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咆哮のグレーテル  作者: 胡桃ヌイ
★第四章 『狼くんと赤頭巾ちゃん』――Kapitel 4:Der Wolf und Rotkäppchen――
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Ⅸ 『仲間』

ヘンゼルが魔法円から練成した両刃斧(ラブリュス)は、伐採斧と呼ばれるものに形状は近かった。

木の繊維を軽快に切断できるよう、刃は薄く、鋭くなっており、峰から刃までが長く出来ている。

また、両刃に挟まれた円筒の柄先には、刺突(しとつ)も可能な、槍頭(そうとう)が付いていた。


そして、両刃のうち一つには『白鳥』の紋章。

もう一つには『Hanau und Steinau』の文字が、刃面それぞれに刻印されていた。


「ハーナウ&シュタイナウ……これが僕の《童術》……」


ヘンゼルが力強く柄を握り締める。重量はあるが、持てない重さではない。見た目の割には軽量だ。


「グレーテル……僕、もう迷わないよ。この力で、みんなの《想い》を守ってみせる!」


背後にホーム『魔女の家』。正面に狼と赤頭巾。隣にグレーテルを迎えて、高らかに宣言する。


「あれが、あの子の《童術》……想いの型は〝斧〟……?」

「尻尾を巻いて逃げるなら、今のうちだぞ」

「に、逃げないもん! 私だって『グリムの仔達』の一人なんだからっ」


狼と赤頭巾が〈兄妹〉を前に、戦意の確認を取る。ヘンゼルが『想いをカタチに』変えた以上、

戦況は五分と五分。『幸遺伝子』を持つ者同士が互いに争った場合、勝敗を決するのは、身体

能力でも経験でもないからだ。各々が抱く純粋な心の表れ――想いの強さこそが命運を分ける。


「いくよ、グレーテル……」


ヘンゼルが両刃斧を構え、静かに合図を送った。狼と赤頭巾も突撃のタイミングを図っている。

グレーテルが小さく頷き、それと同時に、四人全員が一斉にその場から飛び出した。


「お前の《童術》、見せてみろ!!」


最初に衝突地点へ到着したのは狼だった。右手を腰の位置まで引き、手首に力を籠める。瞬間、

眼前に漆黒色の魔法円が出現した。彼の想いが具現化し、カタチとなったものだ。


「狼さんの《童術》――!?」


狼の《童術》発動を危惧して、ヘンゼルが先行する。両手で長柄を握り締め、

出現した光輪へ向かっていく。魔法円は、グレーテルほどの大きさはなかったが、バチバチと、

外縁(がいえん)に黒い電流を帯びており、近寄りがたい禍々(まがまが)しさを醸し出していた。


「《童術・雷郭ヴォルフスブルク!》」


魔法円を介すように右手を突き出して、狼が拳に黒電を纏わせる。

まるで、難攻不落の城壁が、これより先の侵入を、一枚壁となって拒絶しているようだ。


「てやぁあああ!!」


ヘンゼルが両刃斧を振り下ろし、狼の放った雷拳と激突する。

辺りに爆音と瞬風が沸き起こり、雷土(イカズチ)が両者の間に舞い降りた。


「――っ!」 「な、何よこれ!」


二人の衝突によって発生した突風に、グレーテルと赤頭巾が(さら)われる。


「ううっ!」 「こいつ!? 《童術》を――!」


次第に収縮していく激行。戦況は狼に傾いていたが、彼の放った《童術》が、ヘンゼルの両刃斧に

飲み込まれているのが分かった。まさに命の象徴である樹木から、樵夫が恵みを頂いているようだ。


