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咆哮のグレーテル  作者: 胡桃ヌイ
★第四章 『狼くんと赤頭巾ちゃん』――Kapitel 4:Der Wolf und Rotkäppchen――
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Ⅵ 『赤頭巾』

「大丈夫かい? ツヴェルフ」

「ええ……どうにか」


片膝を突いて地面に屈み込み、苦痛の表情で右腕を押さえたツヴェルフが首肯する。

彼の(かたわ)らには、小柄な教団員ノインと、長身の男エルフが駆けつけていた。


「それよりも『ローレライ』が……」


教団が『被験体』の管理に使用している小型端末機。黒い森で生活する子ども達の活動記録や

生体反応など、実に様々な情報を転送反映させる優れた管理装置だ。しかし突然の警鐘に加え、

画面内に表示されていた〝正体不明〟の瞬間ロマン値が一気に上昇したことで、タブレットは

耐久限界を大幅に超え、熱膨張による爆燃を引き起こしてしまった。


「ええい! 本当に発生場所に間違いはないんだな?」

「はい。《民謡伝術》から基線解析を行ったところ、ロマン周波の反応は

【東ブロック0893区D地点】現在、要保護認定の4人が交戦中の場所で間違いありません」


再三に渡る監察班長からの(うかが)いに、ツェーンが至極(しごく)冷静に答えた。

教団の最高技術である《民謡伝術》――『幸遺伝子』を持つ被験体から集めた〝想い〟を基に

研究開発を経て、ようやく生み出された『擬似能力』だ。それ故に、子ども達の想いに逆探知

をかけ、発信源を割り出す作業など、彼女にとって造作も無いことだった。ただ……しかしだ。


「それなら何故、発生者が特定できないのだ! 4人のうちの誰かではないのか!?」

「落ち着いてくださいアハト様……その件に関してもただいま追跡中です」


ツェーンが自身の持つ広大なネットワークと、教団の最高技術を最大限に活用して、

未だ特定できない発生者の解析を急ぐ。発生場所は掴めているのに肝心の発生者が分からない。

こんな事案は初めてだ。冷静さを保つ彼女ですら苛立ちを覚え始めていた。


「とにかくだ! D地点に居合わせていた4人を徹底的に調査するのだ!」


アハトと呼ばれた監察班長が他の教団員に指示を飛ばす。班の指揮を任されている以上、

要領を得ていない報告はできないからだ。何としてでも発生者を弾き出す必要があった。


      ☆


生い茂った木々が幾重(いくえ)にも重なって出来た、トンネルのような並木道。

両脇には木漏れ日を受けて、瑞々しく育った草花が、トンネルの奥まで咲き誇っている。

森の中でも一際(ひときわ)美しい花が摘めるという、女の子達の憧れ、花園への入口だ。


「もー。狼くんたら……いつもいつも一人で行っちゃうんだから」


そんなアーチ状の道のりを、少女が一人プンプンと頬を膨らませて歩いていく。

少女の名は赤頭巾。お気に入りの赤いケープを身に纏い、蜂蜜色の金髪を左右で二つ結びにした、

活発的な女の子だ。〈兄妹〉との一戦から一夜が明けた翌日の午後。赤頭巾は家に花をあしらうため、

片手にランチバスケットを携えて花庭へと向かっていた。


「ほんと男の子って分かんない」


赤頭巾が狼に対して不満を募らせる。どうして彼は、一人でいることに固執しているのだろうか。

なにゆえに、仲間の存在を否定するのだろう。昨日だってそうだった。〈兄妹〉との一戦後、

一緒にお昼ご飯を食べようと、勇気を出して誘ったのに、彼からの返答は『そんな気分じゃない』

の一言だけ。それどころか自分に見向きすらしないで、早々に森の中へと立ち去って行ったのだ。


「こうなったら……もっともっともーっと美味しいお菓子を作って、絶対に見返してやるんだから。

 それで『赤頭巾。俺はお前の作るお菓子がもっと食べたい』トカナントカって展開に……えへへ

 ……これはこれで、想いがカタチになっちゃうかも」


恋する乙女のごとく、赤頭巾が身も心もルンルンと弾ませる。つい先ほどまで愚痴っていた不満は、

いったい何だったのだろうか。沈んでいた気持ちを一気に明るくした彼女は、踊るようなしぐさで、

トンネルの下を通り抜けていった。


「うわぁ~いい香り」


トンネルを抜けた先は楽園だった。赤や黄色、白や紫といった色とりどりの花弁が、まばらに立ち

並んだ樹木の隙間を、色鮮やかに埋め尽くし、辺り一面が、蜜源植物と思われる芳香で満ちていた。


アガパンサスにハナビシソウ、パンドレアにビスカリア……奥に咲いているのはアルストロメリア

だろう。眼前に広がる花の絨毯(じゅうたん)を眺めて、赤頭巾のテンションが最高潮になる。


「あれ? あの子は……」


赤頭巾が先に花庭に着いていた先客に気づき、遠くからその姿を見つめた。

先客は草花に紛れて、黙々と花を摘んでいた。白い三角巾にエプロンの付いたジャンパースカート。

