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咆哮のグレーテル  作者: 胡桃ヌイ
★第四章 『狼くんと赤頭巾ちゃん』――Kapitel 4:Der Wolf und Rotkäppchen――
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Ⅱ 『狼』

ホームを飛び出したヘンゼルは、どこかへ向かうわけでもなく、

ただ単に一人になることだけを考えて、薄暗い森の中をほっつき歩いた。


「グレーテルにひどいことを言っちゃったな……」


自身が起こした愚劣な振る舞いを思い返し、罪悪感に(さいな)まれる。

こんな心境は初めてだ。八つ当たりなんかしたこともなかったのに。

どうしてこんなにも、焼き餅を焼いているのだろうか。


グレーテルの成長は、彼女自身が培った努力の賜物だ。妬む理由なんてどこにもない。

それなのに、彼女の成長を心から喜べないのは、妹の伸び(しろ)に比べて、

まるで自分は成長していないと、卑屈になっているからだ。


とくに少年期にある子どもの成長スピードには、目を見張るものがある。

妹の急成長を間近で感じて、ヘンゼルは不安になったに違いない。


「僕は……グレーテルのお兄ちゃんなのに……」


劣等感――兄として妹の模範になるために、

そつなくこなしてきた彼が味わった、初めての感情だった。




それから数分後。ヘンゼルは知らぬ間に森の奥へと入り込んでいたことに気がついた。

頭を悩ましているうちに、結構な距離を歩いていたようだ。

彼の知る『ホーム』領域の森林から、随分と離れてしまっていた。


「そろそろ帰らなきゃ、みんなが心配しちゃう」


何も言わずにホームを後にしたため、昼食の準備をしているグレーテルが捜しに来るかもしれない。

『マホウノモリ』が機能していない現在、二人して『魔女の家』から離れるわけにはいかなかった。

もしも、兄妹が留守の間に『ホーム』を狙われでもしたら、それこそ応戦ができないからだ。


ヘンゼルがきびすを返して、足早に家路へと着こうとした、まさにその時だった。

どこからともなく喚声が聞こえ、森の中に騒音が木霊する。ヘンゼルはその場に足を止めて、

緊張の面持ちで周辺を注視した。


「この近くで……誰かが戦っている……」


      ☆


同日早朝。夜明け前の薄暗いうちから〈狼〉は動き出していた。


「ったく、あの女……何が『寝相は良いほうだよ』だ。寝ながら《童術》を発動する奴があるか」


乱雑に切り揃えられた黒髪を後ろに流し、オールバックに決めた少年がため息交じりで呟く。

昨夜、何か眠れない出来事でもあったのだろうか……少しばかり寝不足の様子である。


彼は『黒い森』で生活する被験体の一人。衣服の着用で普段は確認できないが、右肩表面に

【KHM05/0215/R】の刻標を焼印された十五歳の少年だ。大人びいた外見と落ち着きのある言動から、

森で暮らす子ども達よりも年上に見られることが多く、それゆえに、近寄りがたい雰囲気を

醸し出していた。


また、細身ながら180センチはくだらない長身と、他人を寄せ付けない圧倒的な強さが際立って、

『黒い森』では最強の名を連ねると共に、教団からは物語の完成に〝一番近い〟男と称されていた。


本人は『物語』などという俗物に興味はないが、自分を倒して、名を上げようと挑んでくる輩には、

二度と歯向かう気力を起こさせないよう、徹底的に喰らい尽くすことを自負している。そのためか、

敗北した子ども達の中には、狼のことを(こころよ)く思っていない者も少なからず存在し、

報復の機会を探っているとの噂も広がっていた。


「見つけたぜぇ……くそ野郎」


森の中を不機嫌に歩く狼の前に、棍棒やら果物ナイフを手に持った少年達が現れる。

彼らはそのまま標的を囲むように展開し、狼を八方塞がりへと追い詰めていく。


「懲りないなお前達も」


狼がやれやれと言った表情で肩をすくめ、少年達を見渡した。

ざっと見ただけでも7、8人はいる。どいつもこいつも一度は狼がねじ伏せた者達だ。

毎度のことながら、日を追うごとに人数が増えている。


「今日こそは、仲間の恨み晴らさせてもらうぜ」


草むらに角材を打ち当てて、少年達のリーダーが啖呵を切る。


「ふん……仲間、仲間って、群れないと吠えられないのかお前達は?」

「なんだと……」


数的(すうてき)有利に立ち、我が物顔で虚勢(きょせい)を張る少年を、狼が茶化すように冷笑する。

