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咆哮のグレーテル  作者: 胡桃ヌイ
★第七章 『青卑下』――Kapitel 7:Blaubart――
64/81

Ⅸ 『両雄の対決』

沈みゆく夕陽を背景に、二人の少年が激突した。


青卑下が中指だけを突出させる。人差し指、薬指で中指の先端を押さえ、

さらにその上から、親指を置いて握り込む。《中高一本拳》と呼ばれる突き技で、

青卑下は狼の肺臓(はいぞう)を狙った。拳が狼の身体を打ち抜く。


「なんだ!?」


しかしながら、貫いたはずの右手に手応えを感じない。浅すぎて、深く刺さらなかったのとも違う。


「おせぇ……」

「――!!!」


青卑下の真っ向から鉄拳が飛んでくる。眼下に転がり込んでいた、狼の(たなごころ)だ。

打ち抜いたはずの狼は、すでに移動したあとの残像で、疾風を思わせる、

彼の俊足が作り出したものだった。


「がああぁ!」


腕と脚を車軸のように広げ、横とんぼ返りで吹き飛ぶ。地面に片足を吸い付かせ、

青卑下は衝撃を押し留めた。狼の二の矢三の矢が迫る。


「クソがぁ! 調子に乗ってんじゃねぇぞ!!」


両腕を狼に向かって伸ばし、近傍に低密度・低粘性の瓦斯(ガス)体を沸き起こす。

森一帯に紗幕が垂れ込めて、青卑下の姿が煙霧の中へと浸透した。


「……気体?」

()ぜろ……《童術・液化青酸グロースアルメローデ》」


青卑下が言うより速く、狼が身を回避する。薄青色の気体が次第に凝縮していき、

青色を超えた、紫の液体となって狼を取り囲む。


狼は右手に《童力》を流し込み、《黒雷の壁》を成層してその対処に打って出る。

青卑下の能力が何であるのかは、今だつまびらかでないが、『実体を持っている童術』ならば、

この防御壁の前では全てが済し崩しになる。


「おっと……そういや、お前の童術は『雷』だったな。くっくっくっ……気をつけろよぉ……」


防御壁を敷こうとする狼に、青卑下が不敵な笑みを浮かべ、敵ながらに忠告する。

青卑下は交戦前に垣間見た、狼のたった一度の《童術》を、『性質』から『形態変化』に至るまで、

全てにおいて記憶に留めていた。


「この臭いは……」


猛毒特有の嫌な臭気が狼の鼻先を刺激する。致死率が極めて高いことで知られているシアン化系の

有害臭だ。この物質を少なからず摂取しようものなら、(たちま)ちのうちにシアン化物イオンが

ヘモグロビン中の鉄イオンに配位され、細胞呼吸の阻害を引き起こしてしまう。


「可燃性の高い物質だ。発火温度538度、水分20%以上で爆発する。では……ここで改めて

確認しよう。お前の《童術》は『雷』。放電時に起こる熱膨張は、いったい〝何度〟になるのかな?」


青卑下が口のはしを吊り上げる。狼は辺りを見渡して、

練り合わせていた《童力》を握り潰すように希薄化した。


雷そのものは電磁波であり、温度を有する熱は持たないが、放電によって瞬間的に熱された空気は

音速を超えて一気に膨張し、2~3万もの温度になる。


「ふん……この程度の術で、俺の《童術》を防いだつもりでいるのか? 爆発が起きれば、

 お前だって巻き込まれる。心中を考えているのなら、こちらは『奥の手』を使わせてもらう」

「くっくっくっ……『奥の手』だと? まあ早まるな。こちらとて毒を(あお)るつもりはない」


両指を絡ませ合い、目の前で輪の形を作る。その輪の中に狼の姿を捉え、


「くたばるのはお前だけだ、狼。俺は指定した空間だけに《童術》を留められる。起爆した際の

 爆発範囲は、この輪形(わなり)が捉えている『輪空間』のみ……この輪っかがお前に照準を合

 わせている限り、毒液はどこまでも対象物を付け狙う」


狼の顔色が変わる。白雪や王子を倒した強者(つわもの)だとは聞いていたが、まさかここまでの