【木こりは樹木と共に成長していく】


父親が言っていた言葉だ。大きな恵みを受けるには、自身がそれに合わせて成長するべきだと。

相手の《想い》に応えたいなら、それに見合った技術を身につけるべきだと――あの日、父が自分

に伝えようとしていた事。今ならそれが、手に取るように分かる。


「僕は……みんなの《想い》を守れるような、先導の光になりたいっ!」


一際大きな輝きが四方八方に拡散する。ヘンゼルと狼は、磁極のN極とN極、

S極とS極のように、互いに反発し合って引き離された。


「俺の《童術》を……消した? いや……〝喰った〟と言うのか」


狼が赤頭巾の元まで後ずさり、自身の《童術》が相殺されたことに驚嘆した。

かつて、この術を受けて倒れなかった者は、誰一人としていなかったからだ。


「ちぃ……厄介な《童術》を発動しやがって」


絶対的な自信。それは『想いのカタチ』にも反映される。誰にも負けない強い想いほど、

術式は大きな力となっていく。他人を寄せ付けない、圧倒的強さを誇る狼の《想い》が、

ヘンゼルに相殺されたと言うことは、彼が抱く《想いのカタチ》が、

このほど、狼の〝自信〟を上回ったという事になる。


「これが……狼さんの《想い》……」


《童術》を通して、ヘンゼルが狼の《想い》を感取する。

そして、両刃斧ハーナウ&シュタイナウに秘められた童力を噛みしめた。


ヘンゼルと狼の衝突から直様、グレーテルと赤頭巾が参入して、四人は乱戦へと(もつ)れ込んだ。


「狼くんの《童術》を掻き消すなんて。凄いんだね、ヘンゼルくんっ!」

「くっ……ま、負けられない……からね」


赤頭巾の絢爛華麗(けんらんかれい)な一蹴りを、ヘンゼルが長柄で受け止める。

その後ろ、赤頭巾の背面では、狼の猛攻をグレーテルが幾度となく捌いていた。


「なるほど……動きが素人じゃねぇな、おい」


的確な防守を見せるグレーテルに、二の矢を継げない狼が独りごちる。

大抵の敵対者は、彼の高速過ぎる攻撃に対処できず、一撃あるいは二撃目には沈んでいた。


グレーテルが反撃に出る。ヌイグルミを両手で握りしめ、狼の懐へと潜り込む。


「おっと」


半月を描くグレーテルの《薙ぎ払い》を、狼が飛び退くように回避する――が、


「!!!」


勢い余って、ヌイグルミが彼女の手からスポッと抜けてしまい、

そのまま飛び道具となって狼を襲った。グレーテルが慌ててヌイグルミを拾いに行く。


「……このっバカが。大事なモノを手放す奴があるか」


狼が直撃した腹部を押さえて狼狽(うろた)える。そんな彼の前に落ちたヌイグルミを、

グレーテルがそそくさと拾い上げ、ペコリと一礼して定位置に戻った。


「にししっ。狼くん一撃貰っちゃったね」

「うるせぇ……てめぇは黙ってろ」


赤頭巾からの冷やかしに、狼が怒りを露にする。

不意打ちだったとはいえ、痛みを感じたのは久方ぶりだ。


「ふん。次はねぇぞ……妹!」


疾風迅雷のごとく狼が野を駆ける。それに負けじと、グレーテルも飛び出した。

衝突する二人。鉄と鉄が衝突したような、鈍い金属音が連続して聞こえてくる。


「はあっ!」


ヘンゼルが両刃斧を突き出す。槍頭の切っ先が、赤頭巾に一旦距離を計らせる。


「そうだね……こっちも、負けてられないもんね」


狼とグレーテルの激闘に感化され、ヘンゼルと赤頭巾の戦いも、激しさを増していく。


