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咆哮のグレーテル  作者: 胡桃ヌイ
★第四章 『狼くんと赤頭巾ちゃん』――Kapitel 4:Der Wolf und Rotkäppchen――
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Ⅶ 『裏切られた再会』

赤頭巾が住む、ホーム『おばあちゃんの家』は、花園から十五分くらい行ったカシの木の下にあった。


「どう、おばあちゃん? 治りそう?」


赤頭巾がベッドのふちに腰をかけ、ナイトキャップを被った祖母に問いかける。

その隣では、グレーテルが期待に胸を膨らませ、返答のゆくえを見守っていた。


「ふむふむ。なるほど……これは普通の糸じゃあ治せないのも無理はないねぇ」


ヌイグルミを手にとり、仔細(しさい)に眺めていた祖母が、物柔らかな表情で答える。


「え? それって、糸が通らない原因が分かったってこと?」

「そうだねぇ……ヌイグルミを触ったときから、もしやとは思っていたが、この感じは間違いない。

 ヌイグルミに《童術》で創った、特殊な糸が使われておる」

「ヌイグルミの縫い代に《童術》が!?」


ハトが豆鉄砲を食らったような顔をして、赤頭巾が姿勢を崩した。

最初に、ヌイグルミの脅威を目の当たりにした時から、普通でないことは感じ取っていたが、

まさか縫い代に《童術》が使われていたとは――


「グレーテル……と言ったね。このヌイグルミは誰かに貰ったのかい?」


どうやってヌイグルミを手に入れたのか、祖母が入手した経緯をグレーテルに訊ねた。


「小さいころ、森の中で……」

「拾ったの?」


赤頭巾が言葉を引き継ぎ、グレーテルがコクリと頷く。そう、あれは4歳の時だった。

兄が就学する以前の話だ。二人で父親の仕事場へ遊びに行った日、大きな樹木の下でムーちゃんを

拾った。誰が捨てたのかは分からないが、どうしてもほっとけず、父親に頼んで持って帰ることを

許してもらった。それから6年。ムーちゃんはグレーテルの私物として、家族の一員になっていた。


「ふむ……となると、この《童術の糸》を施したのは、前の持ち主かもしれないねぇ。これほどに

 繊細な紡糸は見たことがない。よっぽど《童術》の扱いに長けていないと創り出せない代物だよ」

「グレーテルちゃんのヌイグルミ……そんなに凄い糸で作られてたんだ……あ! もしかして」


何かを思い出したのか、赤頭巾がポンと手を叩く。


「あのね、おばあちゃん……グレーテルちゃんのヌイグルミって、すっご~くふわふわしてるよね? 