技量を持っていたとは……身体能力では狼のほうが(まさ)ってはいるが、《童術》の扱いに至っては、

どうやら青卑下のほうが格上のようだ。


「ちぃ――」

「ハッハハハッ! 逃がすかぁああああっ!!」


輪の中から逃れようとする狼を、青卑下が漏らさないように捉え続ける。

周辺に散布した液体が彼を追って移流した。


「凝固せよグロースアルメローデ!!」


青卑下の提唱を受けて、毒液が液体から固体へと変化する。様々な形態に変化した8本もの毒鍵が、

狼にブレードの先端を向け照準を合わせた。


「《童術・青銅鍵ジルド・レー!》」


8本すべての毒鍵が一斉に射出される。起爆を懸念している狼に、身を守る術はない。

すべての毒鍵が連続して狼に襲いかかった。着弾地点から怒涛の勢いで煙が立ち昇る。


立ち昇った硝煙は、青卑下の『再生せよグロースアルメローデ』の掛け声で、

再び気体として場に停滞した。視界を遮っていた紫煙が次第に収集されていく。

狼の姿は……亡骸にはなっていない。


紫煙が四方に分散され、その中心から狼が飛び出した。

青卑下に向かって真っ直ぐに突っ走る。しかしながら、そのスピードに先ほどまでの疾走感はない。


「ハハッ! どうした? 動きが止まって見えるぜ」

「くそっ……少し吸い込んだか」


狼の《虎爪(こそう)》を難なくかわし、青卑下がふらつく狼に嘲笑(ちょうしょう)を浴びせた。

頭痛・眩暈・耳なり・嘔吐が症状として表れる。紫煙をくゆらせた狼は、急性中毒に侵されていた。


「くっくっくっ……苦しいか? 苦しいだろう? だがしかし……こんなものじゃ終わらせねぇぞ」


毒液に苦しむ狼を、再び『輪空間』の中に閉じ込める。散布された液体はすでに固体へと変化を

遂げており、二発目の毒鍵がターゲットを捕捉していた。今度こそ絶体絶命だ。青卑下の攻撃手

順に終わりが見えている。


狼はひどい脱力感に葛藤を強いられていた。


何かを背負って戦うことが、何か大切なモノを守って戦うことが、こんなにも大変だったとは。

知らなかったわけじゃない。あの日――あの日、すべてを失った〝あの時〟より分かってはいたことだ。

自分以外の存在が重石となって圧しかかり、自身の生を(おびや)かす、邪魔な存在でしかないことは。


ただ、その感覚を、久しく忘れていたのだ……誰かのために戦い、誰かのために傷つくことを。


くそ……どうして『仲間』ってやつは、こんなにも重たい存在なのか……『仲間』さえいなければ、

こんな苦しい戦いにも、巻き込まれずに済んでいたのかもしれない。とっとと自分の目的を遂行して、

物語に終止符を打っていたかもしれないのに。


いったい、どこで狂ってしまったのか。


「オラオラぁ! とっとと逃げねぇと、毒鍵が降ってくるぜぇ!!」

「ちぃ……」


上空で待機していた毒鍵が狼を目がけて我先にと降り注ぐ。狼は最小限の《童力》で、

小さな雷壁を築き上げた。迫り来る毒鍵が放電時の熱膨張で爆発する。


「ぐあぁあっ!」


ガス爆発の衝撃で、狼が宙に身体を浮かせ、そのままの勢いで地面に叩きつけられた。

口内から血反吐が込み上げる。雷が爆発を誘引してしまうことは分かっていた。だが、

中毒に侵された身体では、毒鍵を避けることもままならない。これ以上、毒に侵されてしまうくらいなら、

いっそのこと、爆撃を食らったほうがマシだった。


「ハッハッハッハー! 言ったはずだぜ? てめぇの《童術》は、爆発を引き起こすとなぁ!!」


青卑下の高笑いが、いちいち耳につく。あの鼻っ柱を、何とか圧し折ってやりたいが、

身体が言うことを聞きやしない。意識を保つのが精一杯だ。


「お寝んねタイムには、まだまだ早いぜぇ狼ちゃん!」


砂を蹴るような青卑下の脚撃が、ガードもできない狼を容赦なく蹴り飛ばす。


「……なんて様だ。こんなんじゃあ……あいつらに、示しがつかねぇな」


鉄と土の味がする。口内で泳ぐ血だまりを唾液と共に吐き捨てた。狼がふらふらと立ち上がる。


