用したってことになるよね?」


真夜中に聞いた着崩れの音。薄暗い部屋の中で、モソモソとグレーテルが動いていたことだけは覚

えている。あれはきっとディアンドルに着替えていたのだろう。朝起きて服かけを確認したところ、

彼女の私服だけがそこから無くなっていたのが何よりの証拠だ。


「まあ、トイレに行くだけだったら、わざわざ私服に着替える必要なんてねーもんな」


ネッセルの呟きに、シュパイゼ、レッティヒがうんうんと頷く。グレーテルがトイレに行った・行

かなかったにせよ、衣服を自ら着用したという行いは、少なくとも〝自覚はあった〟――と、ヘン

ゼルの意見に賛同する。


しかしながら赤頭巾は、グレーテルが着替えてたという情報を知って、さらに確信的な表情になる。


「ヘンゼルくん。ヘンゼルくんの話に水を差すかもしれないけど、これはもう、ほぼ間違いないよ。

 断言する。グレーテルちゃんは何者かに操られていて、森のどこかで消えちゃってる。きちんと

 私服に着替えてた――ってところが、まさに〝物語の失敗〟を見事に改稿して表れているんだよ」

「物語の失敗? 物語ってついさっき赤頭巾さんが話してた……」

「うん。えっとね、実は笛吹き男の話には続きがあるの」

「続き?」


ヘンゼルの知らない物語の側面を、赤頭巾が衣服の件と合わせて語りだす。


「さっき、ハーメルンの町から連れ去られた子どもたちは全部で130人だ。って伝えたけど、実

 際は、町に帰ってこられた子たちが何人かいたの。その子たちはそれぞれ、盲目の子、聾唖(ろうあ)の子、

 薄着のまま家を飛び出してた子。と、みんながみんな、『特徴』を持っていた子たちだったのね。

 それで、この子たちが帰ってこられた理由なんだけど、盲目の子は最終目的地に辿りつけなくて、

 途中で引き返したみたい。聾唖の子は道中でみんなと(はぐ)れてしまい、そのまま隊列を見失ったた

 めに引き返したらしいわ。そして、薄着で家を飛び出してた子――物語の中では少年なんだけど、

 彼は上衣を取りに一旦ホームに戻ったため、運良く男に連れて行かれなかったと語られているの。

 私はグレーテルちゃんが私服に着替えて出て行ったって話をヘンゼルくんから聞いた時、真っ先

 にこの薄着の少年が頭に浮かんだよ。間違いない、これは『笛吹き男』の物語だって――」


グリムの仔達、および7人の小人たちが互いに顔を見合わせる。グレーテルが行方不明になってい

るこの事件が、笛吹き男の物語だって? 


