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咆哮のグレーテル  作者: 胡桃ヌイ
★第五章 『白雪姫』――Kapitel 5:Schneewittchen――
43/81

Ⅵ 『魅入られた者達』

昼食後。兄妹は赤頭巾の家へと向かうため、ホーム『魔女の家』を出発しようとしていた。


「お礼の品は、きちんと持ったかい?」


兄妹を玄関先まで送り出し、魔女が持参品の追認を呼びかける。

グレーテルの手には、大きなランチバスケットが握られていた。


「ふむ。大丈夫のようだね。喜んでくれるといいのぅ」


バスケットの中には、蜂蜜をふんだんに使用した、レープクーヘンと呼ばれる菓子類が入っていた。

ヌイグルミの修復とケーキのお返しを兼ねて、グレーテルが初めて焼いたものだ。

風味付けに添えられたスペアミントは、彼女が花園から採取してきたハッカ属のハーブらしい。


「ホームの事は心配しなくていいから、気をつけて行っておいで」

「うん。おばあさんの事も、二人に伝えとくよ」


ヘンゼルがグレーテルの隣に並び、(ほが)らかに返事をする。

ホーム周辺を防衛する『マホウノモリ』が再展開したおかげで、ホームの安全性が高まり、

兄妹は自由に外出ができるようになっていた。


「それじゃあ、いってきます」

「……いってきます」


魔女に見送られ、兄妹は深い森の中へと入っていった。


「いい天気だね、グレーテル」


森の中は相も変わらず暗かったが、光の差し込み具合から快晴だということが見てとれた。

そして、二人して遊歩道を歩いたのも実に久方ぶりだった。


「赤頭巾さんのホームって、ここから近いの?」


ヘンゼルがグレーテルの顔を覗き込む。赤頭巾家への行先は妹にしか分からないため、

彼は赤頭巾のホームがどのような場所にあるのか、気になって仕方がなかった。


「えと……」


グレーテルが頭の中で道程(みちのり)を整理して、おおよその時間と距離をヘンゼルに伝えた。

彼女自身も成り行きでお邪魔した一回だけであり、こうしてきちんと訪ねるのは初めてである。


兄妹はそれから20分ほど森の中を歩行した。グレーテルいわく、

道中に美しい花園があるということで、二人は寄り道をして花を摘んでいくことになった。


「ん? グレーテル、何か聞こえない?」


ヘンゼルが不意に足を止め、周囲を見渡した。数人の叫声と激しい衝突音が森の中に木霊している。


ヘンゼルは争奪戦の可能性を危惧して、この場からの一刻も早い離脱を考えた。

今だけは、ランチバスケットの中身を奪われるわけにはいかない。ランチバスケットの中には、

グレーテルが赤頭巾と祖母のために初めて焼いた、大切なケーキが入っているからだ。しかし、

その轟きは、程なくして兄妹の背後に迫った。


「このバカ、落ち着きやがれ! ぐはっ!!」


草むらから矢庭に人が現れ、兄妹が何事かと振り返る。

木々の隙間から転がるように姿を現したのは、良くも悪くも(みにく)く太った大柄の少年だった。


「くっそー。いったいどうなってやがる……」


少年は地面に尻もちをつき、目の前で起きている状況に困惑していた。


「……あ、あなたは」

「あん? ――!? お、お前達は……」


互いに顔を合わせて、ヘンゼルと少年は言葉を詰まらせた。

ここで会ったが100年目。とは言わないが、明らかに少年の態度が激変する。


「ちィ……とっとと失せろ」


少年が苦虫を噛み潰したような表情で、兄妹に悪態をつく。いまだ争奪戦での敗北を、

根に持っているのだろうか。少年と兄妹は『ホーム』を賭けて戦った、顔馴染だった。

まさか、このようなところで〈三匹の子豚〉に再会しようとは――


「兄者ー! 早く来てくれ!! 俺一人じゃ、ジーゲルを止めらんねぇ!!」


林の奥から長男に助けを求める声が聞こえてくる。どうやら他の二人も一緒のようだ。

