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咆哮のグレーテル  作者: 胡桃ヌイ
★第五章 『白雪姫』――Kapitel 5:Schneewittchen――
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Ⅸ 『想いは永遠に』

魔法の鏡から無数の光波が放たれる。光波は航跡上に排煙を残しながら散開し、

射撃対象である白雪を襲った。一つ、また一つと、閃光が飛翔体(ひしょうたい)となって飛んで来る。


白雪は縦横無尽に迫る弾幕を、横回りの受け身で回避した。弾頭が怒涛の勢いで草むらに突き刺さり、

物体の振動によって音エネルギーが流束する。焦土と化す下草。飛び散る土塊(どかい)。弾着周辺は

瞬時にして、炸裂音および爆煙に支配された。


「コホッ、コホッ……」


煙が晴れ、視界が鮮明になる。火煙を少し吸い込んだのか、白雪が胸部を押さえて咳き返す。


「あらあら、上手くかわしたわね~白雪。今の攻撃で、てっきり燃え尽きたと思ったわ」


王妃が金色の鉄扇で優雅に風を扇ぐ。その隣では、息を荒げた姿見が光沢面を曇らせて浮遊していた。


「ハァハァ……お妃さまに酷使される日が来ようとは……なんという快感! なんというご褒美!!」

「相変わらず気持ち悪いわね……童力を高めるために、夜伽(よとぎ)をしたのがいけなかったかしら」


不日(ひならず)アメを与えられていた姿見が、ムチを与えられて狂喜する。

魔法の鏡を使って子ども達を操るために、王妃は三日三晩、鏡に《童力》を注ぎ込んでいた。

思い入れのある物と〝心を通じ合わせる〟ことで、《童術》はより強力な術式になるからだ。


「あれが……おじ様の言っていた魔法の鏡ね……悪魔の巣窟(そうくつ)に鏡反射を用いるなんて……」


白雪がフラフラと立ち上がる。魔法の鏡の出現で戦況は一転し、

彼女は先ほどと打ち変わって危局(ききょく)に立たされていた。


「ふふふ……苦しそうね白雪。立っているのが精一杯じゃない。(あわ)れ過ぎて見ていられないわ」


鉄扇で口元を覆い、柳眉(りゅうび)を地蔵眉に変えて、王妃が白雪を侮蔑する。そして、


「鏡よ、鏡。今度こそ、あの娘を亡き者にして頂戴!」


娘の顔を見るのはもうまっぴらだと、魔法の鏡に手を添えて《童力》を流し込んだ。


「ムフォオオオッ――」


姿見が斑声(むらごえ)を上げて浮上する。光子を効率よく集めるため、暗い茂林の中から抜け出した。

光沢面へソーラーチャージが始まる。鏡内に内蔵された薄膜型のチャンバーへ、入射した光子を収束。

光起電力効果(ひかりきでんりょくこうか)で、光エネルギーを陽電気へと変換した。


鏡面が傾き、照準が白雪へと向けられる。急加速開始。収束した光子を亜光速になるまで加速させる。

発射。帯電した無数の光波が魔法の鏡から射出された。反射が光波弾となってターゲットへ飛来する。


「あの鏡は平面鏡。照射角度さえ分かっていれば、当たりはしないわ」


迫り来る光の弾幕に先立って、白雪が反射角度を緻密に計算し、回避行動を取った。放射された機鋒

(きほう)が彼女の計算どおりに弾着する。照準された周辺域は、再び爆音と煙幕の渦に飲み込まれた。


「――! 乱反射!?」


しかし、思いもよらない誤算が白雪を襲った。地形だ。度重なる爆撃を受けて、草むらは凸凹とした

ザラ地へと様変わりしていた。そのため、そこへの照射が拡散相互反射を招き、白雪の計算していた、

被爆回避域よりも広い、広範囲爆発を生み出していた。


白雪が着弾からの反射を受け、空際(くうさい)へと舞い散った。


「おーホッホッホッホ! ようやく片付いたかしら……この私を7年間も騙して生き延びたのだから、

 今さら後悔もないでしょう。あなたを(かくま)っていた小人達も、直にそちら側へ送ってやるわ」


ようやく心に落ち着きを取り戻したのか、王妃がにんまりとほくそ笑んだ。


白煙が雲消霧散(うんしょうむさん)する。草むらは元の形が分からないほどに焼け付き、

月面を思わせるような、隕石クレーターを作っていた。


