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咆哮のグレーテル  作者: 胡桃ヌイ
★第五章 『白雪姫』――Kapitel 5:Schneewittchen――
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Ⅷ 『血縁者同士の争い』

ホーム『魔女の家』を出発してから40分ほどだろうか。

兄妹は赤頭巾が住んでいる、ホーム『おばあちゃんの家』に到着していた。


「うわ~グレーテルの話してた通りだね。すっごく大きな木が立ってるよ」


渾天(こんてん)へとそそり立つ、大きなカシの木を見上げ、ヘンゼルが()めつ(すが)めつ感服する。

これまでにも、巨木と呼ばれる樹木は何本か見てきたが、おそらく、今までに見てきた巨木の中で、

一番大きいのではないだろうか。ホーム『おばあちゃんの家』を守護する、神木のようでもあった。


「こんにちわー」


ヘンゼルが家屋の門戸をトントンと叩く。戸板には、草花(そうか)や木の実などを繋げた、

ガーランドが仕立てられていた。魔除け――あるいは外部からの侵入者に、人が住んでいることを

知らせているのに違いない。手作り感満載の装飾だ。


「はいはい……すぐに開けるから少し待っておくれ。この感じはグレーテルだね。それと……」


ドアの奥から老婆の声が聞こえ、扉の掛け金がカタンと持ち上がる。

玄関先に現れたのは、ナイトキャップを被った赤頭巾の祖母だった。


「ふむ。グレーテルのお兄さんだね。妹から話は聞いているよ。さ、中へお入り」


緊張している兄妹を温かく迎え受け、祖母は二人をホームへと招き入れた。


「おばあさま……そのせつは、どうもありがとうございました」


室内に通され、手厚い持て成しを受けた後、グレーテルがぎこちないお辞儀で感謝の言葉を述べた。

赤頭巾と祖母に出会わなければ、ヌイグルミは治らなかったかもしれない。そんな奇跡的な恵沢に、

グレーテルの頭が深々と下がる。そして、それに(なら)うように、ヘンゼルも頭を下げた。


「そんなに気を遣わなくてもいいんだよ。私は子ども達の笑顔が見られるだけで、充分なんだから」


祖母が優しく微笑み、兄妹に子どもらしくあることを強調する。

加えて、二人が来訪するちょっと前に、赤頭巾が外出してしまったことを伝えた。


「せっかく来てくれたのにねぇ……つい先ほどだよ。鉱山に行くって飛び出したのは」

「鉱山……?」

「鉱山を知らないのかい?」


ここ『黒い森』に着いてから三週間と少しになるが、そのような地域は聞いたこともなかった。

この森には本陣以外、まだまだ自分達の知らない場所があるようだ。


「あの子のことだから、夕方までには帰ってくるはずだけどねぇ……」


祖母がチラリと時計に目を配る。時刻は現在13時を回ったところ。

日の出が長い真夏とはいえ、『黒い森』の夜は早い。遅くても数時間以内には戻ってきそうだが……。