そしてそれと同時に、林群から次男が投げ飛ばされてきた。


「ちっくしょう……何なんだよ」


次男が打ち所に手を当てて、こちらに近づいてくる影を凝視する。

影は下草をミシミシと踏み潰しながら、興奮した様子で林の中から姿を現した。


「ヴルスト……クネーデル……ザウアーブラーテン!!」

「全部、肉料理じゃねーか!」


忘我した影の鉄槌が次男に振りかかる。ホルツは寸でのところで攻撃をかわし、拳は地面を割った。

表面層に亀裂が走り、盛り上がった土塊が宙に舞い上がる。土煙に(まみ)れ派手に登場したのは、

兄弟の中でも食欲旺盛な三男だったが、いつものジーゲルとは違って、どことなく様子が変だった。


「おいおい……どうすんだよ兄じゃ――って! なんでお前らがここに!?」


次男が兄妹の存在に気づき、吃驚(きっきょう)した様相で声を荒げた。

うらみ晴らさでおくべきか。とは言わないが、争奪戦での敗北は忘れていないようだ。

ヘンゼルは次男達に冷罵(れいば)されるのを覚悟で、内輪揉めの原因を訊ねた。


「俺達にも分かんねーんだよ。昼食後にいきなり暴れ出したんだ。うおっ!」


三男が組み合わせた両手を水平に薙ぎ、次男がそれを仰け反るように回避する。

外見に変わった様子は見当たらないが、ジーゲルの人格が凶暴化していることは間違いない。


「ホルツ! こいつらに構ってる場合じゃねェ!! 少々荒いがジーゲルを落とすぞ!!」


長男シュトロが地面を蹴って猛進する。

そして、そのままジーゲルの首元に飛びつき、完璧なロックを決めた。


「いい加減にしろ。このバカタレがぁぁァ!!」


叱責を交えた怒号が森の中に響き渡る。三男は手足を振り回して縦横無尽に抵抗した。


「おいクソ兄妹! お前らの顔なんか二度と見たくねェ。今すぐ消えろ」


シュトロが乱暴に兄妹を追い払う。弟のこんな姿を見られて良い気分はしないからだ。

ヘンゼルは長男の意向を汲み取り、早々にグレーテルの手を引いて立ち去った。


「びっくりしたね、グレーテル……まさか三豚さんに出会うなんて」


遊歩道を突っ走り、草原に躍り出たヘンゼルは、一息吐いてグレーテルに向き直った。


「昼食の後って言ってたけど、何か変な物でも食べたのかなぁ……」


〈三匹の子豚〉に再会したことも驚きだったが、ヘンゼルは、突然暴れ出したという

三男の変異が気になっていた。食い意地の張っている彼のことである。よもや、変な物でも食べて、

毒にでも当たったのだと憶測するしかなかった。


兄妹は束の間の休息後、再び赤頭巾の家を目指して歩き出した。


      ☆


同日。赤頭巾は薄暗い森の中を、鉱山に向かって歩いていた。

毎度のことながら、プンスカと頬を膨らませているのも、お約束になっている。


「もー。あの物売りのおばあさんてば……毒リンゴを渡すなんてあんまりだよ。せっかくのケーキ

 パーティーが台無しじゃない。ここはひとつ、ガツンと怒ってやるんだから」


道案内のお礼にと、物売りの老婆から貰った真っ赤なリンゴ。そのリンゴを使用してケーキを作り、

狼と共に兄妹の『ホーム』へ遊びに行った所までは良かった。仲良くなれるきっかけにもなったし、

みんながケーキを喜んでくれた事にも大満足だ。ただ……問題はその後である。ケーキを口にした

仲間達が次々と倒伏してしまったことだ。


赤頭巾が食べた分には何ともなかったが、薬物に詳しい魔女によると、

どうやらリンゴの中に、痺れを引き起こす毒劇物が入っていたと言う。


結果、仲間達の元には裸の小天使が笑顔で訪れ、狼からは計画的犯行だと罵られてしまった。

故に赤頭巾がお(かんむり)なのも無理はない。卓上円満を望んで作ったリンゴのケーキが、

食した者を召天させる、デビルズフードに化けてしまったのだから――


「たしか、鉱石の掘れる洞窟って言ってたから、この辺りにいるはずなんだけど……流石に

