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咆哮のグレーテル  作者: 胡桃ヌイ
★第七章 『青卑下』――Kapitel 7:Blaubart――
56/81

Ⅰ 『帰郷』

「止まれ」


黒い森への出入り口。そこに突如として現れた少年を、複数の男達が取り囲む。


「ここから先は、我々、ロマン主義教団『クレメンス』の管轄域だ。

 関係者以外の立ち入りは、ご遠慮願おうか」


男達の数は三人。皆が皆、お揃いの白い外套を羽織っている。彼らは、黒い森を拠点に活動する

思想集団のメンバーで、第一監察班と呼ばれる、精鋭班にして古参の教団員でもあった。


精鋭班の一人が、少年に制止を呼びかけて歩み寄る。襟章に『Ⅴ』の文字が刺繍された、献身的な団員だ。

目深に被ったフードの下からは、季節風に吹かれ口元だけが見え隠れしているが、

素顔の上半分は、鉄製のドミノマスクによって隠されていた。


「関係者……ね」


教団員の指示が可笑しかったのか、少年は相好(そうごう)を崩すと、

止まる様子もなく森の出入り口へと近づいた。


「貴様っ! 止まれと言っているのが聞こえないのか!!」


仮面の肩書きを持つ『Ⅴ』の教団員が、再度、少年に制止するよう喚起する。

場合によっては、強行的な取り締まりも(いと)わない様子だ。男が衣の下の鎧をちらつかせる。


「ふ……クレメンスの犬ごときが、俺を止めるつもりでいるのか?」

「何だと……貴様、いったい何者だ!」

「やめろ」


荒々しい敵対ムードの中、男の頭角から鶴の一声が上響(うわとよ)む。

木立より男の近間に降着したのは、彼らと同じく白い外套を羽織った、細身の教団員だった。

身体のシルエットから、女性であると見受けられる。


「フィ、フィア様!」


諫言(かんげん)を浴びた仮面の益荒男(ますらお)が、上職である女性の秘匿名(コードネーム)を口にする。

男にフィアと尊称された女上官は、(てん)とした物腰で少年を見据え、


「そいつは、悪戯盛り以来『黒い森』の住人であり、『クレメンス』の〝元〟被験体だ」


散開していた他の教団員が、フィアの近くへと集結した。仮面の男が浮遊するタッチスクリーンを操作し、


()の者が我々の被験体ですと? ローレライには、そのような反応はなかったはずですが……」


画面上に【NO SEARCH RESULTS】の文字を確認する。


「それに、我々の被験体であるのなら、身体の一部に刻標が焼印されているはずです。森への侵入は愚か、

 森からの反獄を、教団員がみすみす看過するとは思えません」


教団員のやり取りを聞いて、少年が左目の涙堂(るいどう)付近に手を伸ばす。

左右で長さの異なる青髪を無造作にアップバングし、前髪で隠れていた顔の左半分を教団員に見せ付ける。


「刻標って……コイツのことだろ」


そこには被験体の証である【KHM62a/0530/R】の焼印。

さらには、並列したその数字の上から、刻標を消そうとしたかのような、二重取り消し線が刻まれていた。


「――! バカな……刻標有りの被験体だと!? それなら何故、生体反応がローレライに検知されないのです!」

「そいつの物語が、即に〝死んでいる〟からだ」

「なっ……」


上官の驚くに値しない物言いに、仮面の男は言葉を詰まらせた。


物語の消滅――それは、物語を創造する被験体の活動記録に欠落があったことを指し、

ロマン主義教団の管理下から外されたことを意味している。


ただ、その場合のほとんどが、『黒い森』内で死亡したことになっており、被験体の身体からは、

教団の刻標が消える仕組みになっている。加えて、それに伴う被験体の活動記録は、

対象者の死亡後も教団の私設サーバーで厳重に保管され、全面タッチパネル式の端末機で、

安易に見知できる仕様になっていた。


つまりは、教団の〝元〟被験体であっても、ローレライ上に何かしらの反応は出るわけで、

ましてや、刻標を有したまま被験体が存命しているこの状況は、

下手をすれば、最高技術であるローレライの抜け道にも繋がってしまう。


「くっくっく……そんなに驚くなよ、しんねりムッツリ。俺は別に、お前達へ害を与えるために

 わざわざ戻ってきたわけではない。目的を遂行したら、速やかに引き上げるさ」

「目的だと? 貴様……小生をさげすんでおいて、生きて帰られると思っておるのか。この恨み万死に値するぞ」

「ハハッ! そいつは恐ろしいね。憤怒の衝撃で、仮面が割れるなんてところが見られたら最高だ」

