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咆哮のグレーテル  作者: 胡桃ヌイ
★第三章 『三匹の子豚』――Kapitel 3:Die drei kleinen Schweinchen――
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Ⅵ 『受け継がれる遺志』

よろよろと壁を伝って立ち上がり、魔女は『ホーム』を守るために飛び出していった兄妹を、

親身になって見守った。『宿主』として……〝親〟として、何よりも一番に、子ども達の安否を気にかける。


「ヘンゼル……グレーテル……」


魔女は度重(たびかさ)なる魔力の消耗で、一時的に《魔術》の使用を制限されていた。

実のところ、ホーム周辺を守衛する『マホウノモリ』には、常に魔力の供給をしなければならず、

森を維持するだけでも、莫大な量の魔力が消耗されている。それに加え、使い魔を従わすための

《従術》や、『マギ』の幻術を解除するための《解術》等、魔女は多大な魔力と引き換えに、

ホームの安全性を高めていた。


それゆえに魔女は、普段から【1/3】少々の魔力しか保持しておらず、

思いもよらない今回の襲撃で、それが致命的な敗因となり、兄妹を争奪戦に巻き込んでしまった。


全ての原因は自分にある……魔女は、今さらどうにもならない状況の中、

ただただ兄妹の勇姿を、眺めることしかできなかった。


      ☆ 


長男の一撃を喰らって、ヘンゼルが草むらの上を転がった。

《伐倒術》の手順通り、残すは《追い口》――伐倒を叩き込むだけなのだが、

いかんせん、シュトロの動きに無駄が無くなり、かれこれ数回の攻撃チャンスを外していた。


「くっ……隙がなくなっている……これじゃあ伐倒を叩き込めない」

「ブハハハ! 来いよオラァ!! 俺を倒すんだろう? 来ないならこっちから行くぜェ!」

 

土ほこりを撒き散らしながら、長男が突進する。そして、体当たりでヘンゼルを怯ました後、

がら空きだった彼の水月(みぞおち)に、下から突き上げるよう強烈なアッパーカットを放つ。


「ゴホッ! ゴホッ!」


胃液が逆流する。呼吸気管が圧迫され、逃げ場のなくなった空気を、無理やり体外へと排出。

ヘンゼルは激しく咳き込んで、その場に膝を着いて崩れた。胃酸が喉を焼きつぶし、口内に

酸味が広がっていく。


「寝てんじゃねェー、ぞ!」

 

さらに、追い撃ちをかけたシュトロの一蹴りが、ヘンゼルの顔面を容赦なく吹き飛ばす。

ヘンゼルは鼻先に鋭い痛みを感じ、たまらず地面をのたうちまわった。

バタバタと足をばたつかせ、苦悶の表情で振子のごとく身体を転がす。

顔を覆う両手の隙間からは、ポタポタと鮮血がほとばしっている。


「お兄さま!」

 

深手を負った兄を守るべく、グレーテルが長男の背後から攻撃を仕掛けた。


「てめェーも調子に乗ってんじゃねェエエエエ!」

 

長男が身体を反転して、背後に迫っていた彼女の襟元を、投げつける勢いで押さえ込む。

そして、そのまま上空へと捻り上げ、(けい)動脈を圧迫するよう締めつける。

グレーテルはシュトロの攻撃から逃れるため、苦しそうにもがいていた。


「くたばれ、ゴラァ!」


左手でグレーテルを押さえ込んだまま、長男が0距離の位置で拳を振り抜いた。

辺りに大量の血飛沫(ちしぶき)を撒き散らして、彼女の頭部だけが後方へと後屈する。

最悪なのは襟元をがっちりと掴まれているため、衝撃を分散させることができず、

致命的なダメージを受け負ったことだ。


グレーテルの頭がガクンと垂れる。まるで、むち打ちにでも遭ったかのように、

仰け反った頭部を、再び前へと跳ね返して。


「言ったはずだ……俺ァ、女でも手加減しねェとな」


意識が飛んで脱力したグレーテルを、長男がゴミを捨てるように解放する。

そして、うつ伏せのまま、動かなくなった彼女を見下ろして、

 

「俺様に歯向かったことを、後悔しやがれ」

 

トドメの一撃を加えるべく、大きく足を振り上げた。


「うああああああああっ!」

 

ヘンゼルが長男の横腹に体当たりを喰らわす。シュトロはあまりの勢いに、

振り上げた足を地面に突き刺して、バランスを保ってヘンゼルと対峙した。


「何だァ……まだ動けたのか。俺ァ、てっきり戦意喪失したかと思ったんだがなァ」

 

長男が眉をひそめて頭をポリポリと掻く。ヘンゼルは鼻血を流しながら、妹の元へと駆け寄った。


「グレーテル! しっかりするんだ!!」

 

ヘンゼルが必死に呼びかける。しかし、彼女からは何の反応もない。

ヘンゼルはグレーテルの胸に耳を当てた。微かだが鼓動を感じる。


「よかった……生きている」

「おい」

 

シュトロがヘンゼルの真後ろに立つ。


「妹の心配をしてる場合じゃねェだろう……俺様を無視して何してんだ、コラァ!」

 

長男がヘンゼルの頭部を(はた)く。ヘンゼルは妹を抱え込むようにして倒れた。


「俺ァ、無視されんのが一番嫌いなんだよォオオオ!」

 

ヘンゼルに対して、長男が何度も何度も蹴りを放つ。


「うっ……ぐっ……」

 

