Ⅰ 『帰郷』
「止まれ」
黒い森への出入り口。そこに突如として現れた少年を、複数の男達が取り囲む。
「ここから先は、我々、ロマン主義教団『クレメンス』の管轄域だ。
関係者以外の立ち入りは、ご遠慮願おうか」
男達の数は三人。皆が皆、お揃いの白い外套を羽織っている。彼らは、黒い森を拠点に活動する
思想集団のメンバーで、第一監察班と呼ばれる、精鋭班にして古参の教団員でもあった。
精鋭班の一人が、少年に制止を呼びかけて歩み寄る。襟章に『Ⅴ』の文字が刺繍された、献身的な団員だ。
目深に被ったフードの下からは、季節風に吹かれ口元だけが見え隠れしているが、
素顔の上半分は、鉄製のドミノマスクによって隠されていた。
「関係者……ね」
教団員の指示が可笑しかったのか、少年は相好を崩すと、
止まる様子もなく森の出入り口へと近づいた。
「貴様っ! 止まれと言っているのが聞こえないのか!!」
仮面の肩書きを持つ『Ⅴ』の教団員が、再度、少年に制止するよう喚起する。
場合によっては、強行的な取り締まりも厭わない様子だ。男が衣の下の鎧をちらつかせる。
「ふ……クレメンスの犬ごときが、俺を止めるつもりでいるのか?」
「何だと……貴様、いったい何者だ!」
「やめろ」
荒々しい敵対ムードの中、男の頭角から鶴の一声が上響む。
木立より男の近間に降着したのは、彼らと同じく白い外套を羽織った、細身の教団員だった。
身体のシルエットから、女性であると見受けられる。
「フィ、フィア様!」
諫言を浴びた仮面の益荒男が、上職である女性の秘匿名を口にする。
男にフィアと尊称された女上官は、恬とした物腰で少年を見据え、
「そいつは、悪戯盛り以来『黒い森』の住人であり、『クレメンス』の〝元〟被験体だ」
散開していた他の教団員が、フィアの近くへと集結した。仮面の男が浮遊するタッチスクリーンを操作し、
「彼の者が我々の被験体ですと? ローレライには、そのような反応はなかったはずですが……」
画面上に【NO SEARCH RESULTS】の文字を確認する。
「それに、我々の被験体であるのなら、身体の一部に刻標が焼印されているはずです。森への侵入は愚か、
森からの反獄を、教団員がみすみす看過するとは思えません」
教団員のやり取りを聞いて、少年が左目の涙堂付近に手を伸ばす。
左右で長さの異なる青髪を無造作にアップバングし、前髪で隠れていた顔の左半分を教団員に見せ付ける。
「刻標って……コイツのことだろ」
そこには被験体の証である【KHM62a/0530/R】の焼印。
さらには、並列したその数字の上から、刻標を消そうとしたかのような、二重取り消し線が刻まれていた。
「――! バカな……刻標有りの被験体だと!? それなら何故、生体反応がローレライに検知されないのです!」
「そいつの物語が、即に〝死んでいる〟からだ」
「なっ……」
上官の驚くに値しない物言いに、仮面の男は言葉を詰まらせた。
物語の消滅――それは、物語を創造する被験体の活動記録に欠落があったことを指し、
ロマン主義教団の管理下から外されたことを意味している。
ただ、その場合のほとんどが、『黒い森』内で死亡したことになっており、被験体の身体からは、
教団の刻標が消える仕組みになっている。加えて、それに伴う被験体の活動記録は、
対象者の死亡後も教団の私設サーバーで厳重に保管され、全面タッチパネル式の端末機で、
安易に見知できる仕様になっていた。
つまりは、教団の〝元〟被験体であっても、ローレライ上に何かしらの反応は出るわけで、
ましてや、刻標を有したまま被験体が存命しているこの状況は、
下手をすれば、最高技術であるローレライの抜け道にも繋がってしまう。
「くっくっく……そんなに驚くなよ、しんねりムッツリ。俺は別に、お前達へ害を与えるために
わざわざ戻ってきたわけではない。目的を遂行したら、速やかに引き上げるさ」
「目的だと? 貴様……小生をさげすんでおいて、生きて帰られると思っておるのか。この恨み万死に値するぞ」
「ハハッ! そいつは恐ろしいね。憤怒の衝撃で、仮面が割れるなんてところが見られたら最高だ」
「こいつ……もう我慢ならぬ。フィア様! 小生にこいつの拘束許可を!!」