「おかしいわね……白雪の遺体が見当たらないわ。あるかなし童力を注ぎ過ぎたかしら。これじゃあ

 遺体を持ち帰って家畜達のエサに出来ないじゃない……」


白雪の亡骸(なきがら)が残っていないと知り、左うちわながらも不完全燃焼を募らせる。


「――! お妃さま! 〝真下〟でございます!!」

「!!!」


姿見が率然(そつぜん)と警鐘を鳴らした。浅茅(あさじ)もろとも焼亡(しょうぼう)したはずの白雪が、

王妃の眼下から、身を乗り出すよう姿を現したからだ。そして、


「やあああっ!」


乗り出した勢いをそのままに、右手の脈搏部(みゃくはくぶ)を突き出した。


「ちィ――謀りおって」


白雪の掌底を、王妃が身を(ひるがえ)して避け、勢い余った娘の手首を、掴むように受け止めた。


「ほんとに油断も隙もないわ。遺体が見えないと思っていたら、

 まさか塹壕の中に隠れていたなんてねぇ……もう少しで、あなたの小技にやられるところだったわ」


王妃が白雪の腕を力強く握りしめる。白雪の右手には、

童術を打ち込むために《童力》が練り込まれていた。


「それにしても、あの爆撃を受けて生きているなんて。どんな手を使ったのか聞かせて頂戴」


姿見から放たれ、地面にて乱反射した光波は、間違いなく白雪の形姿(なりすがた)を撃ち抜いていた。

ホビット族の援護がないあの状況で、白雪に身を守る術はなかったはずだ。よしんば致命傷に至らな

かったとしても、あれだけ広範囲に乱反射し、爆発帯を引き起こしたのだ。無傷でいられる訳がない。


「お母様……同害報復ですわ。目には目を……鏡には、鏡をもって対抗しましたの」

「鏡ですって?」


白雪が左側のポケットから手のひらサイズの手鏡を取り出した。下部に柄の付いた銀色の手鏡だ。

その手鏡を見て、王妃が声を詰まらせる。


「まさか……魔法の鏡に手鏡を重ね合わせて、合わせ鏡にしたって言うの……」


光波弾の着弾から拡散相互反射が起きた後――白雪は寸前のところで手鏡を取り出して、魔法の鏡に

光沢面を照らしていた。二枚の鏡面が合わさることで、鏡の中に像が出来ることを知っていたからだ。

魔法の鏡が撃ち抜いた白雪の形姿は、合わせ鏡によって写し出された、彼女の形影(けいえい)だった。


激しい戦火を潜り抜け、母親に接近できた白雪は、追い詰めたとばかりに啖呵を切った。


「今度こそチェックメイトです……この距離なら反射はできませんわ。子ども達にかけた《童術》を、

 今すぐ……解い、て…………っ! こんな、とき……に――――」


しかし、好機だという場面にも関わらず、突然の耐え難い気怠さが彼女を襲う。望外(ぼうがい)にも、

強い眠気の発作――ナルコレプシーを患っていたことが災いした。


白雪が脱力したように薮原(やぶはら)へ倒れ込み、たちどころに寝息を立て始める。


「あら? 何事かしら? このような状況で居眠りをするなんて、何か事情でもありそうね」


局面を前に寝入りした白雪。そんな彼女を見下ろして、王妃が不適な笑みを漏らす。そして、

上空に浮かぶ魔法の鏡に指示を出し、白雪を押し潰すように命令した。


「残念だったわね白雪……どうやらチェックメイトは、あなたのほうよ!」


      ☆


銃口が赤頭巾へと向けられる。彼女は大好きな祖父を前に何も出来ず、消極戦の末、

彼の《捕獲術》を喰らって、局面へと追い詰められていた。


「おじいちゃん……お願い。目を覚ましてよ……優しかったおじいちゃんは、どこに行ったの……」


意識が朦朧とする中、痺れる身体を無理やり動かして、赤頭巾が祖父に呼びかける。

《捕獲術》の捉えどころが悪かったのか、彼女は喰らえば極まり手になる入眠だけは間逃れていた。


「わしの過去にお前さんの姿はない。そして……未来にも」


祖父が撃鉄を引き起こして、コックポジションにする。赤頭巾の悲痛な声は、彼の心には届かない。

無残にも彼を突き動かしているのは、脳内へと入り込む〝悪魔の囁き〟だけである。


「いつの世も、犠牲になるのは子ども達。運命からは逃れられぬ。さらばじゃ……お嬢さん」

「――――!」