 用事を済ませて、帰っちゃったかなぁ……」


鉱山へと抜ける遊歩道を散策し、赤頭巾はリンゴ売りの老婆を捜し回った。

個人的な義憤もあるが、もし他にリンゴを貰った子ども達がいたら大変なことになるからだ。


「ほんと、悪戯(いたずら)好きのおばあさんには、困っちゃう」


モミの芳香が鼻孔をくすぐる中、赤頭巾は木々の間を縫って牧草地へ出た。


暗い森を抜けたその場所は、一面が草本層に覆われ、まるで、緑の絨毯を敷いたような広野だった。

樹木は草むらを中心に弧を描いて広がっており、伐採された切り株が、まばらに仕立てられている。

植物は充分に陽の光を吸収して、瑞々(みずみず)しい葉身を揺らめかしていた。


「あれ? 人がいる……おばあさんかな? こんにちはー」


牧草地を突っ切る最中、前方に人の姿を発見し、赤頭巾が声をかけながら近づいた。

人影は切り株の一つに腰をかけ、こちらに背を向けて佇んでいた。白髪頭の目立つ、老人のようだ。


「いつの世も、犠牲になるのは子ども達。運命からは逃れられぬと言うことか」


老人が小言を呟きながら立ち上がる。その後ろ姿からは、ひどく哀愁が漂っていた。


「お嬢さん……すまないが、ここから先は通行止めじゃ。どうしても通りたいというのなら……」


ゆっくりと老人が振り返る。胸にリンゴのレリーフを身につけた、紳士的な男性だ。


「――!!」


老人のご尊顔を拝謁(はいえつ)して、赤頭巾は目を見開いたまま固まった。


「お……じいちゃん?」


      ☆


夢の世界から引き戻される。懐かしいお城の風景がスノーノイズによって消失した。


「ん……」

「おおッ。みんな姫が目覚めたぞ! 荷物をまとめ次第、とっととホームから離れるぜ!!」


ザワザワと小人達が家の中を短兵急に駆け回る。

いったい何が起こっているのか。目覚めたばかりの白雪は寝ぼけ眼をこすりながら、

フェンヒェルの声に耳を傾けた。


「いいかい姫? よーく聞いて。今からすぐにホームを出ることになった。

 感じの悪い表像がこちらに近づいているんだ」


小人達はホームに近づく不穏な空気を感じ取り、仕事を切り上げて早急にホームへと帰宅していた。

白雪の護衛を任されている以上、危険因子の芽は直ちに摘む必要があった。


「わかりました。ホームから離れる準備をします」


支度を終えた白雪は頭に末っ子のミーレを乗せ、小人達と共にホームの外へ飛び出した。

行く当てがあるわけではないが、少しでも遠く、ホームから離れることを意識する。


「魔女の森に逃げ込もう。あそこなら、追手とて道に迷って簡単には追いつけない」


フェンヒェルが『魔女の森』への逸走(いっそう)を提案する。鉱山から川沿いを下った場所にある、

迷いの森と呼ばれている森林だ。一度足を踏み入れたら、二度と出られないとも噂されている。


しかし、白雪達の行動は、ホームを出るや否や、思いもよらぬ形で阻止された。


「しまった! 遅かったか!!」


七兄妹の次男タッシェルが、白雪の前に立って身構える。

よからぬ気配は的中し、ホーム『小人さんの家』は、すでに敵の手中に落ちていた。


「おいおい……冗談だろ」


ホームを取り囲む無数の人影を見渡して、兄妹切っての行動派、三男ネッセルが眉をひそめる。

角材やら包丁やらを手にした人影は、揃いも揃って森で暮らす子ども達だった。


「争奪戦にしては……数が多すぎない?」


兄妹の中でも、一太刀(ひとたち)役の四男シュパイゼが、襲撃者の人数に違和感を覚えた。

黒い森では生存率を上げるため、仲間を増やして集団戦に持ち込む子ども達は少なくない。

一人で戦うよりも遥かに心強く、勝率も高くなるからだ。それに――


「うん。どう見たって、裏で糸を引いている人物がいるね」


泰然自若(たいぜんじじゃく)な五男レッティヒが、四男の不審な念に同調する。

人数が増えれば増えるほど、一人頭の食料や、戦利品の配当が少なくなっていく事は明らかだ。

