Ⅱ 『眠り姫』
閑静な森の昼下がり。甘い花蜜に誘われて、数匹のチョウが蜜源植物と戯れている。
ここは、黒い森の中でも、特に美しい花が摘めるという花畑。
見渡す限り花に囲まれた、乙女達の楽園だ。
そんな花茣蓙に身体を埋め、少女が一人、寝息を立てて横たわっていた。
年の頃は十四歳といったところ。少女と呼ぶには発育が良く、大人びた雰囲気を醸し出している。
鏡面のような光沢を持つ白銀色の艶髪は、手入れの行き届きがよく分かる、サラ
サラのセミロング。頭部で胡蝶結びにした赤いカチューシャが、涼風に煽られて揺動しているの
が可愛らしい。少女の身を包むのは、ブレードやリボンといったロココ調のフルールドレス。デ
コルテから覗く、雪のような真っ白い肌は、まさに彼女の代名詞と言っても過言ではない。物静
かに眠るその姿は、気品溢れる天使のように麗しく、一瞥して一国の姫君だと分かるほどだった。
花を摘んでいる途中で眠ってしまったのか、
少女の隣には、摘みかけの草花が手籠に入ったまま置いてあった。
「ん……」
少女から漂う柑橘系の匂いに誘引され、近くで鱗粉を飛ばしていたチョウが額に止まった。
四枚の翅を休め、触角をアンテナのように張り巡らせる。その微かな動きに反応して、
少女が目を覚ました。
「あら? 私、また眠っちゃったのね」
ふわぁ~と伸びるように欠伸をし、少女が花畑から起き上がる。
それと同時に、チョウも舞い上がった。まだ少し眠気が残っているのか、
表情からは活気が感じられない。
「いっけない。小人さんたちが帰ってきちゃう」
少女は側に置いてあった、摘みかけの手籠を引き寄せる。ドレスに付着した草を払い除け、
ゆっくりと立ち上がった。ふらふらと身体が左右に揺れ、足取りがおぼついている。結果、
「もう少しだけ、お昼寝しても大丈夫よね」
と、再び花畑に寝転んだ。そしてすぐに寝息を立て始め、スヤスヤと深い眠りについてしまった。
美しい花園とはいえ、ここは黒い森の一角。いつ襲われるかも分からない危険な状況下で、
少女は本日〝4回目〟の睡眠に入った――
◆
「鏡よ、鏡。この国で、一番美しい女は誰かしら?」
人の言葉を理解する魔法の鏡。その姿見の前に立って妃が問いかける。
「はい。ここでは、お妃さまが一番美しいですが、先日七歳になったばかりの白雪さまは、
もっと美しゅうございます」
「何ですって!?」
この国で一番美しいと思っていた妃は狼狽えた。まさか、自分より美しい女性がこの国に存在し、
尚且つ、それが自身の娘だと知ったからだ。予期せぬ事態に、妃の美貌がますます台無しになる。
彼女の娘。白雪は、目を見張る早さで成長していき、先日、七歳の誕生日を迎えたばかりだった。
「こんの、ロリコン鏡が!!」
鏡の縁を両手で掴んで、妃が勢い良く前後に揺らす。
「ハァハァ……美しさでは白雪さまに敵いませんが、この快感は、お妃さまからしか得られません」
「雲ってんじゃないわよ! 二度も言いやがって!! キー! ムカツク!!」
妃は側近をすぐさま呼び出し、白雪の暗殺を企てた。
国の中で一番美しい女じゃなくなってしまい、癇が高ぶって怒りを露にする。
「お呼びでしょうか、お妃様」
「おお~狩人よ……よくぞ参った」
妃の呼び出しで城に参上したのは、右胸にリンゴのレリーフを身につけた初老の男性狩人だった。
「よいか狩人よ……我が娘、白雪を森の中に連れ出し、殺害して心の臓を私の前に差し出すのじゃ」
「なんと!? 正気の沙汰ですか、お妃様」
狩人はそれが母親のすることかと、目を見開いて仰天するも、妃からの命令には逆らえず、
