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咆哮のグレーテル  作者: 胡桃ヌイ
★第四章 『狼くんと赤頭巾ちゃん』――Kapitel 4:Der Wolf und Rotkäppchen――
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Ⅲ 『衝突』

『黒い森』の深奥(しんおう)にある、暗く人気(ひとけ)のない景勝地。緑の魔境とも

神々の箱庭とも呼ばれるその場所に、ロマン主義教団『クレメンス』の本部は置かれていた。


「君の連れてきた被験体が、まさかグリムの遺志を引き継いでいたとはね」


4階建ての朽ち果てた西洋館。教団の中でも、限られた者だけが立ち入りを許可されている一室で、

眼鏡をかけた耽美的な青年が本を片手に進言する。


「我らが主、クレメンスが引き起こした惨劇の中に、幼い兄妹がいた……〝奴ら〟がもし二人への

 接触を図っていたとすると……〝第8版〟にあたるあの〈兄妹〉が覚醒したのも頷ける」


組織の参謀を務める男ドライが、対面に座るシルバーブロンドの青年に述懐(じゅっかい)した。


「なるほどね。犠牲になった子ども達の遺伝子に〝幸望欲〟を刻み込んだ……ということか」

「ああ。度重なる編纂・削除という過程の末、第8版にして、ようやく〝その遺伝子〟を

 呼び起こしたことになる」

「輪廻転生・永劫回帰・六道四生……呼び方は様々だが、どうやら『エーレンベルク草稿』の噂は

 本当らしいね」


片手に持った本を1ページ捲り、青年が妖艶な笑みを浮かべる。


「46編からなるロマン派詩人の集大成――『グリムの仔達』が生まれる起点となった書物だな」


アンティーク調の紅いソファーに深く腰をかけ、参謀ドライが忌々しく語った。


「まったくだね。世間一般には、エルザスのエーレンベルク修道院で発見されたとされているけど、

 実際には何も書かれていない、ただの羊毛紙だったというじゃないか」

「ふん……あれを欲しているのは我々だけではないということだ。全ての物語を書き換えることが

 出来る、唯一無二の代物だからな。簡単には手に入るまい」

「やれやれ……まさに〝幻稿〟というわけだ」


青年が書籍に目を落としたまま、眼鏡のブリッジを中指でクイッと上げる。

そして、直後に鳴り出した電子音にドライが反応し、粒子状の端末機『ローレライ』を起動した。


『ドライ様。グリムの仔達同士による結びつきが発生し、戦闘シークエンスに移行した模様です』


閑散とした室内に女性の声が響き渡り、ドライが端末機を通して伝達に応じた。


「ほう……思っていたよりも随分と早い接触だったな。これも結びつきの効果というわけか」

『ええ。それで、介入のほうはいかがいたしましょう? 4人とも要保護認定の被験体です。

 とくにナンバー【KHM05/0215/R】は、物語の完成が間近に迫っています』

「介入の必要はないよツェーン。僕の連れてきた〈黒い影〉が、負けるなんてことはないからね。

 そのまま争奪戦の様子を見守っていてはくれないか?」


端末機と会話するドライに代わって、青年が読書の姿勢を崩さずに話しかける。


『ツ、ツヴァイ副長。隣にいらしたのですか!? 突然の連絡、申し訳ありません!』

「そんなに(かしこ)まる必要はないよ。君が優秀だってことはドライから聞いている。

 迅速な報告はその証だ。続けたまえ」


ツヴァイと呼ばれた青年が縮退するツェーンを後援し、早速の報告を上機嫌で褒め称えた。


『もったいないお言葉、光栄であります。仰せの通り、我々の介入はなしの方向で

 監視にあたります。よろしいでしょうかドライ様?』

「始めからそのつもりだ。消え行く物語に興味などない……たとえ幸遺伝子の発生者だろうと、

 物語の完成に至らないのであれば切り捨てても構わん」

『承知いたしました。他のメンバーにも伝えておきます』

「ああ……任せたぞ」


ツェーンからの通信が途切れ、ドライが宙に浮かんだタブレットを雲散させる。


「本当によかったのかい? 君にしては思い入れのある作品だったんだろう?」

「ふん。冗談はよせツヴァイ……被験体は被験体。物語の創造以外に価値などあるものか」


〈兄妹〉へ対する特別な感情を指摘され、ドライが否定するよう吐き捨てた。


「それに……物語の醍醐味と言えば、誰もが想像していなかった〝奇跡〟の瞬間だ。あいつらの

 想いが本物かどうか、この戦いではっきりする」


      ☆


強烈な一撃を顔面に喰らい、ヘンゼルが草原の上を転がった。

鉄の味が口の中いっぱいに染み込み、唾液と共にたまらず排出する。


「おいおい……いつまで守りに徹するつもりだ? 反撃してこいよ」


草むらに横たわり嘔吐を繰り返すヘンゼルを見下ろして、狼が物足りなさそうに焚きつける。


「お兄さまっ」


ヘンゼルと切り離され、赤頭巾と対峙していたグレーテルが兄の元へと走り出す。


「あ! ちょっと!!」


自身を無視して駆け出したグレーテルを止めるべく、赤頭巾が透かさず彼女の前に回りこむ。

そして両手を広げて、グレーテルの道先を通せんぼの格好で妨げた。


