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咆哮のグレーテル  作者: 胡桃ヌイ
★第七章 『青卑下』――Kapitel 7:Blaubart――
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Ⅳ 『至福のひととき②』

「フィアっち。入るよ」


声だけかけ、ノックはせずにドアノブに手を伸ばす。

扉の先は真っ暗だった。


「やれやれ。これじゃあ、在室しているのかどうかも分からないよ」


暗屋に入った男が、相変わらずだと苦言する。

この部屋が暗然としているのは、どうやらいつものことらしい。


「少しだけ灯りを点けさせてもらうよ。こんな状態じゃあ、面と向かって話も出来ないからね」


返事は――返ってこない。すなわち、灯火許可が下りたということだ。


男が目の前で右手を振りかざす。小暇(しょうか)、青白い光粒が糠星(ぬかぼし)のごとく散布され、

先ほどまで真っ暗だった室内に、ぼんやりと灯りが浮かんだ。《民謡伝術》を使用したのだろうか。

遮音壁に設けられたいくつかの燭台が、点火によって息を吹き返した。


「……眩しいな、ズィーベン」


薄暗い堂奥から、霞がかった声がする。この部屋の管理人であり、教団の幹部を担う女性フィアだ。


「まったく……君の光明嫌いは何とかならないのかい? その姿を見ているだけで目が悪くなりそうだ」


ズィーベンと呼ばれた男が口を引き垂れて、フィアの(てい)たらくぶりを咎め立てした。


灯火によって明るみになった彼女の私室は、床面および天井が正円になっていて、円柱のような構造になっていた。

壁面一帯には、背の高い本棚がぎっしりと敷き詰められており、汗牛充棟(かんぎゅうじゅうとう)の書物が、

目白押しに並べられている。そのため、アクリル製の天窓以外に明り取りはなく、室内を照らしているのは、

円蓋から射し込むわずかな天然光源と、本棚の隙間に設けられた、めったに使われない人工光源の二つのみ。


フィアは、そんな光の無い書庫のような私室で、書物渉猟(しょもつしょうりょう)に更けていた。


「君が許可入れしたあの少年。妹とは接触を果たしたみたいだけど、今のところ、動き出す気配は感じられないね」


部屋の中央――『U』の字に配置されたフィアの机に向かって進み、その脇の赤いソファーに目を落とす。そして、

ひじかけを枕に足を組み、見開いた本で顔を蔽った上官に報告した。


「それくらいのこと、わざわざ報告しなくても分かっている」

「おや? 外出嫌いの君が現地調査なんてめずらしい。僕はてっきり、フュンフやゼックス達に、

 任務を丸投げしているものだと思ったよ」

「横の物を縦にもしない言い方をするな。私は別に引き篭もり体質ではない」


非に口をぬぐいながら、フィアがソファーから身体を起こす。

室内でも教団共通のローブを身に纏っているが、フードまではさすがに被っていない。

普段は見ることの出来ない彼女の姿がそこにはあった。


「それで……何を見知しにやってきた」


フィアが書物に目を落としたまま、ズィーベンに問いかける。


「いや、どうしてあの少年を『黒い森』に返したのか。聞きそびれていたからね。

 おそらく君のことだ。何か考えがあってのことなんだろう?」


机上に散乱する山積みの書物を脇に避け、空いたスペースにズィーベンが腰をかけた。


「ズィーベン。お前は『最高の物語』について、どの程度までを伝い聞いている?」

「『傑作』についてかい? そうだね……【最高の物語は、種々雑多な物語が『結びつき』によって繋がり、

 それらの全てが、1つの篇帙(へんちつ)として内包された時、物語は頂点にして原点へと還る】――って

 ところまでだね。要するに、『エーレンベルク草稿』の〝再現〟を、言い得ているんだろう?」

「ほう……まさか、教団の意向をそのレベルまで読み取っていたとはな。結構だ。内訳を省略できて助かる」


組んでいた足を逆の足へと組み替え、姿勢はそのままにフィアが続ける。


「『最高の物語』には、実に多くの『結びつき』が必要だ。現在、この『黒い森』の中で、最も繋がりの

