Ⅵ 『赤頭巾』
「大丈夫かい? ツヴェルフ」
「ええ……どうにか」
片膝を突いて地面に屈み込み、苦痛の表情で右腕を押さえたツヴェルフが首肯する。
彼の傍らには、小柄な教団員ノインと、長身の男エルフが駆けつけていた。
「それよりも『ローレライ』が……」
教団が『被験体』の管理に使用している小型端末機。黒い森で生活する子ども達の活動記録や
生体反応など、実に様々な情報を転送反映させる優れた管理装置だ。しかし突然の警鐘に加え、
画面内に表示されていた〝正体不明〟の瞬間ロマン値が一気に上昇したことで、タブレットは
耐久限界を大幅に超え、熱膨張による爆燃を引き起こしてしまった。
「ええい! 本当に発生場所に間違いはないんだな?」
「はい。《民謡伝術》から基線解析を行ったところ、ロマン周波の反応は
【東ブロック0893区D地点】現在、要保護認定の4人が交戦中の場所で間違いありません」
再三に渡る監察班長からの伺いに、ツェーンが至極冷静に答えた。
教団の最高技術である《民謡伝術》――『幸遺伝子』を持つ被験体から集めた〝想い〟を基に
研究開発を経て、ようやく生み出された『擬似能力』だ。それ故に、子ども達の想いに逆探知
をかけ、発信源を割り出す作業など、彼女にとって造作も無いことだった。ただ……しかしだ。
「それなら何故、発生者が特定できないのだ! 4人のうちの誰かではないのか!?」
「落ち着いてくださいアハト様……その件に関してもただいま追跡中です」
ツェーンが自身の持つ広大なネットワークと、教団の最高技術を最大限に活用して、
未だ特定できない発生者の解析を急ぐ。発生場所は掴めているのに肝心の発生者が分からない。
こんな事案は初めてだ。冷静さを保つ彼女ですら苛立ちを覚え始めていた。
「とにかくだ! D地点に居合わせていた4人を徹底的に調査するのだ!」
アハトと呼ばれた監察班長が他の教団員に指示を飛ばす。班の指揮を任されている以上、
要領を得ていない報告はできないからだ。何としてでも発生者を弾き出す必要があった。
☆
生い茂った木々が幾重にも重なって出来た、トンネルのような並木道。
両脇には木漏れ日を受けて、瑞々しく育った草花が、トンネルの奥まで咲き誇っている。
森の中でも一際美しい花が摘めるという、女の子達の憧れ、花園への入口だ。
「もー。狼くんたら……いつもいつも一人で行っちゃうんだから」
そんなアーチ状の道のりを、少女が一人プンプンと頬を膨らませて歩いていく。
少女の名は赤頭巾。お気に入りの赤いケープを身に纏い、蜂蜜色の金髪を左右で二つ結びにした、
活発的な女の子だ。〈兄妹〉との一戦から一夜が明けた翌日の午後。赤頭巾は家に花をあしらうため、
片手にランチバスケットを携えて花庭へと向かっていた。
「ほんと男の子って分かんない」
赤頭巾が狼に対して不満を募らせる。どうして彼は、一人でいることに固執しているのだろうか。
なにゆえに、仲間の存在を否定するのだろう。昨日だってそうだった。〈兄妹〉との一戦後、
一緒にお昼ご飯を食べようと、勇気を出して誘ったのに、彼からの返答は『そんな気分じゃない』
の一言だけ。それどころか自分に見向きすらしないで、早々に森の中へと立ち去って行ったのだ。
「こうなったら……もっともっともーっと美味しいお菓子を作って、絶対に見返してやるんだから。
それで『赤頭巾。俺はお前の作るお菓子がもっと食べたい』トカナントカって展開に……えへへ
……これはこれで、想いがカタチになっちゃうかも」
恋する乙女のごとく、赤頭巾が身も心もルンルンと弾ませる。つい先ほどまで愚痴っていた不満は、
いったい何だったのだろうか。沈んでいた気持ちを一気に明るくした彼女は、踊るようなしぐさで、
トンネルの下を通り抜けていった。
「うわぁ~いい香り」
トンネルを抜けた先は楽園だった。赤や黄色、白や紫といった色とりどりの花弁が、まばらに立ち
並んだ樹木の隙間を、色鮮やかに埋め尽くし、辺り一面が、蜜源植物と思われる芳香で満ちていた。
アガパンサスにハナビシソウ、パンドレアにビスカリア……奥に咲いているのはアルストロメリア
だろう。眼前に広がる花の絨毯を眺めて、赤頭巾のテンションが最高潮になる。
「あれ? あの子は……」
赤頭巾が先に花庭に着いていた先客に気づき、遠くからその姿を見つめた。
先客は草花に紛れて、黙々と花を摘んでいた。白い三角巾にエプロンの付いたジャンパースカート。
ダリアにも負けないくらい美しい、ワインレッドのロングヘアー。130cmとちょっとしかない
小柄な身体に、背中に背負った真っ白い羊のヌイグルミ。赤頭巾が出会った子ども達の中で、その
