Ⅶ 『決着』
迫り来るシュトロの突進を、兄妹は左右に分かれて回避した。
長男は二人の間を突っ切った後、地面に傷跡を残しながら身体を反転する。
「このっ!」
長男を挟み込むよう、左側からヘンゼルが、同時に右側からグレーテルが攻撃を仕掛ける。
「ふん」
左右から迫る兄妹の攻撃を、長男は両脇を固めて防御した。強靭な肉壁が二人の攻撃を弾き返す。
「もう一回だっ! グレーテル!!」
すかさず陣形を立て直し、今度はグレーテルが先に攻撃を試みる。
ヌイグルミを片手持ちから両手持ちへ。グレーテルがシュトロの手前で飛躍する。
長男は両脇をしっかりと固め、重心を低くしたまま防御の体勢を崩さない。
グレーテルが身を反らすようにヌイグルミを振りかぶり、勢いよく真下に振り下ろす。
「ぬうゥ……なんて横暴な攻撃だァ……」
防御した両腕の隙間から、シュトロがギロリと彼女を睨みつける。
地面に着地したグレーテルは、追撃の一手を打ち込むため、長男の懐へと潜り込んだ。
そして、そのタイミングを見計らって、同時にヘンゼルも動いた。
「――!? 甘いわァアアア!」
兄妹に背後を取られることを懸念して、長男はグレーテルの薙ぎ払いをかわし、
後方から来るヘンゼルに向けて、彼女の背中を押し抜いた。
「……と」 「うわぁっ!」
グレーテルがヘンゼルを押し倒して、兄妹は地面にもつれ転がった。
「いててて……大丈夫かい、グレーテル」
「ごめんなさい……お兄さま」
兄妹はお互いに手を引いて立ち上がる。
「ブハハハ! 二人がかりでこの程度か……俺の思い違いだったようだなァ」
シュトロが兄妹を見て嘲笑う。先ほどまで感じていた、二人からの恐怖心は消えている。
「グレーテル、今度は僕がチャンスを作る!」
長男を目がけて、兄妹が一斉に飛び出す。先陣を切ったのはヘンゼルだ。
「てやぁあ!」
ヘンゼルの右ストレートがシュトロを捉える。が、これは長男の手のひらに押さえられ、
「まだだっ!」
右手を長男に捕縛されたまま、今度は左手で攻撃を仕掛けた。
しかし、これもシュトロの右手に押さえ込まれてしまう。
「ブハハハ! 俺と力比べをしようってのかァ!」
ヘンゼルは長男と両手を絡め合い、互いに呻き声を上げて押し合った。
ここで、ここで負けたら……またチャンスを逃してしまう。
絶対に……絶対にグレーテルに繋げるんだ!
持てる全ての力を出し切って、ヘンゼルが均衡した粘りを見せる。
「ぐっ……この俺様が押されているだとォ!? なめんじゃねェ!!」
シュトロが両手首にグッと力を込める。
「グレーテル!」
ヘンゼルが妹の名を叫ぶ。兄が作ったチャンスに、グレーテルは空高く跳躍していた。
「高い! どこにそんな跳躍力がっ!?」
長男は上空を見上げていた。驚くのも無理はない。グレーテルがヘンゼルの背後から、
兄の身長をも超える高さで飛び込んできたからだ。彼女は地面にヌイグルミを叩きつけ、
その反動を利用して高く舞い上がっていた。
「ちィイ! この、どけェえええ!!」
「ぐっ……」
長男がヘンゼルの腹部に足裏を叩き込む。その反動で絡み合っていた二人の指先が外れ、
ヘンゼルは勢いよく地面に尻もちをついた。
「いっけえええグレーテル!」
「くそがァアアア! 叩き落としてやる!!」
グレーテルの飛翔に合わせ、長男が拳を振り抜いた。が……彼女は空中でヌイグルミを背負い直し、
両手がフリーになる、リュックスタイルへと切り替える。そして空になった両手で、
シュトロの〝袖口〟を掴み、そのまま、衣類を彼の脇下へ引っ張りながら着地した。
「うおおっ!?」
拳そのものではなく、〝衣類〟を引っ張られたせいで、止むを得ない負荷が後方へとかかり、
長男が膝を折るような体勢で仰け反り返った。
少しの力を加えるだけで、それが大きな力へと変わる。母親に教わった『護身術』の心得は、
グレーテルの武器として、きちんと受け継がれていた。
「お兄さま!」
着地と同時にグレーテルが振り向き、力強く兄の名を叫ぶ。
「うおおおおおおおっ!」
ヘンゼルが瞬時に立ち上がり、地べたを蹴って草むらを駆け出した。
