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咆哮のグレーテル  作者: 胡桃ヌイ
★第三章 『三匹の子豚』――Kapitel 3:Die drei kleinen Schweinchen――
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Ⅸ 『グリムの仔達』

「グリムの仔達?」


〈三匹の子豚〉との一戦から一夜明けた翌朝。朝食の席でヘンゼルが首を傾げて聞き返す。

兄妹の顔や身体には、いたるところに絆創膏が貼られており、昨日の争奪戦がいかに激戦

だったかを物語っている。


〈三匹の子豚〉は長男の気絶後、意識の戻った次男と三男がシュトロを担いで、

三人仲良く森の中へ撤退していった。ヘンゼルが食料の分配を提案したが、敗者に同情は

するなとホルツに言われ、争奪戦の厳しさを改めて思い知らされた。


「お前達が発したあの光……あれはまさしく『幸遺伝子』が《想い》となって、

 体外に現れたものじゃ。あの戦いの中でお前達は、〝強い想い〟を感じなかったかえ?」

「強い……想い……」


ヘンゼルは昨日の出来事を思い返すよう沈黙する。


あの時――死を覚悟した時に、確かに不思議なことが起こった。

どこからともなく声が聞こえ、光球の中にいた自分達に、強く語りかけてきたのだ。

 

【見せてくれ、君達の想いを。そしてカタチを】


そこからの記憶はよく覚えていない。気がつけば真っ暗だった視界に光が射し、

身体の傷も痛みも癒えていた。


『絶対に生きて家に帰る』――あの時に強くそう想った。


死にたくない……こんなところで死ぬわけにはいかない。

父さんと母さんが自分達の帰りを待っている。もう一度、家族みんなで暮らせる日まで、

生きて、生きて、生き抜いて、絶対に家に帰るんだって、そう想った。

そう想ったら不思議と力が湧いてきたんだ――

 

「幸せを求める強い想い。それこそが『幸遺伝子』の発祥であり、

『グリムの仔達』と呼ばれる者へ託された〝彼ら〟の産物なんじゃ」


『彼ら』――それが誰を指しているのかは分からないが、〈グリム〉の名を冠した者である

ことは間違いない……それに、光の中で聞いたあの声も、おそらくはその者だ。

                                    

「それじゃあ僕達の他に、『グリムの仔達』と呼ばれる子が、この森にいるってことなの?」


ヘンゼルが食卓から身を乗り出して質問する。

仔達と言うくらいだから、他にも『彼ら』の遺志を受け継いだ者がいるはずだ。


「ふむ。全ての人数を把握しているわけではないが、すでに何人かの存在は確認されておる」

「いったいどんな子達なんだろう……仲良く、できないかなあ……」

「そうじゃな。強い想いを持った『グリムの仔達』が集まれば、教団からの支配にも

 対抗できるやもしれんのぅ」


魔女が一息をついて、カップに入った紅茶をすする。


「しかし、お前達がそうであるように……仔達はみんな、強い《想い》を持っておる。昨日

 戦った〈三匹の子豚〉よりも、ずっとずっと強い想いを宿らせてね。もしも、そのような

 連中と交戦するようなことになれば、昨日よりも厳しい戦いになると覚悟したほうがいい」


馴れ合いを望む兄妹を一瞥して、魔女が厳重に念を押す。


確かに『グリムの仔達』皆が皆、お互いに仲間であると認識できれば、それは万々歳である。

『幸遺伝子』に秘められた強い想いを解放し、教団に立ち向かうことだって可能なんだから。

けれども、この『黒い森』では、そう上手くはいかない。生き残りを賭けた争奪戦で、

お互いが疑心暗鬼になり信用は皆無に等しいからだ。『グリムの仔達』とはいえ所詮

は子ども……自分の欲求を優先する者だっているだろう。だからこそ、衝突の可能性

も想定しておく必要があるのだ。


「心配しないで、おばあさん……負けないよ、僕達。どんな子が相手でも……絶対に負けない。

 だってここは、僕達の『ホーム』なんだよ。たとえ厳しい戦いが待ってても、ホームだけは

 絶対に守り通すよ。ここは……おばあさんが与えてくれた、僕達の希望なんだから――

 ね、グレーテル」

 

グレーテルが手にパンを握ったまま、コクリと頷く。

彼女はリスのように頬を膨らませて、もくもくとパンを食していた。


「いかんねぇ……歳を取ると、どうにも涙がもろくなる。私は間違っていなかったよ。お前達、

 兄妹を家に招き入れて……まさかもう一度、『物語』に携わることが出来るなんてねぇ……

 長生きはするもんじゃ」 


鼻声をかき消すように、ズズズと紅茶を口に運んだ。


「そうだ! グレーテル、あのドングリを」 

 

不意に思い立ち、ヘンゼルが妹を誘って家を飛び出した。




「ドングリをどうするんじゃ?」


兄妹について外に出てきた魔女が二人に問いかける。

兄妹はせっせと家の庭を掘り返し、小さくできた穴の中に、持っていたドングリを埋めた。

森の中で出会った少年――デニスからもらったドングリだ。


「ドングリは、いつか大きな大木になるんだって……こんなに小さな種なのにね」


掘り返した土を穴凹に戻して、ヘンゼルが返答した。


「僕達も今は子どもだけど……いつかこのドングリみたいに大人になっていくんだ。絶対に

 倒れたりしない、太く大きな樹木になるようにね」


青々とした大空を眺めてヘンゼルが空に手をかざす。

そんな様子を見て、グレーテルも空を仰いだ。雲一つない夏の青空がそこには広がっている。

           

「父さん、母さん……僕達は負けないよ。絶対に生きて帰るんだ」

                           

両親との約束を守るため、これから起こる困難に立ち向かうため、兄妹は大空へと誓いを立てる。


小さな苗木が真っ直ぐに空へと育っていくように。

いつかまた家族みんなで暮らせる日がくるように。


そう願いを込めて――

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