ゆえに戦闘に見合った見返りがなければ、集団戦は成立しない。子ども達のギラつきようからして、

誰かに〝操られている〟のは間違いなかった。


「……大ピンチ」


マイペースかつ、のんびり屋の六男ルーアが、泥沼の状況であることを悟った。

まさに背水の陣。ざくっと見渡しただけでも2、30人はいる。


「おーホッホッホッホ。久しいわね白雪……あなたが生きていたなんて驚きだわ」

「――!!」


絶体絶命である白雪達の前に、森の奥から一人の女性が姿を現した。

高価なバッスルドレスを身に纏い、綺羅びやかな装飾を身に付けた、

まさに王妃と呼ぶのに相応しい人物だ。


女性はカツカツとヒールを鳴らして歩み寄り、白雪達の手前で立ち止まった。


「ふふふ。森での生活はどう? 随分とみすぼらしい恰好をしてるじゃない」

「お母様……何ゆえに、このような場所まで」

「あら? 7年ぶりの再会だっていうのに、野暮なことを聞くわね。この状況を見ても、

 自分達の置かれている立場が理解できないのかしら?」


今にでも飛び掛ってきそうな子ども達を静止させ、白雪の母――王妃が妖艶な笑みを浮かべた。

どうやら子ども達は、彼女の術式によって操られているようだ。自我を失い、凶暴化している。

おそらく、王妃と子ども達の間に、何かしらの〝接触〟があったに違いない。


「お母様が考えそうな()り口ですわ」

「言うようになったわね……成長したのは、胸部だけではないってことかしら」


若干の苛立ちを覚えながら、王妃が白雪の豊胸を皮肉った。

胸元からは、被験体の個体認識番号である【KHM53/0129/R】の刻印が見え隠れしている。


「姫。子ども達の暴走を止めるには、妃の《童術》を断ち切るしかない」


長兄フェンヒェルが白雪を見上げて、この場からの打開策を示唆(しさ)した。

子ども達が王妃に操られていると分かった以上、トランス状態を解くカギは、彼女が持っている。


「ええ。分かっています。おじ様から(みこと)を延命された、あの時より、

 いずれは、このような日が来ることも――」


白雪が軽く目を伏せて拳を握った。いつまでも平穏な日常は続かない。

身分を捨て、この森に辿り着いた時から、覚悟はしていたことだ。


「もしかしてあなた、この私に触れられると思っているのかしら」


懐から金の鉄扇を取り出して、王妃が自身の顔に涼風を送った。白雪達を囲むのは、凶暴化した

子ども達数十名。これらを突破して妃の元へ辿り着くには、かなりの骨を折らなければならない。


「お母様。私は『黒い森』で生活をしてみて、いろいろな事を知りましたわ。おおよそ、

 お城の中にいるだけでは、分からなかったことばかりです」


フルールドレスのポケットから白雪が何かを取り出す。それは典礼用の〝白い〟手袋だった。


「そうね。すっかりと田舎娘だわ、あなた。私は御免だけど」

 

王妃が汚らわしい物を見るように吐き捨てる。もはやその瞳には、白雪の姿は写っていない。


「小人さん。援護をお願いできるかしら?」


白雪が両手に手袋を填めながら、小人達に後ろ盾を要望した。


「姫、やるんだね」


フェンヒェルからの問いかけに、白雪が力強く頷いた。

目的達成のために、関係のない子ども達を巻き込むなんて絶対に許せない。

彼女から、そんな気迫が感じられる。


「ふふふ……言いたいことはそれだけかしら? さあ、そいつらを挽き肉にしておしまい!」


白雪らを囲んでいた子ども達が、王妃の号令で一斉に動き出す。


「よっしゃあー! いいか野郎ども! 何があっても姫をお守りしろよ!!」


フェンヒェルが空に片手を掲げ、それに続いて弟達が飛び跳ねた。


「「「「「ヘイホー!!!!!」」」」」


少し遅れてミーレが、


「へいほー!」

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