「う~ん……あまり遅くなると、おばあさんが心配しちゃうし……どうするグレーテル?」


赤頭巾が戻るのは日没頃だと告げられ、ヘンゼルが『ホーム』への帰宅時間を気にかける。

最悪の場合、赤頭巾へのお礼は次の機会にしなければならない。黙したままグレーテルが考え込む。


「おばあさん。その鉱山って、ここから遠いの?」


ヘンゼルが妹の表情から胸中を感じ取り、祖母に鉱山までの距離を尋ねた。


「そうだねぇ……あの辺は非常に入り組んどるからのぅ。経路から逸れず、方角さえ間違わなければ、

 20分ほどの距離じゃないかい?」


祖母の言葉を聞いて、ヘンゼルがグレーテルに向き直る。鉱山までの推定距離は、そう遠くはない。


「グレーテル。赤頭巾さんを見つけに鉱山へ行こう。せっかく朝早くからお菓子を作ったんだ。

 君の頑張りを無駄にしないためにも、今日中にきちんとお礼を言って、ケーキを渡そう」


ヘンゼルは、レープクーヘンに籠められた、グレーテルの想いを知っていた。


早朝。日の出前から起き出して、水を汲み、(かまど)に火を点けていたこと。

顔や服を小麦粉で汚しながらも、一心一意に生地をこねていたこと。焼き加減に失敗して、

何度かケーキを焦がしてしまったこと。少しだけ魔女に手伝ってもらったこと。たとえ不恰好でも、

赤頭巾のように上手くは作れなくても、妹は二人に喜んでもらえるモノを作りたいと頑張っていた。


だからこそ、今日じゃなければダメなんだ。グレーテルの想いを、無駄になんかさせない。


「おばあさん。赤頭巾さんを捜しに行ってきます」


      ☆


「ええい! 小娘一人と小人ごときに、何を手こずっておる!!」


布陣の最奥から王妃の怒号が飛び交う。圧倒的な戦力で、有利に展開していたにも拘らず、

戦局は白雪達に傾き、王妃側はジリ貧状態に陥っていた。


「姫! 新手の二人、手首と腹部に刻標を確認した!!」


フェンヒェルが感知者として白雪に並走し、子ども達の身体から教団のタグ標を探し出す。


「ええ、分かりましたわ。ミーレちゃん、しっかりと掴まっててね」


自身に迫り来る二人の少年を視野に入れ、白雪が頭上のミーレを気にかける。

ミーレは頭頂部で腹這いになり、振り落とされないよう必死にしがみついた。


少年の一人が白雪に襲い掛かる。拳固を作った手首には、被験体の証――タグ標が焼印されていた。


「少しの間だけ〝夢〟を見ていてくださいな」


白雪が手刀を立て、左半身で少年を迎え撃つ。放たれた拳を内側への入り身で返し、反した手の手

首と肘を極めて押さえ込む。そして、そのまま少年の首筋に手のひらを当て、トンっと叩いて気絶

へと追い込んだ。凶暴化していた少年が、眠るように倒伏(とうふく)する。


白雪は迫り来るもう一人の少年を捕捉し、眠った少年を飛び越えて、体勢を立て直した。少年が叫

びながらナイフを突き刺してくる。白雪は相手の刺突を外側への入り身転換で避け、ナイフごと持

ち手を捌き、手首を取って反するように投げ飛ばした。


「ごめんなさい」

 