パァァン!! 引き金が勢いよく弾かれ、衝撃でフリズンが開く。銃口から放たれた弾丸は

火花を発して、はるか〝上空〟へと撃ち抜かれた。空中で《童術の弾》がブローアップする。




「なっ……! お主、自分で自分の足を――!?」


予測していなかった事態に、祖父が呆気に取られて瞳孔を開いた。撃発時の寸前で、

赤頭巾が彼の懐へ飛び込んで来たからだ。彼女は《鶏銃ケプフェレ》で自身の右足を撃ち抜いて、

痺れきった身体を痛みによって動かしていた。赤頭巾が祖父の胸に顔を(うず)め、抱きつくように

して哀願する。


「…………私、まだ、おじいちゃんに話してないことが……たくさんあるの。だから……お願い……

 私のことを思い出して! 優しかった頃の……あのおじいちゃんに戻って!!」


赤頭巾が涙ながらに訴える。自身で撃ち抜いた右足がズキズキと痛む。銃創からは、溢れんばかりの

鮮血が、まさに涙のように(ほとばし)っていた。


「くっ……なんじゃこの感覚は! 頭の中に……千状万態(せんじょうばんたい)で、

 お前さんの面影が入り混じってくる……わしの記憶の中に、お嬢さんの存在があるというのか!?」


赤頭巾の《想い》が彼の心に届いたのか、祖父が頭を押さえ声を振り立てる。

そして、自身から赤頭巾を突き放し、


「赤、頭……巾。わしを……わしを、その鶏銃で撃ち抜くんじゃ!」


祖父が《鶏銃ケプフェレ》で自分を討つよう言い放つ。一時的ではあるが、洗脳が解けているようだ。


赤頭巾は祖父から名前を呼ばれたことで、彼に《想い》が伝わったのだと信じていたが、

祖父の口から発せられた言葉は、耳を疑うものだった。


「――っ! 長くはこの《童力》を押さえ切れん! 赤頭巾……わしのことを〝想って〟おるのなら、

 わしの身体ごと……わしにかけられた、この《童術》を……鶏銃ケプフェレで相殺するんじゃ!!」


《童術》は《童術》でしか対抗できない――その言葉どおりに祖父は、

《童術》でかけられた洗脳を解くために、(みずか)ら孫の手によって討たれる道を選んだ。

このままでは再び洗脳によって、赤頭巾を殺傷しかねないからだ。最愛の孫を《想う》、祖父なりの

駆け引きだった。

 

「おじいちゃんを撃つなんて……そんなのできないよっ!」


祖父の出した愚策を聞いて、赤頭巾は首を横に振った。祖父が赤頭巾を〝守る〟ために、

自ら犠牲になろうとしていることを知っていたからだ。そんなこと……知っていて出来るわけがない。

祖父が自分に厳しい選択を迫っていることも、《童術》を解くために《童術》でしか策がないことも、

彼女は何もかも知っている上で言葉を返した。


「赤頭巾! 情に流されるな……黒い森で生きていくために、わしが教えたことを思い出すんじゃ!」


教示したことを思い出すよう祖父が赤頭巾に豪語する。黒い森という、生死の垣根に住んでいる以上、

断固として、覚えておかねばならないことだ。


「分かってる……分かってるよ、おじいちゃん……『物語』が〝悲劇〟から始まるってことも……

 そしてそれが、私達『グリムの仔達』に課せられた、《使命》だってことも……全部、分かってるよ」


赤頭巾が軽く目を伏せ思い悩む。祖父から教わった生存術――その根底には、祖父が民謡伝承者として、

語り継がねばならない〝役目〟があった。


「わしら民謡伝承者の役目は……子ども達を、幸せな未来へと導くことじゃ。そのために起きた悲劇も、

 お前達をハッピーエンドへ導くためのシナリオに過ぎん。赤頭巾……わしは――くっ! いかん!!

 これ以上は《童力》を押さえ切れん!! 赤頭巾! 早く……早く、わしを撃つんじゃ!!」

「――っ!」


赤頭巾が鶏銃を握りしめ決断を下す。いくら祖父の役割が自分達の幸せのためとはいえ、

大好きな祖父を討ってまで、幸せとは手に入れなければならないものなのか。誰かの犠牲で成り立つ

幸せとは、果たして本当の幸せと言えるのだろうか……幸せとは、いったい何をもって幸せと言える

のだろう。分からない……考えても、考えても分からない。だけど――たった一つだけ分かっている。

 

これ以上、祖父の苦しむ姿は見たくない! 