 多い被験体がいったい誰だか分かるか? 〈笛吹きの男〉〈双子〉〈コルンムーメの姉妹〉〈黒い影〉……

 そろいも揃って実力者ばかりだが、繋がりだけを見れば上記の誰でもない」

「なるほど……君が何を検証しようとしているのか、だいたい見えてきたよ」


外套のフードをゆっくりと取り払い、ズィーベンがフィアを見つめながら頬杖をついた。


「今夜は長い夜になりそうだ。このまま、泊まって行っても構わないかい?」


ジャキッ……ズィーベンの鼻っ面に、レイピアの切っ先が突きつけられる。フィアが懐から取り出した、

細身の片手剣だ。剣先が目睫(もくしょう)の間に迫り、ズィーベンが白旗を掲げた。


「冗談だよフィアっち。僕が悪かったから、剣身を鞘に閉まってくれ」


机上から腰を浮かせ、上官の側からズィーベンが撤退する。去り際、

ドアノブに手をかけたズィーベンは、後ろ姿をフィアに向けたまま、


「また来るよ」


前髪を片手でサラっとなびかせ、フィアの私室を後にした。


「ふん。物好きな奴だ……私は〝男〟などという生き物に興味はない」


      ☆


「せーのっ……」

「「「「「プロースト!!!」」」」」


午後3時。ホーム『おばあちゃんの家』に、乾杯の祝声が湧き上がる。

赤頭巾、青卑下、ヘンゼルにグレーテル。白雪に王子に七人の小人達。一堂が会して、

予定通りにホームパーティーは始まった。


食卓には絢爛豪華な食饌(しょくせん)が立食向きに用意され、味だけでなく、

飾り付けや見た目でも客人を楽しませていた。赤頭巾と彼女の祖母が朝早くから起き出して、

この日のために膳立て・準備したものだ。


卓の中央には、チーズではなくサワークリームを使ったドイツのピザ『フラムクーヘン』。

その周りには、豚肉を長時間煮込んだ『アイスバイン』に、同じく豚肉を丸焼きにしてカットした、

『シュパンヘルケル』。野菜群は、溶かしたバター・レモン・卵黄をソース状に仕立てて、白アスパラにかけた

『シュパーゲル』。更には、ひき肉・ほうれん草・玉ねぎをパスタ生地で包んだ『マウルタッシェ』。手前には、

ジャガイモのスープ『カトッフェルズッペ』に、リンゴの果肉をそのまま生かしたフルーツサラダ。ここからは

デザート類になるのだろうか。牛乳と砂糖、それらをゼラチンで固めたパンナコッタには、摘みたてたばかりの

ブルーベリーソースがかかっていた。


「こいつはスゲーぜ!」


乾杯のブドウ酒を一気に飲み干したネッセルが卓上によじ登り、熱に浮かされたように大はしゃぎする。

普段は口に出来ないような煌びやかな食事を前に、円卓は瞬く間に戦場そのものへと様変わりした。


「レッティヒ、ルーア! フォーメーション∑だ!! このままじゃ、すべてをネッセルに奪われる!!」

「「御用!!」」


シュパイゼを中心に、3人の小人達が陣を敷いてテーブルへと飛び移る。


「フガガガ……そうは……ガフッ……させ、ガツガツ……ねー、ゴクン。ぞ!!」


大皿に盛った肉類を抱え込み、ネッセルが食卓に伸びる弟達の手を払い除ける。


「隙ありだ、ネッセル」

「な・ん・だ・と……」


ほお張った顔を中央に戻すと、タッシェルが大量のフラムクーヘンを皿に載せ、食卓から逃亡を図ろうとしてた。


「《童術》は反則だぜタッシェル!」


『争奪戦』ならぬ『食奪戦』の開戦に、珍しくタッシェルが参加する。

いつもなら、破天荒な弟達をまとめるため、フェンヒェルと共になだめ役に回っているが、

本日に限ってはそうもいかない。豪華な食事を前に、タッシェルのホビット魂が目覚めた。


「ハハハ。赤頭巾の言った通りだね。本当に賑やかな仲間達だ」

「ごめんなさい。いつもは、もう少し大人しいんですけど……」


青卑下からの歓迎の()に白雪が答える。青卑下はグラスを片手に、赤頭巾の仲間達に挨拶へと回っていた。


「でもまさか、一国のお姫様と王子様が妹のお仲間だったなんて驚きですよ。兄として誇らしい限りです」

「そんなに畏まらないでくださいな。森での生活術を教えてもらっているのは私のほうですよ。

 赤頭巾ちゃんには、いつも元気を分けてもらっていますし、こんなにも素敵なホームパーティーに招待まで

 して頂いて、こちらこそ感謝の意でいっぱいです」


グラスの持ち手に片手を添え、両手で持って白雪が食卓の向かい側に目を向ける。

