表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
咆哮のグレーテル  作者: 胡桃ヌイ
★第六章 『薔薇になった王子』――Kapitel 6:Das Märchen Von Rosenblättchen――
55/81

Ⅸ 『白馬の王子様』

ロスミタル公爵の妹は、それはそれは大変美しいお姫様でした。公爵は、このロザリーナ姫を

世界の何よりも愛しく想っており、彼女の喜ぶことなら、何でもしてあげました。


レディ・ヒリンドン、セント・セシリア、パパ・メイアンにパステル・モーブ。

薔薇の花弁が大好きだというロザリーナのために、公爵は国のほとんど全部を、薔薇のお庭に

変えてしまったほどです。


『ロザリーナ』


そんな彼女との出会いは、ロザリーナがお庭の椅子に腰をかけ、薔薇園を眺めていた時だった。

盟友であるロスミタル公爵に、紹介したい人物がいると言われ、彼のお城へと赴いた時である。


『お兄様。そちらの方は?』


一目惚れ。あるいは……フォーリンラブ、と言うやつだろうか。椅子に腰をかけていた少女は、

ビスクドールさながらの艶っぽさを漂わせており、露草色の眼睛(がんせい)と山吹色の長髪も相まって、

見事なまでの八面玲瓏(はちめんれいろう)だった。


『ロザリーナ。こちらのタエマナシ王子は、私が誰よりも心許した友達だ。お前には、

 王子のことは何度か語って聞かせたね』


ロスミタル公爵はロザリーナの手をとって、タエマナシ王子を妹に引き合わせた。


『初めまして、ロザリーナ姫。よかったら少し、私とお話をして頂けませんか?』


それがロザリーナとの、最初の出会いだった――




『王子様のお国には、どのような薔薇の花弁が咲いていらっしゃいますか?』


色彩豊かな薔薇園を、王子はロザリーナと並んで歩いた。最初こそ、ぎこちのない会話の二人だったが、

双方の国柄や夢について語り合っているうちに、もっとお互いをよく知りたいと思うようになっていた。


ロザリーナは物事をきっぱりと言い立てる性格のようで、さしずめ、綺麗な薔薇にはトゲがある――と、

言ったところだったが、むしろ、そのような一面さえも、彼女の輝かしい魅力のうちだと言えた。


薔薇の花をこよなく愛し、無数の薔薇達に囲まれたロザリーナの姿は、まさに『薔薇の花弁ヒラリ姫』

と、言っても差し支えなかった。


『そうですね。私の国にも、たくさんの薔薇達が咲いておりますが、取り分けて、赤と白の絞り模様が

 美しい、アラベスク……あたりが見頃でございます』

『まあ……この国の薔薇園にはない、四季咲きの薔薇ですね。是非とも一度、お目にかかりたいものですわ』

『ええ。ロザリーナ公女のお望みとあらば、姫様を国民総出で歓迎いたしましょう』


ロザリーナとの交流は、時が経つにつれ日に日に増えていき、何度目かの蜜月は、

彼女の公国で毎年主催しているという、『薔薇飛び祭り』への招待だった。


薔薇飛びの祭典は、その名の通り〝薔薇の木を跳び越える〟お祭りで、数年ほど前から、

この国で始まった恒例行事だそうだ。ロザリーナ自身も、このお祭りを毎年首を長くして待っているという。


その日は兄であるロスミタル公爵が、太鼓叩きとラッパ吹きを召しい出し、

城内外は実に多くの来賓者で溢れていた。


『今日の姫様は一段とお美しい』


ロザリーナは、いつも以上にお(めか)しをしており、王国や貴族のご子息達は、

こぞって彼女の姿に釘付けになっていた。ロザリーナの周りには、常に6人もの腰元達が寄り添っていて、

彼女の長い髪を黄金のクシで梳かすことを本職としている。そのため、腰元達はその役向きにふさわしく、

敬意を籠めて〝クシモト〟と呼ばれていた――


お祭りは、お城で働く音楽隊の演奏で始まり、飲めや歌えやのドンチャン騒ぎで、

締めを飾るのは、本行事最大の見せ場である、薔薇飛びの大会だった。


薔薇の苗木は、お城の中庭――ちょうどロザリーナ姫の、お部屋の真下に植えられていた。

お祭りを開催するたびに枝木が伸びて、芽が花を咲かせているという、なんとも不思議な苗木。その花は、

一年中枯れることはなく、今年で3回目を迎える今もなお、植えた日と同じ形姿を保っているそうだ。


『さあさあ、この薔薇の苗木を跳び越えられる、自信のある婦人は集まった集まった!』


薔薇飛び大会の参加者は全員が女性である。何でも、薔薇の苗木を跳び越えることが出来れば、今年一年