赤頭巾が鶏銃を交差して構える。祖父は自身にかけられた《童術》を必死に押さえ込み、


「それでいい……強くなったのぅ赤頭巾」


      ☆


鉱山へと続く森の中を、兄妹は地図を片手に突き進んでいた。

祖母に書いてもらった地図には、赤頭巾が頻繁に訪れているという、洞窟の場所が記されている。

ヘンゼルは、つたないながらも赤頭巾の《想い》を感じ取り、地図から彼女の行方(ゆくえ)を追った。


パァァン!! そんな二人を導くかのように、兄妹の頭上で何かが弾け飛び、辺りに空音が木霊した。

兄妹が二人して空を見上げる。空には白い(もや)のようなものが霧がかり、溶け込むように雲消していた。


「砲煙?」


どこから撃たれたものなのか。詳しい発射位置までは分からなかったが、上空に残る微かな硝煙跡は、

十中八九、九分九厘、火器による発砲だった。


「お兄さま……この近くから、どうじゅつを感じます」


グレーテルが兄に倣って《想い》を感知する。兄妹は度重なる争奪戦を経て、微弱ながらも《想い》

を感じ取れるようになっていた。そして、その《想い》が誰のものであるのかも、二人は認知できる

までに成長していた。


「強い《想い》が二つ……一つは間違いなく赤頭巾さんだ。もう一つは……」


ヘンゼルが近くから感じる、強い《想い》に集中する。その姿はまさに明鏡止水。

ヘンゼルはグレーテルと対になって、赤頭巾の位置情報を模索した。この近くに彼女がいる――


その時だった。


「おいおい……こんなところで黙祷かよ」


聞き覚えのある声が唐突に耳の中に浸透した。ヘンゼルが閉じていた目を開眼し、

声の主へと振り返る。そこに立っていたのは、全身黒ずくめの少年、『黒い森』最強の男だった。


「狼さん!?」

「ふん……たまたま通りかかっただけだ。お前らこそ、こんなところで何をやっている」


狼に事の経緯(いきさつ)を訊ねられ、ヘンゼルはホーム『おばあちゃんの家』に訪れていたことを話した。


「なるほど。それで〝黙祷〟ってわけか」

「僕達、今日中にどうしても赤頭巾さんに会いたいんです。狼さん、僕達に力を貸してもらえませんか?」


ヘンゼルが、《想い》の感知を狼に頼み出る。彼ほどの実力者なら、赤頭巾の居場所を割り出すことなど、

朝飯前に過ぎないからだ。感知能力の高さに関しても、狼の右に出る者はいない。


「お願いします狼さん……グレーテルのためにも赤頭巾さんに会いたいんです!」


ヘンゼルの〝強い想い〟に気圧され、狼が小さく溜息を吐いた。


「……ったく。付いて来い」


      ☆


『姫様に〝不思議な魔法〟を、かけさしていただきます』

『魔法? でしょうか?』

『さようでございます……古今東西、私達『民謡伝承者』に語り継がれてきた、

 不思議な能力でございます。魔法、妖術、神通力……私たちの間では《童術》とも呼んでおります』


狩人が白雪の頭に優しく手を乗せる。


『いいですか姫様。今からおかけする魔法は、悪魔の目から身を隠すための奇策であり、心の色に

 変化を与えるための手段でございます。少々荒業になりますが、これも姫様をお守りするための

 所以(ゆえん)。どうか、不便な身になることをお許しください』




万有引力(ばんゆういんりょく)の法則により、姿見が位置エネルギーを運動エネルギーへと転換して、

地上で横たわる白雪と引かれ合った。あたかも重力が鏡のみに働いているような錯覚だ。土煙を撒き

散らして、魔法の鏡が白雪を押し潰した。


「――! ムホッ!?」


姿見が高周波な声を出す。地上へと硬着陸し、白雪の圧殺まで数センチというところで、

薄手の〝防御膜〟に行く手を阻まれたからだ。ナルコレプシーの発病で寝入ってしまい、

無防備になってしまった白雪の周りには、素白に発光する膜壁が、ドーム状にオート展開されていた。

まさに入眠してしまった彼女の身を、デフォルトで保護するような処置である。




『オレキシンの低下……ですか?』

『はい。オレキシンとは、視床下部から分泌される『神経伝達物質』のことで、覚醒レベルの適切な

 維持、制御に重要な役割を持っております。そして、このオレキシンを作る神経細胞が消滅すると、

 ナルコレプシーと呼ばれる睡眠障害が引き起こされてしまいます』

『それってつまり、オレキシンの低下で、眠りやすい体質になるってことでしょうか?』

『その通りでございます。心の色に変化を与えるには、夢を見続ける必要があります。そのためには、

 意識レベルを〝レム睡眠まで落とす〟オレキシンの低下が必要になってきます』


狩人が夢のメカニズムについて静かに語った。


『人が夢を見る時の脳活動は、覚醒時の脳波に似ていると言われています。そのため、現実と夢との

 境界は紙一重とも言え、覚醒時であっても、脳波を〝睡眠状態〟だと錯覚させることが可能なので

 あります。白昼夢(はくちゅうむ)などがよい例ですかな』

『きちんと目覚めているのに、脳波が〝睡眠状態〟になっているってことですね』

『さようでございます。金縛りなどで見るという幻覚も、まさに脳波の錯覚から起こる現象なのです』

『では、オレキシンの低下によって、脳波をレム睡眠に近づけるってことでしょうか?』

『はい。もちろんそれに伴って入眠してしまう可能性もありますが、ご心配には及びません。入眠し

 てしまった場合でも外敵に襲われないよう、睡眠状態をレベル単位で管理し、危険レベルによって、

 安全確保の処置を取らせて頂きます』




「お、お妃さま! 何やら薄い膜のようなものが、白雪さまの周りに張り付いていて、

 これ以上の圧縮行為は不可能であります!! ――!? ムフォオオオオ!!」


白雪の周りに展開する、白いドーム型のバリアに弾かれて、魔法の鏡が上空へと逆戻りした。


「ええい! 何をやっておる!!」