「グレーテルちゃんには効かなかったけど、ヘンゼルくんにはどうかなっ!」


赤頭巾が鶏銃を交差するよう構える。次の瞬間、銃口から途切れることなく弾丸が連射された。


「ぐっ!」


刃面の影に身を隠し、ヘンゼルが光弾の嵐を受け止める。


「これが……あの子の《想い》……」


光の弾丸が両刃斧に突き刺さる度、赤頭巾の《想い》が、ひしひしと伝わってくる。

一つ一つの小さな光粒が、まるで、彼女の生き様を表しているようだ。


「そんな……《童術》が〝吸収〟されている!?」


渾身の攻撃がヘンゼルにも効かないと知り、赤頭巾が虚脱状態になる。


「……君が、グレーテルのヌイグルミを……治してくれたんだね」

「わ、私じゃないよ。私のおばあちゃんだってば。まあ……私も一枚噛んでたりするのかな……」

「妹のヌイグルミは、僕にとっても大切な家族なんだ……君の《想い》が、僕達の〝仲間〟を助け

 てくれた。本当は、君がとても優しい子なんだって、僕には分かる」

「ず、ずるいよ~《想い》を覗き見る《童術》なんて。反則だよ変態だよ色情魔だよ」

「ち、違うよ! どうして、そうなるのさ!!」


ヘンゼルがしきりに辺りを見渡す。今の赤頭巾の発言、妹に聞かれていないだろうか……。


「楽しそうだな、おい」


そんな心配を霧散(むさん)させるように、グレーテルが狼に投げ飛ばされて落ちてきた。


「……つよい」


さすがのグレーテルも、狼には歯が立たなかったのか、全身擦り傷だらけで返り討ちに遭っていた。


「ったく……これだけは使いたくなかったが、もう面倒だ。全員まとめて消し炭にしてやる」


両足にグググッと力を籠め、狼が遥か上空まで垂直に飛躍する。ぐんぐんと上昇を繰り返し、

わずか数秒足らずで、彼は最高到着地点に着いた。そして、地上に残る三人を眺めて、


「遊びはここまでだ。俺に関わったことを後悔しろ」

「ちょ、ちょっと! 私もいるんだけど!?」


赤頭巾の表情に、形容しがたい緊張が走っていた。

これから起こるだろう〝現象〟を、知っているような素振りだ。


「知るか。お前と仲間になったつもりはない」


狼の冷ややかな目線が突き刺さる。彼は赤頭巾も含め、この場にいる全員を標的にしていた。


「みんな、逃げて!」


赤頭巾が兄妹に逃散を呼びかける。彼女の雰囲気から、

兄妹は好からぬことが起きると感じ取ったに違いない。三人は蜘蛛の子を散らしたように、

その場から一斉に散開した。


「無駄だ。この術を発動したら最後、お前達に逃げ場はない」


次の瞬間、三人の足元を漆黒の魔法円が照らした。その規模は、ホーム『魔女の家』も範囲に収め、

グレーテルの魔法円すら凌ぐ大きさだった。狼が、陣内に標的を捉え、


「《童術・電弧一閃ヴォルフハーゲン!》」


童術の詠唱と共に、上空から身体に黒い電荷を帯電させて、急降下を始めた。

まさにその姿は雷土(イカズチ)。雷そのものになって、矢のごとく三人に襲い掛かる。


稲妻が地面に落雷する直前、漆黒の魔法円から黒い迎え放電が発生し、

狼がこれと結合する形で地上に舞い降りた。


「きゃあああっ」 「うわああっ!」 「――っ!!」


赤頭巾、ヘンゼル、グレーテルが落雷に呑まれて感電した。

地面に落雷紋を残して、魔法円が消失する。その場に立っていたのは、狼ただ独りだった。

ただ、莫大なエネルギー放出の代償に、狼自身も体力を消耗していた。