仮面の男が右手に光を集約し、上官に拘束許可の願い出にでる。
「答えろ。お前の〝目的〟とは何だ。私としては、他の被験体に干渉し、物語の創作に支障が出ないのであれば、
お前が『黒い森』で何をしようが見逃してやるつもりだ」
「へえ~ロマン派に所属する奴らは、脳筋ばかりの単細胞集団だと思っていたが、どうやらあんた違うようだな」
「フィア様! こいつは危険であります。森で何を仕出かすか分かったものではありません。この場での拘束を――」
憤慨の置きどころを上官にお座なりにされ、仮面の男が少年の危険性を強弁する。
ローレライが織り出す刻標の抜け穴を知っており、自由に『黒い森』を行き来できる少年は、
教団にとって脅威であることは間違いない。それにもし、他の被験体と接触なんてしてしまったら……
それこそ、ロマン派の道徳性が世間に知れ渡ってしまい、国の重要機関から、森での実験に圧力を
かけられる――なんてことも浮上してくる。そうなってしまったら、ロマン主義教団が掲げる『童話創生論』は、
組織の内部解体によって未来永劫に潰えてしまうだろう。
そんな危険な奴を、黒い森へと入れるわけにはいかない。
「フィア様!」
「だまれ」
「うっ……!」
しかし、仮面の男の力説は上官には届かず、代わりにフィアからの鋭い視線が突き返された。
男がゴクリと生唾を飲み込む。これ以上の獅子吼は、本能が抑制しろと語っている。
「もう一度だけ問う。お前が黒い森に帰ってきた目的は何だ」
森に射し込む微光が少年に降り注ぐ。フィアからの質問に独自の間を持って、青髪の少年が静かに答えた。
「妹だ……俺の可愛い〝妹〟を連れ戻しにきた」
「――! まさかこいつ!?」
少年の目的内容から他の教団員が察しづく。襟章に『Ⅵ』の刺繍が施された、巨漢の男性だ。
「それで、妹をこの森から連れ出してどうするつもりだ。それだけなら、結びつき自体に何の影響もない。
他にもっと大きな目的があるはずだろう。本当の目的は何だ? 言え」
細かい点まで根ほり葉ほり知ろうとするフィアの穿鑿に、少年が不気味な笑いを寄越しながら、
「くっくっく……『エーレンベルク草稿』。その存在を聞いたことくらいはあるだろう? 俺達はその書
物を見つけ出すために人手を集めている。我等が主〈アンデルセン〉の〝物語書き換え〟のためにな!」
「フィア様! やはりこいつは危険です! 今すぐ拘束を!!」
「私もフュンフ殿の意見に同感であります。こいつはもはや、被験体の所業を超えています! 今はまだ
我々に被害が及ばなくとも、いずれ脅威となって返ってくることは明らかであります!!」
「フィア様!」
仮面の男、および巨漢の男が口々に熱気を露にする。エーレンベルク草稿だと?
教団ですら血眼になって探しているというのに、そんなモノが他者の手なんかに渡ってしまったら……
教団の生存を誰よりも親身に考えていた仮面の男が、後方へと吹き飛ぶ。その数秒後、
隣に立っていた巨漢の男が地べたに沈んだ。
「耳元で騒ぐな。次は殺す」
「ひゅー、おっかないねぇ~あんた。彼氏なんて出来たことないだろ?」
ギロリとフィアが少年を睨みつける。彼女に制裁を喰らった教団員達は、そのまま意識を喪失させ、
残った最後の教団員が、二人が死んではいないことを確認した。
「いいだろう。お前の目的が何であるのかは分かった。森への出入りを許可しよう」
ただし……そう言葉を切って、フィアが目下に転がる、巨漢の教団員を踏みつける。
「妹以外の被験体に深く干渉し、その者の物語が消滅しそうな事態に陥った場合、お前は私が責任
を持って始末する。命の保障はないものだと思え」
少年はフィアに土台にされている巨漢の男を見下ろして、彼女にそれだけの力量があることを見抜いた。
「オーケー。俺も面倒なことは御免だ。あんたの条件に従う。命は一つ、大切にしないとな」
顔の横で両手を挙げ、教団の『童話創生論』に、横車を押さないことを誓う。
「フィアっち……何者だあいつは?」
少年の立ち去った後。暗転した教団員二人を引き起こしながら、長髪の教団員がフィアに詳細を尋ねた。
フィアは遠くに消え行く少年の後ろ姿を見つめ、
「『反グリムの仔達』……残酷な物語がゆえに、草稿から除外されてしまった者達だ」