不甲斐のない姿見に代わって、王妃が半月状に展開した鉄扇を、白雪に向かって投げつける。

投げ出された鉄扇が自転を繰り返し、草むらを刈り取りながら円軌道を描いていく。しかし、回転の

加わった鉄扇は、白雪に命中する手前で、同じようにドーム型のバリアに弾かれた。




『ナルコレプシーの発病で入眠してしまった場合、姫様の身体には《童術の膜》が自動展開されます。

 これは〝眠っている間のみ〟発動する、強力な保護バリアですが、それと同時に、外敵などの危険

 因子をレベル単位で測定し、睡眠中の脳波へ警告してくれる、高機能な計測器にもなっております』

『なんだか、お姫様のような待遇ですわ』

『ホッホッホ。姫様は正真正銘、一国の王女ですぞ』


狩人が顔を(ほころ)ばせる。


『先ほど計測器の機能に、危険度の警告を脳波へ指示すると言いましたが、危険度の具合は、3段階

 に分けられ、それによって脳波への〝刺激〟を強化していきます。つまるところ、姫様への危険が

 高ければ高いほど、脳波は〝覚醒〟へと促されるのです。そして、危険レベルを大幅に超えた場合、

 脳波への刺激は相当なものになり、身体が『急加速覚醒』と呼ばれる興奮状態になってしまいます』

『急加速……覚醒?』

『はい。睡眠によって変化した心の色が〝戻らないまま〟覚醒してしまう状態であります』



ドーム状のバリアが消失する。脳波への警告が白雪を〝覚醒〟へと急ぎ立てた。


「おのれ……潮合いだったというのに!」


魔法の鏡を側に呼び戻し、王妃の表情がひどく醜悪になる。よもや、

これほどまでに手こずるとは、思ってもいなかったからだ。せっかくの好機を逃して、歯軋りをする。


白雪が覚醒する。草原から上半身を起こして、ふて腐れたように立ち上がった。一国の姫君にしては、

荒々しい立ち振る舞いだ。そして次の瞬間――耳を疑うような白雪の言葉に、場の雰囲気が一転した。



「ごちゃごちゃうるせぇんだよ……ババァ。焼き殺すぞ」



綺麗にまとまった白銀髪を、白雪がボサボサと手櫛(てぐし)する。入眠前の白雪とは別人みたいな変

わり様だ。よくよく眺めてみると、彼女の虹彩が菫色から銀朱色に変化しているではないか。


王妃が唖然とし、状況を理解しようと白雪に問いかける。


「あなた……随分と言葉遣いがひどくなったわねぇ……本当に白雪?」

「白雪? そんな奴は知らねぇな……オレの名は薔薇紅(ばらくれない)。よーく覚えとけ」 

「娘が……娘が不良に……」


王妃が軽い目眩を覚えて、魔法の鏡に持たれかかった。


「お妃さま、お気を確かに! おそらくあれは、白雪さまの《想い》が、《カタチ》へと昇華したも

 ので、《童術》の(たぐい)だと思われます。本来の姫さまとは〝別人〟だとお考えください」


魔法の鏡が王妃を支えて助言する。実のところ、姿見も白雪の変わり様に、気が穏やかではなかった。

清く・正しく・美しかった白雪が、暴言を撒き散らす、不良少女――薔薇紅に成り下がってしまった

のだ。ドM体質である姿見が喜ばないわけがない。むしろ、もっと(ののし)ってほしいと思ってい

るくらいだ。


そう――魔法の鏡は、白雪の不良化に興奮を押さえきれなくなっていた。

 

「ククク……バラッバラッのバッキバキにしてやんよ」


口の端を吊り上げて、薔薇紅が姿見との距離を瞬時に詰めた。

彼女の何の変化もない右ストレートが、姿見の光沢面を捉えて殴打する。


「ムフォオオオオ!」

「ハハッ! 変態かよ、お前!」


殴打、殴打、殴打の嵐……薔薇紅が姿見を袋叩きにする。魔法の鏡はその度に息を荒げ、光沢面を曇らせた。

近辺に散片をぶち撒けながら、魔法の鏡が地べたに沈む。薔薇紅が砕け散った姿見を爪先でグリグリと踏み

潰して、


「キモいんだよ覗き魔。二度とオレの姿を鏡に映すんじゃねぇ」

「は、はひー……」


バキバキバキッ……鏡面が脚圧でさらに砕破(さいは)した。


「くっ……よくも私のルンペルを――!」


ボコボコにされて喜悦する姿見を、王妃が助けようと横入りする。


「ああ? てめぇは死ぬまで踊ってろ! 《童術・真っ赤に焼けた鉄の靴!》」


紅麹色(べにこうじいろ)の魔法円が王妃の真下に現れる。そしていつの間に履かされたのか、王妃は魔法円

から出現した、真っ赤なプレーンパンプスを履かされていた。


「な、なによコレ!?」

「てめぇの罪を償いな」


真っ赤なパンプスに紅い薔薇が絡みつき、魔法円が轟々しく燃え上がる。足元をツルでがっちりと覆われて

いるため、いくらもがいても、魔法円から抜け出すことは出来なかった。


「ぎぃやああああああああっ!!」


王妃の絶叫が森の中に木霊する。婦人靴を脱ごうと奮闘する王妃の姿が、まさにオペラを踊っているようだ。


「う、うう……お前さえ……お前さえいなければ……」


王妃が魔法円の束縛から解放される。両足は痛々しいほどに火傷を負い、幾分と消沈している様子だ。


「それは世間体に踊らされてオレを身籠った、てめぇ自身の過ちだろうが。自身の犯した誤りを、罪のない

 子どもに擦り付けるんじゃねぇよ」

「ぐっ……私は、お前を……」




【王妃様、見てください! 肌の白い、雪のような女の子ですよ!】

【まあ……私に似て、美しいわ……】

【ええ。将来きっと、王妃様のような美しいお姿になられることでしょう】




「――! ううっ……頭が! 頭が割れるように痛い!!」


王妃が唐突に頭を押さえて退いた。頭の中に過去の記憶が(よみがえ)る。


「ハハッ! 永遠の眠りに就かせてやんよ!!」


薔薇紅が装着していた手袋を奥まで填め直す。麻酔薬の浸透に優れた、通気性の高い手袋だ。

詳しい材質は不明だが、合成樹脂の一つで、塩化ビニルを重合したものであることは間違いない。


右手にありったけの《童力》を集積し、薔薇紅が息の根を止めるため王妃へと迫った。



(お願い、まって!)