ダリアにも負けないくらい美しい、ワインレッドのロングヘアー。130cmとちょっとしかない

小柄な身体に、背中に背負った真っ白い羊のヌイグルミ。赤頭巾が出会った子ども達の中で、その

先客はつい先日戦ったばかりの女の子だった。


      ☆


グレーテルは魔女のお使いで、薬草が採れるという花園へ、白鳥と共に出向いていた。

傷ついてボロボロになったムーちゃんを置いていくわけにもいかず、彼女の背中には、グルグルと

包帯巻きにされたヌイグルミが担がれている。自身の武器でもあり、相棒でもあったムーちゃんが

こうなってしまった以上、グレーテルにできることは限られていた。


【いいかいグレーテル? 縁がゆるく割れた、薄緑の葉を探してくるんじゃよ】


グレーテルが魔女に頼まれたハーブを探しては摘み、探しては摘んでいく。よもや黒い森の中に、

こんなにも綺麗な場所があったなんて驚きだ。彼女の表情に恍惚の色が浮かんでいる。


「こんどはお兄さまも一緒に……」


草花でいっぱいになったバスケットを抱えて、グレーテルが立ち上がったときだった。


「えっと……グレーテルちゃん。だっけ?」


不意に声をかけられて、身体がビクッとなる。うっとりと作業に勤しんでいたために、人がいた

ことに気がつかなかったようだ。グレーテルが声の聞こえたほうへと顔を向ける。


「えへへ……こんにちわ」


そこに立っていたのは、サロペットの上から赤いケープを羽織った、ひどく愛くるしい少女だった。


「――っ!」


グレーテルが少女の姿を見るや用心して飛び退いた。


「も~そんなに警戒されると傷ついちゃうよ……心配しないで。私もお花を摘みに来ただけだから」


警戒して身構えるグレーテルに、少女が敵意がないことを自己開示する。


「こうやって二人だけで話すのは初めてだね。ホームはここから近いの? 私の住んでるホームも

 ここの近くなんだぁ……ここの花園は珍しい草花が摘めるからね~天気の良い日なんて最高だよ」


少女は近くに咲いていた、アルケミラ・モーリスの葉を一枚ちぎって、


「お花にくわしいの? これってハーブだよね?」


先ほどまでグレーテルが摘んでいた薬草を光に照らした。


「……おばあさまに頼まれて」


ようやく警戒心を解いたグレーテルが、少女の名前を思い出しながら答える。たしか、赤頭巾って

呼ばれていたような……。


「そっか~私もよくハーブを摘んで帰るよ。主に香料として使っていて、これがまた、いい匂いが

 するんだよね~獲物の追跡時に使えって、おじいちゃんが教えてくれたの」


そう言って赤頭巾が、薬草の香りを嗅いだ。


「ところで……そのヌイグルミなんだけど……」


赤頭巾がグレーテルの背中にあるヌイグルミを指摘する。

遠目から見ても白い布が包帯だと分かったが、まさか昨日の一戦で、ここまで損傷していたとは

思わなかった。成り行きだったとはいえ、自身の放った銃弾に破損の原因はある。許してもらえ

るかは分からないが、ここで会ったのも仲直りの兆しなのかもしれない。赤頭巾が切なげな表情

になってグレーテルに陳謝した。


「私のせいだよね……ごめんね」


赤頭巾に謝られて、グレーテルが首を左右に振った。彼女は何も悪くなんかない。ムーちゃんを

武器として使っているのは自分自身だし、争奪戦という生きるか死ぬかの戦いで、お互いに技を

ぶつけ合うことは仕方のないことだ。それに元はといえば、彼女の銃弾を避けれずに、盾として

ヌイグルミを酷使した、自身が招いた結果でもある。だから彼女に謝られる必要なんてなかった。


「でも……すっごくボロボロだよ。治るの?」


素人目で見ても、修復は不可能だと思われる有様だ。いくら気にするなと言われても、罪悪感を

感じないわけにはいかない。修繕の見込みは立っているのだろうか。赤頭巾が心配して質問する。


グレーテルは同じように首を左右に振って、修繕が困難なことを赤頭巾に打ち明けた。


「う~ん。糸が通らないヌイグルミかぁ……普通ではないと思っていたけど、そんな不思議な話、

 聞いたことがないよ……どんな素材で作られているんだろう」


赤頭巾が腕を組んで空を仰ぎ、悩みに悩んで解決の糸口を探る。そして何かに閃いたのか、急に

顔を明るくして、グレーテルに一つの提案を持ちかけた。


「そうだ! よかったら今から家に来ない? おばあちゃんなら、そのヌイグルミを治せるかも!」


突然の『ホーム』への招待と、ヌイグルミが治るかもという赤頭巾からの申し出に、

グレーテルの灰眼がキラキラと輝く。


「私のおばあちゃん、民謡伝承者っていう凄い人なんだ。おばあちゃんならきっと

 何とかしてくれる。裁縫だってすっごく上手なんだよ」


赤頭巾が身振り手振りで自身の祖母を熱く語り、グレーテルに家に来るよう促した。


「にしし……ヌイグルミ、治るといいね」

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