災害に見舞われないとか、素敵な男性と婚約できるとかで、女性達にとって、ブーケ・トスを受け取るほ

どの人気な催しに成り上がっていたからだ。


『姫様は、今までに二回もの薔薇飛びを成功させておりますが、意中の殿方などはございませんの?』


参加者の一人である女性が、くじ引きで跳ぶ順番を決めている最中、ロザリーナに近づいて伺いを立てた。

ロザリーナとタエマナシ王子が恋人同士であることは、すでに公国中に広まっていたのだ。


『わたくしは、薔薇とカボチャが結婚しない限り、王子様のお嫁さんにはなりませんわ』


薔薇の一生は儚くも短い。この国にはたくさんの薔薇達が咲き誇っている。

ロザリーナが結婚し、この国を離れてしまっては、いったい誰がこの薔薇園を世話するというのだろうか。

多種多様な薔薇の花弁を、枯らさずに育てるという行いは、彼女以外に到底できるものではなかったのだ。


やがて、参加者の顔ぶれが揃い、誰から跳ぶのか順番が決った。ロザリーナは一番最後に跳ぶことになり、

いよいよ薔薇飛びの大会が開催された。


薔薇の木よ、薔薇の木よ。打ってもいいけど、お手やわらかに。

打ってもいいわよ、その鞭で。私は飛ぶのが下手でした。どうぞ打ってね、その鞭で。

しくじった私を薔薇の木よ――


観客席から歓声が上がる。参加者の一人であり、ロザリーナのクシモトである女性が、長い尾引きずりで、

何枚かの花弁を散らしてしまったのだ。


【薔薇飛びの祭りでは、薔薇の花弁を一枚たりとも散らしてはなりません。万が一、花弁を落とされたなら、

 この薔薇の小枝から、ふたすじのひっかき傷を(したた)かに受けることになります】


女性は、散らしてしまった薔薇の小枝から素敵な歌声と共に、ふたすじのひっかき傷を受け負った。

そして、女性達が次々と薔薇の苗木を跳び越えて行く中、ついにロザリーナの跳ぶ番がやってきた。


ロザリーナはずいぶん遠くから弾みをつけて走って行き、見事、薔薇の苗木を跳び超えたかのように見えた。

しかし、彼女の自慢である長い髪が枝木に引っかかってしまい、花弁を一枚ヒラリと落としてしまったのだ。


とっさにロザリーナは、花弁が地面に落ちるよりも早くそれを捕まえ、さっと口の中に放り込んだ。


(地面には落としていないから、セーフ……ですわ)


ロザリーナがほっと胸を撫で下ろす。客席からは、彼女の手際の見事さに、多くの人々が手を叩いて喜んだ。

お祭りはこれを潮に、食べたり踊ったりの宴が終わり、最後に参加者の幸運を願って乾杯をする事になった。


参加者おのおのに銀のグラスが手渡され、収穫されたばかりのブドウ酒が振舞われる。

今年のお祭りも成功を収めようとしたその時だった――快晴だった夏空が、突然、厚手の雨雲に覆われ始め、

ゴロゴロと稲光が鳴り出したのだ。


『何だ!?』


ロスミタル公爵が、腰元の剣に手を伸ばす。


『ヒッヒッヒッ……カボチャの種と薔薇の花弁。召し上がったね、お姫様』


並み居る人々の中から、ガラガラに濁った老婆の声がする。

老婆は人々の間を掻き分けて、ハッとした様子のロザリーナに近づいた。


『薔薇の花とカボチャの種が結ばれた今、お前には『ヒラリヒメ』誕生の〝母体〟になってもらう』


老婆がそう言い放った瞬間、二人の周りを漆黒の煙が蔽い始めた。

参加者は、これも余興の一環なのかと互いに顔を見渡していたが、タエマナシ王子とロスミタル公爵だけは、

老婆の存在に危機感を覚えていた。


『ロスミタル公爵! あの煙は《魔術》と呼ばれるものだ!!』

『ああ、分かっている!!』


来賓席からタエマナシ王子とロスミタル公爵が、鞘から剣を抜いて老婆へと立ち向かう。

ロザリーナに近づいた老婆は、最近、各国に転々と現れては、害を残して消えているという、悪魔の手先、

魔女だったからだ。


『お兄様! 王子様!!』


黒煙に覆われながら、ロザリーナが二人に手を伸ばして叫ぶ。


『ホォッホッホッ。魔獣種を身篭ったこの娘の身柄は、私が頂いていくよ』


一際大きな落雷が、魔女とロザリーナを閃光の中へと誘った。


『ロザリーナ!』 『ロザリーナ姫!!』


曇空が元の晴れ晴れとした青空に戻った時には、ロザリーナの姿はどこにもなかった――




薄暗い筒体の中で、王子は目を覚ました。どこからか激しい衝突音と、女性と思しき声が聞こえる。

一人は魔女ゴーテルのガラガラに枯れた濁声だが、もう一人、近くに別の女性がいるようだ。

事の内容から、その女性が魔女ゴーテルと戦っているというのか?


