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咆哮のグレーテル  作者: 胡桃ヌイ
★第四章 『狼くんと赤頭巾ちゃん』――Kapitel 4:Der Wolf und Rotkäppchen――
29/81

Ⅰ 『強くあるために』

ホーム『魔女の家』敷地内にて。兄妹は少年二人を相手取り、防衛戦に徹していた。


「ぐっ……」


ヘンゼルが正面から少年一人を迎え撃ち、不規則に放たれた攻撃を受け止める。

襲撃者は『黒い森』で暮らす同年代の子ども達。兄妹の縄張りであるホーム『魔女の家』を奪うため、

早朝、頃合を見計らって争奪戦を仕掛けてきた。


「ホームを渡せぇえええ!」


交戦中の少年が飛び掛るようにヘンゼルを押し倒す。

『ホーム』を奪う側と奪われる側。生死の懸かった争奪戦において、

前者に圧倒的イニシアチブが働いていることは言うまでもなかった。


「お兄さまっ」


片割れの少年(以下、少年B)が放った大振りの右フックを、グレーテルが柳に風と受け流し、

反転を加えた《薙ぎ払い》を、逆に彼の腹部に叩き込んだ。そして、そのまま兄の援護に入るべく、

ヌイグルミを引っ下げて疾駆する。


〈三匹の子豚〉戦と違うのは、兄妹それぞれが、少年一人を受け持って個人戦になっていることだ。

護身術を身につけているグレーテルはともかく、格闘経験が皆無のヘンゼルは、腕力、体力ともに

苦戦を要いられていた。


少年(以下、少年A)がヘンゼルの上に馬乗りになり、死にもの狂いでヘンゼルを何度も殴りつける。

孤立無援である彼らにとって、兄妹のホームを奪うことは、

自分達の命を明日へと繋げることでもあるからだ。


「うっ……ぐっ……」


両手で顔面を防御して、ヘンゼルが歯を食いしばる。〈三匹の子豚〉戦で受けた

〈長男〉の攻撃とはまた違う、形容しがたい〝別の痛み〟が絶え間なく彼の〝精神〟を蝕んでいく。


「――!?」


グレーテルが二人の間を割って乱入する。

ヌイグルミを極限まで引き絞り、兄の上に乗っかっている少年Aを、

水平に展開したフルスイングで薙ぎ払う。羊毛綿の感触とは裏腹に、

鈍器で殴られたような衝撃が少年を襲い、彼は宙に足を浮かせて背面へと吹き飛んだ。


「大丈夫ですか……お兄さま」

「うん……助かったよ、グレーテル」


妹の助太刀もあって、ヘンゼルが身体を起こして立ち上がる。

グレーテルの攻撃を喰らった少年達は、ひとしきりに兄妹を睨み返した後、


「くっ……おぼえてろよ」


二人に暴言を吐き捨てて、森の中へと撤退していった。


ヘンゼルは『ホーム』を死守できたことに、ひとまず安堵の息を吐き、

それと同時に自身の情けなさを嘆いた。


      ☆


朝食後。自室のベッドで横になり、ヘンゼルは無機質な天井を眺めていた。

〈三匹の子豚〉戦から今日で五日。ホーム『魔女の家』は先ほどの襲撃も含め、

ここ数日の間に、二回に(わた)る侵攻制圧を受けていた。


本来ならホーム周辺に『マホウノモリ』と呼ばれる防衛線が張られていて、ホームに近づく侵入者を

幻術で迷わしてくれるのだが、先の戦いで〝匂い〟という盲点を〈長男〉に衝かれてしまい、今現在、

ホーム周辺の森林は、幻術を練り直すため再思三考(さいしさんこう)の最中だった。


宿主である魔女ドロテーアいわく、魔術の再構築には膨大な時間と魔力を費やさねばならず、

最低でも二週間は、魔力を還元する必要があると言う。つまり、現在『マホウノモリ』へ配置されている

数千本の『マギ』から、儀式を行うための魔力を回収するということだ。


常日頃から[1/3]程度の魔力しか保有していない魔女にとって、

『マホウノモリ』へ分配している魔力の回収は絶対。そして、それに伴う防衛線の機能停止で、

一時的とはいえ、ホーム襲撃の危険性が増すということも、加えて念押しされている。

魔力の供給により幻術を発動していた『マギ』が、魔力の消失でその効果を失い、ホーム周辺を防衛する

『マホウノモリ』が、必然と幻術機能を持たない、普通の森林へと変わってしまうからだ。


一回目の襲撃は真夜中にあった。深夜、兄妹が寝静まった後、防衛線を持たない『ホーム』領域に、

奇襲対策にと設置していた〝鈴の音〟がシャリンシャリンと鳴り響いた。

細い糸を森林のいたるところに張り巡らせて、その結び目に、小さな釣鈴を括りつけた