「それじゃあ、物語の失敗っていうのは……」

「盲目の子、聾唖の子、薄着の少年が家に戻っちゃったことだよ。笛吹き男にしてみれば、ハーメ

 ルンの大人たちに報酬の仕返しをしようとしたわけだから、一人でも子どもが家に帰っちゃった

 ら、せっかくの仕返しが台無しになるじゃない? だからだと思うの……グレーテルちゃんが私

 服に着替えて出て行ったのは」

「要するに、物語の〝再現〟にあたって、隊列からグレーテルちゃんが戻るのを防ごうとした。つ

 まりはそう言うことですね?」

「正解だよ白雪さん。もし、グレーテルちゃんが寝巻き姿のまま家を飛び出していたら、物語の再

 現に従ってホームに帰っちゃうからね。それだけは何としても避けたかったんだと思うの。グレ

 ーテルちゃんがヘンゼルくんに何も話してくれなかったように、物語の再現者にも、知られては

 いけない秘密があったんじゃないかな。だからこそ物語に改稿を加えたんだよ……〝家を出る時

 は必ず衣服を身に着けてくるように〟――的な感じでね」


グレーテルが私服に着替えて出て行った理由――それは、彼女に自覚があったのではなく、操られ

ていたからこその行動だった。おそらく、薄着の少年を失敗談として修正し、物語の再現に支障を

きたさないための口封じであったと思われる。


「ということは……魔女っ子が行方不明になった裏には、笛吹き男が絡んでいる――ってことだね」


フェンヒェルがこれまでの話をまとめ上げる。赤頭巾は静かに頷いて、


「ここから先はあくまで私の推測だけど、グレーテルちゃんが行方不明になった夜、彼女は不思議

 な音色を聞いたんだと思うの。それこそ笛吹き男が物語の中で子どもたちを集めたように」


グレーテルの失踪に笛吹き男が絡んでいるのなら、彼女が操られていたっていう話とも辻褄が合う。

毎日のように森に出かけていたのも、生気がなくなるまで心労していたのも、すべては笛吹き男が

仕向けた、『物語の再現』だったと結論が出る。


「物語のように子どもたちを集めるってことは、その笛吹き男には何か目的がありそうだね」

「僕もそう思う。それに、子どもたち……いや、魔女っ子を操っていたというその能力……」

「うん。間違いないね。人を使役できる横笛なんて、この森じゃあ《童術》以外に考えられないよ」


王子・シュパイゼ・レッティヒが口を揃えて言い放つ。グレーテルを操ったという不思議な音色が

仮に笛吹き男の仕業なら、それは物語に出てくる鼠を退治した横笛で、十中八九、《童術》である

と推断した。


「笛吹き男……いったい何のためにグレーテルを……」

「〈伝説の楽師パイド・パイパー〉――物語に出てくる彼は、集めた子どもたちを〝戦場〟に送っ

 た。とも言い伝えられてるの」

「戦場?」

「司教軍とハーメルンの市民が激突した、『ゼデミューンデの戦い』だよ」


『ゼデミューンデの戦い』――1259年に都市の所領権を有してたフルダ修道院が、ミンデン司

教区に銀500マルクでハーメルン市を売却しようとしたことが始まりで、当時、ハーメルンの守

護職にあったエーフェルシュタイン家と、領地の一円化を図ろうとしたミンデン司教区が、126

0年に廃村ゼデミューンデで激突した戦いだ。


「この戦いは、エーフェルシュタイン家とハーメルン市民が、ミンデン司教区からハーメルンの自

 由を守るために市外で応戦したもので、犠牲になった市民軍の中には、幼い子どもたちも含まれ

 ていたって話なの。そして、その子どもたちを指揮し、第一次大戦の先頭に立った喇叭手(らっぱしゅ)こそが、

〈伝説の楽師パイド・パイパー〉だったってわけ」


ドイツ連邦共和国ヘッセン州ヴィラ=マイスナー郡の郡庁所在都市であるエシュヴェーゲ。そこに

建造されているホッホツァイトハウスには、ゼデミューンデでの戦いが記念碑として飾られている。


「それじゃあグレーテルは……」

「物語の道筋通りなら〈伝説の楽師パイド・パイパー〉――ううん。正確には伝説の名をかざした

 笛吹き男に連れ去られているね。狙いは子どもたちの招集と洗脳。加えて、ゼデミューンデの再

 現あたりかしら」

「つ……! そんなことになったらグレーテルが――」


勢い立ったヘンゼルを白雪が制止する。


「落ち着いてヘンゼルくん。すぐにでもグレーテルちゃんを助け出したい気持ちは存じていますわ。

 しかしながら相手の居場所が分からない以上、こちらに打つ手はありません。それに相手は、伝

 説を再現しようとなさっています。鼠や子どもたちを操ることが可能ならば、犬や猫、鶏や驢馬

 だってその対象ですわ。猛獣なんかを使役されたらひとたまりもありません……ですからまずは、

 相手の位置情報を掴み、勢力を知る必要があります」


白雪の冷静な意見に宥められ、ヘンゼルが落ち着きを取り戻す。たしかに相手の居場所が分からな

い以上、めくらめっぽうにグレーテルを探しても豆腐に(かすがい)だ。


「白雪さんの言うとおりだよヘンゼルくん。大丈夫。〈伝説の楽師パイド・パイパー〉の居場所な

 ら、既に検討がついてるの。笛吹き男の話で、ハーメルンから男が子どもたちを連れて出た先は、

 舞楽禁制通りを抜けた町の東門。そして、ゼデミューンデの戦いで市民軍が町を通り抜けたのも

 ハーメルンの東門。これだけ見ても、パイド・パイパーの目的が東にあるってのは明確でしょ?