王子はその声に懸命に耳を傾けた。僅かに声は聞こえるものの、その姿が誰であるのかは見えない。

なぜなら、自分自身の感覚がどこにあるのかさえも分からない状態だったからだ。


僕はいったい……どうなってしまったのだろう。


      ☆


「やああっ!」


部屋中に金属同士の不協和音が響き渡る。『形状記憶合金』で練成された白雪の護身剣――

白薔薇のフルーレが、ゴーテルの寸鉄と剣身を交えた。


「ヒッヒッヒッ……残念ながら手遅れじゃ。ヒラリヒメの誕生は、誰にも止められないのだよ。

 森は……世界は、魔女達の支配下に堕ちるのさ」


ゴーテルが手のひらを白雪に向け、高度な呪文を詠唱する。見えない衝撃波が紋章陣と共に打ち出され、

白雪を壁際へと打ち付けた。《波動のルーン》――そう呼ばれる、対象者を吹き飛ばすルーン魔術だ。


「つ……そんなことは……させませんわ」


フルーレを支えに白雪が立ち上がる。いくら娘を失った復讐のためとはいえ、そんな蛮行をラプンツェルは

望んではいない。彼女は人間と魔女達の共存を、いつの日か、夢見ていたのに違いないのだから。


ラプンツェルの《想い》を受け取るかのように、白雪が言葉を摘むんで白刀を構えた。


「ふん。お前さんにそのような力はないよ」


ゴーテルは塔の中心から窓際へと歩み寄り、今度は壁面に向かって呪文を唱えた。

寸陰。空間に(ゆが)みが発生し、人ひとりが通れるほどの『四次元空間』を生み出した。


「さて。間もなくこの塔は、長きに渡る胎内の役割を終え崩壊期に入る。ヒラリヒメが誕生した今、

 もはや、この塔に用などないからね。私は可愛い娘に会うために、地上へと降りさせてもらうよ」


最後にそう言い残し、ゴーテルは魔法で開いた『四次元空間』を掻い(くぐ)った。

《空間転移術》――ルーンメイジの中でも、とくに上位の魔術者だけが使用できる、

もっとも難易度の高い魔術だ。


ゴーテルの去りし後。四次元空間は再び大きな(ひず)みを引き起こして、元の空間軸へと戻っていく。

それと同時に、ガタガタと室内が揺れ始め、やがて、直立できないないほどの横揺れが白雪を襲った。


白雪は室内のいたるところに目を向けた。ここは、地上から雲居を越えた、遥か上空にある一室。

地上からの階段もなければ、垂直に降下できる『滑り棒』なるものもない。唯一の出入り口は、

部屋の一角にある小さな小窓だけ。白雪に、この塔からの脱出する手段はなかった。


「ここから飛び降りても、どのみち助かりませんわね……」


小窓より地上を見下ろすも、眼下に見えるのは、静かに流れる波状雲。

おとぎ話のような奇跡でも起こらない限り、小窓からの脱出は、どう考えたって自殺行為だった。


「どこか……他に出入り口は……」


そんな、崩れゆく塔の中。早急に避難したい白雪の左見右見(とみこうみ)に、割れた培養器の一つが、

ふと目に飛び込んできた。樹脂チューブに繋がれた大きな培養器の、対面に位置する同格の培養器だ。


「薔薇……?」


白雪が壁面を伝って培養器へと近づく。筒内は、肥大成長を遂げた様々な木本で(ひしめ)いており、

容器の下部分から向かいの培養器に架けて、匍匐枝(ほふくし)と呼ばれる地上茎が、床上を這って伸

びている。その地上茎の端に、小さいながらも勇邁(ゆうまい)に咲いている、一輪の赤い薔薇を見つけた。


「このような場所に、薔薇の花が咲いているなんて」


割れた培養器に手を伸ばし、白雪は薔薇の花をそっと取り出した。

その間も、室内は少しずつ崩れていき、天井からは、砕けた落下石が降り始めていた。


「大丈夫。心配しないで。私があなたを地上へと返してあげるわ」


薔薇の花を腕に抱き、白雪は懸命になって出入り口を探した。




――優しい温もりを感じた。感覚など、とうの前に失ってしまったはずなのに、

今ここに、温かな『想い』を感じる。先ほど聞こえた、あの美しい声の女性なのだろうか?

偶然にもロザリーナに似た〝花の想い〟が伝わってくる。


自分の想いがロザリーナに届かなかったせいで、彼女はカボチャの種と同化してしまった。

それなのに……今度もまた、この温もりの女性を失ってしまうと言うのか?


自分には何も出来ないのだろうか? 駄目だ……そんなこと。今度こそ、想いをカタチにしなければ!!