薔薇紅の動きがピタリと止まる。脳内に〝白雪の声〟が響き渡る。


(お願い、お母様と話をさせて! お母様は操られているだけなの。お母様は……本当のお母様は――)

「おいコラ! 何勝手に出てきてやがる!! ふざんけんな! クソっ……覚えてろよ! グズ雪!!」


脳内に罵詈雑言を振り撒いて、急加速状態の薔薇紅が形姿はそのままに深い眠りへと就いた。

そして、もう一人の自分である薔薇紅との入れ替わりを得て、白雪が〝通常状態〟で再覚醒した。


「お母様……この手鏡、覚えていらっしゃいますか?」


白雪が合わせ鏡に使った銀色の手鏡を取り出して、妃である母親の前に突き出した。


「その手鏡は……」

「私が2歳になった誕生日に、お母様から頂いたものですわ」




【いいかい白雪。この手鏡を見て私よりも美しい女性になりなさい。美貌は女の武器なの。女性に

 生まれた以上、一国の女王を目指して、気高く美しく生きなさい】




「女性としての振る舞いを教示してくださったのは、お母様ですわ。諸島の国々が政略結婚で同盟

 を結ぶ中、お母様は、私に周囲の国色に流されない〝高嶺の花〟になるようおっしゃいました」


母親から貰った手鏡の記憶を辿り、白雪が王妃との思い出を語った。


「お母様……悪魔の囁きに惑わされないでください。気高く、美しい心を持っていた頃のお母様は、

 何よりも私の憧れであり、とても輝いていました」

「……女王である私が、醜怪な生き物なんぞに惑わされているだと……」

「はい。悪魔はお母様の〝優しい心〟を狙って、鏡の中から囁いているのです」

「ふふ……優しい心を持っているですって? 私はあなたを消そうとしたのよ? 優しい心なんて

 持っているはずがないわ」


王妃が自虐的に苦笑した。実の娘である白雪を、悪魔の戯言に惑わされたのではなく、

自らの意志で暗殺しようとしたからだ。国中で一番の器量よしだと誇示するために……自身の方が

娘よりも美しいのだと固持するために……王妃は自らの私利私欲を満たすため、白雪の暗殺を企ん

だと語った。


「いいえ、それは違いますわ……お母様はお城のお部屋から、中庭で遊ぶ私のことを、

 いつも見守っていてくれました。そして、その様子を見て、優しく微笑んでくれました」


オレキシンの低下に(ともな)い、何度も夢の中をさ迷った。それでも、いつも決まって見た夢は、

お城に住んでいた頃の風景だった。侍女達に付き添われて過ごす白雪を、窓辺から王妃が心配そう

に眺めているという、実に〝母親からの愛情を感じさせる〟夢であった。


「ふ……ふふふ。そうね……あなたの言う通りだわ。私はお前のことを、〝心配〟していたのかも

 しれないわね。日に日に成長し、美しくなっていく白雪を見て、心のどこかで嫉妬心が芽生えて

 いたのに違いないわ……そしてそんな心の醜さが、悪魔共の恰好の餌食になっていたなんてね」


白雪の言葉が心に響いたのか、王妃が過去への振り返りを見せる。魔法の鏡が割れたことによって、

王妃にかけられていた洗脳が解け始めているようだ。


「どうやら私の負けのようね。あなたの勝ちよ白雪。煮るなり焼くなり好きになさい」


王妃が今までの愚行を反省し、白雪の殺害計画を諦めた様子で降伏した。


「お母様。心が……心が戻られたのですね。では、子ども達にかけた《童術》も……」

「ええ……すぐに解放するわ。子ども達には悪い事をしてしまったわね。それと――」


      ☆


鶏銃から放たれた《童術の弾》が、祖父の身体を一直線に貫いた。

宙に足を浮かせ、祖父が地べたを転がった。


「おじいちゃん!」


赤頭巾が祖父の下へと駆けつける。祖父はぐったりと草むらに横たわり、虚ろな瞳で彼女の声に

耳を傾けた。そして、それと同時に森の中にヘンゼルの声が響き渡った。


「赤頭巾さん!」

「……ヘンゼルくん? どうしてここに……」


ヘンゼル達が赤頭巾と祖父の下に集まった。赤頭巾が祖父の手を握り締める。


「……おじいちゃん。私、こんなにたくさんの友達が出来たんだよ」

「ホッホッホ……赤頭巾の『友達が欲しい』という想いが、ようやく叶ったのぅ……これでもう、

 わしがいなくても大丈夫じゃな……赤頭巾の強い想いが、仲間の存在を引き寄せたんじゃ……」


祖父が息も切れ切れに言葉を紡いだ。彼は赤頭巾の《童術》を正面から受け、人生の幕引きに接していた。


「赤頭巾……これからは、無理やり笑顔を作る必要なんてないんだよ……悲しい時や辛い時には、

 泣いたって構わない……お前には、それを受け止めてくれる、大切な友達が出来たんだからね」


赤頭巾は幼少期から、階級社会がゆえに壮絶なイジメに遭っていた。