原始的な福音トラップ。その音色が就寝中のヘンゼルを叩き起こしたのだ。


ヘンゼルは単身で中庭へと降りていき、視界の悪い暗闇の中、ホーム周辺に目を凝らした。

願わくば交戦を避けたい……そんな考えが少なからずあった。なぜなら、襲撃者と戦闘になった場合、

ヘンゼルは〝一人〟で戦わないといけなかったからだ。


日中はともかく、時刻は午前一時過ぎ。

規則的な生活リズムで過ごす妹を、真夜中に起こすわけにはいかなかった。

成長過程にある彼女の睡眠を妨げてまで、夜間の戦闘に巻き込むのは酷というものだ。

いくらグレーテルが、兄よりも戦い慣れしているとはいえ、身体は十歳少々の女の子。

無理やり起こして戦わすことに、多少なりと抵抗があった。


結果、ホームを奪おうとした侵入者は、ヘンゼルの姿を発見するや否や、

『魔女の家』を諦めて一目散に退散していった。戦闘にならなかったのは幸いだったが、

争奪戦を仕掛けられていれば、間違いなく苦戦を強いられていた。

そう考えただけで、身体からドッと冷や汗が流れた。妹が側にいないだけで、

こんなにも不安になるのかと。自分一人では『ホーム』を守ることは困難なのかと。


「くっ……」


ヘンゼルが苛立ちを隠せずに歯軋りをする。二回目の襲撃に遭った今日もそうだった。

侵入者の少年は二人で、人数的にも体格的にも互角だったはずなのに、

一対一の個人戦に持ち込まれた途端、相手の勢いにたじたじになり苦戦を許してしまった。

結局、グレーテルが少年二人を叩きのめし、争奪戦に勝利することはできたものの、

彼女の足を引っ張ってしまったことに、ヘンゼルは後味の悪さを感じていた。


〈三匹の子豚〉戦では〈長男〉一人を相手にしていたため、絶妙なコンビネーションで戦うことができたが、

今回のように乱戦ではなく個人戦に持ち込まれると、どうにもヘンゼルの弱さが際立ってしまう。


今のところ強敵という強敵に出くわしていないため、グレーテルが兄の援護に入って、

戦局をカバーすることができているが、もしもこれが強敵との戦いだったと考えると、

おそらく今までのように、妹の援護が入ることは厳しくなってくる。


ヘンゼルは〈三匹の子豚〉戦の勝利は、紛れもなくグレーテルの功績だったと悟った。

自分が学校に通っていた、その日からずっと……彼女は強くなるために母親から格闘術を教わっていた。

来る日も来る日も……直向(ひたむき)に強さを求めて。


そんな妹と、昨日今日戦い始めたヘンゼルを比べるのは(おこ)がましいが、

二人で『ホーム』を守ると誓ったゆえ、これ以上の情けない姿は見せたくなかった。


強く……なりたい。どうすれば強くなれるのだろうか。


強さへの憧れを考える最中(さなか)、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。


「お兄さま……わからないところがあるのですが……」


朝食後、自主学習に励んでいたグレーテルが、手に教科書を持って訪ねてくる。

ヘンゼルの教えもあってか、最近の彼女は以前よりも遥かに学習能力が向上していた。


「ん、ああ……」


ヘンゼルが抑揚のない声で返答する。

このまま戦闘能力でも負け、勉強までもグレーテルに追い越されてしまったら……

そんな焼き餅にも似た焦燥感が、フツフツと彼の心境を煮えつかせた。


「グレーテル、そこは前にも教えたところだろ? 何が分からないんだい?」


妹に苛立ちをぶつけるよう、ヘンゼルが責め立てる。


「えと、その……」


いつもとは違う兄の様子に、グレーテルが戸惑いながら身体を縮めた。


「分からないところの習熟方法は反復だって言ったよね? どうしてそれをやらないんだ。そんなことで、

 知識が身につくとでも思っているのかい? 君は今まで何を学んできたんだ」


ますます口調が辛辣(しんらつ)になる。

グレーテルは両手で教科書を握ったままうつむいて、兄からの叱責を受けていた。


「もういいよグレーテル。一人になりたいんだ。おばあさんにでも聞いてくれ」


ヘンゼルがベッドから起き上がり、妹に八つ当たりを残したまま部屋を後にする。

グレーテルは一瞬何かを言おうとしたが、おそらく、今の兄には届かないだろうと感じたに違いない。

スタスタと部屋を出て行く兄の後ろ姿を、ただただ黙って見送ることしかできなかった――

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