「こいつ……もう我慢ならぬ。フィア様! 小生にこいつの拘束許可を!!」


仮面の男が右手に光を集約し、上官に拘束許可の願い出にでる。


「答えろ。お前の〝目的〟とは何だ。私としては、他の被験体に干渉し、物語の創作に支障が出ないのであれば、

 お前が『黒い森』で何をしようが見逃してやるつもりだ」

「へえ~ロマン派に所属する奴らは、脳筋ばかりの単細胞集団だと思っていたが、どうやらあんた違うようだな」

「フィア様! こいつは危険であります。森で何を仕出かすか分かったものではありません。この場での拘束を――」


憤慨の置きどころを上官にお座なりにされ、仮面の男が少年の危険性を強弁する。

ローレライが織り出す刻標の抜け穴を知っており、自由に『黒い森』を行き来できる少年は、

教団にとって脅威であることは間違いない。それにもし、他の被験体と接触なんてしてしまったら……

それこそ、ロマン派の道徳性が世間に知れ渡ってしまい、国の重要機関から、森での実験に圧力を

かけられる――なんてことも浮上してくる。そうなってしまったら、ロマン主義教団が掲げる『童話創生論』は、

組織の内部解体によって未来永劫に(つい)えてしまうだろう。


そんな危険な奴を、黒い森へと入れるわけにはいかない。


「フィア様!」

「だまれ」

「うっ……!」


しかし、仮面の男の力説は上官には届かず、代わりにフィアからの鋭い視線が突き返された。

男がゴクリと生唾を飲み込む。これ以上の獅子吼(ししく)は、本能が抑制しろと語っている。


「もう一度だけ問う。お前が黒い森に帰ってきた目的は何だ」


森に射し込む微光が少年に降り注ぐ。フィアからの質問に独自の間を持って、青髪の少年が静かに答えた。


「妹だ……俺の可愛い〝妹〟を連れ戻しにきた」

「――! まさかこいつ!?」


少年の目的内容から他の教団員が察しづく。襟章に『Ⅵ』の刺繍が施された、巨漢の男性だ。


「それで、妹をこの森から連れ出してどうするつもりだ。それだけなら、結びつき自体に何の影響もない。

 他にもっと大きな目的があるはずだろう。本当の目的は何だ? 言え」


細かい点まで根ほり葉ほり知ろうとするフィアの穿鑿(せんざく)に、少年が不気味な笑いを寄越しながら、


「くっくっく……『エーレンベルク草稿』。その存在を聞いたことくらいはあるだろう? 俺達はその書

 物を見つけ出すために人手を集めている。我等が主〈アンデルセン〉の〝物語書き換え〟のためにな!」

「フィア様! やはりこいつは危険です! 今すぐ拘束を!!」

「私もフュンフ殿の意見に同感であります。こいつはもはや、被験体の所業を超えています! 今はまだ

 我々に被害が及ばなくとも、いずれ脅威となって返ってくることは明らかであります!!」

「フィア様!」


仮面の男、および巨漢の男が口々に熱気を露にする。エーレンベルク草稿だと? 

教団ですら血眼になって探しているというのに、そんなモノが他者の手なんかに渡ってしまったら……


教団の生存を誰よりも親身に考えていた仮面の男が、後方へと吹き飛ぶ。その数秒後、

隣に立っていた巨漢の男が地べたに沈んだ。


「耳元で騒ぐな。次は殺す」

「ひゅー、おっかないねぇ~あんた。彼氏なんて出来たことないだろ?」


ギロリとフィアが少年を睨みつける。彼女に制裁を喰らった教団員達は、そのまま意識を喪失させ、

残った最後の教団員が、二人が死んではいないことを確認した。


「いいだろう。お前の目的が何であるのかは分かった。森への出入りを許可しよう」


ただし……そう言葉を切って、フィアが目下(もっか)に転がる、巨漢の教団員を踏みつける。


「妹以外の被験体に深く干渉し、その者の物語が消滅しそうな事態に陥った場合、お前は私が責任

 を持って始末する。命の保障はないものだと思え」


少年はフィアに土台にされている巨漢の男を見下ろして、彼女にそれだけの力量があることを見抜いた。


「オーケー。俺も面倒なことは御免だ。あんたの条件に従う。命は一つ、大切にしないとな」


顔の横で両手を挙げ、教団の『童話創生論』に、横車を押さないことを誓う。




「フィアっち……何者だあいつは?」


少年の立ち去った後。暗転した教団員二人を引き起こしながら、長髪の教団員がフィアに詳細を尋ねた。

フィアは遠くに消え行く少年の後ろ姿を見つめ、


「『(アンチ)グリムの仔達』……残酷な物語がゆえに、草稿から除外されてしまった者達だ」

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