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咆哮のグレーテル  作者: 胡桃ヌイ
★第五章 『白雪姫』――Kapitel 5:Schneewittchen――
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Ⅱ 『眠り姫』

閑静な森の昼下がり。甘い花蜜に誘われて、数匹のチョウが蜜源植物と戯れている。

ここは、黒い森の中でも、特に美しい花が摘めるという花畑。

見渡す限り花に囲まれた、乙女達の楽園だ。


そんな花茣蓙(はなござ)に身体を埋め、少女が一人、寝息を立てて横たわっていた。

年の頃は十四歳といったところ。少女と呼ぶには発育が良く、大人びた雰囲気を醸し出している。


鏡面のような光沢を持つ白銀色(しろがねいろ)の艶髪は、手入れの行き届きがよく分かる、サラ

サラのセミロング。頭部で胡蝶結びにした赤いカチューシャが、涼風に煽られて揺動しているの

が可愛らしい。少女の身を包むのは、ブレードやリボンといったロココ調のフルールドレス。デ

コルテから覗く、雪のような真っ白い肌は、まさに彼女の代名詞と言っても過言ではない。物静

かに眠るその姿は、気品溢れる天使のように麗しく、一瞥して一国の姫君だと分かるほどだった。


花を摘んでいる途中で眠ってしまったのか、

少女の隣には、摘みかけの草花が手籠に入ったまま置いてあった。


「ん……」


少女から漂う柑橘系の匂いに誘引され、近くで鱗粉を飛ばしていたチョウが額に止まった。

四枚の()を休め、触角をアンテナのように張り巡らせる。その微かな動きに反応して、

少女が目を覚ました。


「あら? 私、また眠っちゃったのね」


ふわぁ~と伸びるように欠伸(あくび)をし、少女が花畑から起き上がる。

それと同時に、チョウも舞い上がった。まだ少し眠気が残っているのか、

表情からは活気が感じられない。


「いっけない。小人さんたちが帰ってきちゃう」


少女は側に置いてあった、摘みかけの手籠を引き寄せる。ドレスに付着した草を払い除け、

ゆっくりと立ち上がった。ふらふらと身体が左右に揺れ、足取りがおぼついている。結果、


「もう少しだけ、お昼寝しても大丈夫よね」


と、再び花畑に寝転んだ。そしてすぐに寝息を立て始め、スヤスヤと深い眠りについてしまった。

美しい花園とはいえ、ここは黒い森の一角。いつ襲われるかも分からない危険な状況下で、

少女は本日〝4回目〟の睡眠に入った――


      ◆


「鏡よ、鏡。この国で、一番美しい女は誰かしら?」


人の言葉を理解する魔法の鏡。その姿見の前に立って妃が問いかける。


「はい。ここでは、お妃さまが一番美しいですが、先日七歳になったばかりの白雪さまは、

 もっと美しゅうございます」

「何ですって!?」


この国で一番美しいと思っていた妃は狼狽えた。まさか、自分より美しい女性がこの国に存在し、

尚且つ、それが自身の娘だと知ったからだ。予期せぬ事態に、妃の美貌がますます台無しになる。

彼女の娘。白雪は、目を見張る早さで成長していき、先日、七歳の誕生日を迎えたばかりだった。


「こんの、ロリコン鏡が!!」


鏡の縁を両手で掴んで、妃が勢い良く前後に揺らす。


「ハァハァ……美しさでは白雪さまに敵いませんが、この快感は、お妃さまからしか得られません」

「雲ってんじゃないわよ! 二度も言いやがって!! キー! ムカツク!!」


妃は側近をすぐさま呼び出し、白雪の暗殺を(くわだ)てた。

国の中で一番美しい女じゃなくなってしまい、癇が高ぶって怒りを露にする。


「お呼びでしょうか、お妃様」

「おお~狩人よ……よくぞ参った」


妃の呼び出しで城に参上したのは、右胸にリンゴのレリーフを身につけた初老の男性狩人だった。


「よいか狩人よ……我が娘、白雪を森の中に連れ出し、殺害して心の臓を私の前に差し出すのじゃ」

