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咆哮のグレーテル  作者: 胡桃ヌイ
★第八章 『ハーメルンの笛吹き男』――Kapitel 8:Rattenfänger von Hameln――
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Ⅰ 『ブレーメンの音楽隊』

新涼の候――いつもの花園に、ハーブを摘みに行った帰り。

グレーテルは、優しくも不思議な音色を耳にした。どこから聞こえてくるのかは分からないが、

足並みを揃えたくなるような牧歌的な旋律だ。


いったい、どこから聞こえてくるのだろう……身体がウキトキして、いても立ってもいられなくなる。

グレーテルは音色の出所(でどころ)が気になって、音源を確認せずにはいられなかった。


「……少しだけなら」


本当はホームに早く帰って、昼食の準備や洗濯をしなければならないのだが、

この不思議な音色を聞いていると、そんなものがどうでもよくなってしまう。


グレーテルは花蜜に吸い寄せられるミツバチのように、優しい調べを追って森の中を探索した。


      ☆


カンカンカンカンカーン。


高く澄んだ音が響き渡る。開演を合図する、拍子木(ひょうしぎ)が打ち鳴らされた音だ。


「さあさあ~よってらっしゃい見てらっしゃい。黒い森での一休憩。楽しい話が盛りだくさん。

 今日の話は何だろな? ちょいと座って見てごらん。小さなヒノキの窓からは、素敵な世界が飛び出して、

 あなたに夢を、お届けリーファン。ぼくもわたしも友達も、良い子みーんなをご招待。すみからすみまで、

 どうぞごらんあれ。それでは早速、本日の出し物『まだら男とネズミたち』の、はじまり~はじまり~」


ポンポンポンポンポーン。演じ手の口上に合わせ締太鼓(しめだいこ)が鳴り響く。

歓声が上がり、見物席から拍手が沸き起こった。見物人は、みんながみんな幼い子ども達である。


「おー。ヴァオくんの口上は、相変わらずうまうまだね~」

「そうだな。だからこそ、あの役を任せられる」


見物席から少し離れた木々の下。面長で筋骨隆々な少年と、つり目で中華風お団子頭の少女が、

仲間である演じ手を遠目に話し込む。そんな二人の近傍に、空からもう一人の仲間が着地した。


「イーアー、ミャウミャウ。今日の収穫はどんな感じだ?」

「ぼちぼちだな。でもまあ、新しい子どもが何人か釣れた」

「へぇ~やるじゃんピエッドのやつ。うちに志願してきたことだけのことはあるな」

「言葉を(つつし)めキカリ。彼は俺たちよりも年上だぞ。音楽隊のルールを忘れたのか?」


イーアーと呼ばれた少年が、キカリという名の少女を叱咤する。少女は不満げな表情になって、


「はいはい。『年下には威厳を持ち、年上には敬意を払って接しろ』だろ。イーアー〝さん〟」

「俺のことは『兄貴』と呼べ。なんなら『お兄様』と呼んでも――」

「死ね」


キカリのすね蹴りでイーアーがひざまずいた。向こう(ずね)を押さえ、無言で(もだ)えている。


「ふんっ。ばっかじゃないの」

「き、キカリちゃん。すねはダメダメだよ~弁慶だって泣いちゃうんだからー」


もう一人の少女ミャウが、イーアーの腰椎(ようつい)(いた)わるようにさすってやる。

三人と演じ手を合わせた四人は、ここ『森の広場』を拠点に活動している、音楽隊のメンバーだった。


そしてもう一人。演じ手の隣で、静かに横笛を吹いている者がいる。


年齢は彼ら四人よりも年上の15歳。

風変わりな帽子に、色調の異なる絹布(けんぷ)を一幅ごとに縫い合わせた、

色鮮やかなまだら服を着込んでいる。一見、宮廷道化師を想わせる、奇妙な格好の少年だ。


「だいたいさー、あたい、まだあの人のこと信用してないんだけど」


頭の後ろで両手を組み、キカリがイーアーを流し目で見た。イーアーはミャウに支えられて立ち上がり、


「〈ピエッド・ピッパー〉……彼は、この森で伝説になる男だ。俺たち『ブレーメンの音楽隊』と

 手を組むことで、黒い森の支配者になる。教団の連中も、民謡伝承者も敵ではない。彼が描こう

 としている『夢の世界』こそ至高。腐りきったこの森を、彼は変えようとしているのだ」


イーアーの力強い言葉に、キカリが納得したような表情になる。


「ふ~ん。ま、あいつのおかげで、飯にありつけているのは事実だしな」

「キカリ。何度も言わせるな。彼のことは――」

「〝『ゼデミューンデの戦い』を再現する者〟……だろ」


      ☆


不思議な音色の出所は、森の一部を開拓した『広場』と呼ばれる場所から、風伝いに聞こえていた。

広場にはすでに8~10人くらいの子ども達が集まっていて、全員が両膝を抱えて座っている。

どうやら音楽隊と思われるメンバーが、子ども達を前に催し物を披露しているようだ。

子ども達の他に、数名の座付き役者がちらりほらりと確認できた。


音楽隊は13歳~15歳の少年少女を合わせて5人で結成されていたが、

一人だけ、他のメンバーよりも一際(ひときわ)目立っている男がいる。


その者は変梃(へんてこ)な衣服を着用しており、子ども達の近くで浮き立つように横笛を吹いていた。

広場に集まっている子ども達も、グレーテルのように、この音色に導かれてやってきたのだろうか?