多勢に無勢だと思われていることも浅はかだが、仲間がいれば強くなれると勘違いしていることが

(かん)(さわ)ったようだ。弱い奴がいくら集まっても、弱い者は弱いままだ。

群れたところで強くなれるわけではない。


「こいよ。寝起きの運動にはちょうどいい」


      ☆


ヘンゼルは木々の開けた草原の中、一人の少年が佇んでいるところに遭遇した。

少年は上から下まで黒色の装束に身を包み、まるで、足元に伸びた影と一体化しているようだった。


〈黒い影〉の周りには数人。いや、数十人の少年達が黒炭と化して地面に倒れている。

勝者と思しき〈黒い影〉は、土壌にひれ伏す敗者達を見下ろして、優雅にそよ風を浴びていた。


「すごい……あの人数を相手に、一人で戦ったって言うの……」


ヘンゼルが木立の側に身を隠し、その様子をのぞき見る。倒れている子ども達の容態から、

あの男がやったのは間違いない。離れていてもピリピリとその強さが身体に伝わってくる。


「おい。そんなところに隠れてないで出てきたらどうだ」


ヘンゼルの存在に気づいていたのか、〈黒い影〉が木立に向かって視線を投げかける。

ヘンゼルは、一瞬この場からの離脱を考えたが、あの男からは逃げられないと踏まえ、

投降する兵士のように木立の側から姿を現した。


昼下がりの森の中。木漏れ日が、二人の少年を包み込む。

けして出会うことのなかった者達が、『結びつき』という名の下に、導かれるように対峙する。


「お前もこいつらの仲間か?」


〈黒い影〉が敵対の意思があるのかをヘンゼルに尋ねる。

本人としては、相手が襲撃者グループの仲間であろうが、偶然にも通りかかっただけだろうが、

どちらでも構わなかった。自分に対して敵意のある奴は、誰であろうと完膚なきまでに

叩き潰せばいいのだから。


「その……僕は……」


中肉中背の男から威圧的に問いかけられ、ヘンゼルが口ごもる。

〈黒い影〉はヘンゼルの様子から、敵ではないと認識したのか、


「そうか。呼び止めてしまって悪かったな」


少しばかり圧力を緩めて陳謝した。


「あ、あの……」


敵ではないと判断され、安心したヘンゼルが口を開く。


「どうすれば……強くなれるんですか?」


同世代の子ども達、数十人が相手でも敵わない実力者。

ヘンゼルが求めて止まない〝強さへの秘訣〟を、この人は持っている。

これ以上グレーテルの負担にならないためにも、強者から教えを(こうむ)りたい。

そんな思いがヘンゼルの心境を圧迫した。


しかし〈黒い影〉から返ってきた言葉は、無残にもヘンゼルの期待を大きく裏切るものだった。


「そんなことを聞いて何になる」

「僕……強くなりたいんです。この森で生き抜くためにも、弱い自分を変えたいんです」

「ふん。お門違いだ……他を当たりな」

「そんな……お願いします。僕、強くならなきゃダメなんです」

「うせろ。話にならない」


〈黒い影〉がヘンゼルの熱意を一蹴する。そして、


「ぐっ……おおか、みぃぃ……があっ!」


狼と呼ばれた〈黒い影〉が、足元で意識のあった少年を踏み潰す。


「見てのとおり、俺は無法者を相手にするので忙しい……弱いなら弱いなりの生き方を探すんだな」


そう言って狼がヘンゼルを突き放し、颯爽と草原の中を後にする。

ヘンゼルはその場で深くうなだれたまま、薫風(くんぷう)に揺れる下草を踏みしめた。


「ん? この感じ……」


ヘンゼルに背を向けて、去り際だった狼が立ち止まる。

そして、どこからともなく現れた白い鳥を目で追ったところ、森の中に幼い少女の声が響き渡った。


「お兄さまっ」


白い鳥を追いかけてきたのか、声の主であろう一人の少女が、

ヌイグルミを背負って草原の中に姿を現した。


「グレーテル……」


ヘンゼルがばつの悪そうな表情で妹を迎える。

おそらくは昼食の時間になっても帰ってこない兄を捜しにきたのだろうが、

今朝(こんちょう)、彼女にひどい八つ当たりをして家を飛び出してきた勝手から、

何を話せばいいのか分からなかった。


「お兄さま……お昼ごはんができました」

「う、うん。すぐに帰るよ……」


朝方のことは気にしていないという素振りで、グレーテルが兄の元にやってくる。

ここまで彼女を案内してきた白鳥も、無防備になっている『ホーム』へと早く帰還したいのか、

兄妹の真上でバサバサと羽音を鳴らして旋回していた。ヘンゼルの居場所を突き止めるために、

