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咆哮のグレーテル  作者: 胡桃ヌイ
★第三章 『三匹の子豚』――Kapitel 3:Die drei kleinen Schweinchen――
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Ⅷ 『結びつき』

「幸せの遺伝子?」


新人教団員ツヴェルフが、先輩教団員エルフに聞き返す。

二人は『ドライ班』のサーベイランス(調査監視)を担当しており、

森で活動する『被験体』の監察に追われていた。


「ああ……先ほど被験体ナンバー【KHM15/0514/R】と【KHM15/1113/R】の二人から反応が確認された」

「それって、いったい……」


ロマン主義教団『クレメンス』に所属してから、分からないことばかりだ。

ツヴェルフの心情に、モヤモヤとした(わだかま)りが滲み出る。


「《幸せの遺伝子》……その名の通り、DNA内に組み込まれた〝幸せを望む〟電子回路だ」

「電子回路? 《民謡伝術》のことでしょうか?」

「お前にしては、いい線を行っている。その通りだ。我々が潜在能力として〝授かった〟『想いの力』、

《民謡伝術》の〝0段階〟……それが幸せの遺伝子――通称《幸遺伝子》だ」


民謡伝術――ドライ班長を始め、ツェーンやエルフが発動した奇怪な魔術。

どうやらその根源になっているのは、遺伝子に秘められた〝強い想い〟だということらしい。


「《民謡伝術》の0段階……ということは、更にその上の段階があると?」

「もちろんだ。《幸遺伝子》は幸せを強く願えば願うほど、その力を解放する。民謡伝術について記述

 された伝記には、【強イ想イノ集大成。光トナツテ満チル時、ドンナ願イモ必ズ叶ウ】と、書かれている」


ツヴェルフがゴクリと唾を飲み込んだ。もしかして、自分はとんでもない宗教団体に

加入してしまったのではないか……そんな言葉が危険を促すよう脳裏を(かす)めた。


「どうしたツヴェルフ? 冷や汗をかいているぞ」

「いえ……自分には、まだ教団の思想が読み取れていないようで……」


職務の内容に不安のある後輩を、エルフが(たしな)める。


「強い想いは〝未来のある者からしか〟生まれない。死期が迫った老人や病人、生きることを諦めた若者

 など、そんな者達からは『物語』の創造はできないのだ。幸せを願う強い想い……それは長い人生に

 希望を持った、無垢な子ども達からしか得られないもの。だからこそ、我々が存在する。無限の可能性

 を秘めた子ども達から、存分に『想い』を引き出すためにな。ツヴェルフ、我々の職務には、子ども達

 の未来が懸かっているんだ」


子ども達の未来を創造する存在。確かに聞こえは良いかもしれないが、『被験体』と称して、

子ども達同士を戦わせる行いは、果たして本当に教団の推奨する職務だと言えるのだろうか。


「とにかくだ。これであの〈兄妹〉は、被験対象から〝要保護対象〟に格付けされる。

『物語』を創造する、有力候補の一つとしてな」


要保護対象――被験体の中でも、『ロマン周波』を発した者だけが名を連ねる、一つ上の計画段階。

ツヴェルフとしては、初めて手がけた作品が教団の保護対象に選ばれたことで、

幾分と気が楽になったようだ。


「よし。一旦、領地内に戻るぞ。被験体【KHM05/0215/R】との『結びつき』も気になる。

 監察範囲の見直しが必要になってくるからな」


操作していた端末機をログオフにして、エルフが撤収の指示を出す。

二人は日の暮れる森の中へ、溶け込むように消えていった――


      ☆


『黒い森』のどこかにある、ホーム『おばあちゃんの家』にて。


「本当にベッドで寝ないの? お布団ふっかふかだよ?」


真新しいシーツに、天日干し後の布団が敷かれたベッドの上で、〈赤いケープの少女〉が追及する。

少女は、ふかふかとした羽根布団をポンポンと叩いて、床に寝転がる少年にベッドの良さをアピールした。


「俺はここでいい」


〈黒い影の少年〉が見向きもしないで、ため息交じりに応える。


なぜ今日も、こいつのホームにいるのだろう……一日だけの滞在のはずが、

気がつけば三日もここにいる。リンゴに釣られてついて来たのは不覚だったとしても、

このままでは、自分から望んでついてきたようにしか見えない。

いいかげん自分のペースを取り戻さないと、こいつに〝仲間〟だと思われてしまう。


「床なんかで寝たら風邪引いちゃうよ。ちゃんとお布団に入って寝なきゃ」

「断じて遠慮する」

「もー。まあ二人で寝るにはちょっと狭いけど……あ、でも寝相はいいほうだから心配しないで」


問題はそこじゃない……そう言いたげな表情で、〈黒い影〉が額に手を当てて辟易(へきえき)した。


こいつといると調子が狂う。一宿一飯の恩義はあるが、ホームを出ればお互いに敵同士だ。

それなのに、なぜこうまでして、自分を気にかける必要がある? 