今なお吹奏されている叙情的なメロディーは、聞いているだけで、心までも奪われそうだった。


子ども達は優しい調べに耳を澄ませながら、切り株の上に特設された、小さな箱体に釘付けになっていた。

さほど厚みのない、木製の舞台箱だ。木枠の中にはアクリル板がはめ込まれていて、

子ども達の向かいに立っている演じ手が、箱体から厚紙を一枚引き抜いては子ども達に何かを語っていた。


みんな何を見ているのだろう……グレーテルは木立の(あいま)から半分だけ身体を覗かして、

遠くから子ども達の様子を窺った。


内心では、自分もあの箱体の中に何があるのかを見てみたい……そのようには思っているものの、

子ども達の輪の中に、自ずと入っていく勇気は持ち合わせていなかった。


結局、誰かに引っ張ってもらわなければ、自分は前へと進めないのだ。今も昔も変わっていない。

兄がいなければ、自分一人ではなんにもできないのだ。


ヌイグルミを抱く手がギュッと強くなる。


みんな、楽しそうだなぁ……心地よい音色がそう感じさせているのか、

グレーテルの心は、ますます箱体に奪われていった。


「あ~きみきみ。だめだよ~そんなところから観てちゃあ。こっちにおいで」


そんな彼女に気がついたのか、子ども達に見せ物を提供していた演じ手が、

木立の側で様子を窺っていたグレーテルに、こちらへ来るよう声をかけた。


グレーテルはびっくりして木立の影に身を隠したが、箱体の誘惑にすぐさま負けてしまい、

もう一度、チラっと顔を覗かせた。


「おいで、おいで。楽しいお話が待ってるよ」


演じ手が笑顔で手招きをしている。子ども達の視線もグレーテルに集まっていた。


グレーテルはヌイグルミに顔を埋めながら、木立の側をそっと離れた。

演じ手に誘われるまま、ゆっくりと子ども達の輪に近づいていく。


みんな、自分を受け入れてくれるのだろうか……不安と期待が胸の内で膨らんで、

足を一歩踏み出す度に、心臓が破裂しそうになった。グレーテルが子ども達と一緒になる。


「わー新しい子だぁー」

「かわいいヌイグルミ」


子ども達はグレーテルの姿を見て、温かく迎え入れてくれた。

よくよく見てみると、みんなグレーテルと同じ歳くらいの子ども達ばかりだ。


「はじめまして、お嬢さん。僕はここで演じ手をやっている音楽隊のヴァオ。そして僕の隣にいるのが、

『語り笛』を一任してくれている、音楽隊笛吹き担当のピエッド。どうぞ以後お見知りおきを」


演じ手の少年が自身と、隣のまだら服を着た少年を紹介した。

まだら服の少年は、深く被った帽子の隙間からグレーテルのことをチラりと一瞥すると、

目を伏せて、静座をするように演奏で促した。


「さあ、座って座って」


笛吹きの音色と演じ手のヴァオに後押しされ、グレーテルは隣にムーちゃんを置き、

子ども達と同じように両膝を抱えて箱体の前に座った。


「それじゃあ、話の続きを始めるよ」


箱体の中には、クレヨンで描かれた絵が何枚にも渡って納まっていた。

演じ手が絵の内容を語っては一枚引き抜き、次の絵が現れては物語が繋がっていく。

箱体の正体は『紙芝居』というものだった。


グレーテル自身、こうやって紙芝居を見るのは初めてで、似たような(たぐい)で彼女が知っているのは、

お月様の綺麗な夜にだけ兄が読み聞かせてくれた、『絵本』というものだけである。


絵本や紙芝居は文字だけの物語と違い、物語の一部を『絵』が表現してくれていて、

文字を想像へと変換するのが難しいグレーテルにとっては、物語を視覚から取り入れやすく、