「おーおー頑張るねぇ。そんなに『仲間』とやらが大切なのか? 妹からの情報では、

 お前は仲間の存在に否定的で、一人でいることに固着していると聞いている。それ

 なのに何故、赤頭巾やあの〈兄妹〉に味方をする?」


何故。そう言われると、すぐには答えられない。

正直なところ、自分でも何ゆえ『仲間』のために戦っているのか分からなかった。


いつものように仲間を遠ざけて、自分には関係のない事だと距離を取っていれば、

今回の『赤頭巾争奪』の件も、自分自身、これほどまでに傷つくことはなかったはず。

何かを守るために戦えば、無駄な傷が増えることくらい、あの時より分かっていたはずだ。


仲間がいたから弱かった……仲間を守らなければという使命感が、敵に隙を与え、

そして、敗北に繋がった――最初から一人でいれば、力を自分のためだけに使うことができた。

失うモノがない分だけ、他人より強くなれた。そうやって生きてきたからこそ、

仲間の存在なんて必要なかった……なかったはずなのに。


「知るか。身体が勝手に動いた。それだけだ」


脳内に浮かぶのは、いつも仲間、仲間と口にしている、甘ったれのシスコン野郎。

そいつの妹で、仲間のためなら傷つくことさえ躊躇わない特攻娘。

まるで我が子のように小人の面倒を見ている王国の少女。

最近『グリムの仔達』になったという、これまた王国のプリンス。 

そいつらみんなが、こちらを見ている。


狼にすべてを託し、彼が戻ってくることを望んでいるかのように。

狼の居場所は、ここにあるよと言っているかのように。


「ったく……あいつら、いつもこんな想いを背負って戦っていたのかよ」


認めたくはないが、今ならヘンゼルの言っていたことが少しだけ理解できる。

仲間を想って戦うことが、こんなにも負けられないという気持ちにさせるのかと。

自分が負けることで、多くの悲しみが生まれてしまうのかと。


失うモノがないから強いんじゃない……失うモノがあるからこそ強くなれる。

仲間の存在が自分を弱くしているんじゃない……仲間の存在が自分を強くしてくれるんだ。


〝守りたいという想い〟が、負けられないという気持ちを高めてくれる。


「負けるわけには、いかねぇな……」


何故、仲間のために自分は戦っているのか――今の狼にその言葉は必要なかった。

仲間が自分の居場所を用意してくれている。そしてその輪の中に、自分も加わりたい……。

理由なんてものは、それだけで充分だった。


「感謝するぜ赤頭巾の兄貴……お前のおかげで、俺はまだまだ強くなれそうだ」

「ああ? 防御もままならない奴が何ほざいてやがる。お前の未来は死だ……俺が決めた。

 だいたいお前は、妹の何なんだ? お前が赤頭巾に固執する理由はいったい何なんだ??」


青卑下からの厳しい質問に、狼は赤頭巾から言われた言葉を思い出した。


【私……狼くんのことを〝他人〟だなんて思ったことないよ】

【狼くんのこと〝お兄ちゃんみたい〟だって思ってた】

【私にとって狼くんは〝家族〟なの】


『家族』……か。あいつは、そんな風に言ってくれてたが、

自分は赤頭巾のことをどう思っているのだろう。


ホームやご飯を惜しみなく提供してくれるお人よし? それとも、人の身体に香料を塗りたくって、

後を付けて来るストーカー? あるいは美味しいリンゴのケーキだと言って、猛毒を盛る暗殺者?


ダメだ……あいつに対してのイメージが残念なものしか浮かんでこない。


「くっくっくっ。まあいい……どちみちお前に赤頭巾を渡すことはない。

 お前はここで死に絶えるのだからなぁ!!」


本戦三発目の毒鍵を液体から練成する。『輪空間』の中に狼を捕縛して、

立っているのがやっとの標的をロックオン。赤頭巾とは違い、青卑下の命中率は90パーセントは固い。

間違いなく対象物を打ち抜く。狼に成す術は……笑っている?