      ☆


「あ゛あ゛あ゛あ゛!!」


薔薇魔獣が植物と化した左手を、ヘンゼル達に向って伸ばした。


「みんな、伏せるんだ!」


フェンヒェルが迫り来る触手に逸早く感知づき、全員に回避指示を出す。

兄妹と小人達の一同は、頭を抱えるようにして、一斉に身を伏せた。


口を大きく開いたハエトリグサが、勢いを増してヘンゼル達の頭上を越えていく。彼らの背後には、

残る2体ものクシモトが待機状態で共存していたが、そのクシモトの一体を、ハエトリグサが喰い千切った。


「グギャアアアアアアアア!」


そばづえを食らったクシモトは、長きに渡って噴き上がり、やがて枯れ枝となって消滅した。


「何てやつだ……あの植物獣を一撃で倒してしまうなんて……」

「キキキキキ……」


カボチャ上の少女が笑う。長い髪に被われて表情までは分からないが、

口の端を吊り上げて、嘲笑う様子が見て取れた。


「あいつの攻撃を喰らえば、俺達もあーなっちまうってことかよ……」


ネッセルがゴクリと生唾を飲み込む。クシモトとの戦いで、童力・体力共に危機的な状況であるヘンゼル達に、

追い討ちをかけるよう登場した薔薇魔獣は、その圧倒的な存在力で、彼らを恐怖の渦へと飲み込んだ。


「ホォッホッホッ。さすがは我が娘……失敗作のクシモトとは違い、性能は上々と言ったところだねぇ」


突然、薔薇魔獣の脇に、紋章陣が出現する。エレメントを宿した魔法円の内から現れたのは、

深緑の外套(がいとう)を羽織った、老耄(ろうもう)しせし妖婆だった。


「ふむ。軟膏の香りがするねぇ……なるほど、そーゆうことだったのかい」


魔女と思しき老婆が、兄妹から漂う軟膏の香りを嗅いだ。


「やれやれ。少々LSD(リゼルグ酸ジエチルアミド)の配合が強すぎる。よもや、急いで調合した

 のに違いないが、これでは、軟膏の効果を充分には引き出しきれんぞ」


どうやら老婆は、軟膏を作った者が誰であるのか、知っている様子だった。


「もしかしてあなたが……」


ヘンゼルは老婆の立ち見姿を拝見し、彼女が魔女フラウ・ゴーテルであることを悟った。


「ああ……可愛い可愛いヒラリヒメ。お前の誕生を心から待ちわびていたよ。

 今日から私が、お前のお母さんだ」

「オ、カア……サン?」


ヒラリヒメと呼ばれた薔薇魔獣が、魔女の言葉を片言で繰り返す。

知能のほどは、まだ、生まれたばかりの赤子に近いようだ。


「さあ、ヒラリヒメ。こいつらを一人残らず食い尽くし、私と共に、世界を魔女達の世界へと変えるのだ!」


ゴーテルがヘンゼル達にヒラリヒメを差し向ける。


「スベ、テヲ……クライ、ツク……ス。全テヲ……喰ライ、尽クス。全テヲ喰ライ尽クス!」


魔女の言葉を繰り返し口に出し、ヒラリヒメは、ようやく言葉の意味を理解した。


「あ゛あ゛……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」


ヒラリヒメが叫ぶ。その叫喚だけで衝撃が起き、ホビット族の面々は、後ろに横転してしまった。

ラフレシアの花がカボチャを持ち上げるよう宙に浮く。そのまま、少女が身体を前方に突き出し、

向こう見ずで特攻してきた。


グレーテルがヌイグルミを引っ下げ、兄より前へと躍り出る。童術の使えない今のヘンゼルでは、

あの突撃に耐えられないからだ。少なくとも《羊毛綿の盾》なら、まだ受け止められる可能性が

あった。しかし、だ。


「キキキキ!」

「――っ!!」


ヒラリヒメがヌイグルミごとグレーテルを弾き飛ばし、身体を反転して、

左手をヘンゼル目がけて打ち出した。


「くっ……!」


ヘンゼルが転がるように横へと回避する。口の開いたハエトリグサは、彼の背後で立ちすくんでいた、

残る一体のクシモトを噛み千切った。捕虫器である二枚の葉が、モシャモシャと飲み込むように動き、

食虫植物を通して、栄養がヒラリヒメへと送られる。


「あんな化け物を相手に、どうやって戦えばいいんだよ……攻撃から身を守るだけで精一杯だ」


シュパイゼが、枯れ枝に成り果てたクシモトの下半身を垣間見る。


「ヒッヒッヒッ……もう間もなく、あの塔は崩壊する。あそこにいた小娘は、お前達の仲間だろう? 