テーブルを挟んだ(はす)向かい側では、赤頭巾とグレーテルが終始、笑顔で語り合っていた。


「赤頭巾は良い友達に巡り会えて、本当に幸せだよ。今後とも妹をよろしく頼みたい」


白雪と同じく、妹の様子に目を向けていた青卑下が、ますますの関係発展を彼女にお願いした。


「お兄様も〝ご一緒に〟ですわ」


ありがとう……青卑下はそう言葉と笑みを残し、今度はフェンヒェルのもとへと向かった――



「ホビット族の年齢についてかい?」

「ああ……おじいの話では、君達ホビット族は、何年も前からこの森に住んでいると聞いている」


食卓から少し離れた座席の上。大皿に盛ったマウルタッシェをミーレと分けながら、

フェンヒェルが青卑下の質問に反応した。


ヘンゼルと赤頭巾が12歳で、グレーテルが10歳。白雪と王子は共に14歳で、外見だけで言えば、

ホビット族の面々はそれよりも幼いはずである。それなのにもかかわらず、祖父が若かりし頃から森

に住んでいたとなると、彼らはいったい何歳だと言うのだろうか? 青卑下が気になる様子も分かる。


「そうだね。たしかに外見だけで言えば、僕たちホビット族は、君たち『人間体』よりも年齢は幼い。

 僕とタッシェルが8歳で、ネッセル・シュパイゼ・レッティヒの三人が7歳だ。ルーアはその下の

 6歳で、ミーレが5歳になった。だけど『精霊体』で言えば、僕たちは優に100歳を超えている」


民間伝承でのホビット族は、生命の名を司る、世界樹『ユグドラシル』から生まれたと

言い伝えられている。同じ幹になった実を『家族』あるいは『兄弟』とし、大地に落ちた順番で年齢

および、兄・弟・姉・妹が決まるらしい。


「へえ~そいつは驚いたな。俺達なんかより、よっぽど長生きなんだなホビット族ってのは」

「見解の相違だよ。その分、天敵も多いから、実際は『人間体』との寿命に大差はないのさ」


なるほど……青卑下がフェンヒェルとミーレのグラスにブドウ酒を注いで、

納得した様子でその場を後にした。なかなか興味深い話である。今度、時間の許す限り、彼らから

詳しく聞き出したいものだ。



「楽しんでいるかい? 王子様」


青卑下が次に赴いたのは、仲間達の中では新参である、〈金髪の貴公子〉ことタエマナシ王子のとこだった。


「やあ。とても素晴らしいパーティーだね」


王子はパンナコッタの皿を側に置き、青卑下とグラスのふちをカチンと合わせ、個人的な祝杯を済ませた。


「そのデザート、俺も病み付きになってるんだ。美味いよな」

「僕も初めて口にしたんだけど、これは手が止まらなくなるね」

「ぜったい変な薬とか入ってるぜ、これ」

「ハハハ。恐ろしい限りだよ」


腹を抱えて二人で笑い合う。大衆のホームパーティーにお呼ばれしたのは今回が初めてだが、

王国で毎年開かれていた『薔薇飛びの祭り』に匹敵するくらい愉快で、居心地が良い。


「妹から聞いた話によると、フリードリヒシュタインのお姫様と一緒に住んでいるんだって?」


話題が変わり、青卑下が王子と白雪の仲を問い詰める。

白雪陣営には赤頭巾が後から聞き寄るとのことなので、王子陣営を青卑下は任されていた。


「ああ。雪を守ることが僕の森での使命だからね。恋人かどうかだって? ハハハ……よしてくれよ。

 まだ、そのような関係ではない。関係の発展は、お互いの想いが『信用』から『信頼』に変わった時さ」


青卑下がニヤリと小悪魔的な笑みを浮かべる。今の発言はきわどいぜ王子様。


「〝まだ〟ってことは、脈はあるってことだな」

「コ、コホン。失言したようだ。忘れてくれてかまわない」

「おいおい……その言い草だと、認めちまってるもんだぜ」


失言の訂正が更なる失言を招いてしまい、王子がシドロモドロになる。

その様子があまりにも可笑しかったので、青卑下のドS心に火が点いたようだ。


「白状しろよ王子様。お姫様のどこに惚れたんだ?」

「それは……」


遠くの席でヘンゼルと会話する白雪を、王子がチラっと拝見する。

向こう側も王子の熱視線に気がついたのか、白雪がこちらに向かって微笑んだ。


「俺には分かってるぜ……たしかに、あんなものを魅せつけられたら、男は膝を着くしかないよな」