 わた飴みたいに柔らかいよね? それなのにね、争奪戦で戦った時は、鈍器のように硬かったの。

 それって《童術の糸》が〝童術として〟発動してたってこと?」


ヌイグルミの縫い代に〝童術なるもの〟が使われているのなら、ありえない話ではない。

むしろ、そう考えるほうが正しいと言えるだろう。いかなる攻撃も通さない堅牢なヌイグルミなど、

《童術》を介さずには存在しないからだ。


「《童術の糸》は先に話したとおり〝童術から創られた糸〟で、まさに〝童術そのもの〟なんだよ。

 だから戦闘中にヌイグルミが〝硬質化〟したって言うのも、《童術の糸》が〝童術として〟発動

 したって解釈で間違ってはおらん。とはいえ……今回の件に関しては、他に類例がないんだがね。

 正確には、グレーテルの《想い》が、ヌイグルミを〝通して〟発動したってところかねぇ」


赤頭巾の祖母が、グレーテルとヌイグルミの関係性について語る。

どうやら、グレーテルが発動したという《童術》は、自身が直接的に発動したものではなく、

ヌイグルミを介して発動した〝間接的〟なものだと言う。


「ええっと……それってつまり、ヌイグルミを〝童術の発動媒体に使った〟――ってこと?」

「まあ……あくまで私の憶測(おくそく)だがね。不可能な事ではないんだよ。生きとし生ける物に

 心があるように、ヌイグルミにだって心が宿っている。長い間、苦楽を共にしてきたグレーテル

 なら、それこそ心が通じ合ってても不思議ではないさ」


森でムーちゃんを拾った時、グレーテルがほっとけなかった理由。それは少なからず、ヌイグルミ

にも心が宿っていると、彼女は知っていたのだろう。物を大切にする彼女だからこそ、その価値を

誰よりも理解している。森の中に捨てられてたとはいえ、目立った傷みや欠損がなく、良好な状態

で置き去りにされていた事から、前の持ち主がとても大切にしていたのだと感じ取ったに違いない。


「この《童術の糸》からは、前任者の強い《想い》が感じられる。おそらく、ヌイグルミが硬質化

 したという現象も、《童術の糸》に残された〝素体を傷つけたくない〟と言う〝前任者の童術〟

 が、グレーテルの《想い》に誘発されて発動したものではないだろうか」


ヌイグルミが戦闘中に硬質化していた現象は、グレーテルの《想い》が、《童術の糸》に託された、

前任者の《想い》を引き起こしていたからだと、祖母が解釈する。


「ただ、そうなると、一つだけ分からないことがある」

「分からないこと?」

「《童術の糸》が断糸(だんし)された原因じゃ」


外傷からヌイグルミを守るために、緻密(ちみつ)に縫い合わされた《童術の糸》――それは、

もはや素体全体を保護する、薄膜なバリアと言っても過言ではない。そのため、どうしたら

このように《童術の糸》が断ち切られ、全体の【1/3】も損傷する事態になり得るのか?