 塔が瓦解(がかい)すれば、あの娘は助からない。お前達はみんな、この森で『物語』を終えるのさ」

「――!! 茨の塔が崩れるだって!?」


小人達が互いに顔を見合わせる。魔女の話が本当なら、すぐにでも白雪を助け出さなければならない。


「ヘンゼル。君の《童術》は、まだ使えそうにないかい?」


塔へと入る手段は、遥か上空にある小さな窓枠のみ。フェンヒェルは、白雪を塔内部へと送り届けた、

ヘンゼルの《フライエンシュタイナウ》に、救助をお願いするしかなかった。


「それが、さっきから何度も練成を試してるんだけど……いっこうに《童力》が戻らないんだ」

「むむ……これは、相当にやばくなってきたぞ……」


ヘンゼルはフェンヒェルと隣り合わせになり、考えられる全ての打開策を練った。だが、

時すでに遅し。塔の崩壊は止まらず、地覆から轟音もろとも横揺れし、

どんどんと壁面が剥がれ落ちていく。やがて、砂煙が塔のほとんどを覆い隠す頃、

茨の塔はゆっくりと横倒しになって、辺りに瓦礫の山を築き上げた。


ヘンゼル達が青ざめる。ゴーテルはそんな様子に些か満足したようで、


「ヒッヒッヒッ……絶望しておるのぅ。だがしかし、安心するがよい。お前達もじきに、

 あの娘のところへと送り届けてやる」


次はお前達だと、兄妹と小人達に骨ばった手のひらを向けた。ヒラリヒメが離陸態勢になる。


「やれ、ヒラリヒメ!」




「そうは――させませんわ!!」


遼遠(りょうえん)なる上空から声が木霊する。離れていても透き通る、鈴音(すずね)のような叫声だ。


「む! なんじゃ!?」


ゴーテルが振り返る。それにつられて、ヘンゼル達も一斉に大空を見上げた。


「白い……鳥? いや……もっと大きいぞ!!」


タッシェルが夕暮れ時の逆光に目を凝らす。大空に浮かんでいたのは、大型の〝白い生き物〟だった。

白い生き物には立派な翼が生えており、生物はその大きな翼を羽ばたかせ、地上に向ってゆっくりと

降下をし始めた。そして、その正体が一体何であるのか、生き物がこちらに近づくにつれ、はっきりとした。


馬だった。それも、ただの馬ではない。鳥のような翼を持ち、空を飛ぶことができると言われている、

伝説上の生き物――そう、翼の生えた白い生物は、天馬ともペーガソスとも呼ばれる、白い馬だった。


「雪ちゃんだぁ!」


ミーレが白馬の上に白雪の姿を発見する。


「姫!?」 「白雪さん!?」


ペガサスが長い四肢で地上に降り立つ。馬上には、少女が(またが)っていた。

白金色のポニーテールが美しい、白薔薇の少女――白雪だ。


「ありがとうございます、お馬さん。おかげで助かりましたわ」


ペガサスからしとやかに飛び降り、金色になびく白馬のタテガミを、白雪は優しく撫でた。

事の様子からして、無事、塔を脱出できたようである。


「姫! 無事だったんだね!!」


兄妹と小人達が白雪に駆け寄ってくる。


「ええ。このお馬さん、いえ……〝この方〟が助けてくださいましたの」

「この方?」


白雪がペガサスと目を合わせる。その途端、白い馬から黄金色の光が溢れ出し、

瞬く間に、その姿を〝元の形姿〟へと変えていった。


ペガサスが姿を消す。変わりに、一人の少年が立っていた。

片目を蔽う金色の髪に玉緑色の瞳。細身でありながらも、肩幅はしっかりとしていて、

上質なベルベットコートを着込んでいる。その首周りには、これまた、白いクラバットが巻かれており、

どこかの貴族か、王族の者であることが窺えた。


「白馬の……王子、さま?」


レッティヒが、少年の姿をまじまじと見て答えた。


「おのれぇ、タエマナシ! お前は薔薇の姿になったはずではないのか!!」


魔女ゴーテルが立腹気味に荒立てる。タエマナシと呼ばれた少年は、疲労した身体を白雪に向け、


「礼を言うのはこちらのほうです白雪姫。あの時、貴女が薔薇の花を手に取ってくださらなければ、

 私は、あのまま枯れ果てていたことでしょう。姫様の『想い』が、私を白馬の姿に変えたのです」


片膝をついて、白雪に感謝を示す。そして、ペガサスの姿は王子の《童術》で、

白雪の『想い』に呼応して〝変身〟したものだと語った。


「ロザリーナ……」


タエマナシが、目の前のヒラリヒメを見て拳を握った。左手の甲には、教団によるタグ標が焼印されている。

彼もまた、森への侵入に伴い、教団によって被験体にされてしまったようだ。


「ええい! 今さらどうにもならんと言うのに、しつこい奴じゃ。そんなにヒラリヒメが愛しいなら、

 彼女に突かれて死に絶えるがよい!!」


ゴーテルがヒラリヒメに突撃の指示を出す。ヒラリヒメは、目の前に現れた王子と白雪の姿に、

一瞬戸惑いを感じたが、すぐさまゴーテルの指示に従った。


魔獣が宙に浮かび上がる。一旦、後方に弾みをつけて、勢いよく前方に飛び出した。

彼女の左手が伸びる。植物になってしまった左手は、王子を目がけて真っ直ぐに驀進(ばくしん)した。


白雪がタエマナシの前に出る。王子はまともに動ける状態ではなかった。

ゴーテルにほとんどの《童力》を奪われ、わずかに残った《童力》も、白雪との脱出時に消耗してしまった。

残す《童力》は、《童術》一、二回分といったところである。


ヒラリヒメが白雪と衝突する。白雪はフルーレの剣身を盾にして、魔獣の猪突猛進を防いだ。


「――!? あ゛……あ゛あ゛あ゛!!」

「???」


白刀のフルーレに弾かれ、ヒラリヒメが不意に後ずさる。どういうわけか、彼女はもがき苦しんでいた。


「どうしたんじゃ、ヒラリヒメ! そのような小娘ごときに、何を手こずっておる!?」


遠くからゴーテルが捲くし立てる。そんなヒラリヒメの様子に気がついたのは、タエマナシ王子だった。


「もしかして……白雪姫の《童術》に、ロザリーナが反応を示しているのか……?」


王子が拝察からヒラリヒメの意向を汲み取る。白雪の《童術》は、想いを『花』へと変える力。

想型は『白薔薇』、幸遺伝子は『憧憬(どうけい)』である。そして、ロザリーナの想型も『赤薔薇』。

お互いに〝薔薇の花〟を想いの糧にしていた。


薔薇の花が大好きだったロザリーナが、白雪の白薔薇を傷つけたくないと、ヒラリヒメの動きを止めたのだ。


「何をしておる! ヒラリヒメ!!」


ゴーテルが怒号を飛ばす。何十年もの間、この日を待ち続けたのだ。言うことを聞かない魔獣の存在は、