「青卑下くん。君はいったい何の話を……」

「大きな胸には男のロマンが詰まってる――って話だ。あれは、Fカップはあるぜ」


王子がブドウ酒を吹き出した。恨めしそうな顔で青卑下を見る。


「不埒な男だな王子様も。まあ……案ずることはない。俺が1つアドバイスをくれてやる」


青卑下の助言に王子が耳を傾ける。「何だか仲よさそうだね」……そんな声が向かいの席から聞こえた。



「赤頭巾さん。狼さんの姿が見当たらないけど、何かあったの?」


ヘンゼルが赤頭巾とグレーテルのもとへ近づく。乾杯の時もそうだったが、部屋を見渡す限り、

狼の姿はどこにもない。後からの参加というわけでもなさそうだし、第一、赤頭巾があの狼に

声をかけないはずがなかった。


「うっ……な、なんか、用事が入ってるんだってさ。め、めずらしいよね」


赤頭巾がヘンゼルから視線を泳がし、取り皿に分けたシュパーゲルを無理やりに口へと運んだ。

いつもの赤頭巾と違って、なんだか今日の彼女は歯切れが悪い。それに……時折見せる悲しそうな表情にも、

なんだか理由がありそうだった。


「赤さん。手元がお留守だぜ!」


赤頭巾の取り皿から、忽然と白アスパラが姿を消す。気がついた時にはすでに遅く、

彼女が取り分けていたアスパラガスは、ネッセルの胃の中に納まっていた。


「あー、私のアスパラガスが!」

「へへへっ……この俺様に、横取りできないものはないのさ」

「なにカッコつけてんのよっ! このー待ちなさい! 許さないんだから」


部屋内を走り回る赤頭巾とネッセル。周りからは、行けや捕まえろやの声が上がり、

パーティーは、いよいよ大詰めとなった。僕の思い過ごし……だろうか? 

ヘンゼルは走り回る赤頭巾の姿を見て、先ほどまでの思いをかき消した。




『やれやれ……また始まったようだね』


バタバタと駆け回る音が隣から聞こえ、祖母が(おとがい)を解く。彼女の脇には、

祖父の生きていた頃の写真が飾られてあった。


『おじいさん。赤頭巾は元気でやってますよ』


祖母からの静かな語らいに、一瞬、祖父が笑ったかのようにも見えた。


『ええ……これからも、あの子達を見守ってやってくださいね』


      ☆


夕方。カラスの鳴き声と共に、ホームパーティーは終了した。時刻はまだ5時半だというのに、

玄関の先はすでにオレンジ一色に染まっている。吹き付ける風が少しばかり肌寒かった。


「今日は本当にありがとう。みんなにお兄ちゃんを紹介できて良かったよ」


赤頭巾が青卑下と並んで立ち、玄関口でヘンゼル達をお見送りする。ヘンゼル達の手にはそれぞれ

お土産が持たされ、全員が満面の笑みを浮かべていた。


「たのしかったねー。また、みんなであつまりたいなぁ~」


ミーレが名残惜しそうに白雪に抱きつく。そんなミーレを抱え上げ、


「今度は私達のホームにも遊びに来てね。赤頭巾ちゃんに負けないくらいの料理をご馳走するわ」


白雪と王子、小人達がヘンゼル達に手を振って、赤頭巾のホームを後にした。


「それじゃあ、僕達も帰ろっか」


赤頭巾と青卑下にお礼を言って、ヘンゼルとグレーテルもきびすを返した。

森の中に消えていく二人の後ろ姿を眺めて、赤頭巾が少しばかり悲しそうな表情になる。

楽しみの終わりに必ずやってくる、余韻とも切なさとも言える、脱力したような感情だ。


「みんな、良い者ばかりだったな。お前の友達に会えて俺は幸せだよ。今日はありがとな赤頭巾」


赤頭巾が顔を上げる。青卑下が彼女に視線を合わせ、親睦会の開催を感謝した。

本当は狼にも参加してもらいたかったが、兄が満足している手前、そのことは考えないようにする。


「にしし……これからはお兄ちゃんも含めて、みんなが仲間だよ」

「赤頭巾……」


赤頭巾の笑顔を見て、青卑下が胸に秘めた想いを伝えようと決心する。

妹のこの笑顔は誰にも渡さない。赤頭巾を守るのは、俺だけで充分だ。




「赤頭巾。俺と……この『黒い森』を出る気はないか?」

「えっ?」




聴覚の全てから、一気に音が消え去った。無音の中に、彼の言葉だけが残存する。


「それって……どういうこと?」

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