先客はつい先日戦ったばかりの女の子だった。
☆
グレーテルは魔女のお使いで、薬草が採れるという花園へ、白鳥と共に出向いていた。
傷ついてボロボロになったムーちゃんを置いていくわけにもいかず、彼女の背中には、グルグルと
包帯巻きにされたヌイグルミが担がれている。自身の武器でもあり、相棒でもあったムーちゃんが
こうなってしまった以上、グレーテルにできることは限られていた。
【いいかいグレーテル? 縁がゆるく割れた、薄緑の葉を探してくるんじゃよ】
グレーテルが魔女に頼まれたハーブを探しては摘み、探しては摘んでいく。よもや黒い森の中に、
こんなにも綺麗な場所があったなんて驚きだ。彼女の表情に恍惚の色が浮かんでいる。
「こんどはお兄さまも一緒に……」
草花でいっぱいになったバスケットを抱えて、グレーテルが立ち上がったときだった。
「えっと……グレーテルちゃん。だっけ?」
不意に声をかけられて、身体がビクッとなる。うっとりと作業に勤しんでいたために、人がいた
ことに気がつかなかったようだ。グレーテルが声の聞こえたほうへと顔を向ける。
「えへへ……こんにちわ」
そこに立っていたのは、サロペットの上から赤いケープを羽織った、ひどく愛くるしい少女だった。
「――っ!」
グレーテルが少女の姿を見るや用心して飛び退いた。
「も~そんなに警戒されると傷ついちゃうよ……心配しないで。私もお花を摘みに来ただけだから」
警戒して身構えるグレーテルに、少女が敵意がないことを自己開示する。
「こうやって二人だけで話すのは初めてだね。ホームはここから近いの? 私の住んでるホームも
ここの近くなんだぁ……ここの花園は珍しい草花が摘めるからね~天気の良い日なんて最高だよ」
少女は近くに咲いていた、アルケミラ・モーリスの葉を一枚ちぎって、
「お花にくわしいの? これってハーブだよね?」
先ほどまでグレーテルが摘んでいた薬草を光に照らした。
「……おばあさまに頼まれて」
ようやく警戒心を解いたグレーテルが、少女の名前を思い出しながら答える。たしか、赤頭巾って
呼ばれていたような……。
「そっか~私もよくハーブを摘んで帰るよ。主に香料として使っていて、これがまた、いい匂いが
するんだよね~獲物の追跡時に使えって、おじいちゃんが教えてくれたの」
そう言って赤頭巾が、薬草の香りを嗅いだ。
「ところで……そのヌイグルミなんだけど……」
赤頭巾がグレーテルの背中にあるヌイグルミを指摘する。
遠目から見ても白い布が包帯だと分かったが、まさか昨日の一戦で、ここまで損傷していたとは
思わなかった。成り行きだったとはいえ、自身の放った銃弾に破損の原因はある。許してもらえ
るかは分からないが、ここで会ったのも仲直りの兆しなのかもしれない。赤頭巾が切なげな表情
になってグレーテルに陳謝した。
「私のせいだよね……ごめんね」
赤頭巾に謝られて、グレーテルが首を左右に振った。彼女は何も悪くなんかない。ムーちゃんを
武器として使っているのは自分自身だし、争奪戦という生きるか死ぬかの戦いで、お互いに技を
ぶつけ合うことは仕方のないことだ。それに元はといえば、彼女の銃弾を避けれずに、盾として
ヌイグルミを酷使した、自身が招いた結果でもある。だから彼女に謝られる必要なんてなかった。
「でも……すっごくボロボロだよ。治るの?」
素人目で見ても、修復は不可能だと思われる有様だ。いくら気にするなと言われても、罪悪感を
感じないわけにはいかない。修繕の見込みは立っているのだろうか。赤頭巾が心配して質問する。
グレーテルは同じように首を左右に振って、修繕が困難なことを赤頭巾に打ち明けた。
「う~ん。糸が通らないヌイグルミかぁ……普通ではないと思っていたけど、そんな不思議な話、
聞いたことがないよ……どんな素材で作られているんだろう」
赤頭巾が腕を組んで空を仰ぎ、悩みに悩んで解決の糸口を探る。そして何かに閃いたのか、急に
顔を明るくして、グレーテルに一つの提案を持ちかけた。
「そうだ! よかったら今から家に来ない? おばあちゃんなら、そのヌイグルミを治せるかも!」
突然の『ホーム』への招待と、ヌイグルミが治るかもという赤頭巾からの申し出に、
グレーテルの灰眼がキラキラと輝く。
「私のおばあちゃん、民謡伝承者っていう凄い人なんだ。おばあちゃんならきっと
何とかしてくれる。裁縫だってすっごく上手なんだよ」
赤頭巾が身振り手振りで自身の祖母を熱く語り、グレーテルに家に来るよう促した。
「にしし……ヌイグルミ、治るといいね」