すぐに夢中になった。


紙芝居の内容は、まだら服を着た男が、粉ひきのところに住み込みで働かせて欲しいと頼んだが、

冷淡にあしらわれて、ネズミを粉ひきの小屋に溢れんばかりに送り込んだ――という復讐もので、

グレーテルは次の絵が現れるたびに、悦服した様子で恍惚(こうこつ)の眼差しを紙芝居に向けた。


演じ手の巧妙な語りと、笛吹きの心安らぐ音色が、繭の中にいるような穏やかな気持ちにさせてくれる。

出来ることなら、ずっとここにいたい――そう思わせるほどに、グレーテルは紙芝居の虜になっていた。


「はーい。それじゃあ今日はここまで。気になる続きはまた明日。さあさあ、帰った帰ったー」


カンカンカンカンカーン。演じ手が拍子木を打って幕引きをする。本日の紙芝居を見終えた子ども達は、

物語の余韻に浸ったまま、うっとりとした表情で森の中へと駆けていった。


一人残されたグレーテルもムーちゃんを懐に抱き、名残惜しそうに重い腰を上げた。

途中からの参加だったが、気がついた時には、どんどんと物語に引き込まれていて、

今だに頭の中で物語が踊っている。


演じ手の締め口上では、続きはまた明日と言っていたけど、すぐにでも続きが観たい気分だった。


「あーきみきみ。帰る前に一つだけ。『観賞料』について言っておかないとね」


帰路に就こうとしたグレーテルを、演じ手の少年――ヴァオが言い留める。


「……かんしょうりょう?」

「うん。今回は初めてだったから特別に無料(タダ)にしてあげるけど、明日からは紙芝居を観るのに

〝観賞料なるもの〟を用意してくるんだよ。僕たちもこいつで生計を立てているからさ。さすがに無

 料ってわけにはいかなくてね。今日の紙芝居おもしろかったでしょ?」


音楽隊は子ども達に紙芝居を提供する代わりに、そのお代として、観賞料を頂いていた。


「でもわたし……お金、もってない……」


観賞料と聞いて、グレーテルが下を向いた。

黒い森へ来る前、貯めておいたわずかな貯金は、家庭のためにと全てを母親に預けたし、

森に来てからは、通貨とは縁の遠い生活を送っている。


ホームの宿主である魔女ドロテーアにお願いすれば、もしかしたら、

お小遣いと称して、いくらかの金銭を渡してくれるかもしれないが、そんなことは口が裂けても言えやしない。

むしろ、そんなことを口にしようなど、今までに考えたこともなかった。

お金なんかなくたって、生活に不自由はないし、ホームがあるだけでグレーテルは幸せだったからだ。


「……お金がないと、かみしばい、観れないんですか?」


グレーテルが上目遣いでヴァオに問いかける。彼の言ったとおり、今日の紙芝居はすごく面白かった。

今ですら続きが気になって、身体がソワソワしている。明日と言わず、明後日も明々後日も、物語が

続く限り、グレーテルはここに通い詰めようと思っていたほどだ。


「ハハハ。心配いらないよ。観賞料と言っても、紙幣や硬貨などの通貨じゃなくて構わない。お金なんて、

 この森じゃあ何の役にも立たないからね。ここで言う観賞料とは、こんな感じのモノを指している」


ヴァオがズボンのポケットからクシャクシャの紙を取り出して、目下のグレーテルに見えるように広げた。


**************【☆紙芝居★観賞料☆】**************

*                                     *

* ■ミッシュブロート…………1/4斥(約80~100g)         *

