Ⅰ 『王妃と魔法の鏡』
それは、ある冬の出来事だった。
明け方。とある城郭の一室で、身なりの良い女性が一人、姿見の前に立っていた。
女性は鏡に映る自分の姿を眺め、恍惚の表情で問いかける。
「鏡よ、鏡。この国で、一番美しい女は誰かしら?」
鏡は毎朝きまって、こう答えた。
「はい。この国で一番美しい女性は、お妃さま。あなたです」
人の言葉を理解し、人の問いかけに答えるこの鏡は、本当のことしか言わない魔法の鏡。
妃が城に嫁いできたその日から、この部屋にあったものだ。
妃の自慢は、国で一番美しい女性と言われることにあった。そのため彼女は、
自身の美貌を確かめずにはいられなかった。
「うふふ……あなたは正直者ね。惚れ惚れしちゃうわ」
妃は妖艶な微笑みを浮かべ、鏡の縁に手を這わせた。
「お、お妃さま! そ、そんなところを触られては、困ります!」
「あら? 何か問題でも? こんなに固くしちゃって……うふふ」
「あ。あ、もうダメです! お妃さまの手つきでオイラ――!!」
ハァハァと荒い水蒸気を発して、鏡が光沢面を真っ白に曇らせる。
「ほんと情けない鏡ね……少し触ったくらいで曇るなんて。これじゃあ私の姿が見えないじゃない」
快感に悶え苦しむ鏡を見て、妃が呆れた物言いで侮蔑した。
魔法の鏡は、人間――それも女性に支配されることを喜びとする、いわゆる変態だった。
「まあいいわ……私が一番美しいことに変わりはないんですもの」
高価なドレスをはためかせ、妃は上質な黒檀で出来た、窓枠の側に歩み寄る。
そして、白いカーテンレースの先に、柔らかな雪片がしんしんと舞い落ちていく様を目にして、
「あら? いつの間に降り出したのかしら」
レースを除け、窓を開けた。まるで天使の羽が、天界から散り堕ちているようでもある。
「綺麗ねぇ~私の次くらいに美しいわ」
キラキラと輝く氷晶を前に、妃は心を奪われていた。
やがて粉雪は、庭先いっぱいに降り積もり、白銀の世界を創り上げる。混じり気のない、
風光明媚な光景は、まさに幻想的と言えた。
そんな光景に感化され、妃が手を合わせて目を瞑る。
「ああ神様……この雪のように、肌の白い、美しい子どもを授かりますように――」
それから間もなくして、妃の願いは叶った。それも、
神に祈祷した日と同じ、美しい雪片が降る冬だった。
生まれてきた子どもは、紫眼のパッチリとした愛らしい女の子だった。
妃は雪積の日に祈願し、雪の降る日に子どもが生まれたことから、女の子の名前を、
白雪と名づけ、たいそう可愛がった――