白雪が腰を落とし、仰向けになった少年の腹部に手を当てる。『水月』と呼ばれるみぞおちを、手

のひら全体で圧迫し、少年を同じように気絶させた。


「おのれ白雪……合気道に、ますます磨きをかけおって!」 


動員した子ども達が次々と入眠させられ、王妃の表情に焦りの色が浮かぶ。


白雪は幼いころから実に様々な作法や儀礼を(たしな)んできた。その中でも特に『道』と名のつ

くものは、王家の者として一通り学んでおり、少なからず彼女は格闘術の心得を持っていた。


そして近年、白雪の柔軟な格闘術を目にした小人達からは、まるで華麗なチョウが宙を舞うようだ

比喩(ひゆ)され、彼女の格闘術は〈シュメッターリング合気道〉と呼ばれていた。


「いいか、みんな! 絶対に陣形を崩すんじゃねーぞ!!」


白雪の前方を走るタッシェルが、後方を振り返る。小人達は白雪を中心に、円型の陣を敷いていた。


「ヒャッハー。子ども達を気絶させるだけの、簡単なお仕事だぜぇ!」


迫り来る攻撃を得意のダークダンスでかわし、ネッセルが子ども達を翻弄(ほんろう)する。


「ネッセル! 後ろ、後ろー!!」

「ん? ぬをおおおおっ!?」


ネッセルがチラリと背後を確認し、素頓狂(すっとんきょう)な声をあげた。

ゴンッ!! 少女の振り下ろした棍棒が、地べたに突き刺さる。小石が()ね、辺りに転がった。


「あっぶね~目がマジだぜ……」


緊急回避を成功させ、ネッセルが冷や汗を拭った。どこからかシュパイゼのため息が聞こえてくる。


「油断していると長生きしないよ、ネッセル」

「へへ……分かってねぇなぁシュパイゼ。俺はいつだってトップギアだぜ!」

「ほらほら、後ろ来てるって!?」

「ぬをおおおおっ!!」


軽口を叩くネッセルに、再び少女の棍棒が襲い掛かる。

心なしか、少女の目が笑っているのは気のせいだろう。


「ルーア、そっちに一人行ったよっ!」

「……りょうかい」


レッティヒがルーアに向けてハンドシグナルを飛ばす。

小人達の間で使われている意思疎通の手法だ。集団戦において彼らの右に出る者はいない。


「ぐっ……くたばれやー!」


地面を這っていた少年が突如起き上がり、鉄パイプを握って白雪の背後を狙った。

前方の敵に気を取られているのか、白雪は背後からの攻撃に気づいていない。


「――! 危ない、雪ちゃん!!」


背後からの奇襲にミーレが気づき、


「えぃ!」


白雪の頭上から飛び降りて、少年の陰茎を蹴り上げた。


「くぁwせdrftgyふじこlp!!」


少年が声にならない声を上げ、局部を押さえて(うずくま)る。男性なら悶絶レベルのダメージだ。

想像しただけで、下半身がキューッとなる。


「こん、の……小娘がー!」


局部の痛みに耐えながら、少年が鬼の形相でミーレに飛び掛る。

ミーレはあまりの恐怖にその場から動けなくなり、目を瞑って身体を縮めた。


「もう大丈夫よ、ミーレちゃん」


優しい声色が聞こえ、ミーレがそっと目を開ける。少年は彼女の手前で、スヤスヤと入眠していた。

背後の様子に気づいた白雪が、間一髪で少年に手刀を打ち込んだのだ。


「うわーん、雪ちゃーん! こわかったよー!!」


ミーレがわんわんと大泣きし、小走りで白雪の懐に飛び込んだ。


「ミーレちゃん、ありがとね。ミーレちゃんのおかげで助かったわ」


白雪がミーレの髪を優しく撫でてやる。


「ミーレ、よくやった! さすが俺達の妹だ!!」 「やるじゃねぇか、ミーレ! 見直したぜ!!」 


勇気を振り絞ったミーレの行動に、兄達が次々と喝采(かっさい)を送る。彼女の頑張りがなければ、

白雪はやられていたかもしれない。間違いなくミーレの行動が、白雪の窮地を救ったのだ。


「くっ……こんなはずでは……」


戦況が好ましくないと踏んだのか、王妃が森の中へと後退する。


「姫、子ども達の人数も減ってきている。後は僕たちに任せて、妃のところへ行くんだ!」


フェンヒェルは、王妃側が退却戦に入ったことを察知し、白雪に王妃の後を追うように指示した。


「ええ……お母様と話を着けてきます」


白雪が王妃を追って小人達から離脱する。

眼前には数人の子ども達が、王妃を守るよう立ち塞がっていた。