 さらに言えば、私たちのホームがあるこの場所は、黒い森の中でも『東区』ってブロックに位置

 づけされていて、つまるところ、この地区より東は森の外になっちゃうの。パイド・パイパーが

 東に向かうことを物語の再現だとしているなら、彼の居場所はこの地区よりも西側。教団の本部

 があるとされている中央区か、あるいはそれよりも西側に、ホームを敷いているんじゃないかな」


『笛吹き男』の再現に基づいて、赤頭巾が〈パイド・パイパー〉の居場所を紐解いていく。


「す、すごいや赤頭巾さん……そこまで検討がついてるなんて……」

「りんごのおねーちゃん、すごーい!」

「……神、降臨」

「にしし……褒めて褒めて」


赤頭巾の並外れた考察力に、ヘンゼル・ミーレ・ルーアが脱帽した。


「問題は笛吹き男さんのホームを、どうやって見つけるかですわね」

「そうだね。東区より西側だと言っても、あまりにも探索範囲が広すぎる。もう少し(まと)を絞ること

 は出来ないだろうか……」

「チッチッチ……問題ないぜ、姫、王子。赤さんには既に笛吹き野郎の居場所が分かっている。ホ

 ームを割り出すことくらい赤子の手をひねるようなものさ。なあ、赤さん?」

「ウ、ウン……ソウ、ダネ……」

「ダウトー!!」 「それ、わかってないやつー!」


シュパイゼとレッティヒがポカポカと赤頭巾に攻め寄った。赤頭巾が二人を両脇に収め、


「えっと……方法がないわけじゃないの。物語の再現に従うのなら、グレーテルちゃんの他にも男

 に操られている子どもたちが何人かいるはずでしょ? その子たちの後をこっそりと追いかける

 の。そうすれば、パイド・パイパーの元に自然と辿り着けるって算段なんだけど……」

「うおおおおっ! やっぱり赤さんはスゲーぜ!!」

「りんごのおねーちゃん、てんさーい」

「……儲儲儲儲儲」

「でも……その子どもたちがいつ、どこに現れるかが検討つかなくて……」

「うおおおおっ! 豚に真珠ー!」

「りんごのおねーちゃん、だっさーい」

「……嫌嫌嫌嫌嫌」

「ちょ、ちょっとー。持ち上げるだけ持ち上げて、一気に下げないでよー! あと、豚に真珠って

 どーゆう意味かしら? 返答次第じゃあ、蜂の巣にしちゃうゾ」


赤頭巾の剣幕にネッセルが呑まれる。


「笛吹き男の物語では、朝方、あるいは昼頃に、町から子どもたちが消えたとされてるね。朝方な

 ら親たちもまだ眠っている時間だし、昼頃なら聖ヨハネとパウロの記念式に親たちは出向いてい

 る。どちらにせよ、パイド・パイパーが親に気づかれないよう、こっそりと子どもたちを連れ出

 していたのは事実だね」


羽交い絞めにされるネッセルを遠くに、王子が物語の背景をなぞった。


「いい線ついてるよ王子。魔女っ子がいなくなったのは、朝でも昼でもなく真夜中だけど、真夜中

 なら誰にも見つからず、こっそりと人を連れて行くことができる。物語の再現に改稿を加えてい

 るのなら、朝や昼が真夜中に変わっていても何ら不思議じゃないね」


王子とフェンヒェルのファインプレーによって、子どもたちの出現時刻が絞られる。子どもたちが

真夜中に動いているのだとしたら、朝方から昼頃にかけていくら探しても見つからないのは当然だ。


「みんな。今日の真夜中、もう一度ここに集まれる?」


小人たち3人を締め上げて……もとい、抱え込んで、赤頭巾が仲間たちの顔を覗き込む。


「ええ。グレーテルちゃんを助け出すためですもの。ぜひ集合させていただきますわ」

「僕も同じだよ。ヘンゼルくんやグレーテルちゃんには、いろいろと助けてもらってるからね」


全員の視線がヘンゼルに注がれる。