ヘンゼルは妹を庇って、降りかかる暴挙にひたすらに耐え続けた。


死ぬ……このままここで死んでしまう。長男の攻撃が痛みに変わるたび、ヘンゼルは

死を覚悟した。父さん……母さん……ごめんなさい……僕、約束を守れそうにないよ

……村に、家に帰れそうにないよ……ここで、僕は死ぬんだ……。


      ★


「まずいな……」


ホーム『魔女の家』から数キロほど離れた木立の上。エルフが端末機を眺めて、焦燥感に煽られていた。

タブレットの画面上には、【NOT SIGNAL】と表示された警告文がビープ音と共に赤く点滅し、

被験体の心拍数が危険レベルを超えたことを知らせている。


「エルフ様、このままでは『物語』が消滅してしまいます」


教団に入信して初めて参加した〝羊狩り〟。そこで回収した最初の被験体――兄妹。

自身が関わった初めての草案が、今まさに消滅の危機に立たされている。

別に情を抱いているわけではないが、少なからず〝思い入れ〟のあった作品だったために、

ツヴェルフは落胆した様子で、危険信号の行方を追った。


「分かっている……だが、我々にはどうすることもできん。〈三匹の子豚〉と接触してしまった以上、

 どちらかの物語が消滅してしまうのは承知の上だ。残念だが、あの〈兄妹〉には相手が悪すぎた……」


被験体の活動記録から『物語』が創造されるということは、

記録自体が物語の〝シナリオ〟になる必要がある。もし、活動記録に不備があった場合、

当然ながら筋書きは完成せず、物語も成り立たなくなってしまうからだ。


教団の『童話創生論』によれば、被験体から『物語』が生まれる確立は、

子ども50人に対して、わずかに3。創造性の欠ける被験体を用いた場合だと、

数値はそれよりも更に下がるという。


だからこそ、順調にシナリオを描いている『被験体』同士の接触は、できれば回避したいところだったが、

教団がもっとも欲している〝最高の物語〟を創造するためには、それも(いた)し方のないことであった。


「ん? 被験体の危険レベルが下がっている……どういうことだ」


先ほどまで発していた警告音が、次第に平常時の無音状態に戻っていき、

画面上から【NOT SIGNAL】の警告文が消える。そして、それと同時に〈兄妹〉と表示されたデータの上に、

青白い光を放ちながら【ROMANCE】と書かれた文字が点灯した――


      ☆


――ヘンゼル。グレーテル。


生死をさ迷うヘンゼルの耳に、突然と聞き覚えのない声が響いてくる。

兄妹は胎内にいるような、安らかで温かい光の中にいた。


『……だ、れ?』


もしかして……ここは天国? 自分達は本当に死んでしまったのか?

キラキラと輝く、光の饗宴(きょうえん)を見渡して、ヘンゼルが弱々しく返事する。


――夢を、希望をあきらめるのかい? 君達は〝幸せな家庭〟を取り戻すんじゃなかったのかい?


声の主が誰で、どこから聞こえてくるのかは分からないが、頭の中に優しい声色(こわいろ)で入ってくる。


『夢……幸せな家庭……』


――願わなければ叶わない。想っているだけじゃ何も変わらない。

――見せてくれ、君達の想いを。そしてカタチを。


『……僕達の、想い――』


真っ暗だったヘンゼルの視界に、光が戻ってくる。




「ハァ……ハァ……どうだァ、くたばりやがったか。あとはあのババァだな……」


長男が息を切らして兄妹に背を向ける。この家の子どもは倒した。残すは宿主のみ。

そう頭を切り替えて、魔女へと向かって歩いていく。




「まだ……負けてないよ」

「あん?」


背後からの声に、長男がきびすを返して振り向いた。

彼の目の先には、先ほどまでうずくまっていたヘンゼルが、堂々とした出で立ちで立っている。


「何だとォ……あれだけ痛めつけたというのに……」

 

驚きのあまり、長男の背中に冷たいものが走る。

そして、ヘンゼルの隣で、今まさに立ち上がろうとしている少女を見て、長男は後ずさりした。


「おいおい……何だよ……何なんだよォお前達はァアアア!」


長男が兄妹を見て驚愕している理由――それは、傷ついてボロボロだった二人の身体を、

『淡い光』が治癒するように包み込んでいたからだ。『光』は一瞬だけ強く発光すると、

兄妹の身体に溶け込むように消えていった。


「グレーテル……聞こえたかい」  


ヘンゼルが真っ直ぐにシュトロを捉え、懸命に立ち上がろうとしている妹に語りかける。


「……はい……お兄さま」


片手にヌイグルミを引っ提げて、グレーテルが昏睡状態から復帰した。


「負けるもんか……約束したんだ。絶対に……絶対に、生きて家に帰るって」


ヘンゼルが妹に右手を差し出す。差し出された兄の手を、グレーテルが左手で握りしめる。


「僕達は二人で一つだ。どんなに大きな苦難が待っていても、二人なら恐くない。

 一人ではできないことでも、二人ならきっと乗り越えて行ける。グレーテル、守るよ。

 僕達のホーム(家庭)を」

 

グレーテルがヌイグルミを構えて大きく頷いた。




『おおお……なんということじゃ。あの光……まさか――』


兄妹から発した『淡い光』を見て、魔女が驚きの表情で呟いた。




「お前達……この俺が恐くないのか……?」


波長の様子から、長男の声帯が震えている。


「恐いさ。身体が震えるほどにね。だけど……君なんかより、怒った母さんのほうが

 よっぽど恐いや。そうだろ? グレーテル」

「はい……それはもう」

「……ふざけやがってェ。ならもう一度、俺様の恐怖を思い知らせてやる!!」

 

シュトロが地面を蹴って兄妹に突撃する。


「いくよグレーテル。今度こそ決めるんだ。僕達の……僕達の〝想い〟を!!」

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