表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
咆哮のグレーテル  作者: 胡桃ヌイ
★第七章 『青卑下』――Kapitel 7:Blaubart――
61/81

Ⅵ 『断ち切られる想い』

「おうじのおにーちゃああぁぁん!」


遠く近く、幼女の戦慄(わなな)き声が聞こえる。

ホームの玄関口にて、如雨露を片手に水を撒いていた王子は、林の奥方へと目を向けた。


「ミーレ……?」


軒先(のきさき)には、白雪と小人達が思い思いに種を蒔いた、八色のプランターが慎ましやかに並べられており、

様々な野菜や果物が収穫できるほどに育っている。その中の一つ、文体と呼ぶにはまだ(へだ)たりのある

字づらで、『ぶろっこりー(^-^)』と書かれた黄色いプランター。それを手懸けている小さな育苗者(いくびょうしゃ)が、

涙で顔をくしゃくしゃにしながら、こちらに向かって駆けて来た。


「うわあああん!」


ミーレと呼ばれた幼女は脇目も振らず、ひたすらに王子の元を目指し、

そのまま王子の懐へと跳び付くように抱きついた。


「雪ちゃんが、お兄ちゃんたちがああぁー!」


ミーレがヒクッヒクッとしゃくり上げ、小鼻を膨らまる。

山菜採りの帰りに起きた刃傷ざたを伝えるため、言葉に成らない湿声で懸命に伝言を絞り出す。


「落ち着いてミーレ。いったい森で、何があったんだい?」


王子はそんな彼女を優しく抱え込み、ミーレが落ち着くようにと、何度も背中をさすってやる。


「くっくっくっ。何だったら俺が代弁してやろうか? 王子様」


突然の笑い声にミーレが条件反射し、それに連なって王子の視線が持ち上がった。

ミーレの後を追って、林から少年が現れる。初目見(ういまみ)えではない。知っている人物だ。


「青卑下くん……どうして君がここに……」

「あのお兄ちゃんが……あのお兄ちゃんがみんなを!」

「――なんだって!?」


悪いことをしたクラスメートを、級友が先生に言いつけるように、

ミーレが青卑下の悪事を王子へと告げ口する。


「ミーレ……安全な場所に隠れているんだ」


ミーレを自身から離れさせ、安全な場所へと避難させる。ホームの中へと誘導しなかったのは、

もしもの場合に備えて、目の届く範囲に彼女を留めておきたかったからだ。


「青卑下くん。ミーレの言葉が本当なら、僕は雪たちのところへ行かなくてはならない。

 答えてくれ。雪やフェンヒェルたちに何をしたんだ?」

「……俺の可愛い妹から引き離した。それだけのことだ」

「妹? 赤頭巾ちゃんと雪の仲を引き裂いた。そういうことかい?」

「そんな優しいものじゃない。『結びつき』ごと処断した。妹をこの森から連れ出すためにな」


青卑下の悠場迫らざる態度に、王子の中の青卑下像が崩れ始める。

昨日のホームパーティーでは、自身と白雪の関係を、あんなにも熱援してくれてたというのに。

すべてが(いつわ)りだったとでも言うのだろうか。


断片的ではあるが、青卑下からの話を聞いて、

彼の蛮行が目的達成のための布石だということは理解した。


おそらく赤頭巾は、青卑下の意向とは逆で森に残ることを決意したに違いない。

それは、白雪や小人達、ヘンゼルやグレーテルといった、

『仲間』との繋がりを大切に想っているからこその判断だったと思われる。


そう――今の赤頭巾は、昔みたいな友達のいない赤頭巾ではない。

多くの仲間達が彼女のことを支え、(した)っている。


だからだろう。青卑下がその『仲間』との繋がりに固着している理由は。

彼からしてみれば、妹に友達が出来ていたことは誤算だったに違いない。


「それで、仲間達との繋がりを断っている……と?」

「ああ。お前達との繋がりが無くなれば、あいつをこの森に縛り付けているものもなくなる。

 晴れて、森から出られるというわけだ」


赤頭巾に仲間など必要ない。今も昔も変わらず俺が守ってやる――そんな気迫が彼から感じられる。


「君の目的が何であるのかは分かったよ。だけど、君の蛮行を赤頭巾ちゃんは知っているのかい?