魔女にとっても誤算であり、怒り心頭なのも納得がいく。


「……ル、サイ」

「ヒラリヒメ! お母さんの言うことが聞けないのかい!!」

「ウ……ルサイ。ウルサイ……ウルサイ、ウルサイウルサイ……ウルサイ!」

「!!!」


ヒラリヒメが突然反旗を翻し、その左手でゴーテルを襲った。


「ぎゃああああああああああああっ!!」


魔女の悲鳴が高らかに聞こえる。ゴーテルは予期せぬ報復に見舞われ、

ハエトリグサに頭から捕まった。


「ミーレちゃん!」 「グレーテル、見ちゃだめだ!」 


白雪がミーレを、ヘンゼルがグレーテルを、被さるようにして抱きしめる。背後からは、

ゴキゴキバキと大骨の砕ける音がした。ヒラリヒメが魔女ゴーテルを噛み砕き、そのまま食したのだ。


「オカア、サン……」


血汁の滴る左手を舐め、ヒラリヒメがキキキと笑う。その様子は、どこか泣いているようでもあった。


ヒラリヒメは、最愛の娘であったラプンツェルの細胞から、遺伝子操作で生み出したカボチャの種。

その種を、ロザリーナに自ら食べさせ、タエマナシ王子の《童術》で誕生した『ヒトキメラ』だ。


そのため、ヒラリヒメの体内には、ラプンツェルともロザリーナとも言える、二人の遺志が宿っている。

もしかしたら、ゴーテルは最愛の愛娘を、生き返らそうとしていたのかもしれないが、

母親の行き過ぎた不行跡は、ラプンツェルとロザリーナ……薔薇を愛する者達の執念によって止められ、

悲運にも、ゴーテルは終焉を迎える形になった。


そんなヒラリヒメの様子を見て、王子がある想いを固める。

ロザリーナがあのような姿にされた以上、彼女を元の姿に戻す方法はない。

仮にゴーテルを倒伏させ、元の姿に戻すよう問い詰めたとしていても、一度、細胞の混じったキメラを、

元の異なった個体に戻すことは、学術的にも不可能とされている。

唯一、彼女を救う方法があるとすれば、それは……


タエマナシ王子が白雪のほうへと振り返る。


「白雪姫……私の〝お願い〟を聞いてくれませんか?」


白雪は王子の姿に、どこか決意のようなものを感じた。


「彼女を……ロザリーナの暴走を止めるには、貴女のお力が必要です。白雪姫の『想い』なら、私を、

 ロザリーナが大好きだった〝薔薇の花〟へと変えられる。私はこれ以上、ロザリーナの苦しむ姿を、

 見たくはありません。彼女を、あの姿から解放してあげたいんです。白雪姫、どうか私に、お力を

 貸してはいただけませんか?」


白雪のフルーレとヒラリヒメが衝突した時、彼女は、一瞬ロザリーナの心を取り戻していた。

それは、ロザリーナが薔薇の花が好きだったことを忘れていない、何よりの証拠でもあった。

もしも……彼女を救う方法があるとすれば、それはきっと、ロザリーナが大好きだった『薔薇の花弁』

に違いない。それが、王子の立てた、思い()しだった。


「でも……そんなことをすれば、王子様も一緒に……」


タエマナシ王子はロザリーナと一緒に、薔薇となって散るつもりなのだ。

なぜなら、彼の《童術》は、【相手の想いを、自身に投影する】で、あるからだ。

つまりは白雪の『想い』で、自身を〝その想い〟へと変化させ、ヒラリヒメにラストアタックを

仕掛けるつもりなのだ。


そんな、死に逝く者への(はなむけ)を、白雪は王子からお願いされてしまった。

彼女が思い悩むのも無理はない。


「私は……彼女のために、とびっきり美しい薔薇を咲かせてあげたい。ロザリーナの喜ぶ顔が、

 私の望み続けた幸せでもあるのです。無理なお願いを言っているのは承知しています。それでも……

 どうか、お願いできないでしょうか?」


王子からの真剣なお願いに、白雪は苦渋の末、決断を下した。


「私に……できるのでしょうか……」

「大丈夫ですよ姫様。私がリードいたします」


王子が爽やかな笑みをニコッと見せる。こんなにも素敵な笑顔で言われてしまっては、

首を横に振ることなど、到底、出来やしなかった。


「さあ、行きましょう白雪姫」


タエマナシ王子が、再び人間から幻獣の姿へとカタチを変える。一度覚えた相手の『想い』は、

自身の意思でカタチへと変えられるようだ。


「《童術・変想ファンタスマゴリーク!》」 


黄色い魔法円に導かれ、王子がペガサスへと変身する。白馬に様変わりし、王子がヒヒーンと鼻を鳴らす。

白雪に背中へ乗るよう合図をしているのだ。


白雪は、ペガサスのタテガミを手綱代わりに掴み、幻獣の背中へと跨った。

折り畳まれていた白翼がバサッと展開する。一羽ばたきで、ペガサスは一気に急上昇した。


ヒラリヒメが空に浮かぶ白雪達を展望する。攻撃の意思は……ないようだ。


(ロザリーナ! 君を一人で逝かせはしない!! これで、僕達の物語を終わりにしよう)


兄妹と小人達が見届ける中、白馬の王子と白雪が、一心同体となってヒラリヒメに立ち向かう。

ペガサスは勢いをつけて急降下し、無抵抗なヒラリヒメに近づいた。


「オオ、ジ……サマ?」


一瞬、山吹色の長髪から、少女の表情が窺えた。


「――っ!」


白雪がヒラリヒメから顔を背ける。ヒラリヒメが泣いていたのだ。こんな姿になってもなお、

彼女はタエマナシ王子のことを忘れてはいなかった。その事に白雪の涙腺が緩む。


(白雪姫!)


ペガサスが黄金色に輝き、その形姿を〝白雪の『想い』〟へと変える。

ロザリーナの大好きな、薔薇の花弁になるために! 


白馬が消え、魔法円となったその輝きに、白雪は両手を添えて《童術》を打ち出した。


「《童術・白苞ユーフォルビア・レウコケファラ!》」


それは、長い葉柄を持ち、純白の雪を被ったような、とても綺麗な〝花〟だった。


「あ゛……ああっ……」


ふわりと優しい白花が、ヒラリヒメを包むように浄化していく。

そう、白雪の打ち出した《童術》は、王子の望んだ白薔薇ではなかった。


(どうして……)


王子の声が魔法円から伝わってくる。白雪の想いは『白薔薇』のはずだ。

いや、童術自体は『花』であるため、白薔薇以外の花を咲かせることは、不可能ではない。ただ……なぜ、

この花を選んだのだろうか? ロザリーナの大好きな花弁は、ユーフォルビア科ではないはずだ。


「王子様……この花の、花言葉を知っていますでしょうか?」


白雪が目の前の花へと語りかける。タエマナシが変身した《童術の花》に。


「この花の花言葉は『君に逢いたい』……王子様の想いが、この花を咲かせたのですわ」

(――!)


