表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
咆哮のグレーテル  作者: 胡桃ヌイ
★第三章 『三匹の子豚』――Kapitel 3:Die drei kleinen Schweinchen――
26/81

Ⅶ 『決着』

迫り来るシュトロの突進を、兄妹は左右に分かれて回避した。

長男は二人の間を突っ切った後、地面に傷跡を残しながら身体を反転する。


「このっ!」

 

長男を挟み込むよう、左側からヘンゼルが、同時に右側からグレーテルが攻撃を仕掛ける。


「ふん」

 

左右から迫る兄妹の攻撃を、長男は両脇を固めて防御した。強靭な肉壁が二人の攻撃を弾き返す。


「もう一回だっ! グレーテル!!」


すかさず陣形を立て直し、今度はグレーテルが先に攻撃を試みる。

ヌイグルミを片手持ちから両手持ちへ。グレーテルがシュトロの手前で飛躍する。

長男は両脇をしっかりと固め、重心を低くしたまま防御の体勢を崩さない。

グレーテルが身を反らすようにヌイグルミを振りかぶり、勢いよく真下に振り下ろす。


「ぬうゥ……なんて横暴な攻撃だァ……」

 

防御した両腕の隙間から、シュトロがギロリと彼女を睨みつける。

地面に着地したグレーテルは、追撃の一手を打ち込むため、長男の懐へと潜り込んだ。

そして、そのタイミングを見計らって、同時にヘンゼルも動いた。


「――!? 甘いわァアアア!」

 

兄妹に背後を取られることを懸念して、長男はグレーテルの薙ぎ払いをかわし、

後方から来るヘンゼルに向けて、彼女の背中を押し抜いた。


「……と」 「うわぁっ!」

 

グレーテルがヘンゼルを押し倒して、兄妹は地面にもつれ転がった。


「いててて……大丈夫かい、グレーテル」

「ごめんなさい……お兄さま」

 

兄妹はお互いに手を引いて立ち上がる。


「ブハハハ! 二人がかりでこの程度か……俺の思い違いだったようだなァ」

 

シュトロが兄妹を見て嘲笑う。先ほどまで感じていた、二人からの恐怖心は消えている。


「グレーテル、今度は僕がチャンスを作る!」

 

長男を目がけて、兄妹が一斉に飛び出す。先陣を切ったのはヘンゼルだ。


「てやぁあ!」

 

ヘンゼルの右ストレートがシュトロを捉える。が、これは長男の手のひらに押さえられ、


「まだだっ!」

 

右手を長男に捕縛されたまま、今度は左手で攻撃を仕掛けた。

しかし、これもシュトロの右手に押さえ込まれてしまう。


「ブハハハ! 俺と力比べをしようってのかァ!」


ヘンゼルは長男と両手を絡め合い、互いに呻き声を上げて押し合った。


ここで、ここで負けたら……またチャンスを逃してしまう。

絶対に……絶対にグレーテルに繋げるんだ!


持てる全ての力を出し切って、ヘンゼルが均衡した粘りを見せる。


「ぐっ……この俺様が押されているだとォ!? なめんじゃねェ!!」

 

シュトロが両手首にグッと力を込める。


「グレーテル!」

 

ヘンゼルが妹の名を叫ぶ。兄が作ったチャンスに、グレーテルは空高く跳躍していた。


「高い! どこにそんな跳躍力がっ!?」

 

長男は上空を見上げていた。驚くのも無理はない。グレーテルがヘンゼルの背後から、

兄の身長をも超える高さで飛び込んできたからだ。彼女は地面にヌイグルミを叩きつけ、

その反動を利用して高く舞い上がっていた。


「ちィイ! この、どけェえええ!!」

「ぐっ……」


長男がヘンゼルの腹部に足裏を叩き込む。その反動で絡み合っていた二人の指先が外れ、

ヘンゼルは勢いよく地面に尻もちをついた。


「いっけえええグレーテル!」

「くそがァアアア! (はた)き落としてやる!!」

 

グレーテルの飛翔に合わせ、長男が拳を振り抜いた。が……彼女は空中でヌイグルミを背負い直し、

両手がフリーになる、リュックスタイルへと切り替える。そして空になった両手で、

シュトロの〝袖口〟を掴み、そのまま、衣類を彼の脇下へ引っ張りながら着地した。


「うおおっ!?」

 

拳そのものではなく、〝衣類〟を引っ張られたせいで、止むを得ない負荷が後方へとかかり、

長男が膝を折るような体勢で仰け反り返った。


少しの力を加えるだけで、それが大きな力へと変わる。母親に教わった『護身術』の心得は、

グレーテルの武器として、きちんと受け継がれていた。


「お兄さま!」

 

着地と同時にグレーテルが振り向き、力強く兄の名を叫ぶ。


「うおおおおおおおっ!」

 