苦渋の末、姿勢を正して権威に従った。
「必ずや、仕留めて参ります」
「ふふふ……期待しておるぞ」
☆
太陽が西へと傾き、森に射し込む残照が日の終わりを促す頃。
夕焼けに染まった少女の寝顔を、七つの小さな影が囲むように覗き込む。
「眠っているね」
「うん。眠っているね」
「起こしちゃう?」
「起こしちゃおっか」
「慎重にね。そっとだよ」
「……そっとだよ」
「雪ちゃん、おきてー」
影のうち一番幼い影が、ユサユサと少女の身体を揺さぶった。
それに驚いた六つの影が一斉に静止を呼びかける。
「「「「「「こら! ミーレ!!」」」」」」
ひっきりなしに揺さぶる幼い影を、六つの影が少女から引き離そうと奮闘する。
「やめろ~ミーレ。無理に起こしたら、姫にかけられた《童術》が危険レベルに達してしまう」
「フェンヒェルの言うとおりだ……〝もう一人の姫〟が、現れてもいいのか」
「シュパイゼ、レッティヒ。フォーメーションΔだ!」
「デルタじゃ四人だよネッセル!!」
「み、みんな! 声が大きいよ!!」
「……もうだめぽ」
少女を囲んで、めいめいに言葉が飛び交う。七つの影は兄妹だった。
「おきてよ雪ちゃん。おうちにかえろー」
「わ、わかった! 落ち着けミーレ。兄ちゃんが起こすから、そこから離れるんだ」
兄妹の中でも唯一の女の子で、少女のことを姉のように慕っている幼い影を、
七つの影のうち、長兄と思われる影が嗜める。
「……ん」
ミーレと呼ばれた幼い影の声が届いたのか、はたまた、その周りで騒ぐ六つの騒音に気づいたのか、
少女がゆっくりと目蓋を持ち上げた。菫色に澄んだ宝石のような瞳には、サンタの帽
子を被った幼い影が映っている。
「ミーレ……ちゃん?」
胸元に張り付いていた幼い影を抱えながら、少女が身体を起こした。
「おおッ。みんな、姫のお目覚めだ」
七つの影のうち、次兄と思われる影が他の影を呼び寄せる。
近くで陣形を組んでいた三つの影と、その様子見ていた一つの影が集まった。
「ごめんなさい小人さん。私、こんな時間まで眠ちゃって」
「いいんだよ姫。夕食はすでに作ってあるから。さ、ホームに帰ろう」
一番長兄の影が、少女を帰宅へと促した。七つの影は、お城から七つの山を越えた森、
ここ『黒い森』で鉱石堀りに勤しむホビット族だった。
身長はわずか1.5フィート(45cm)。少し尖った耳に、お揃いのサンタ帽が特徴的だ。
上から六男一女の七人兄妹で、少女が住む『小人さんの家』の宿主でもある。
「ほんとにごめんなさい。なぜか、すぐに眠くなっちゃうの」
末っ子のミーレを抱えたまま、少女が小人と共に花畑を後にする。
「そんなに気に病むことじゃないさ。おかげで、妃の鏡を出し抜けている」
「そうだぞ姫。僕たちがついている。君が心配することなんて何もないよ」
長兄と次兄の小人が、少女の左右に並んで歩く。
その後ろを、手籠を担いだ四人の小人達が、「ヘイホー」と着いて回った。
「雪ちゃん雪ちゃん。今日もミーレのベッドで、いっしょに寝ようね」
「ふふふ……いい子に寝れるかしらミーレちゃん」
「ず、ずるいぞミーレ。いつもいつも……姫はみんなのものなんだぞ」
「やだ。ミーレ、雪ちゃんと寝るんだもん」
「ねぇねぇ姫~今日は僕のベッドで一緒に寝てよー」
「このやろうシュパイゼ、抜け駆けか! そうはさせねーぞ」
「ば、バカ! やめろよ。花が落ちちゃうだろ」
夕暮れ時に響く少女と小人達の愉声。その声はホームに着くまで静まることはなく、
不穏な影が、近くに潜んでいることさえも淘汰させた。