「ちっ。やはり身体への負担は拭えねぇな」


地面にうずくまる三人を他所に、狼が小さく勝利を噛みしめる。

この程度の童術で疲弊していたのでは、〝あいつ〟は倒せない。

結果、完全な勝利とは言い固いからだ。


「うっ……」

「ほう。俺の最大童術を喰らって、まだ立ち上がれるとは。その《童術》の能力ってところか?」

「ぼ、僕は……」


長柄を支えに、必死に立ち上がるヘンゼル。狼の言う両刃斧の能力が〝吸収〟ならば、

ヘンゼルが生き残った事も頷ける。初撃の《童術》を一度、彼に喰われているからだ。


「僕は……あなたとの戦いを通じて、分かったんだ……」

「戯言なら止めを刺してやる」


狼の脅迫に屈せず、ヘンゼルが話を続けた。


「人の《想い》はそれぞれに違う……あなたの想いも、あの女の子の想いも。

 そして、僕とグレーテルの想いも」

「……ヘンゼル……くん」

「お……兄さま」


赤頭巾とグレーテルが、ヘンゼルの声を探して耳を傾ける。

身体は動かないが、彼の言葉ははっきりと鮮明に聞こえてきた。


「みんながみんな、十人十色だから……一人一人が輝ける。そして、それは〝仲間〟がいることで、

 もっと大きな光になる事ができる」

「ああ……それが、お前の考え方だったな。俺には無縁の《想い》だ」

「……無縁なんかじゃ、ないよ。あなたはグレーテルとの一騎打ちで、妹がヌイグルミを

 手放した時、大事なモノを手放すなって言っていた……ムーちゃんは僕達、兄妹にとって〝家族〟

 であり、仲間なんだ。あなたは……そんな家族を、〝大事なモノ〟と言ってくれた」

「…………」

「あなたは知っていたんだ。ううん。最初に出会った時の争奪戦で、グレーテルがヌイグルミを

 破損させ、悲しんでいた事を知ったんだ。ただの人形なのに、どうしてそんなに悲しむのかって」

「ふん……妹のそんな場面は見ていない」


狼が毅然(きぜん)とした態度で、ヘンゼルの言葉を忌避(きひ)する。


「たとえ見てなくても、伝わったはずだよ。《想い》は感じ取れるって、おばあさんが言っていた

 からね……あなたほどの強い人が、想いを感じ取れないわけがないよ」

「……黙れ」

「あなたが一人に固執する理由、それは仲間を失うのが恐いからだ」

「黙りやがれ! それ以上、狂言(きょうげん)垂れてみろ……あの世への列車に乗せてやる」

「黙らないよ……僕は、誓ったんだ。狼さん……あなたの《想い》も守るってね」

「ふざけんじゃねぇ……そんなこと誰が頼んだ? だいたい俺の想いを守るだと? それは、俺の

 想いを感じ取った上で言っているんだろうな? だったら、この状況を見てもそれが言えるのか」


狼の《童術》で倒れた赤頭巾とグレーテル。その二人を見渡して狼が豪語する。もし、

二人が〝仲間〟だったとしたら、お前はその二人を救えるのか? 立ち上がる事もできない仲間を、

守りながら戦えるのか? 生きるか死ぬかの争奪戦で、仲間を失わずに生き残れるのか? 

そんな力が、お前にはあるのか? そう言わないばかりに責め立てる。


「両刃斧ハーナウ&シュタイナウ……この《童術》は、みんなの《想い》を受けて、初めて輝ける。

 僕一人の力じゃ小さな光でも、仲間がいればそれが大きな光となって、守れる力を与えてくれる」


ヘンゼルが両刃斧を天空に掲げ、胸に秘めた想いを口にする。


「狼さん。僕は、絶対に仲間を見捨てない。僕の《想い》で、みんなを守ってみせる! 

