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咆哮のグレーテル  作者: 胡桃ヌイ
★第六章 『薔薇になった王子』――Kapitel 6:Das Märchen Von Rosenblättchen――
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Ⅳ 『ラプンツェル』

暗く深い雑木林(ぞうきばやし)を掻き分けて、光を求め最初に目にした光景は、痛々しくも婉美な

荊棘(けいきょく)に蔽われた、白く入り口のない高やかな塔だった。荊棘はバラ目に属する植物で、

白い塔に誘引されるよう絡み付き、枝木を伸ばし螺旋状に巻き付いている。その形貌は熱帯に生息

する『絞め殺しの木』を想起させ、光の少ない黒い森で、太陽を巡り生長したことを物語っていた。


また白い塔の庭前(ていぜん)には、ハエトリグサやウツボカズラといったグロテスクな食虫植物が、

まるで、塔への侵入を阻碍(そがい)するかのように栽培されており、白い塔と混然一体となってケ

ラケラと(うごめ)いている。


そんな奇奇怪怪な美観を前に、ふと耳を澄ませてみると、楼閣(ろうかく)から美しい歌声が聞こえ

てくるではないか。少女のような少年のような聖歌を彷彿(ほうふつ)させる混声染みた歌声が――



薔薇の木よ、薔薇の木よ。打ってもいいけど、お手やわらかに。

打ってもいいわよ、その鞭で。私は飛ぶのが下手でした。どうぞ打ってね、その鞭で。

しくじった私を薔薇の木よ――



歌声は塔の遥か上空から染み渡り、聞いた者を塔へと惹きつける不思議な力を持っていた。


「かわいい、かわいいラプンツェル……私の可愛いラプンツェルよ。お前の想いで私の願いを叶え

 ておくれ。カボチャの種とバラの花弁、薔薇とカボチャが結ばれたなら、世界はやがて、魔女達

 が再び闇夜を支配する、理想の物語へと変わるだろう」


白い塔にある唯一の出入り口。雲居の隙間から(かす)かに覗く小さな小窓に寄り添って、ローブ

を纏い、リリパイプを被った老婆が叙景を眺めて呟いた。高台からは針葉樹林が見え隠れしている。


老婆が緑色(しんりょく)の単衣をひるがえし、ツカツカと部屋の中心へと戻ってきた。


塔の最上階に位置するこの部屋は、宿主である老婆のラボラトリーであり、植物達の成長に欠かせ

ない温室の役割も兼ね備えていた。外面は強固な鋼材を使用し、屋根部には大型のガラス板がトン

ネル状に敷き詰められている。また熱硬化性樹脂を使用したカーボンブラックの机上には、果核や

遺伝子の組み換えについて詳しく記された資料が山のように積み上げられ、その側にはグリフィン

ビーカーや三角フラスコ、パスツールピペットにシャーレといった、実験用の器具が置かれている。

辺りを見渡せば冷却器やソックスレー抽出器なんてものも常備してあった。


そして、老婆が歩み寄った部屋の中心部――試験的な培養器がいくつも並んでいるその中の一つに、

ラプンツェルと呼ばれた美しい歌声の持ち主は閉じ込められていた。


ラプンツェルはそれはそれは大変美しかった。見ているだけで、心の闇が振り払われていくような、

そんな魅力を解き放っていた。


彼女の自慢はくるぶしに触れるまで伸ばした、金糸(きんし)のような山吹色の長髪だった。そのた

めラプンツェルは、長い髪を朝から晩まで編んでは解き、解いては編むことに一日中かかりきりに

なっていた。美しい髪の少女は花が大好きで、その中でも取り分けて『薔薇』がお気に入りでした。

兄である公爵がお国のほとんどを、ひとつづきで出来た、薔薇のお庭に変えてしまうほど、彼女は

薔薇の花弁が大好きだったのです。


しかしそれは遠い遠い過去のお話。ラプンツェルがまだお城に住んでいて〝お姫様〟だったころの

お話である。そう――今しがた老婆に近寄られた少女は、筒型の無色透明な培養器に閉じ込められ、

老婆の実験材料にされていた。


彼女が入っている培養器の上部からは、太い木の脈が天井を這うように根付いており、どうやら塔