白苞の花弁は、やがてその役目を終え、分散するように散っていく。

同時に、ヒラリヒメの姿が、薔薇魔獣の様態から、ロザリーナの姿へと戻っていった。

白薔薇ではない花弁を打ち出したため、王子もろとも、完全な浄化までには至らなかったようだ。


      ☆


「ロザリーナ!」


人間の姿に戻ったタエマナシが、草むらに横たわる、ロザリーナ姫に駆け寄った。


「王子……様……」


ロザリーナが王子の瞳を見つめ、弱々しい口調で手を伸ばした。

王子はロザリーナの身体を自身に引き寄せ、彼女のか細い手を優しく握った。


「王子様。どうやら、お別れの時がやってきたようです……」


カボチャの種と薔薇の花弁に体内を弄くり回され、ロザリーナの身体は、すでに末期体に入っていた。

不幸中にして幸いだったのは、最期に魔獣の姿からロザリーナの姿へと戻れたことである。

彼女は、王子と白雪が起こした『奇跡』によって、最期の瞬間をロザリーナ姫として迎えられたのだ。


「私は……あまりにもわがままで、あまりにも自惚(うぬぼ)れが強すぎました。今それを悔い改めても、

 もうその(いとま)もありません……惨めな私を、神様が哀れんでくださいますよう、お願いするし

 かありません。私の持っているモノは、全て王子様に差し上げます。私は王子様から、たくさんの愛

 を頂きました。これで、ようやく〝結納〟ができましたね」


ふふふと無邪気に笑い、ロザリーナが王子の手を握り返した。


「でも、一つだけ……お約束して頂きたいのです。そうすれば、私は安らかな眠りにつけることでしょう」


そう言ってロザリーナが、タエマナシ王子の耳元に顔を近づけた。

オールドローズ香の中に、フルーティーな香りが漂ってくる。薔薇の香りとは、

こんなにも優しく、切ないものなのだろうか……


ロザリーナは王子にだけ聞こえるよう、小さな声で〝お願い事〟を言った。


「!!!」


一瞬、王子は驚きを見せたが、すぐさま彼女の言わんとしていることが理解できた。

ロザリーナは最期の最期まで、薔薇の花を〝気にかけて〟いたのだ。


「お似合いですよ、王子様」


微笑みながら伝えたロザリーナのその言葉に、タエマナシ王子は、彼女をギュッと抱きしめた。


「必ず……必ず約束する。君の愛した薔薇達は、僕が……僕が必ず守ってみせる」


王子の強い心構えを聞いて、ロザリーナは安心したように満面の笑みを浮かべた。

その姿は、まるで満開した薔薇の花弁そのものだ。


「お健やかに、王子様。私のために祈ってね」


そして、むこうを向くと、ロザリーナは静かに息を引き取った。風が彼女の身体を包み込み始める。

少しずつ……少しずつ、ロザリーナの身体が、風に溶けるよう浚われていく。見頃を終えた花弁が、

次の花弁を咲かせるために風に乗って散り始めたのだ。やがてロザリーナの姿は、光とも花弁とも

見える粒子になって風に消えた。彼女の亡骸は、風葬によって弔われたのだ。


タエマナシ王子の手のひらに、一枚の薔薇の花弁を残して――


「タエマナシ王子!」


そんな、一人残された王子の元に、もう一人の立役者が、暗い森の中から現れた。


「ロスミタル……公爵? ロスミタル公爵、君なのかい!?」


森から現れたのは、タエマナシ王子と同じくらい貴族質で、長身美形な細身の青年だった。

王子の心境を汲み取り、声をかけずじまいだったヘンゼル達も、その者の登場で話の輪に加わった。


「ロスミタル公爵、無事だったのかい」

「ああ。ここにいる、この者達のおかげだ」


ロスミタルと呼ばれた青年が、白雪と小人達……そして兄妹に、順次、感謝の旨を示した。


「魔女の呪術にかかってしまった私をここまで連れて来てくれて、本当に感謝している。

 心から礼を言うよ。ありがとう」


青年が深々と頭を下げる。その頭上には、宝石をあしらった立派な王冠が載っていた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! もしかして……あんたは、あの、デブカエルなのか!?」