そこのところが明確ではなかった。


「《童術》に対抗できるのは《童術》のみと言われておる。これほどに強力な《童術の糸》が、

 内外部から破壊されているとなると、他に〝童術の衝撃〟を受けたとしか原因が考えられん」


ヌイグルミの内側と、外側の両方向から糸が断ち切られている事に関して、祖母が原因を追求する。


「たぶんだけど……私の《童術の弾》が原因じゃないかなぁ……」


童術は童術でしか対抗できないと言う祖母の言葉に、赤頭巾が心当たりがあるかのように呟く。


「グレーテルちゃんと戦ったときなんだけど、私の撃った銃弾が、彼女のヌイグルミに当たったの。

 そのときに破損を招いたみたいだったから、たぶん私の攻撃で被弾したことが原因だと思う」


双方が争った際、赤頭巾の《童術・鶏銃ケプフェレ》から放たれた銃弾は、まさに童術で創られた

弾丸だった。『童術には童術を』と話す、祖母の言葉に(したが)うなら、《童術の糸》が〝外側〟

から破壊された原因は間違いなくそれしかなかった。


「ふむ……それならば、糸が切れてしまったことも説明が付くねぇ……しかし、いくら《童術の弾》

 が当たったとはいえ、ここまでの破損を招いたわけではないのだろう? 見たところ、切断され

 た紡糸は、そのほとんどが〝内側〟から損傷しておる。もっと他に〝強力な童術〟を受けた可能

 性が考えられるねぇ」


ヌイグルミを保護していた《童術の糸》が、赤頭巾の放った《童術の弾》で相殺されたことは

理に敵っていたが、ヌイグルミが中破した直接的な原因ではないと祖母が語る。


「わたしの……せいだ」


祖母と赤頭巾の会話を聞いていたグレーテルが口を開く。


「わたしが、想いをカタチにしたから……」

「グレーテルや、それは《童術》を発動したってことかい?」


グレーテルが小さく頷いた。先ほどの祖母の話で、ずっと気になっていたことがあった。

彼女の《想い》が、ムーちゃんに託された前任者の《想い》と、以心伝心に繋がっていた件だ。


「なるほど……糸なだけに、すべての謎が解けたよ」


赤頭巾との戦闘でグレーテルが放った強力無比な《咆哮砲》――それによって中破したヌイグルミ。

前の持ち主が施したと思われる繊細な《童術の糸》――内外部から破壊されてしまった要因。

グレーテルが打ち明けた昨日の出来事を聞き、すべての点が一本の線として繋がったようだ。


「ヌイグルミに、童術の発動を〝制限〟されていたというわけか……」


包帯でグルグル巻きにされたムーちゃんを眺めながら、祖母が静かに話をまとめていく。


「まず、《童術の糸》が内側から切断された原因……それは紛れもなくグレーテルの《想い》じゃ。

 森林を吹き飛ばしたという《咆哮砲》こそ、まさに彼女の《童術》で、想いが〝カタチ〟となっ

 て解放された瞬間だの。そしておそらく、過去にも何回か童術を発動していたに違いない。なぜ

 なら、グレーテルの《想い》に呼応して、前任者の《童術》――『素体の硬質化』が、発動して

 いたからじゃ」


祖母が解釈した、グレーテルの《想い》が、前任者の《想い》を引き出していたという現象。

それはつまり……本来ならヌイグルミを通さずとも発動できた《咆哮砲》が、人形と心を通じ合わ

せてしまったがゆえに、素体を通しての発動になっていたということだ。


「グレーテルがヌイグルミと心を通わせたその日から、彼女の《想い》はヌイグルミと共にあった。

《童術》を発動しようとすれば、それにヌイグルミが反応するってほどにね。ただ、前任者が施し

 たと思われる《童術の糸》が、ヌイグルミの保護だけに留まらず、グレーテルの《想い》までも、

 糸の内側に押さえ込んでしまったんじゃ……素体を傷つけたくないという、前任者の強い《童術》

 が、不覚にもグレーテルの童術解放を抑制してしまったんだよ」


「うんうん」と赤頭巾が相槌を打つ。


「グレーテルが今の今までに《童術》を発動できなかったのは、彼女の《想い》が、ヌイグルミの

 内側で解放され、《童術の糸》に吸収されていたからだろう」


グレーテルが知らず知らずのうちに発動していた『素体の硬質化』は、本来《咆哮砲》として解放

するはずだった《想い》が、《童術の糸》に吸収されて発動したものだった。前任者の《童術》を

呼び起こすようなカタチで――


「なるほど~それじゃあ、ヌイグルミが破損したって言うのは」