狙いは長男の頭部。グレーテルの攻撃術でシュトロは体勢を後方へと崩し、遥かに高かった彼の頭部が、
手の届く範囲まで下がってきていた。狙える! ヘンゼルが頭部を捕捉する。長男の頭部を下げるため、
膝裏にダメージを蓄積していたのはこのためだった。
ヘンゼルは斜め下で両手を組み合わせ、一つの拳を作り上げた。
そう――まるで、そこに斧を持っているかのように。
「……ひっ!」
シュトロが迫り来るヘンゼルを見て青ざめる。
【ヘンゼル。父さんがついている。おもっきりいけ!】
いつか聞いた父親の言葉が、風と共にヘンゼルの背中を押していく。
「これがっ! これが僕達の《想い》だぁあああ!!」
★
閑静な森の奥にある、石造りの古ぼけた建造物。一見して教会だと分かるその屋上で、
教団員の一人ツェーンが、粒子状の小型端末機『ローレライ』の操作に追われていた。
「ドライ様。この反応、間違いありません……『ロマン周波』です」
「ほう。もしやとは思っていたが……まさかあの兄妹に〝系譜〟されていたとは……」
ドライが自身の端末機を起動して、画面上に〈兄妹〉のデータを映し出す。
そこには、被験体の生体反応が表示されていた。
「生命力の上昇が凄まじいですね……体外にまで溢れ出すとは……」
「ツェーン。《幸せのオーラ》発生時の、最大瞬間ロマン値を出せるか?」
「ええ……直ちに被験体の〝タグ標〟にリンクして、活動記録からデータをドローします」
度重なる更新の合間を縫って、ツェーンが早速作業に取りかかる。彼女のディスプレイには、
すでに4つの更新画面が、待機状態で映し出されていた。
「多忙なところ、悪いなツェーン。お前のデータ処理能力には、充分に期待しているのだ」
作業に勤しむ彼女を見て、ドライが上司らしく気遣うよう語りかける。
そして、それに応えるかのごとく、ツェーンが早々とデータをインポートし、彼に報告した。
「瞬間ロマン値、確認できました。兄がおよそ[RMN-283%]――妹が[RMN-337%]です。
ドライ様……これは……」
刻標から採取した〈兄妹〉のデータを確認して、ポカンと口を開け喫驚する。
「二人合わせて、被験体ナンバー【KHM05/0215/R】の覚醒時と同格の値だと……」
ツェーンからの報告を聞いて、ドライは肝を潰した。
物語創造に、教団がもっとも期待を寄せている、最有力被験体【KHM05/0215/R】
その『被験体』とほぼ同格のロマン値を、〈兄妹〉は叩き出していた。
☆
シュトロの顔面に、ヘンゼルの拳がめり込んだ。森の中に一瞬の静寂が訪れ、
周辺に大量の血液が飛散する。ゆっくりと……ゆっくりと、スロー再生を見ているかのように、
長男が大空を仰いで後方へと倒れていく。
大地が揺れる。木々も揺れる。一斉に小鳥が空へと飛び立っていく。
一際大きな地響きを立て、長男が地べたに沈んだ。
「ハァ……ハァ……」
ヘンゼルは肩で息をしながら、長男の姿を眺めた。
シュトロは白目をむいて泡を吹き、全身に痙攣を引き起こして気を失っていた。
「お兄さまっ」
グレーテルがヘンゼルの元に駆け寄ってくる。
「グレーテル……僕達……守ったのかい? ホームを守れたのかい……?」
今だ信じられないという表情で、ヘンゼルが妹に問いかける。
グレーテルはそれに答えるよう、兄の前にヌイグルミを突き出した。
意思表示の一つ『肯定』を表すように、彼女と一緒に戦ったムーちゃんを称えるように。
「ぷっ……ははは。グレーテル、顔がドロだらけじゃないか。それにムーちゃんも」
ヘンゼルは妹とヌイグルミを見渡して、思わず笑みが零れた。
「お兄さまも……お顔がひどいことになっています」
「ははは……そうだね。僕もグレーテルも、ムーちゃんもおばあさんも、みんなボロボロだ。
だけど……それでも、僕達は守ったんだ……ホームを、希望を……自分達の手で」
ヘンゼルがヘナヘナと地面に座り込む。
「……お兄さま?」
「安心したら……腰が抜けちゃった……」
グレーテルがクスッと微笑する。それにつられてヘンゼルも笑い出す。
兄妹は笑った。傷の痛みも服の汚れも、全部忘れて笑い合った。
生きている……今はそれがなによりも嬉しかった。