の外へと繋がっている様子だ。また容器内のラプンツェルにも、その木脈は繋がれていた。少女は

丸裸だった。衣類と見られるものは何も着用しておらず、ツル性の植物が、少女の裸体を隠すかの

ように巻き付いている。


長いこと監禁されているのか、表情に血の気はなく、まるで生き人形のようにぐったりとしていた。


「……ロザ……リーナ……」


ラプンツェルが入れられた培養器の向かい側、同じ筒型の培養器からくぐもった声が聞こえてくる。


「おやおや……あんたもしぶといねぇ。何度言ったら分かるんだい? この子は『ロザリーナ』な

 どという名前じゃなく、ラプンツェルだと。それにもう手遅れさ。彼女は私を待たせて、侮って、

 15分が七度(ななたび)過ぎた。お前だってラプンツェルに、婚約を(ないがし)ろにされたの

 だろう? 薔薇とカボチャが結婚しない限り嫁にはならぬと。だからこそさ……私の《魔力》と、

 お前達の《童力》があれば、その願いだって叶えてあげられる……私は再び魔女達の世界を作り

 上げ、お前は晴れて彼女と結ばれる。お互いにハッピーエンドじゃないか」


反対側の培養器に向かって老婆が語りかける。容器の中には白色のベルベットコートを身に纏った、

金髪の少年が横たわっていた。年の頃は14、15歳くらいだろう。貴族のような煌びやかさを持

つ、凛々しい顔立ちの少年だ。


「魔女ゴーテル……あなたは何も分かっていない……ロザリーナの心の内に秘められた……本当の

 想いを……どうして彼女が僕との婚約を拒んだのか……その本当の意味をね……」


少年が玉緑色の瞳を見開いて、ゴーテルと銘打たれた老婆をガラス越しに睨みつける。


「ホォッホッホッ。そうだねぇ……それじゃあその〝真の想い〟とやらを、ラプンツェル本人から

 聞き出してみるとしよう……きっと素晴らしい返答をしてくれるに違いない」

「――!!」

「何を慌てているんだい? 今に始まったことではないだろう。お前はそこで彼女がバラの植物に

 蹂躙される姿を指を加えて見ているがよい。ラプンツェルの体内にあるカボチャの種がどう反応

 するのかをね……」

「やめるんだ! これ以上ロザリーナを苦しめないでくれっ!!」


必死の形相で少年が容器を叩いた。魔女ゴーテルは少年に背を向けてラプンツェルへと向き直った。


「さあ。かわいい、かわいいラプンツェル……私の可愛いラプンツェルよ。カボチャの種とバラの

 花弁――《童術》と《魔術》の力を、今こそ一つの『想い』へと変えるのだ」


少女に絡み付いていた植物が、老婆の一声でうねりだす。衰弱したラプンツェルの口から切なげな

声が漏れた。植物は彼女の身体を嬲るように、そして痛めつけるように激しく少女を毒牙にかけた。


「ロザリーナ!」


少年は愛する彼女を前に、ただただ叫ぶことしかできなかった。魔女に誘拐されたロザリーナを救

うため、彼女の兄であるロスミタル公爵と『黒い森』に来たものの、魔女ゴーテルの力は桁違いで、

彼らは手も足も出せないまま魔女ゴーテルの手中に堕ちていた。刎頚(ふんけい)の友であるロスミ

タル公爵は、魔女の攻撃から少年を庇うため、彼女の《魔術》を受けて忽然(こつぜん)と姿を消し

てしまった。盟友を失った少年は悲しみを押さえ魔女と戦った。そして気が付いた時には、白い塔

の最上階――『魔女ゴーテルの間』に彼は押し込められていた。


「ホォッホッホッ。もうすぐじゃ……もうすぐで積年の《想い》が叶えられる。あの〈魔女達の宴〉

 を取り戻すため、黒い森を……いや、世界を手中に収めるための究極の〝生物兵器〟が誕生する」


魔女ゴーテルが両手を大きく広げ、ガラス張りの天井板に向かって高らかに宣言する。ガラス越し

の大空には、蒼穹の海がガラスいっぱいに広がっていた。


「タエマナシ王子。その目でしかと見届けるがいい……世界を滅ぼさんとする究極の生物兵器――

〈薔薇魔獣ヒラリヒメ〉の誕生をね」

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