「赤頭巾さん、あの……集まるってのは……?」

「決まってるじゃない。グレーテルちゃん救出作戦よ。上手いこと子どもたちを発見できても、パ

 イド・パイパーが単身で動いているとは限らないじゃない? もしかしたら、他にも仲間がいる

 かもしれないわ。それに相手は伝説の楽師を名乗るくらいだよ? それなりの実力者だと思うの。

 みんなで立ち向かわなきゃ勝てる相手じゃない。だから、ね。こんな時くらい私たちを頼ってよ」


赤頭巾の言葉にヘンゼルの頭が下がる。頼もしい仲間に囲まれて、士気が高まっていく。


「みんな、ありがとう……」

「にしし……えっと、それじゃあ一旦解散して、真夜中にもう一度この場所に集合。狼くんにもグ

 レーテルちゃん探しをお願いしてみるよ。それと、一つだけ。東区より西側には、私もあまり近

 寄ったことがないの。だから、どんな子がいて、どんな危険があるのか全然わからない……パイ

 ド・パイパーとの激突も想定して、準備は念入りにしてきてね」


ホームの柱時計が正午を告げる。散開していく仲間を見送り、ヘンゼルは急ぎ足で自宅へと戻った。


      ☆


鬱蒼とした森林の隙間から、黄色い円月が見え隠れする。ほとんど満月と言ってもいいその輝きは、

漆黒の森に幽かな光を与え、これから向かう先に一筋の道を示していた。

 

「みんな、子どもたちだ! 何人かの子どもたちが西に向かっている!」


藍色の空から《童術》を解除して王子が戻ってくる。森の様子を上空から索敵していたところ、昼

間、予想した通りの展開になった。生気を失った子どもたちが、何かに操られるように東区から西

側へと向けて歩いている。


「おいおい。これって、けっこうマジなやつじゃねぇか……」


子どもたちの後をこっそりとつけながら、狼が赤頭巾に視線を飛ばした。


「だから大変なことになってるって言ったじゃない。もー、ちゃんと聞いててよね」


立腹気味の赤頭巾を先頭に、狼・ヘンゼル・白雪・王子が続く。七人の小人たちは赤頭巾のホーム

に残り、後方支援の役割を任されていた。緊急の場合、赤頭巾のホームが退避場所にもなっている

からだ。未開の地に足を踏み入れる場合、前線基地なるものを用意しておくことは必須である。


「狼さん……その、グレーテルを探すの、手伝ってもらってすみません……」


ヘンゼルが狼まで巻き込んでしまったことを陳謝する。ヘンゼルの背中には、妹の大切なヌイグル

ミが彼女の代わりに担がれていた。


「……礼なら妹を助け出してからにしろ。俺は別に何とも思っていない」


そっぽを向きながら、狼が協力的な発言を口にしてくれる。願ってもみなかった狼の参戦は、対パ

イド・パイパー戦に備えて、頼もしい戦力になってくれていた。


「狼さん……ありがとうございます」

「ふん……」


顔が紅潮しているのは月光のせいだろうか。狼の横顔に笑みが浮かんでいる。


「そろそろ東区を抜けそうですわね」


東ブロックと中央ブロックの境目で一旦立ち止まり、グリムの仔達は円形になって顔を見合わせた。


「ここから先は何が起こるか分からないよ。みんな、気を引き締めてね」


赤頭巾が中心になって、グレーテル救出作戦の最終打ち合わせを始める。すでに肌に感じている悪

寒は、この先にある危険を警告しているのだろうか。円月の光を灰色の雲が(さえぎ)っていく。


「みんな、絶対にグレーテルちゃんを連れて帰るよっ!」


赤頭巾の宣布を皮切りに、グリムの仔達は中央ブロックへと足を踏み入れた。

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