 僕には、君が彼女の気持ちを知っているとは到底思えない」

「知ってどうする。あいつに選択権はない。頑なにこの森に留まるというのなら、

 手足を折ってでも連れて行く。お前達には分からないだろうが、俺にはあいつが必要なんだ」

「うぬぼれが強すぎるよ青卑下くん。そんなの赤頭巾ちゃんが悲しむだけだ」

「悲しむだと? ふっ……笑わせる。あいつに待っているのは『最高の物語』だ。俺達は

『エーレンベルク草稿』を必ず見つけ出し、我らが主〈アンデルセン〉に献上する。そして、

 創ってもらうのだ。何もかもが白紙になった1ページに、俺達、兄妹の『物語』をな!」


青卑下が高らかに宣言する。アンデルセンにエーレンベルク草稿だって! 王子の面構えが変わった。


「エーレンベルク草稿……その書物は幻だと聞いている。あるかどうかも分からない書物のために、

 妹を巻き込もうって言うのかい? どうして君は、赤頭巾ちゃんの〝今〟を見てあげないんだ!」

「やれやれ……あんたも説教か。『グリムの仔達』という輩は、やはり気に喰わんな。

 何が幸せだ。何が『想いをカタチ』にだ。その全てを俺から奪ったくせによ」

「全てを奪った? それはどういう……」

「話の続きは『改編された世界』でしてやるよ。もっともお前達『グリムの仔達』に、

 居場所なんてものはないがな!」

「――!!」


地面を蹴って、青卑下が一直線に王子に向かった。背後にホームとミーレを抱え込み、

王子は断腸の思いで戦闘態勢に入った。


「《童術・変想ファンタスマゴリーク! (フィート)/レーヴェ!!》」


王子の足元が黄色い魔法円に照らされ、光が彼の身体を包み込む。見る見るうちに光が大きくなり、

人間の形姿から他の生物へと変化していく。《変身効果》を有している、タエマナシ王子の童術だ。


森の中に雄叫びが響き渡る。衝撃で木々が鳴動し、下草が一気に舞い上がった。


「ほう……『姿を変える童術』か。驚いたな。希少能力だぜ、王子様」


青卑下が目線を上へと向ける。光の消失で彼の目の前に現れたのは、四足歩行の猛獣だった。


王子は人間の姿から《童術》で姿を変化させ、体長はおよそ200センチメートル。体重180キログラム。

肩高120センチメートルの大型肉食獣――《白獅子》へと変身を完了させた。


獅子が白い毛衣を奮わせる。手触りの良さそうな上品質な毛並みだ。色彩は王子と同じ玉緑色で、

頭部から頸部(けいぶ)にかけて金色のタテガミが際立っている。動物界の王者、それも(ちまた)ではめずらしい、

白毛の獅子だ。幻獣に近いものを感じさせる。


「おもしれぇ……少しは楽しめそうだ」


猛獣を前に余裕の笑みを浮かべ、青卑下が手のひらを白獅子に向けた。


「繋がりは、全て断ち切らせてもらう」


      ☆


ドスン!! 白獅子が膝を折りながら横転する。地面に沈みゆく巨体を遠くから眺め、

木陰に隠れていたミーレが思わず泣き叫ぶ。


「おうじのおにいちゃん!」


白獅子は傷ついた体躯を無理やりに立たせ、続投を表明する。

負けるわけにはいかない。ここには白雪や小人達のホームがある。

彼女達の帰る場所を守らなくてはならない。


「しぶといな。これだけの力の差を見せ付けられて、まだ戦うつもりか?」


右手から紫色の液体を滴らせ、満身創痍の白獅子を哀れ見る。

青卑下の《童術》なのか、白獅子の巨大な体躯からは、紫色の湯煙が立ち昇っていた。


「楽になれよ王子様。俺はお前達の命まで奪うつもりはない。教団の奴らに監視されているからな」


だから赤頭巾のことは諦めて、妹との繋がりから身を引いてはくれないか? そう続ける。


(赤頭巾ちゃんは仲間だ……彼女が森から出ることを望んでいないのなら、

 君に妹を連れ出す権利はない!)

「そうかい……お姫様といい、王子様といい、どうも〝勘違い〟している部分がある。まあいい……

 それをいちいち説明するのも面倒だ。妹から手を引かないと言うのなら、ホームごと消えて無くなれ」

「だめー! ここはミーレたちのおうちなのー!」


ホームを破壊すると聞いて、ミーレが青卑下の前に躍り出る。怖いけど……何もできないけど、

白雪やフェンヒェル達が守ってきたホームを、壊されてなんかたまるものか。


「どけ。お前に何ができる?」

「ううっ……」

「力の無い者ほど簡単に『守る』だの『仲間』だの言いやがる。現にそうだろう? 

 お前達は赤頭巾を仲間だと言って守ろうとしているが、俺を相手にこの様だ。守る力もないくせに、

 威勢だけは立派に張りやがる。考えてみろ……守る力のないやつに、妹を預けられると思うか? 

 あ? 答えはNOだろ?」


言い返せる言葉が出ない。認めたくはないが、青卑下の言い分には一理ある。

力がなくては、いくら赤頭巾との繋がりを守ろうと想っていても、それをカタチにすることさえ出来ない。


悔しいが青卑下の力は本物だ。赤頭巾を守ることすら厭わないだろう。彼女のことを考えると、

青卑下の想いのほうが正しいのだろうか……。


小刻みに身体が震え、その場から動けなくなったミーレを見限り、青卑下は童力を練り込んだ。


「どかないなら、そのままでいろ。まとめて消し去ってやる」


青卑下の右手に紫色の魔法円が出現し、そこから鍵の形をした金属片が8本、

彼の意思に合わせて展開する。ブレードの先端を、ミーレ・白獅子・ホームに向け、狙いを定めた。


(ミーレ!)