 だから……僕を信じて欲しいんだ。〝もう一度〟……仲間の存在を託してみてよ!!」


その瞬間。輝きを増した両刃斧の槍頭から、翡翠色の光が飛揚(ひよう)した。

ヘンゼルが〝仲間〟から受けた想いの光だ。


真上に解き放たれた緑色光は、やがて重力に従うように、放物線を描きながら地上に還ってくる。

まさに光の雨、光のシャワーを彷彿(ほうふつ)させた。


「傷が……癒えていく」 「すごくきれい……」


キラキラと上空から光の結晶が降り注ぎ、赤頭巾とグレーテルの症状が次第に回復していく。

翡翠色の光には、傷を癒す効果が含まれていた。そして、彼女達だけでなく狼の体力も――


「こいつ……」


狼、赤頭巾、グレーテルの三人を回復させ、その引き換えに、光を放ったヘンゼルが、

《童術》の『恩恵負担』を受けて地面に倒れた。どうやら自分自身を回復させる事は

できないようだ。


「お兄さまっ」 「ヘンゼルくん」


二人の少女がヘンゼルの元に集まった。意識ははっきりとしているが身体は動かない。


「狼さん……これが、僕のみんなを守る力だよ……」


敵対者を前に、自身の負担をも(かえり)みない童術。

それは光となって《ヒーリング》の効果をもたらした。

仲間を守りたい……その一心が、受け取った《想い》を解放(リリース)し、仲間の救済に繋がった。


「……やめだ」


ヘンゼルの『童術解放』を受け、狼がきびすを返した。


「ちょっと狼くん! どこに行くのよ!!」


赤頭巾が立ち去る狼に怒声を上げるも、彼はそのまま無言で森の中へと立ち去ってしまった。


「もー、狼くんのバカぁ! これじゃあ作戦が……」

「作戦?」

「あ……いや、その……ははは。ま、また遊びに来るかも……お、お騒がせしましたっ!」


狼の後を追いかけるよう、慌てた様子で赤頭巾も〈兄妹〉を残して撤退していった。

兄妹は互いに顔を見合わせてポカーンとしていたが、結果的に『ホーム』を死守できた事と、

二人とはいつかまた会えるような気がして頬を緩めた。


「いてて……グレーテル、何を?」


身体が動かないことを良いことに、グレーテルが兄の傷口に絆創膏を貼った。


「これで……お兄さまも、一つ強くなれました」


グレーテルの強さの証である絆創膏――それをヘンゼルに貼ることで、

グレーテルは兄の頑張りを、彼女なりに称えた。


「ははは……グレーテルは、母さんみたいになりそうだ」


それがどう意味なのかグレーテルには分からなかったが、母親みたいになれるのなら、

兄に喜んでもらえると思ったのだろう。スカートのポケットから、たくさんの絆創膏を取り出した。


「ちょ、ちょっとグレーテル? まさか……」

「動いてはダメです。お兄さま」


その後、ホーム『魔女の家』敷地内に、ヘンゼルの悲鳴が響き渡った。


      ☆


「もしかしたら、その赤頭巾って子は、お前達と仲良くなろうとしてたんじゃないかねぇ……」


狼、赤頭巾との激戦から二日。魔女が昼食の席で、

赤頭巾達が『ホーム』を襲いに来た理由を兄妹に告げた。


「うん……でも、それならどうしてホームを襲う真似なんかしたんだろ……」


もし、彼女達が仲良くしたいと思っていたのなら、ホームを襲う必要なんてないはずだ。

気になることがあるとすれば、赤頭巾が言葉を滑らせて、咄嗟に口を押さえたことくらいだろう。


「なーに。どちみちすぐに会えるさ。あの子達はグリムの遺志を継ぐ『グリムの仔達』だからね」

「ええっ!? おばあさんは、二人が『グリムの仔達』だって知っていたの?」

「知ってるも何も……あれだけ『幸遺伝子』を発していたんじゃ。感じ取れないわけがなかろう」


民謡伝承者にとって、幸遺伝子からグリムの仔達を詮索することは他愛もないことだと、

魔女が平然と言い放った。そういえば……兄妹がグリムの仔達だと判明した時も、魔女が吐露した

からだった。


「おや? この感じは……」


魔女が唐突に気を張った。ホーム周辺に飛ばしている使い魔から、何かを感じ取っているようだ。


シャリンシャリン♪ シャリンシャリン♪


「――!? 誰か来た!!」


兄妹が咄嗟に玄関に目を向けて立ち上がった。