「なんだ? 毒が回りすぎて狂ったか?」

「ふん……狂っているだと? 狂うもなにもそんなの、あいつに出会った時点で、

 俺の物語はすでに狂っている」

「あいつ? 赤頭巾のことを言っているのか??」

「そいつ以外に誰がいる」


天涯孤独を(つらぬ)くはずだった狼。そんな彼がこうして『仲間』のために戦っているのは、

自身の『物語』と結びつき、狼のことを『家族』だと思ってくれていた、赤頭巾との出会いがあったからだ。


いつも馴れ馴れしいウザったい奴だが、赤頭巾と出会わなければ、狼はずっとずっと一人のままだった。

彼女の『誰とでも仲良くしようとする』姿勢が、ヘンゼルやグレーテル、白雪や王子との繋がりを強固

なものにして、狼のすべてを受け入れてくれる、友情の深い仲間を作ってくれた。


【あなたが一人に固執する理由、それは仲間を失うのが恐いからだ】


ヘンゼルとの戦いで彼に強く言われた言葉。そのとおりだ。狼は『あの日の事件』で大切な仲間を失い、

そして、その原因が自分にある事を引きずっていた。


自分の大切な仲間が一人……また一人と殺されていき、すべてを失った狼は、

仲間を失う恐怖から仲間の存在を遠ざけていた。仲間を作ってしまえば、またあの時のように

仲間を失ってしまうかもしれない。自分を付け狙う敵対者が大切な仲間を傷つけてしまうかもしれない……

そう考えただけで、彼は『仲間の輪』に飛び込めなかった。だけど、


【僕を信じて欲しいんだ……〝もう一度〟……仲間の存在を託してみてよ】


狼の頭上を暁光(ぎょうこう)が射し照らす。天空からの木漏れ日が狼の身体を包み込んだ。


「くそが……誰がお前みたいな弱い奴に託せられるか……仕方ねぇから、俺も託されてやるよ!」


突然の耳をつんざくような雷鳴に、青卑下が狼の側から飛び退いた。落雷が狼を飲み込む。


「《童術・聖龕ムシェルカルク!》」

「バカが! 《童術》を使えば爆発すると何度も言って――」


周辺には引火性の強い青酸ガスが充満している。瞬間的に高温度を生み出す狼の雷は、

爆発を誘引させる要因だ。《童術》を発動すれば爆発が起きてしまう。しかしながら、爆発は起きなかった。


代わりに狼の足元を漆黒の魔法円が照らす。バチバチバチと禍々しい黒雷を放電して――


「ぐっ……どういうことだ……爆発が起きやがらねぇ。いったい何をしやがった」


バチンバチンと何かがはじけ飛ぶ。黒雷の切っ先同士が互いに鞭を打っているようだ。

次第に狼の身体から毒素が抜けていく。急性中毒の症状が和らいでいるのが分かった。


「お前まさか……毒物を『電気分解』したと言うのか!?」

「ふん……どうやら俺とお前の相性は最悪のようだな」


黒雷を身に纏って、狼が反撃の態勢になる。青卑下が事を構えた瞬間――

彼は後方へと吹き飛ばされていた。


「ぐあっ、があああっ!」


顔を抑え痛みに耐える。指の隙間から鮮血がほとばしった。なんだ……何も見えなかった、ぞ?


「お前は能力に溺れ過ぎた。遠距離・中距離からコソコソと術を使いやがって……

 男なら、正々堂々と拳で語りやがれ!!」


黒雷を纏った狼の右ストレートが青卑下の姿を捉える。寸でのとこで拳を回避し、

青卑下が狼にカウンターをお見舞いした。両腕をクロスさせ、狼が青卑下のカウンターをガードする。


「……誰がコソ野郎だ。訂正しろ。俺は……近接も得意なんだよ!」


青卑下が殴打の嵐を狼に浴びせた。ガードを集中破壊する。拳が黒雷に触れる度、

バシュッバシュッと肉肌が焦げていく。黒雷を纏った狼を倒すには、

一点集中で黒雷に穴を開ける必要があった。


「届かねぇ……そんな貧弱な拳じゃあ、俺には届かねぇぞ、コラ!」


強烈な膝蹴りが青卑下の身体を屈折させた。青卑下が胃液を撒き散らす。


「てめぇなんかに……てめぇなんかに、赤頭巾を渡してたまるかああああっ!!」


青卑下が狼の腹部に両手を当てて、至近距離で毒液を爆発させた。

電気分解が起こる前に大量の液体を流し込めば、すぐさまに液体は爆発する。


ただし、その代償は――自分自身も爆発に巻き込まれてしまうということだ!