「野郎ども! 子ども達の攻撃から姫をお守りするぞ!!」


フェンヒェルが近くに弟達を呼び寄せる。そして彼の指揮の下、小人達が一斉に両手を押し出した。


「「「「「「「《ホビットフォーメーション! 童術・ガラスの棺!!》」」」」」」」


七人全員が声を揃え、手のひらから輝かしい光を噴出する。光はそのまま白雪へと飛んでいき、

彼女を包み込むよう棺の形へと展開した。いかなる攻撃も一時的に無効化する、ガラスのバリアだ。


小人達のバリアに全周囲を守られ、白雪は攻撃を受けることなく、子ども達の間を突っ切った。


「お母様!!」


白雪が王妃の元へと追いつき、振り返った母親と対峙した。


「小便臭いクソガキが……調子に乗りおって……」


王妃が眉間にシワを寄せ、目尻を吊り上げる。よもや、ミイラ取りがミイラになろうとは。


「お母様、チェックメイトですわ。子ども達にかけた《童術》を、今すぐ解いてください」

「ふふふ……チェックメイトですって? もしかしてあなた、私を追い詰めたつもりでいるのかしら?」


背水の陣にもかかわらず、王妃は不適な笑みを浮かべ、


「《童術・魔鏡ルンペルシュティルツヒェン!》」


次空間と呼べる場所から、魔法の鏡を呼び寄せる。何もない空間に亀裂が走り、象牙色の魔法円が、

上空を(おお)った。亀裂はやがて広範囲に枝分かれ、そこから、全身を映す、大型の鏡が現れた。


「――! 姿見!?」

「おーホッホッホッホ! 身の程知らずが……私自らの手で、冥界に送ってくれるわ!!」


      ☆


「《童術・鶏銃ケプフェレ!》」


両手それぞれにタクティカルリボルバーを練成し、赤頭巾が祖父の一撃を銃身で受け止めた。


「おじいちゃん、やめて! いったいどうしちゃったの!!」

「問答無用。腹をくくって往生(おうじょう)せい」


祖父が左手を打ち出して赤頭巾を弾き飛ばす。衝撃が彼女の身体を貫き、

斥力(せきりょく)によって引っ張られる。赤頭巾は地面から足を浮かせ、二転、三転と転がった。


「きゃああっ!」


赤頭巾の横転に合わせて下草が舞い踊る。そして、そのまま樹木の一つに身体をぶつけた。


「つつつ……おじいちゃん、本気で私を……」


深い悲しみに赤頭巾が打ちひしがれる。家族のことを一番に想っていた、

あの優しかった祖父は、いったいどこへ行ってしまったのか……彼女の悲しみも空しく、

祖父が牧草地を駆けた。追撃の一手を打ち込むため、左手に《童力》を集中させる。


「《童術・瞬睡アルスフェルト!》」


童力を帯びた祖父の左手が、樹木の奥深くに突き刺さる。樹木を背にしていた赤頭巾は、

樹木の後ろ側に回ることで祖父の攻撃を回避した。


「――! この技は、おじいちゃんの狩人術!!」


赤頭巾はすぐさま樹木から飛び退いて、《童術?》を受けた眼前の木を眺めた。

常緑だった枝葉が瞬く間に枯れていき、一つ、また一つと落葉していく。


「樹木を眠らせたっていうの……」

「ふん――!」


樹木から左手を抜き取り、祖父が樹木を避けて距離を詰めてくる。

あの技を喰らえば身体が麻痺するどころか、当たり所によっては入眠させられてしまう。

獲物を確実に狩るための捕獲術……祖父が猟師時代に使っていた小技だ。


おそらく祖父は、捕獲術を用いて赤頭巾の動きを止め、

動けなくなったところを、猟銃で仕留めに来る算段だ。


赤頭巾の連射型のリボルバー銃とは違い、祖父の猟銃は一発が砲弾級の単発型。

外せば次弾を装填する隙ができてしまう。いくら《童術の弾》とはいえ、リロードには、弾を生成

する時間が必要だ。ましてやそれが砲弾級の弾ともなれば、薬室(チャンバー)に弾が生成されるまで、

数分は要することになる。だからこその捕獲術なのだ。猟銃の欠点を完璧に補っている。


「いったいどうすればいいの……」


指先に緊張が走る。トリガーにかけた人差し指が、腱鞘炎(けんしょうえん)になりそうだ。


「お嬢さん……冥界はいいところじゃ。不安になることなんざ何もない。だから安心して逝かれよ」

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