戸口に設置している呼び鈴が、突然に鳴り響いたからだ。


侵入者かもしれない。ヘンゼルが応戦のため外へ出ようと玄関に走り、グレーテルもヌイグルミに

手をかけた。ヘンゼルが玄関の扉を開く。


「わっ! びっくりしたぁ~」

「あ、赤頭巾さん!?」

「にしし……こんにちわ、ヘンゼルくん」


扉の先に立っていたのは、つい先ほどまで話題に上がっていた女の子――赤頭巾だった。


「ま、また争奪戦を?」

「違うよ~今度は本当に遊びにきたの。美味しそうなリンゴが手に入ったから、

 みんなで食べようと思ってケーキを作ったんだ」

「ケーキ?」

「うん。ホームの中に入っても、いい?」


ヘンゼルが赤頭巾を家の中へと入れる。彼女の手にはランチバスケットが握られていた。


「おじゃまします、魔女のおばあさん。やっほ~グレーテルちゃん」


赤頭巾が魔女に一礼して、グレーテルに手を振った。

魔女はホォッホッホッと笑みを浮かべ、グレーテルはポカンとしたまま、目をパチクリとしていた。

そして、


「ちょっと~いつまでそこにいる気なの? ケーキ食べちゃうよ?」


赤頭巾が玄関に向かって声をかけ、戸口で腕を組んでいた少年が姿を現した。


「お、狼さん!?」


赤頭巾に呼ばれて姿を現したのは、彼女のパートナー?であり、

先日《想い》を激突させたばかりのライバル、狼だった。


「勘違いするなよ。俺はただ、こいつが旨いリンゴを食わしてくれるって言うから

 付いてきただけだ。お前達と仲間になったつもりはない」

「って言ってるけど、ほんとはみんなと仲良くしたいって思ってるらしいよ」

「……っ」


狼が兄妹から顔を背ける。そんな様子を見て、赤頭巾がニヤニヤと微笑んだ。


「ど、どうぞ……狼さん」

「ふん……邪魔するぜ……」


食卓の中心に全員の視線が集まる。ランチバスケットからケーキの入った箱を取り出して、

赤頭巾が外箱をそっと持ち上げた。周りから「おお~」といった感嘆の声が漏れる。


「ちょっと狼くん。よだれ垂らさないでよね」

「垂らしてねぇよ」

「ほほう~こりゃあ見事なもんじゃ……どうしたんだい? このリンゴは?」

「昨日、森の中でリンゴ売りのおばあさんに貰ったの。何でも道に迷ってたみたいだったから、

 案内してあげたらお礼にって」

「なるほどの~グレーテルや、お皿を用意するから手伝っておくれ」


魔女とグレーテルが席を外し、食器棚へお皿を取りに行く。

数分後、用意された包丁で赤頭巾がケーキを切り分け、


「さあ、召し上がって」

「いただきます」

「……いただきます」

「いただくぞえ」

「いただき……ます」


ヘンゼル、グレーテル、魔女、狼がケーキを口にした。その瞬間――

バタバタバタと、魔女以外の三人が、その場に倒れた。


「あ、赤頭巾……てめぇ……盛りやがったな……」

「え? え? どうしたのみんな?」


腹部を押さえ悶える狼。その隣では、ヘンゼルが朦朧とした表情で、ブツブツと小言を呟いていた。


「父さん……母さん……僕、村に帰れそうにないよ……家に帰れそうにないよ……」

「へ、ヘンゼルくん!? しっかりして!!」


さらにその隣では、グレーテルが食卓に突っ伏したまま動かなくなっている。


「グレーテルちゃん!?」


そんなカオスな中、魔女が一人冷静にケーキを分析し、


「ふむ……これは、毒リンゴじゃな」


バタン。それだけ言って倒れた。


「おばあさーん!!」


赤頭巾がシドロモドロになって、ケーキを口に入れる。


「ど、毒リンゴ? 私……何ともないんだけど……」

「……最初から、これが狙いか……赤頭巾」


狼が冷や汗を垂らしながら問い詰める。


「仲間など……信じた俺が……バカだった」


バタン。狼が力尽きる。赤頭巾が「ははは……」と誤魔化し笑いをして、


「もー! どうしてこうなるのよー!!」

「赤頭巾ー!!」

「わー、ごめんなさーい!!」


ホーム『魔女の家』に、遠く〝仲間〟の絶叫が響き渡った――

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