「前任者の《童術》が弱まったからじゃ。おそらく、お前の放った《童術の弾》が被弾したことで、

《童術の糸》がほつれてしまい、グレーテルの《想い》を抑制できなくなったに違いない。内外部

 からの損傷も、これなら納得がいくよ」


長い間、グレーテルの《想い》を抑制していた《童術の糸》が、赤頭巾の童術で弱体化し、それに

よって本来の《童術》――『咆哮砲』が解放されたことで、ヌイグルミが中破した。そう叙説する

祖母に、赤頭巾が身を乗り出して問いただした。


「それって《童術の糸》が練成できれば、グレーテルちゃんのヌイグルミを治せるって事だよね?」

「もちろんじゃ。前よりかは少しだけ小さくなるが、元の姿に戻せるよ」


祖母の口から「元の姿に戻せる」と聞き、赤頭巾とグレーテルがお互いに顔を見合わせる。


「おばあちゃん……《童術の糸》を練成できるの?」

「私を誰だと思ってるんだい? まあ、前の持ち主ほど繊細な紡糸は練成できないがね。修繕する

 程度の《童術の糸》なら、ちょちょいのちょいさ」


      ☆


ヌイグルミの修復が完了するまでの間、赤頭巾とグレーテルは中庭で雑談に花を咲かせていた。


「へぇ~グレーテルちゃんのお兄ちゃんって、私と同い年なんだ。学校で出会ってたら、

 クラスメイトだったかもしれないね。そういえば、グレーテルちゃん学校は?」


学校に通っていたかどうかを赤頭巾に聞かれ、グレーテルがうつむいた。家庭の事情もあって、

彼女は学校に通えていなかったからだ。


「ゴメンね……嫌なこと聞いちゃったね」


世の中には、学校に通えていない子どもは大勢いる。むしろグレーテルのように、家庭の経済状況

で通えていない子のほうが大半だ。学校については、2年間だけ通学していた兄から、どのような

ところか教えてもらった事がある。たくさんの友達と将来を語り、夢に向かって学んでいく場だと。


「じゃあ、友達は? 友達はいるの?」


グレーテルが左右に首を振る。学校で出会うだろうクラスメイトもいなければ、

同い年くらいの女の子も村にはいなかった。彼女にとっての繋がりはただ一人。

物心が付いた時からいつも一緒だった、兄のヘンゼルだけである。


「寂しくはない?」

「……お兄さまがいるから」

「そっかぁ……仲、いいんだね」


ヘンゼルとグレーテルの仲がいい事を知り、赤頭巾が自身にも兄弟がいることを打ち明けた。


「私にも、お兄ちゃんがいるんだ。もう何年も会ってないんだけどね」


表情が切なくなる。音信不通である兄のことを、思い出しているのだろうか。


「ほんと、どこで何してるんだろ。こんなに可愛い妹が待ってるのに」


赤頭巾が少し投げやりで自賛する。もしかしたら、彼女もまたグレーテルと同じように、

兄の事が大好きなのかもしれない。ヘンゼルとグレーテルの仲を、赤頭巾が羨ましそうに思うのも、

自身の過去に、仲が良かった時があったからだと見える。


兄の話題でより親密になったのか、赤頭巾がもじもじと、とある話を切り出した。


「あの、さぁ……その。私と、友達になってくれない? わ、私も……実は友達がいないんだよね。

 ははは……ダメかな?」


グレーテルに友達がいないことを知るも、彼女にはヘンゼルという兄がいた。

陽気で明るくて天真爛漫な赤頭巾に、友達がいなかったことは意外だが、

こちらには兄がいなかった。


「えと、その……」


友達がいない事があたり前だったから、グレーテルは友達が欲しいと思ったことがなかった。

大好きな兄さえいてくれれば、それだけで幸せだったし、それだけで充分に満ち足りていた。

だから、赤頭巾の『友達になってほしい』と言う言葉に、どう答えたらいいのかが分からず、

シドロモドロになる。


「ううう……ダメ?」


赤頭巾がオロオロと上目遣いで畳み掛ける。彼女とは成り行きだったとはいえ、一度は拳を交えた

戦友だ。ヌイグルミの修復も、彼女にホームへ誘ってもらわなければ、治らなかったかもしれない。

それに……兄と会えない赤頭巾の気持ちは、同じく兄を持つ身として痛いほどによく分かる。


「……わたしで、よければ」

「ほんと!? 本当に友達になってくれるの! 夢じゃないよね。いてて……」


悪い人では……ないと思う。だって、自分の頬を自分でつねっている人なんて、初めて見たからだ。


「じゃあ、改めまして。よろしくねグレーテルちゃん」

「……よろしくお願いします」