「ぐあああっ!」 「ちぃいい!!」 


近距離爆発によってお互いが引き離される。雷を纏っていた狼は爆発時の威力を軽減できたが、

青卑下は痛恨の深手を負った。しかし、その攻撃は無駄ではない。狼の鉄壁の黒雷に、

修復時間多望の大穴を開けたからだ。


「ハァ……ハァ……こっちだって負けられねぇんだよ……妹を……

 赤頭巾を幸せにしてやることが、俺の夢なんだよぉお!」


青卑下が猛進する。狼の手前で飛び上がり、狼に向かって拳を振り下ろした。

黒雷だけが残り、鉄拳は地面を割いた。


「望んでない幸せを……赤頭巾に強要してんじゃねぇえええ!!」


青卑下の横合いから狼が現れ、彼の右フックが青卑下の頬を殴打する。

気絶しそうな一撃を気合で押し留め、お返しにとばかりの回し蹴りを青卑下が狼に喰らわした。


草が散る。石が飛ぶ。砂が舞う。お互いに自分の『想い』を譲らない。激しさを増していく二人の激闘は、

互いに《最大童術》を残して極限にまで追い込まれていく。


「くそ、が……赤頭巾はぜってー渡さねぇぞ……あいつは、俺のモノだ……」

「……あいつは〝モノ〟なんかじゃない……あいつは、赤頭巾は――」

「!!!」


狼が両足にグググッと力を籠め、遥か上空まで垂直に飛び上がる。

最高到着地点に着いた狼を青卑下が見上げた。


「赤頭巾は俺の……俺の、大事な〝パートナー〟だああっ!!」


地上に巨大な魔法円を出現させ、青卑下の足元を漆黒の闇が照らした。


「ハアアッ!」


青卑下が中腰になって両腕を螺旋のように絡ませる。残っている《童力》を全てかき集め、

最大級の固体物を作り上げた。彼の血液をも吸収したのか、その固体物は全身を真っ赤に染め上げて、

ドロドロとその赤を滴らせている。まるで、血だまりにでも落としたかのような状態だ。


「《童術・電弧一閃ヴォルフハーゲン!》」


雷鳴が轟き、範囲内に落雷が生じる。身体に黒い電荷を帯電させ、

狼が雷そのものになって地上へと急降下した。迫り来る黒雷に合わせて、

青卑下が血の染み付いた、巨大な毒の鍵を狼に向けて解き放つ。


「《童術・染み付いた血鍵ジルド・ラヴァル!》」


『黒雷』と『毒鍵』が空と地上との間で大衝突した。森が摩擦の中心から少しずつ削れていく。

青卑下の足元がボコンと押し下がる。狼の身体が上空に押し戻された。

全身全霊を賭けた互いの《最大童術》は、しばらくの間均衡を保ち、

勝敗の行方は互いの『想い』に委ねられた。


「おおおおおおおおおおっ!!」 「はあああああああああっ!!」


青卑下の足元が崩壊する。上空からの重みに地盤が耐えられなくなり、

踏ん張っていた両足が地底へと沈下した。


「ぐぐぐっ……俺の《童術》が押されているだと――? 狼の『想い』のほうが、

 俺よりも強いというのか!?」

「俺は……あんたのように赤頭巾を笑わすことは出来ない。あいつに幸せを与えてやることも

 出来やしない!!」

「ぐっ……こいつ……」

「……でもな。こんな俺でも頼りにされちまったら、仲間として、パートナーとして……あいつを、赤頭巾を

 守ってやらなきゃいけねーだろうがあぁああああ!!」


狼が魔法円からの迎え放電と結合し、地上に一際大きな黒雷を発生させる。青卑下の渾身の毒鍵は、

強力な『電気分解』を前に総崩れし、直流を受けて青卑下は感電した。


「がああああああああああああっ!!」


地べたに足を着けた狼が同時に膝を着いた。

《童力》の最大許容量をオーバーし、体力の限界に近づいたからだ。


虚空を見つめたままの青卑下から黒煙が上がる。高圧・高電流を喰らったにもかかわらず、

今だ倒れてはいない。


「なんて奴だ……そこまで赤頭巾のことを」


青卑下のあまりの執念に、狼は敵ながらに称賛を浴びせた。意識を失ってもなお、

自分は負けていないんだということを、青卑下は狼に示したのだ。


そしてその数分後。狼が気絶した――


      ☆


……声が聞こえる。誰かが自分を呼んでいるらしい。

狼のことを心配して何者かが駆けつけてきたようだ。



「……くん! 狼くんってば!!」



……うるせぇ。ちゃんと聞こえている。少々《童力》を使い過ぎただけだ……少しくらい休ませろ。