* □無発酵パン…………………半斥(約170~200g)          *

* ■麦・米………………………各一合                    *

* □豚・鹿の肉…………………200g(ただし、腐肉は除く)        *

* ■兎・鶏の肉…………………250g(ただし、腐肉は除く)        *

* □ぶどう酒……………………500ml                  *

* ■ジャガイモ…………………2個                     *

* □淡水魚………………………小一匹、大半匹(収獲してから半日以内)    *

* ■菓子類………………………手のひらにいっぱい              *

* □香辛料………………………小瓶3目盛り(150ml)          *

* ■果実…………………………丸い物120g、太い物50g、長い物100g *

* □その他etc………………その場で検討(食料品以外は要検討)      *

*                                     *

***************************************


「まあ、これはほんの一部だけどね。要するに、この中のどれか一つだけを僕たちに納めれば、

 楽しい楽しい紙芝居が観れるってわけさ。今日いた子ども達も新しい子以外、みんな納めていったよ。

 ん? どうかしたかい?」


難しい顔で紙を眺めるグレーテルに、ヴァオは首をひねった。


「えと……なんて書いてあるのか、よめなくて……」

「え? ああ、オーケーオーケー。文字が読めないんだね。気がつかなくてゴメンよ」


ヴァオは紙に書いてある内容を、グレーテルに分かりやすく読み上げた。

黒い森に来てから毎日のように学習に励んでいるが、文字の読みだけはまだまだ苦手だ。


「どうだい? これくらいの物資なら、君でも調達して来られそうだろう?」


グレーテルは少し考えて、コクリと小さく頷いた。発酵したパンなら、毎日の朝食で半斥は食べている。

それを半分だけ残して持ってくればいいだけだから、それほど困難なわけではない。朝食を少し抜けば、

紙芝居が観られる金額だ。


「うんうん。それじゃあ明日もこの場所で待ってるよ。道に迷ったら、笛吹きの演奏がここまで案内してくれる。

 心配することなんてなんにもないからね。それともう一つだけ」

「???」

「この場所のことや、僕たち音楽隊のことは、絶対に誰にも喋っちゃいけないよ。家族はもちろんのこと、

 兄弟や仲間にもね。人が増えすぎちゃうと、物資を奪ってやろうって(やから)が必ず現れるんだ。

 君たちはそんなことはしないだろう? だからこそここにいる。君たちはピエッドさんの音色に選ばれた

『良い子たち』だからね。いいかい、これは約束だよ? きちんと守れるね?」


ヴァオからの真剣な注意事項を聞いて、グレーテルは力強く頷いた。

兄や仲間たちにも、この場所のことを教えてあげたかったが、彼との約束を破ってしまえば、

楽しい紙芝居の続きが、この先、観れなくなる可能性だってある。


こんなに楽しい物語が観れなくなるなんて……それだけは絶対に避けたかった。


グレーテルはヌイグルミを背中に回すと、紙芝居の余韻を残したまま、真っ直ぐにホームへと駆けていった――

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