「にしし……なんか恥ずかしいね」


ぎこちない会話を繰り返す二人に、別れの時間がやってくる。ヌイグルミの修復が完了したと、

家の窓辺から祖母のお告げがあったからだ。


「ねえ、今度はグレーテルちゃんの『ホーム』に遊びに行ってもいい?」


グレーテルがコクリと頷く。兄や魔女にも〝友達として〟紹介する必要があるからだ。それに、

きちんとお礼もしたい。大したことはできないが、赤頭巾の喜びそうなことで歓迎できればと思う。


「……うん」


      ☆


ホーム『魔女の家』に戻ったのは、日が暮れ始めた頃だった。

先に夕食の準備に取りかかっていた魔女が、白鳥の帰還でグレーテルを家へと迎え入れる。


「随分と遅かったじゃないか。心配したよ」


いくら道案内兼、追跡用に使い魔を同行させているとはいえ、黒い森の一人歩きは危険だ。

争奪戦にでも巻き込まれたら、たまったものじゃない。ましてや、ヌイグルミが破損している状態

だ。グレーテルを守る術は無いに等しいのだから。


「何か良い事でもあったのかい?」


グレーテルの表情から喜事(きごと)があったことを読み取り、魔女が不思議そうに訊ねた。


「おばあさま、見てください……」

「む! これは……いったいどうしたと言うんじゃ? ヌイグルミがすっかりと元通りではないか」


あれほど困難を極めたヌイグルミの修繕が、たったの半日で元の状態に戻っていることに、魔女が

素頓狂(すっとんきょう)な声をあげた。


「とにかく中にお入り。森の中で何があったのか、話を聞かせておくれ」


夕食はタマネギを短冊切りにし、塩・コショウで味付けして煮込んだ、ツヴィーベルズッペという

スープ料理だった。あまり温かい食事を取らないドイツでは、とても珍しいことだが、グレーテル

が作れる料理には限りがあった。母親から教わったアイントプフに、乳製品が手に入った時だけの

クリームシチュー。大根の葉っぱをコンソメで味付けしたものだど、基本的にスープ料理しか教わ

っていない。そのため、だいたいがスープ料理に偏っていた。


「ほほぅ~私の知らない民謡伝承者が、治してくれたと言うのかい」


薬草を摘みに行った花園で赤頭巾と出会い、宿主なら修繕できるかもと言われ、彼女の『ホーム』

へとお邪魔した。時間にして1時間ほどだろうか。あれほどボロボロだったヌイグルミは、祖母

の手によって見事に元の姿を取り戻し、さらにヌイグルミの修復を通して、赤頭巾という女の子

とも友達になれたことを、グレーテルが一生懸命に報告する。


「どうりで糸が通らないわけだよ。縫い代に《童術》が使われていたなんてねぇ……たまげたわい」

「おばあさん。昨日から気になってたんだけど……《童術》っていったい何なの?」


静かに夕食を取っていたヘンゼルが魔女に質問する。妹の大切なヌイグルミが奇跡的に治った事は、

兄としても喜ばしいことで安堵したが、グレーテルとの(わだかま)りは、今だ残ったままである。

魔女と妹の会話に加わることで、少しでもグレーテルとの対話を設けたかった。


魔女がカップに注いだハーブティーを啜り、ヘンゼルの質問に耳を傾ける。


「ふむ……《童術》については〝その時〟が来れば、詳しく説明してあげよう。今はまだ、

『想いをカタチにすること』――だとだけ覚えてくれてればよい。なーに、お前達の事だ。

 すぐに〝その時〟はやってくるよ」


夕食後。兄妹は風呂に入り、魔女に就寝の旨を伝え寝室へと向かった。


グレーテルが、ラウンドスリップにドロワースという、いつもの寝間着姿でベッドに入る。

修繕されたばかりのムーちゃんを大事に抱えて――


「ぐ、グレーテル……その、この前の件なんだけど……」


ヘンゼルが先に床へ就いた妹に話をもちかける。内容は、もちろん自身が起こした愚行だ。


「お兄さま……今日はお月さまが綺麗ですね。おとぎ話の続き、読んでくれますか?」


ランプも何も無い実家の寝室では、お月さまの綺麗な夜にだけ、兄がおとぎ話の本を

読み聞かせてくれた。窓から覗き込む、月明かりだけを頼りに。そしてグレーテルは、

ヘンゼルが読んでくれる、そんなおとぎ話が大好きだった。


「グレーテル、僕のことを見損なったんじゃないのかい? 口先ばかりで無力な僕を」

「お兄さまは、お兄さまが思っている以上に、お兄さまです」


青白く差し込む月明の中、グレーテルがきっぱりと言い放つ。兄はどうしてそんな風に思うのか?