明日、自分に喰われる可能性だってあるというのに――


「で、何のつもりだ?」


頭を抱える少年の隣へ、少女がベッドから降りて近づいてくる。そして彼の隣でゴロンと横になり、 


「ん~ひんやりしてて気持ちいい……床で寝るのも悪くないかも」


床板の上をゴロゴロと転がった。


「決ーめたっ。私も今日はここで寝る。えへへ……いいでしょ?」

「勝手にしろ」


深いため息を漏らして〈黒い影〉が少女に背を向ける。

いちいち相手にしていたらキリがない。面倒だ。さっさと寝よう……。


「にしし……」

「――ッ! 何しやがる!?」


突発的な寒気が背中を襲い、少年が背筋を押さえるように飛び起きた。

少女が〈黒い影〉を抱き枕にしようと、身体をピッタリとくっつけてきたのだ。

少年は、森で敵と遭遇したかのように身構えた。


「妙な真似をしてみろ……喰ってかかるからな」


威圧的な態度で〈黒い影〉が少女を睨みつける。

うっとうしい奴だ。ここら辺りで一度、恫喝を与えておかねば。


「……いいよ。私、狼くんになら食べられてもいい」

「お前……」

「あ! でも、そーゆうことは、大人になってからじゃないとダメなんだよ。おばあちゃんが言ってたもん」

「…………」


一瞬でもこいつを信じたのが間違いだった……狼と呼ばれた少年が脱力する。

話の趣旨を理解していないほど恐いものはない。無邪気とはこういうことを言うのだろう。


「そーいえば。昨日だったかなぁ……森の中で、あの三豚さん達を見かけたよ」


少女が不意に話題を切り替える。内容は三日前に狼と戦って敗れた〈三匹の子豚〉についてだった。


「ふん。懲りずに、どこかの『ホーム』を襲っていたんだろう」

「う~ん……それがね、一番大きい子が他の子に支えられていたの。えっと……長男くんだっけ?」


〈三匹の子豚〉の目撃情報を聞いて、狼が考え込む。


あいつらが敗戦したとなると、三豚の物語を喰った奴が、この近くにいるということになる。

奴ら以上の物語を持った強い被験体が――


「赤頭巾……俺は明日の朝早くにここを出る」


〈三匹の子豚〉が敗戦した以上、物語を〝共有〟する少年にも変化があった。


「えっと……『結びつき』って現象が生じるの?」

「ああ。俺の物語に〝編纂〟が加えられ、三豚を喰った奴と繋がってしまう」

「それじゃあ、その繋がった子達と、戦わないといけないんじゃ……」

「向こうにその気があればな」


結びつき――出会うことのなかった二つ、あるいはそれ以上の物語が結びついてしまう現象。

物語の『共有』、『合作』とも呼ばれる。


「うしっ。その理論でいくと、私も一緒だ」

「は?」


赤頭巾と呼ばれた少女が、意気揚々にはしゃぎ出す。


「だって、私と狼くんの『物語』は、すでに繋がっているんだよ? そうだよね?」


『結びつき』の法則で言えば、確かに〈狼〉と〈赤頭巾〉の物語は、即に繋がっていることになる。

『狼の物語』にも『赤頭巾の物語』にも、お互いが出演しているからだ。


「明日の朝一で、三豚さんを倒した子に会いにいくんでしょ。よーし、頑張っちゃうもんね」

「まてまて。ハァ……お前は俺の話を聞いていたのか?」

「うんっ! 対戦、だよね?」

「違う!」


狼が落胆した様子で首を振る。一緒に行くとも、会いに行くとも、対戦するとも言っていないのに、

何故、話がそういう方向に進むのか。まったくこいつの思考が読めない。


「にしし……明日も一緒だね」


ランプの灯りを弱めて、赤頭巾が嬉しそうに床に就く。

狼も疲れた様子で、自分の腕を枕に床板に寝転がった。


明日、赤頭巾が起きる前にここを出よう。誰かと群れる気は、俺にはさらさらない。

結局、森で生き残るためには、他人を犠牲にしないといけないんだから。


灯火(ともしび)が落ちた暗闇の中で、狼は『物語』が繋がっていくのを感じていた。

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