「なんと!? 正気の沙汰ですか、お妃様」


狩人はそれが母親のすることかと、目を見開いて仰天するも、妃からの命令には逆らえず、

苦渋の末、姿勢を正して権威に従った。


「必ずや、仕留めて参ります」

「ふふふ……期待しておるぞ」


      ☆


太陽が西へと傾き、森に射し込む残照が日の終わりを促す頃。

夕焼けに染まった少女の寝顔を、七つの小さな影が囲むように覗き込む。


「眠っているね」

「うん。眠っているね」

「起こしちゃう?」

「起こしちゃおっか」

「慎重にね。そっとだよ」

「……そっとだよ」

「雪ちゃん、おきてー」


影のうち一番幼い影が、ユサユサと少女の身体を揺さぶった。

それに驚いた六つの影が一斉に静止を呼びかける。


「「「「「「こら! ミーレ!!」」」」」」


ひっきりなしに揺さぶる幼い影を、六つの影が少女から引き離そうと奮闘する。


「やめろ~ミーレ。無理に起こしたら、姫にかけられた《童術》が危険レベルに達してしまう」

「フェンヒェルの言うとおりだ……〝もう一人の姫〟が、現れてもいいのか」

「シュパイゼ、レッティヒ。フォーメーションΔだ!」

「デルタじゃ四人だよネッセル!!」

「み、みんな! 声が大きいよ!!」

「……もうだめぽ」


少女を囲んで、めいめいに言葉が飛び交う。七つの影は兄妹だった。


「おきてよ雪ちゃん。おうちにかえろー」

「わ、わかった! 落ち着けミーレ。兄ちゃんが起こすから、そこから離れるんだ」


兄妹の中でも唯一の女の子で、少女のことを姉のように慕っている幼い影を、

七つの影のうち、長兄と思われる影が(たしな)める。


「……ん」


ミーレと呼ばれた幼い影の声が届いたのか、はたまた、その周りで騒ぐ六つの騒音に気づいたのか、

少女がゆっくりと目蓋を持ち上げた。菫色(すみれいろ)に澄んだ宝石のような瞳には、サンタの帽

子を被った幼い影が映っている。


「ミーレ……ちゃん?」


胸元に張り付いていた幼い影を抱えながら、少女が身体を起こした。


「おおッ。みんな、姫のお目覚めだ」


七つの影のうち、次兄と思われる影が他の影を呼び寄せる。

近くで陣形を組んでいた三つの影と、その様子見ていた一つの影が集まった。


「ごめんなさい小人さん。私、こんな時間まで眠ちゃって」

「いいんだよ姫。夕食はすでに作ってあるから。さ、ホームに帰ろう」


一番長兄の影が、少女を帰宅へと促した。七つの影は、お城から七つの山を越えた森、

ここ『黒い森』で鉱石堀りに勤しむホビット族だった。


身長はわずか1.5フィート(45cm)。少し尖った耳に、お揃いのサンタ帽が特徴的だ。

上から六男一女の七人兄妹で、少女が住む『小人さんの家』の宿主でもある。


「ほんとにごめんなさい。なぜか、すぐに眠くなっちゃうの」


末っ子のミーレを抱えたまま、少女が小人と共に花畑を後にする。


「そんなに気に病むことじゃないさ。おかげで、妃の鏡を出し抜けている」

「そうだぞ姫。僕たちがついている。君が心配することなんて何もないよ」


長兄と次兄の小人が、少女の左右に並んで歩く。

その後ろを、手籠を担いだ四人の小人達が、「ヘイホー」と着いて回った。


「雪ちゃん雪ちゃん。今日もミーレのベッドで、いっしょに寝ようね」

「ふふふ……いい子に寝れるかしらミーレちゃん」

「ず、ずるいぞミーレ。いつもいつも……姫はみんなのものなんだぞ」

「やだ。ミーレ、雪ちゃんと寝るんだもん」

「ねぇねぇ姫~今日は僕のベッドで一緒に寝てよー」

「このやろうシュパイゼ、抜け駆けか! そうはさせねーぞ」

「ば、バカ! やめろよ。花が落ちちゃうだろ」


夕暮れ時に響く少女と小人達の愉声。その声はホームに着くまで静まることはなく、

不穏な影が、近くに潜んでいることさえも淘汰(とうた)させた。

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