学校ではクラスメイトはおろか、教師からも迫害され、病気がちな母親と共に『黒い森』へと隔離された。


祖父はそんな赤頭巾を祖母と共に心配したが、赤頭巾は二人に心配をかけまいと、

二人の前では、いつも笑顔を絶やさなかった。しかし、赤頭巾が無理やり笑顔を作っていた事を、二人は

きちんと知っていた。そして彼女は、いつも『友達が欲しい』と一人になっては泣いていた。


父も兄も、そして母親も……赤頭巾の周りからは、何故か人が消えていった。


「赤頭巾……友達を、仲間を大切にするんじゃぞ。ばあさんに一言、先に逝くと伝えといてくれ……」

「嫌だよ、おじいちゃん。死ぬなんて言わないでよ……せっかく会えたのに、もっともっと話したい事が、

 たくさんあるのに……」


赤頭巾が、祖父の死に際を受け入れられず涙する。《童術》を解くためとはいえ、

自らの手で祖父を討ったことが、後悔として心中を(むしば)んでいく。


「くっ……僕の《童術》で――!」


様子を見かねたヘンゼルが、回復効果を持つ、『両刃斧ハーナウ&シュタイナウ』を発動しようと試みる。

しかし、覆水盆にかえらず。祖父は赤頭巾に最後の言葉を残して息を引き取った。


「赤頭巾……幸せな未来を……掴むんじゃぞ……」


最後まで赤頭巾の姿を目に映し、祖父が静かに目を閉じた。


「おじいちゃん!? おじいちゃん!! お願い……目を、目を覚ましてよ……」


赤頭巾が泣き崩れて祖父の遺体を揺さぶった。森での生活を教えてくれた祖父はもういない。

あるのは、もぬけの殻になった祖父の亡き姿。優しかった祖父はたった今、天へと召されてしまった。


「おじ様!」


森の中に聞き覚えのない声が(どよめ)いた。現れたのは、一国の姫を思わせる、美しい少女だった。

少女は他に七人の小人を引き連れて、遺体を囲む赤頭巾達のところへ駆け寄った。


「おじ様! しっかりしてください。おじ様!!」

「あなた達は……?」


赤頭巾、狼、兄妹が、突然現れた少女達に目をやった。事の様子から祖父とは知り合いのようである。

少女が祖父との関係や事の経緯について赤頭巾達に語った。


「それじゃあその魔法の鏡に、おじいちゃんは操られていたの?」

「ええ……おそらく私を守るために、自身の《童力》を消費していたのですわ……でなければ悪魔の

 囁きなんかに、おじ様が惑わされるはずがありません」


白雪が長いこと祖父に守られていたんだと知って、赤頭巾は涙を拭くと祖父へと向き直った。


「私、おじいちゃんが必死になって守ろうとしていたものが何なのか、ようやく分かったよ。自分を

 犠牲にしてまで守りたかったもの……それは子ども達に残された〝可能性〟だったんだね」

「……可能性?」

「うん。おじいちゃんはきっと……私達に諦めない心を持ってほしかったんだと思う。想いは願わな

 ければ叶わない……想っているだけじゃ何も変わらない。いつも口癖のように言っていたの……」

「それって……」


白雪が狩人から聞いた言葉だ。そしてその言葉を、その場にいる全員が一度は耳にしたことがあった。

『グリムの仔達』――そう呼ばれる者に託された、使命感を帯びた言葉だったからだ。


「ちくしょう……オイラの桃源郷を崩壊させやがって……」


どこからか不安になるような低音が聞こえてくる。怪奇声の持ち主は、フェンヒェル達ホビット族に

よく似た、わずか2フィートほどの少し耳の尖った少年だった。


「ルンペル!?」


小人達の長男フェンヒェルの知り合いなのか、フェンヒェルが思わず同族の名前を口にした。


ルンペルと呼ばれた少年は、自身の巣窟であった魔法の鏡から抜け出して、憤怒の矛先を白雪に向け

ていた。彼女の説得により妃が心を取り戻し、何十年と続いていた我欲のはけ口が、一気に壊滅状態

となったからだ。姿見の中から王妃を操っていた悪魔の正体は、七人の小人と同じホビット族だった。


「フェンヒェル。いつもいつもオイラの邪魔ばかりしやがって。今日こそは絶対に許さないぞ……」

「ルンペル! 悪魔の囁きに惑わされるな! いい加減に目を覚ませ!!」

「うるさいうるさいうるさーい! オイラはいつだって〝正常〟なんだ!」


フェンヒェルの声に聞く耳を持たず、ルンペルが赤頭巾達を目がけて突進する。


「お前達みんな、そこのジジイと共にあの世へ送ってやる!」


死者への冒涜を垂れ流して、ルンペルは右手に隠し持っていたペティナイフを光らせた。

本命は白雪だが、標的は誰でもよかった。一人でも多くの子ども達を抹殺できれば、それだけで威厳

を保てるからだ。しかし――彼の動きに一早くに反応し、グレーテルがルンペルの攻撃を受け止めた。


「なんだ!? このヌイグルミは!? ピクリとも動かねぇぞ。これも《童術》なのか!?」