少量の魔力で魔女が放った使い魔だ。


「グレーテル、朝のことなんだけど……」

「おい」


ヘンゼルがようやく言葉を見つけて、朝の出来事を謝ろうとした時だった。

グレーテルの登場で、目の色を変えた狼が兄妹を呼び止める。


「〈三匹の子豚〉を知ってるか?」


先ほどまでの様子とは打って変わった狼が、威圧的な態度で兄妹を問い詰める。

ヘンゼルが一人のときには感じなかったが、グレーテルが現れた途端、

明らかに場の空気が変わった。分からないのはその空気を変えたのが、彼女一人によるものなのか、

それとも二人になったことで生み出されたものなのか、ということだ。前者なら脅威とはいえ、

所詮は少女……背丈でも体格でも勝っている狼の敵ではない。しかし、これが後者だった場合、

兄妹の力量は極めて未知数だ。どちらにせよ……今、目の前にいる兄妹から〝強い想い〟が

放たれていることは間違いなかった。


「三豚さん? うん……会ったことはあるけど……」


〈三匹の子豚〉――ホーム『魔女の家』を奪いに来た横暴者。

兄妹が死に物狂いで戦った争奪戦の相手だ。彼らが一体どうしたと言うのか?

ヘンゼルが細々とした口調で答える。


「なるほど。この想いの感じといい、お前達か……あいつらの物語を喰ったのは」


ヘンゼルの返答に確信を持ったのか、狼が兄妹を睨みつけて断言する。


「物語って……あなたはいったい……」


共通の人物を〝通して〟接触した男を前に、ヘンゼルが(ただ)ならぬ空気を感じ取る。

点と点が結びつき、線と線が繋がるような、そんな感覚が身体中を取り巻いていく。


「俺は――」

「いたいた。お~い狼くーん」


男の話を遮るように、別の少女の声が草原の中に入り雑じる。陽気な表情で現れたのは、

赤いケープを肩から羽織り、ブロンドの髪をリンゴ型の留め具で二つ結びにした女の子だった。


少女はランチバスケットを携えて男に近づくなり、


「ちょっと~朝早くにホームを出るなんて聞いてないよ?」

「何時に出ようが俺の勝手だ」

「もう……それじゃあせめて、いってきますくらいは言ってよね」

「お前のホームに住み着いたつもりはない」


兄妹を余所に、あだあだと口論をし始めた。口論? と言うよりかは〈赤いケープの少女〉が、

一方的に煽っていると言ったほうが正解かもしれない。あの威圧的だった狼が辟易としている。


「それにしても……ほんと狼くんって手加減しないんだから」


雑草の上に転がる少年達を見渡して、少女が狼を責め立てる。


「ふん。これでも手加減している」

「そんなことだから友達ができないんだゾ」

「余計なお世話だ。自分の心配でもしてろ」

「うっ……わ、私は別に……友達がいないわけじゃあ……」


あたふたと慌てる少女を横目に、狼が視線を兄妹へと戻した。


「そんなことより、こいつらだ。どうやらこの兄妹が『結びつき』の相手らしい」


狼に言われて〝その存在〟に気づいたのか、少女が彼の背中からひょこっと顔を覗かして、


「え? え!? この子達が三豚さんをやっつけたの!?」


呆然と立ち尽くす兄妹を何度も何度も見比べた。


「小僧。強くなりたいって言ってたな……だったらお前の想い、俺に見せてみろ」


突然の宣戦布告に、ヘンゼルが戸惑いを見せる。結びつき? 何のことなのかさっぱり分からない。

それに、先ほどまでお門違いだと門払いされていたのに、グレーテルが登場したあたりから

様子が変だ。まるで……自分達に興味を持ったかのような雰囲気を醸し出している。


「ちょ、ちょっと待ってください。僕達はあなたと戦う意思は――うっ!」


ヘンゼルが言葉を紡ぐ前に、狼が地面を一蹴りして間合いを詰めてくる。

言葉はいらない。想いを伝えたいなら拳で語れ。そう言わないばかりの形相で――


草原の中に爽快な風が吹き荒れる。

戦闘の意思がないヘンゼルに代わって、グレーテルが兄の前に横入りし、

前方に突き出したヌイグルミで狼の拳を受け止める。


「赤頭巾! こいつはお前に任せる」


狼がヌイグルミを掴み上げ、グレーテルごと少女の方へと投げ飛ばした。


「わ! わっ、私!?」


自身の前に落下したグレーテルと対峙して、赤頭巾と呼ばれた少女がシドロモドロになる。

あくまでもヘンゼルとの個人戦を楽しみたいのか、狼が兄妹を切り離す。


「さてと……どちらの想いが上なのか、はっきりさせてやる」

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