白獅子と化した王子がミーレの前に飛び出す。青卑下の手から放たれた《童術の鍵》は、

ディンブルキーやディスクシリンダー、ピンタンブラーやスケルトンキーと言った、何種類もの形で構成

されており、その全ての先端に〝毒〟が塗りこまれていた。


「ぐあああっ!」 「うわああんっ!」


王子が元の姿へと戻る。青卑下の童術を猛獣の巨体で防ぎ、変身能力が解除された。

一定のダメージ量を超えたことで、『想い』を『カタチ』へと形成する《童力》が維持できなくなったのだ。


「くっ……ミーレ、しっかりするんだミーレ!」


王子がミーレを抱え起こし、必死に意識の確認を呼びかける。

青卑下の猛攻を体を張って防ぎはしたものの、着弾時の衝撃は桁違いの威力を誇っており、

王子はもちろんのこと、小人族であるミーレがそれに耐えられるはずもなく、

二人はホームの玄関口まで飛ばされ、ミーレは気を失うほどのダメージを受けていた。


「青卑下くん……僕達はたしかに弱いけど、君から赤頭巾ちゃんを守れないかもしれないけど、

 仲間の繋がりを断ち切るなんてことは……絶対にしない!」


気絶したミーレを腕に抱き、王子が『結びつき』の固さを強調する。

赤頭巾の『想い』を考えもせず、己の野望を優先する青卑下に、屈するわけにはいかないのだ。


「《童術・変想ファンタスマゴリーク! F/シンメル!!》」


余力を振り絞り、王子が《童術》を発動させる。

魔法円の光に包まれて、王子は再度、別生物へと変化した。


「おいおい……ペガサスにも変身できるのかよ。いい能力を持っているな」


長い四肢、金のタテガミ、大きな翼。今度は先ほどの《白獅子》とは違い、幻獣ペガサスへと様変わりした。


(ここでやられるわけにはいかない。みんなに知らせるまでが僕に託された使命だ!)


背中にミーレを横たわらせ、戦線を離脱する。鬼と化した青卑下の野望を、

『仲間たち』に伝えに行かなくてはならない。嘶きと共に翼が上下運動し、

ペガサスが一気に大空へと舞い上がった。行き先はもちろん赤頭巾のいる、

ホーム『おばあちゃんの家』だ。


(雪、フェンヒェル。待っててくれ。このことを赤頭巾ちゃん達に伝えたら、すぐに駆けつける!)


大空で浮遊する白馬を眺め、青卑下がその飛び先を確認した。

空に逃げたところで、王子たちの行き先は知れているからだ。


それに、止めようと思えば、この場所から《童術》で打ち落とすことも可能だが、

あえて泳がしておくのも面白いかもしれない。どちみち残すは二人――〈兄妹〉のみだ。

合流されたところで大した問題にもならないだろう。

さらに、こちらから戦いの場を設ける必要もなくなって大助かりだ。

青卑下の野望がいよいよ大詰めとなってくる。


「くっくっくっ……〈兄妹〉を倒せば、赤頭巾に繋がっている全ての『結びつき』を断ち切れる。

 俺達の『物語』にも、ようやく『幸せ』が訪れるってもんだ」


ホーム『小人さんの家』を前にきびすを返し、青卑下は進んできた道のりに足を戻した。

ホームの破壊などどうでもいい。それよりも、妹との『結びつき』を断ち切ることが優先だ。

青卑下はそう言わないばかりの表情で、自身のホームを目指した。


      ☆


衣類の入っていた洗濯カゴが、地面に落ちて傾き、中に入っていた衣類が散乱する。

ホームに突然舞い降りてきたペガサスに最初はびっくりしたが、白馬が王子の《童術》だったことを知り、

赤頭巾は森で起きた青卑下の事情を王子から聞かされた。


「どういう……こと……?」


わけが分からない。どうしてそんなことになっているのか。

どうして兄が大切な友達に暴行を加えているのか。

信じたくはないが、白馬の背中から下ろされたミーレの姿を見て、疑心が確信に変わった。


「赤頭巾ちゃん。僕はこのことをヘンゼル君達に伝えてくる。

 おそらく彼の次の狙いは兄妹だ。二人が危ない」


ミーレを赤頭巾に預け、王子が再び白馬の姿へと変身する。《童力》も限界だが、

一刻も早くこの事を兄妹に伝えなければならない。二人が住んでいるホームの場所は、

白雪からの話でどんな場所にあるかは知っている。『想い』を魔女に受信させれば、

ホームへの幻術を解除してくれるはずだ。


「王子くん待って! その身体じゃ――!!」


言うより早く、ペガサスは大空へと飛翔していた。


「そんな……なんで、どうして……お兄ちゃん、なんで私の仲間を傷つけるの……?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