ネッセルが彼の王冠を見て狼狽える。容姿、身なり、漂う貴族質。あの真ん丸カエルからは、

想像もつかないほどの変わりようだ。


「いかにも。私はアンハルト=ケーテン公国の領主、フェルディナント・フリードリヒ・ロスミタル公二世である」

「えええ!?」「あなたが、あの真ん丸カエ……王様カエルだって!?」


他の小人達も驚きを隠しきれず、口々に(わめ)きを立てた。それもそのはずである。

魔女の《魔術》によって、真ん丸カエルにされていたデブカエルが、まさか、超美形な細身の

青年だったとは、誰しもが夢にさえ思わなかったはずだ。


おそらく、ゴーテルがヒラリヒメに喰われたことにより、魔女にかけられていた《ルーン魔術》が解け、

塔への結界も、その時に消滅したのだろう。その青年は誰がどう見たって、あの太ったカエルでしかなかった。


タエマナシ王子は盟友との再会を喜んだが、喜びも束の間に、ロザリーナ公女が今しがた風葬されたことを、

ロスミタル公爵に伝えた。ロスミタル公爵は、妹の死に目に居合わせられなかった事を悔やんだ。


「これは……ロザリーナが僕達に残して逝った形見。これを貴方に預けたい」


タエマナシ王子が手のひらに残されていた一枚の花弁を、ロスミタル公爵に手渡した。

公国に戻ったら、この薔薇の花弁を、ロザリーナのいた部屋の下に埋めてあげてほしい……そう語りながら。


「タエマナシ王子。君は……君は、これからどうするんだい?」


ロスミタル公爵が、タエマナシ王子に今後の行方を尋ねた。王子の左手甲には、被験体の証であるタグ標が

焼印されている。森に入ることは出来ても、森から出ることはできない状況になっていた。


タグ標は黒い森で生活する被験体を、教団が監視・記録するためのものであり、このタグ標が身体に焼印されて

いる限り、この森から出ることは出来ない。たちまち教団員に見つかって、制裁を受けることになるからだ。


しかし、その中でも例外があった。


「どうやら教団は、民謡伝承者や、この森に昔から住んでいる者。そして、ある一定の年齢を超えた者に

 関しては、とくにタグ標をつける等の管理は課していないようだ」


王子と共に黒い森へと侵入した時、自身にはタグ標がつけられなかったことを、ロスミタル公爵が伝える。

彼は『民謡伝承者』でもなければ、この森に昔から住んでいたわけでもない。

おそらく、ある一定の年齢を超えていたことが、タグ標の焼印を間逃れる要因になったのだ。


詳しいことは教団員ではないため分からないが、ある一定の年齢とは、子どもが大人へとなる年齢……

子ども達が、少年少女でなくなる年齢を基準にしているのだろう。

ロスミタル公爵はタエマナシ王子よりも、4つほど年上だ。


「僕には……この森ですべきことが出来た。森に留まるのに、充分過ぎる約束を果たさなければならない」

「約束?」

「薔薇を……美しい薔薇を守ってほしいと、ロザリーナに頼まれたんだ」

「それは、公国に咲いている薔薇園のことかい?」


タエマナシ王子は、黒い森から出れないことなど、まったく気にかけていなかった。

むしろ、ロザリーナと『約束』を交わしたその時から、彼はこの森に留まることを決意していた。


「赤い薔薇、青い薔薇、黄色い薔薇……ロザリーナの愛した全ての薔薇達と、そして……〝白い薔薇〟を

 守ってほしいと……そう頼まれたんだ」


王子が白雪のほうを振り返る。ロスミタル公爵は、王子と白雪姫を見渡して、


「そうか……だがしかし、住むところはどうするのだ? どこか当てでもあるのかい?」


ロスミタル公爵の心配を、話を聞いていたフェンヒェルが一蹴した。


「住まいなら心配いらないよ。僕たちのところに来ればいい。空き部屋もいくつかある。みんなはどうだい?」


フェンヒェルが自分達のホームに来ることを提案し、他の弟小人達に可否を投げかけた。


「僕はフェンヒェルの提案に賛成だ。今回の戦いで、僕たちだけでは姫の護衛に限界があることを実感した。

 もし、王子が一緒になって姫を守ってくれるというのなら、ホームの提供を行いたい」


タッシェルは白雪を危険な目に遭わせてしまったことに責任を感じていた。

この先、白雪を護衛していく上で、戦力の増強は願ったり叶ったりである。


「ぼ、ぼくは、別にいいけど……その、王子の部屋は、姫とは別だからね」


タエマナシ王子に妬き餅でも焼いているのか、シュパイゼはそんな風に言って王子を歓迎した。


「ミーレもいいよ~でもでも、ミーレのベッドは雪ちゃんと一緒に寝るから貸せないよ」

「ミ、ミーレ……たまには姫も、他のベッドで羽を伸ばしたいんじゃないかな。ミーレのベッドじゃ小さすぎて、

 姫も、その……窮屈なんじゃないか?」

「そんなことないもん。ねー、雪ちゃん」


ミーレがトコトコと白雪に駆け寄って、シュパイゼにイーっと歯を見せた。

多数決の結果、フェンヒェルの提案は、小人達全員が王子の居候を歓迎するということで決まった。


「君達の気持ちは大変ありがたい。だが、その……白雪姫は、私が一緒では嫌ではないだろうか?」


ロザリーナに白雪を守ってほしいと言われ、その白雪が住んでいるホームへの住み込みは、この上ない棚餅だ。

王子としても、白雪と同じ屋根の下にいるほうが、護衛をするにあたって都合がいい。

しかし、知り合って間もない男性がいきなり女性の家に上がり込むなど、たとえ恋人同士であっても、

突き返される可能性は充分にあった。


「私も大歓迎ですわ。人数は多ければ多いほど、賑やかになりますもの」


白雪は男女の同居問題に、さほど気する様子もなく平然と答えた。


「それじゃあ、その……お言葉に甘えさせてもらうよ。えっと……」

「フェンヒェルだ。こっちから、タッシェル、ネッセル、シュパイゼにレッティヒ。小さい二人が、

 ルーアと、女の子のほうがミーレ。よろしくね王子」

「ああ、よろしく頼むフェンヒェル」


それと……王子がそこまで言いかけて、再び白雪に目を向けた。


「僕も、姫のことを〝雪〟って呼んでもいいかい? とっても素敵な名だ」

「ええ。では私も王子様のことを、王子〝くん〟ってお呼びしてもよろしいでしょうか? 王子様の一人称が、

 時々『私』から『僕』に変わっていたので、つい、ヘンゼルくんと一緒になっちゃって……」


ヘンゼルがそれはどういう意味だろうと考える。君付けは、年下の男子に対する愛称なのだろうか。


「好きに呼んでくれて構わない。雪、不束者ではあるが、どうか一つよろしくお願いしたい」

「こちらこそ。ふふ、今晩の夕食から忙しくなりそうですわ」


白雪がさっそく今晩の献立を頭に巡らせる。辺りはすっかり闇に溶けてしまい、遠方ではカラスが鳴いていた。


「あー! しまった!!」


突然ヘンゼルが思い立ったように叫び出す。全員の視線がヘンゼルに集まった。


「僕の手斧……まだニンフェから返してもらってない……」


いったい何の話。ホビット族の面々がそのような顔ばせになっている。

グレーテルだけは事の一部始終を知っていたため、兄とニンフェのやり取りに同情を寄せていた。

おそらく、湖での一件後、迎えの白鳥に急がされ、ニンフェから手斧を返してもらう前に、

ホームへと戻ってきたのだろう。


「グレーテル、急いで帰るよ! ニンフェに手斧を売られちゃう!!」


そんな物騒なことを言い残し、兄妹が仲良くホームへと帰っていく。その後ろ姿を最後まで見届け、

白雪達もそれぞれの家路に着くことになった。


「タエマナシ王子。私は、ロザリーナが残したこの薔薇の花弁を埋め、公国に今以上に綺麗な薔薇

 の花を咲かせることを約束する。ロザリーナもきっと、それを望んでいるはずだ」


ロザリーナが薔薇の花弁が大好きだったように、薔薇の花弁にもロザリーナの『想い』が宿っている。

彼女の『想い』がカタチへと昇華された時、公国には〝いつまでも枯れない〟四季咲きの薔薇が満開

するだろう。そうしたらまた、楽しそうに薔薇を跳び越える、ロザリーナが戻ってくるかもしれない。


去り際、タエマナシ王子はもう一度、崩壊した茨の塔を振り返った。クシモトやヒラリヒメによって

破壊された奇奇怪怪な植物園。その庭先にはすでに、新しい薔薇の芽が息吹き始めていた――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