ルンペルが桃光を帯びた《羊毛綿の盾》を前に圧倒され、後方へとたじろいだ。さらに、


「やあああっ!」


グレーテルの後方から飛び出した白雪が、ルンペルの首根を掴んで地面へと投げ伏せた。


「――! ぐぎゃああああっ!」


後頭部を地べたに打ち付けられ、けたたましい声が森の中に鳴動する。二人の少女に打ち負かされて、

ルンペルがよろよろと後退した。


「おじいちゃん……私、みんなの可能性を守りたい。おじいちゃんが、私や白雪さんを守ってくれて

 たように、子ども達みんなに残された希望の光を、私がおじいちゃんに代わって守っていきたい」


赤頭巾が誓いを立てるように言葉を紡ぐ。民謡伝承者として子ども達の未来を守ってきた祖父から、

まさに彼の《想い》を〝引き継いで〟いるようでもある。そして頭を押さえるルンペルを睨みつけ、


「関係のない子ども達まで巻き込んで……おじいちゃんの心までもて遊んで……私、

 すっごく怒ってるんだからっ!」


彼女の怒りに連動して魔法円が出現した。今までに出現していた赤い魔法円よりも輝かしい、紅玉色

の紋章陣だ。祖父の《想い》を〝受け継いだ〟のか、いつも以上に生命力が溢れている。


「《童術・猟銃シュヴァルムシュタット!》」


魔法円の中に手を伸ばし、赤頭巾が祖父の《想い》を『カタチ』へと練成する。祖父が子ども達を守

るために発動していた大型のマスケット銃だ。赤頭巾がチャンバー内へ《童術の弾》を生成し始める。


「《童術》を引き継いだだと……」


祖父から受け継いだ赤頭巾の《童術》を見て、狼があっけらかんと独りごちた。

銃口がルンペルへと向けられる。赤頭巾が撃鉄を引き起こしてコックポジションにした。


「悪い子には……眉間に風穴、開けちゃうんだからっ!」


引き金が勢いよく弾かれ、衝撃でフリズンが開いた。銃口から火花が噴出して、ルンペルに命中する。

ルンペルはブローアップと共に、森の奥深くまで弾き飛ばされた。


「ぎぃやああああああああっ!!」


長らく彼の声が木霊する。おそらくこれで、少しは懲りたに違いない……

赤頭巾がそう言いたげな表情で、弾道の行く末をいつまでも目で追った。


      ☆


赤頭巾と祖母が住む、ホーム『おばあちゃんの家』にて。

赤頭巾は祖父が森の中で息絶えたことを祖母に報告した。祖母はすでにそうなる事を知っていたのか、

驚く様子はなく、赤頭巾を抱きしめた。


「ううっ……おばあちゃん。おじいちゃんが……おじいちゃんが……」

「赤頭巾よ。今は存分に泣いたらいい……そうしたらまた強くなれる。おじいさんもきっと天国から

 それを望み続けているはずだよ。おじいさんの《想い》は、これからもお前の中にあるのだからね」


祖母が赤頭巾の髪を優しく撫でてやる。祖父の肉体はこの世から消滅してしまったが、

彼の《想い》は、赤頭巾の《童術》として生き続けている……ずっとずっと赤頭巾の側で彼女の力に

なっていると祖母が答えた。


「さてと……せっかくグレーテルがケーキを作って、わざわざ持ってきてくれたんだ。

 みんなと一緒に食べようじゃないか。お前にはたくさんの友達が出来たんだからね」




「このやろうシュパイゼ! それは俺の分だぞ」

「よそ見をしているネッセルが悪いんじゃないか……それに、争奪戦での僕の援護、忘れないでよね」

「ぐぬぬぬ……」

「二人ともケンカはやめてよ……せっかくの美味しいケーキが台無しじゃないか」

「だったらレッティヒ! てめぇのをよこせ!」

「どうしてそうなるんだよ!」


卓上で三つ巴の戦いが開催される。床板ではミーレがグレーテルのヌイグルミと戯れ、その様子を

ルーアがボーっと眺めていた。フェンヒェルとタッシェルは、狼の側で『黒い森』について雑談を

交わしている。そんな仲間の姿を見て、白雪とヘンゼルが紅茶を啜りながら微笑んでいた。


赤頭巾が祖母の寝室から戻り、


「ちょっと~私のケーキが残っていないじゃない! 犯人は……ネッセルくんね」

「げげっ!? 箱の中に残っていたケーキは余りじゃなくて、赤さんのだったのか!?」

「食べ物の恨みは恐ろしいんだからね。私のケーキを返せ~」

「やっべ! 逃げるぞシュパイゼ、レッティヒ!!」

「僕達は関係ないじゃないか~!」

「旅は道連れってやつだ……」

「ふざけんなよネッセル!!」

「三人まとめて捕まえてやるんだからっ」


小人達を捕まえるべく、部屋の中で追いかけっこが始まった。遠くで狼が辟易しているのが伺える。

グレーテルの持ってきたレープクーヘンは瞬く間になくなり、兄妹は時間が許す限り、楽しい時間を過ごした。

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