いつだって兄の行動は正しかった。兄の存在がなければ、何一つできなかったのは自分のほうだ。

兄が自分のことをどのように思おうが、自分にとっての兄はただ一人。兄が〝兄〟でいてくれる

だけで、自分は満たされている……これ以上、兄に何を求めるというのか?


「グレーテル……例えが、よく分かんないよ」


妹に涙を見せまいと、ヘンゼルがグレーテルから顔を逸らす。彼女が自分のことを〝真っ直ぐに〟

見ていてくれたことに涙腺が緩む。最初から一人芝居だったのだ。グレーテルの成長に嫉妬して、

〝兄〟として負けていると思い込んでいた事が間違いだった。彼女は今も昔も変わらず、自分と

いう〝存在〟だけを見ていたんだ……自分の私情なんて関係ない。グレーテルにとって、自分が

いるということだけが重要なのだから。


「グレーテル……ごめん。君は一生懸命に頑張ってただけなのに、僕はひどい事を言ってしまった。

 すごく反省しているよ。だから……こんなお兄ちゃんでも許してくれるかい?」


ヘンゼルが誠意を込めて、グレーテルに陳謝した。

もう二度とグレーテルにひどい事を言わない。神様に誓って断言する。


「ばんじ、きゅうす……ですね」

「この場合、一件落着……かな」


満月が夜空を圧巻し、星々が燦然(さんぜん)と流れる夜。兄妹は久方ぶりに笑い合った。


      ☆


翌朝。兄妹は魔女の一声で外へと飛び出した。

男女の二人組が、ホーム『魔女の家』に侵入したと起こされたからだ。


「ほらね。合ってたでしょ?」

「ふん……下手な鉄砲も、数撃てば当たるってやつか」

「なにそれ。ひっど~い」


ホームを死守するため、先陣を切って飛び出したヘンゼルが、侵入した二人組を見て驚愕する。


「あ、あなた達は……」


そして、兄の後を追うように、中庭へ飛び出したグレーテルも目を疑った。


「やっほー。グレーテルちゃん……約束どおり〝遊びに〟来たよ」


二人組のうち、赤いケープを纏った少女が、グレーテルに手を振った。


そこに立っていたのは、二日前に森の中で争い、昨日〝友達〟になったばかりの女の子だった。

遊びに来るとは言っていたが、この雰囲気は穏やかじゃない。それに――


「こんなところに住んでいたとはな」

「どうして……この場所が……」


二人組のうち、全身黒ずくめの少年が、奥に『魔女の家』を見据えヘンゼルを圧倒した。

いくら『マホウノモリ』が機能していないとはいえ、明らかに〈兄妹〉の居場所を追ってきている。


おそらく、単独での行動を好み、群れるのを嫌う彼が少女と行動を共にしていることに、

少女の手助けがあったのだろう。


「ぼ、僕達の『ホーム』を奪いにきたの?」

「奪う? 人聞きの悪いこと言ってんじゃねぇよ。全てを〝守る〟んだろ? お前の《想い》でよ」

「もしかして……そのために」

「ふん……この場所なら、お前の《想い》が見られる。そう思ったまでだ」


仲間の存在を大切にしたいヘンゼルと、仲間の存在を認めない黒ずくめの少年。

双方の《想い》は、まさに互いの生き様を表している。どちらが正しいかなんて分からない。

確かなことは一つだけ……ここ『黒い森』内において、勝った者が〝絶対〟だということだ。


「そんな顔しないでよ。せっかくの美人顔が台無しだゾ」


状況が飲み込めていないグレーテルに、赤いケープを纏った少女――赤頭巾がクスクスと微笑んだ。


「――っ」


グレーテルがヌイグルミを握り締める。


〝友達〟になったはずなのに、なぜ『ホーム』を奪うような真似をするのか? それとも最初から

これが狙いで近づいてきたのだろうか? いくら考えても、グレーテルには分からなかった。


「いい、グレーテルちゃん? 〝友達でも〟ケンカはするんだよ」

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