「行かせないよ……狼くんに任されたんだから」

「そこを……どいてください」


片手にヌイグルミを引っ下げたグレーテルが、行く手を阻む可憐な少女を睨みつける。赤頭巾も

それに負けじとグレーテルを睨み返し、二人の間でバチバチと火花が弾け飛んだ。


長い沈黙を破り最初に動いたのはグレーテルだった。地面を蹴って急駛(きゅうし)し、

お得意の薙ぎ払いで赤頭巾を打倒する。


「――っ! 何なのそのヌイグルミ!? 可愛いのにものっすごく痛いんだけど!?」


グレーテルの振り回したヌイグルミに合わせ、赤頭巾がランチバスケットを振り回して相殺する。

一撃離脱を狙っていたグレーテルは弾かれた勢いでバランスを崩し、驚いた様子でヌイグルミを

握り直した。


「三豚さんを倒したって聞いたけど……もしかして、本当だったりする?」


コクリ。グレーテルが大きく頷いて、再び赤頭巾に攻撃を仕掛けた。


「いやー! ムリムリムリ。ムリだってばー!!」


容赦なくヌイグルミを振り回すグレーテルから、赤頭巾が逃げ惑う。

狼とヘンゼルが戦っているすぐ側で、ちょっとした追いかけっこが展開されていた。


「何をやってるんだあいつは……」


草原の中を駆け回る赤頭巾の姿を眺めて、狼が唖然とした表情でその行方を追った。


「くっ!」


その隙を狙ったかのように、ヘンゼルが反撃に出る。狼への間合いを急接近で詰め、

余所見をしている彼の膝裏に渾身の一蹴りを放った。


「ったく……今までよく生きてこられたな」


ヘンゼルの攻撃を受けたにもかかわらず、狼は平然とした態度で赤頭巾の様子を見続けていた。


「そんな……この前の大きい子には効いたのに……」


〈三匹の子豚〉戦で見せた、長男への膝裏蹴り――初撃にグレーテルの一撃があったとはいえ、

あの巨体に膝を着かしたのは間違いなかったはずだ。どんなに身体を鍛えようとも、膝裏にまでは

筋肉のつけようがない。そう思っていた矢先の出来事にヘンゼルが減退する。


「もー! そんな危ないものをブンブン振り回して。お姉さん、怒っちゃうゾ!」


追いかけっこをしていた赤頭巾が急に立ち止まって振り向き、

手に持っていたランチバスケットを草むらの上に投げ出した。


「悪い子には……眉間に風穴、開けちゃうんだからっ!」


そして拳銃に見立てた右手をグレーテルに突きつけ、前方に幾何学的な赤色の魔方円を出現させる。


「あの光は……!」


ヘンゼルは赤頭巾が出現させた魔方円に見覚えがあった。

村の広場で羊飼いが若い青年を宙に浮かせた際に見せた、あの青い魔方円にそっくりだったからだ。


「《童術・鶏銃ケプフェレ!》」


赤頭巾が目の前の魔方円に両手を射しこみ、光輪の中から2丁の片手銃を取り出した。

拳銃は戦術的な改造が施された『タクティカルリボルバー』と呼ばれる回転式拳銃で、

彼女には重々しい黒メッキ色だ。


通常の回転式拳銃と違うのは、銃身であるバレルがスライドとフレーム、上下に分割されたような

形状になっていることだ。一見するとオートマチック拳銃にも見える、近未来的な拳銃である。装

填方式や装弾数は不明だが、どうやら連続射撃を可能にした、リボルバーにあるまじき構造になっ

ている。


弾丸の内径を表す砲身のサイズは38口径、バレル幅は22mm、バレル下に20mmのレイルを装備。各種

アタッチメントの装着も可能になっている。また、シリンダーには赤いリーチ・インジケーターが

刻印されており、残弾一発が瞬時に確認できるよう細かなディテールにも凝っていた。


「拳銃!? 本物だって言うの……?」


赤頭巾の練成したタクティカルリボルバーを見て、ヘンゼルがうろたえる。

もしもあの銃が本物なら、致命傷どころの問題ではない。確実に命を落とす危険性がある。


「心配するな……〝当たりはしない〟」


妹のことが気がかりなヘンゼルを他所に、狼が機械的に答えた。


「えへへ……どう? 凄いでしょ。追いかけられたお返しだよっ!」


赤頭巾がリボルバーを両手に構え、銃口をグレーテルに向ける。

グレーテルはヌイグルミを盾に身を守り、目を瞑ってその衝撃に備えた。


「グレーテル!」


乾いた銃声が森の中に響き渡り、射撃の反動でリボルバーが空を仰ぐ。

いくらムーちゃんが頑丈だと言っても、拳銃の弾丸までは防ぎきれるはずがない。

ヘンゼルが衝動的に妹の名を叫んだ――


「あちゃー。やっぱりダメかぁ……」


赤頭巾が深いため息を吐いて肩をがっくりと落とす。そんな彼女の様子が目に入るよりも先に、

ヘンゼルは妹の無事を確認し、赤頭巾の撃った弾が大きく外れたのだと認識した。


「だから言っただろう……当たりはしないと。あいつの射撃の腕は見ての通りだ」

「ちょっと狼くん! 聞こえてるよ!」


射撃の腕を狼に暴露され、赤頭巾が憤慨の表情で頬を膨らませる。

ガヤガヤと聞こえる声に閉じていた目を開き、グレーテルがヌイグルミの裏から

そっと顔を覗かせた。そして、自身に弾が当たっていないことで赤頭巾の腕前を見極め、

二発目を許さないよう反撃に打って出た。

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