「うわあああん! 狼くんが……狼くんが死んじゃったああっ!!」

「勝手に殺すんじゃねぇ!」


狼が気絶のふちから急覚醒した。誰が死んだだ。大げさなんだよてめぇは。

赤頭巾のひざまくらから、狼が起き上がる。そして、青卑下の姿を探した。


「あいつはどこだ……ぐっ! この俺が気絶していたとは。情けねぇ……」

「あいつ? 私がここに来た時は誰もいなかったよ?」

「なんだと……」


狼よりも先に気絶していた青卑下は、狼よりも先に意識を取り戻していた。

狼に止めを刺そうと思えば刺せたが、それはしない約束だ。

自分は全身全霊を賭けて戦い、敗北したのだから。

青卑下は狼の姿を目に焼きつけ、森を去って行った。


狼は青卑下の騎士道をくみ取り、とりあえずは、赤頭巾残留を認めてもらったと解釈した。


「狼くん……なんで、どうして私のこと助けてくれたの?」

「……ふん。お前が『助けてくれ』って言ったんだろうが」

「え? でも……俺には関係ないって……」


赤頭巾の問いかけに、狼が少し赤面する。こんなにも気持ちが上擦っているのは初めてだ。


「お前は……その……俺のパートナーだからな……」


くそ……恥ずかしいこと言わせやがって……だけど、ここできちんと『想い』を伝えておかないと、

せっかく身を呈して戦った意味がなくなってしまう。今回くらい素直にならないとな――


「え、あ。あの……ぱぱぱ、パートナー!? パートナーってあれだよね? 

 夫婦とか恋人ってやつだよね!?」

「そっちの意味に捉えんじゃねぇ!」

「えー違うの! じゃあ、どういう意味ー?」

「自分で考えろ」

「狼くんから言ったんでしょ~ちゃんと答えてよー」

「あーうるせぇ。傷に障る!」


ぐぅ~きゅるるるる――


狼の腹から腹の虫が鳴く。一瞬、呆気に取られていた赤頭巾が唐突に吹き出した。   


「……ぷ。やだ~今のなんの音」

「ちぃ……《童力》の使い過ぎで腹の虫が鳴りやがる……」


赤頭巾は腹部をさする傷だらけの狼を見て、


「もーしょうがないなぁ~リンゴのケーキ、作ってあげるよ。うちに来るでしょ?」

「ふん……『毒』だけは、二度と懲り懲りだからな」

「にしし……うんっ!」


そんな二人の近くから二つの人影が飛び出してきた。


「狼さん――っと、赤頭巾さん!?」


草藪から姿を現したのは、全身に草や葉っぱを装飾した〈兄妹〉だった。青卑下戦から一旦離脱し、

花園にて毒を回復後、再びこの場所に戻ってきたのだ。


「も~二人とも何なのその格好? すっごく変だよ」

「へ、変? これは、対青卑下さん用の対抗策のつもりなんだけど……」

「すっごく変」


ヘンゼルの説明を赤頭巾がきっぱりと処断した。そんなに変かなぁ~ヘンゼルが自分の装飾を見渡した。


兄妹は頭や腕、腰や足など、青卑下の毒が当たっても対処できるように、身体全体に解毒草を貼ったり

巻きつけたり差し込んだりしていた。見た目は完全に、アマゾン奥地に住む、謎の秘境民族そのものだ。

ご丁寧にムーちゃんにまで草が装飾されている。


赤頭巾がお腹をかかえて笑う。狼も兄妹から顔を逸らしている。


「グレーテル……なんか僕達、笑われているね」

「お兄さま。あたまの草が少し曲がっています」


グレーテルが背伸びをして、ヘンゼルの頭に差さっている装飾のズレを直してやる。


「ありがとうグレーテル。きっとこれが笑われていた原因だよ」


ヘンゼルとグレーテルのコントに、ついに狼が吹き出した。


「お前ら……俺を笑い殺す気か……」


狼が仲間に見せたことのない表情をしている。赤頭巾が仲間の姿を見つめて、


「狼くん。『仲間』っていいもんでしょ?」

「あ?」


赤頭巾の微笑みに、狼は反論しかけていた言葉を飲み込んだ。


そうだな……こんな奴らが仲間なら退屈はしなさそうだ。狼がコントを続ける兄妹を横目に、

赤頭巾に軽く笑って答えた。


「ふん……どうだかな」

「もー素直じゃないんだからー」


辺りはすっかりと真っ暗だ。森に住む子ども達がホームへと帰っていく時間。



「お兄ちゃん。きっとまた会えるよね。お兄ちゃんのホームは、いつだってここにあるんだから――」

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