ヘンゼルが瞬時に立ち上がり、地べたを蹴って草むらを駆け出した。

狙いは長男の頭部。グレーテルの攻撃術でシュトロは体勢を後方へと崩し、遥かに高かった彼の頭部が、

手の届く範囲まで下がってきていた。狙える! ヘンゼルが頭部を捕捉する。長男の頭部を下げるため、

膝裏にダメージを蓄積していたのはこのためだった。


ヘンゼルは斜め下で両手を組み合わせ、一つの拳を作り上げた。

そう――まるで、そこに斧を持っているかのように。


「……ひっ!」

 

シュトロが迫り来るヘンゼルを見て青ざめる。


【ヘンゼル。父さんがついている。おもっきりいけ!】


いつか聞いた父親の言葉が、風と共にヘンゼルの背中を押していく。


「これがっ! これが僕達の《想い》だぁあああ!!」

      

      ★


閑静な森の奥にある、石造りの古ぼけた建造物。一見して教会だと分かるその屋上で、

教団員の一人ツェーンが、粒子状の小型端末機『ローレライ』の操作に追われていた。


「ドライ様。この反応、間違いありません……『ロマン周波』です」

「ほう。もしやとは思っていたが……まさかあの兄妹に〝系譜〟されていたとは……」


ドライが自身の端末機を起動して、画面上に〈兄妹〉のデータを映し出す。

そこには、被験体の生体反応が表示されていた。


「生命力の上昇が凄まじいですね……体外にまで溢れ出すとは……」

「ツェーン。《幸せのオーラ》発生時の、最大瞬間ロマン値を出せるか?」

「ええ……直ちに被験体の〝タグ標〟にリンクして、活動記録からデータをドローします」


度重なる更新の合間を縫って、ツェーンが早速作業に取りかかる。彼女のディスプレイには、

すでに4つの更新画面が、待機状態で映し出されていた。


「多忙なところ、悪いなツェーン。お前のデータ処理能力には、充分に期待しているのだ」


作業に勤しむ彼女を見て、ドライが上司らしく気遣うよう語りかける。

そして、それに応えるかのごとく、ツェーンが早々とデータをインポートし、彼に報告した。


「瞬間ロマン値、確認できました。兄がおよそ[RMN-283%]――妹が[RMN-337%]です。

 ドライ様……これは……」


刻標から採取した〈兄妹〉のデータを確認して、ポカンと口を開け喫驚(きっきょう)する。


「二人合わせて、被験体ナンバー【KHM05/0215/R】の覚醒時と同格の(あたい)だと……」


ツェーンからの報告を聞いて、ドライは肝を潰した。

物語創造に、教団がもっとも期待を寄せている、最有力被験体【KHM05/0215/R】

その『被験体』とほぼ同格のロマン値を、〈兄妹〉は叩き出していた。


      ☆


シュトロの顔面に、ヘンゼルの拳がめり込んだ。森の中に一瞬の静寂が訪れ、

周辺に大量の血液が飛散する。ゆっくりと……ゆっくりと、スロー再生を見ているかのように、

長男が大空を仰いで後方へと倒れていく。


大地が揺れる。木々も揺れる。一斉に小鳥が空へと飛び立っていく。

一際大きな地響きを立て、長男が地べたに沈んだ。


「ハァ……ハァ……」

 

ヘンゼルは肩で息をしながら、長男の姿を眺めた。

シュトロは白目をむいて泡を吹き、全身に痙攣を引き起こして気を失っていた。


「お兄さまっ」

 

グレーテルがヘンゼルの元に駆け寄ってくる。


「グレーテル……僕達……守ったのかい? ホームを守れたのかい……?」

 

今だ信じられないという表情で、ヘンゼルが妹に問いかける。

グレーテルはそれに答えるよう、兄の前にヌイグルミを突き出した。

意思表示の一つ『肯定』を表すように、彼女と一緒に戦ったムーちゃんを称えるように。


「ぷっ……ははは。グレーテル、顔がドロだらけじゃないか。それにムーちゃんも」

 

ヘンゼルは妹とヌイグルミを見渡して、思わず笑みが零れた。


「お兄さまも……お顔がひどいことになっています」

「ははは……そうだね。僕もグレーテルも、ムーちゃんもおばあさんも、みんなボロボロだ。

 だけど……それでも、僕達は守ったんだ……ホームを、希望を……自分達の手で」


ヘンゼルがヘナヘナと地面に座り込む。


「……お兄さま?」

「安心したら……腰が抜けちゃった……」

 

グレーテルがクスッと微笑する。それにつられてヘンゼルも笑い出す。

兄妹は笑った。傷の痛みも服の汚れも、全部忘れて笑い合った。

 

生きている……今はそれがなによりも嬉しかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