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咆哮のグレーテル  作者: 胡桃ヌイ
★第三章 『三匹の子豚』――Kapitel 3:Die drei kleinen Schweinchen――
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Ⅴ 『反撃開始』

長男の正拳突きを受けたグレーテルが、ヘンゼルの元に転がってくる。

彼女はヌイグルミを前方へと突き出し、どうにか防御には成功したものの、

シュトロの放つ、豪腕のストレートには勢いを押し殺せず、

ヌイグルミもろとも吹き飛ばされてきた。


「ブハハハ! オラオラどうしたァ!!」


長男がグレーテルを捲くし立てる。ヘンゼルはすぐに妹の元へ駆けつけた。

 

「グレーテル大丈夫かい……ごめん。僕が弱いばかりに……」


ヘンゼルが満身創痍のグレーテルを支え起こす。


「……お兄さま。おケガは大丈夫ですか……」


グレーテルが兄を心配して問いかける。

自身のほうが、遥かに傷ついているにもかかわらず、だ。


「グレーテル……どうして、どうしてそんなに僕のことを……」

「えと、その……」


少しばかり頬を赤らめ、彼女はヘンゼルから視線を逸らした。


「何だァ? 仲良く降参の話し合いかァ……」


長男が地響きを立てながら兄妹に近づいてくる。


「グレーテル。よーく聞いて。あの子に……あの子に勝てる方法があるんだ」

 

グレーテルが視線を兄に戻す。


「上手く行くかは分からない。それに僕だけの力じゃダメなんだ。二人で力を合わせなければ、

 この秘策は成功しない。グレーテル、お手伝い……頼めるかい?」


ヌイグルミについた汚れをパンパンと叩き落として、グレーテルが立ち上がる。

そして兄の秘策に、真剣な表情で首肯した。


【伐採する樹木は決まったようだな。そうしたら次は、水平に切り込みを入れるぞ】


うん。分かってるよ父さん。絶対に上手くやってみせる。

だから……もう少しの間だけ僕に力を貸して。


ヘンゼルが秘策の内容を、簡潔にグレーテルに説明した。


「あの子に勝つための秘策。それは――」


      ☆


グレーテルが先陣を切る。その後ろを間隔を空けたヘンゼルがついていく。

兄妹は縦一列の布陣で、長男に立ち向かった。


「ブハハハ! 何度こようと同じだ。お前達に俺は倒せねェ……」


長男が突っ込んでくる兄妹に対して、全身の筋肉を引き締める。




『……ばっとうじゅつ?』


グレーテルは聞き慣れない単語に、目をぱちくりさせた。


『うん。どんなに大きな樹木でも、確実に伐採できる木こりの技術……これを応用するんだ』

 

ヘンゼルが〝伐倒術の手順〟を妹に説明する。彼女は手順の一つ一つを、頭に叩き込んだ。


『よし、いこう。まずは《受け口》を作る!』




グレーテルが長男を目がけて跳躍し、それと同時に、ヌイグルミを右後方へと振りかぶる。

彼女の基本攻撃術、《薙ぎ払い》を行うための予備モーションだ。


「ふん……何度も何度も、同じ真似を」

 

グレーテルの攻撃に備えて、長男は防御の体勢をとった。

気がかりなのは、彼女の後方からヘンゼルが差し迫っていることである。

兄妹の出方が判らない以上、むやみやたらと隙を作るわけにはいかない。

そう配慮した結果……シュトロはグレーテルの攻撃を受けることにした。


グレーテルが振りかぶったヌイグルミを、右後方から左方向へと、半月を描くようにスイングする。

それに合わせて、長男が顔の前で両手をクロスした。彼の考えでは、グレーテルの攻撃を受けた後、

彼女の胸倉を掴んでヘンゼルに投げつける……そんな戦略が浮かんでいた。


が――グレーテルの攻撃は長男の手前で空を切った。彼女はヌイグルミがシュトロに当たる寸前で、

ワザとに攻撃をスカぶったのだ。そして、その際に発生した遠心力を利用して、自身に回転を付加。

長男の脇下を流れるように()い潜り、彼の背後へと回りこんだ。


「なにィ!」


完全に裏をかかれた長男は、慌てた様子で背後を振り返った。

しかし、その隙を待っていたとばかりに、前方からヘンゼルの攻撃が差し迫る。


「おのれェエエ! 小賢しい真似を!!」

 

ヘンゼルの攻撃に対処するため、長男は背後のグレーテルをやむを得ず諦め、

ヘンゼルの拳を受け止めた。


「今だ、グレーテル!」

 

長男を挟んで、兄の指示が飛ぶ。グレーテルは限界までヌイグルミを引き絞り、

ありったけの力で、ヌイグルミをシュトロの〝膝裏〟に叩き込んだ。


「うおっ……!」

 

ドスンと片膝を地面に着き、長男が体勢を崩す。


「……やっぱり。いくら強靭な肉体で全身を覆っていても、膝の裏にまでは筋肉のつけようがない」

 

ヘンゼルが初撃を成功させて更に分析を加える。


「くっ……この俺が〝あいつ〟以外の奴に、膝を着かされただとォ……」

 

長男はギリッと奥歯を噛みしめた。数日前に、『ホーム』を失う敗北を味わって以来の屈辱だ。

兄妹はシュトロを挟んで前後に位置取りし、互いに次の一手を待った。


「ちィ……どうする。先にどちらかを沈めないと分が悪いな……」

 

前後に位置する兄妹を見渡して長男が呟く。


「小僧はともかく、あの小娘は素人の動きじゃねェ……何かしらの〝格闘術〟を学んでやがる。

 となると、やはり最初に潰すべき相手は……」

 

ギロリと獲物を睨みつけ、シュトロがヘンゼルに向かって突進する。


「うっ……!」


ヘンゼルは長男の攻撃から身を守るため、身体を縮こめた。

あの勢いで突撃されたら、ひとたまりもない。全身に緊張が走る。


「お兄さま!」


狙いを兄へ絞られて、グレーテルが援護に向かう。

しかし、ヘンゼルに向かっていた長男が、不意に方向を転換して彼女を襲った。


「端からこっちが狙いだあァアアア!」

「くっ、グレーテル!」


ヘンゼルが長男との〝適正距離〟を保つため、彼の背中を追いかける。

《受け口》を作るためには、どうしても妹と離れるわけにはいかなかった。


グレーテルは向かってくる長男に対して、ヌイグルミを片手持ちから両手持ちに替え、

防御の構えに入った。彼女の基本防御術、《羊毛綿の盾》だ。


「うおりゃああああァ!」

 

鬼の形相で、長男がグレーテルに襲いかかる。

彼女はギリギリまで、シュトロに防御だと思い込ませた上で、

構えていたヌイグルミを背中へと担ぎ直した。


バシィイイイ――


「なんだとっ!?」

 

長男の右ストレートはグレーテルの胸元前で、フリーになった彼女の小さな両手に掴まれて、

がっちりと受け止められていた。その際グレーテルは、拳の威力を重力として利用し、

自身が攻撃に合わせて後ろに下がることで、その勢いを殺していた。

綱引きの要領――つまりはその応用だった。


「今です! お兄さま!!」


身長差のあるグレーテルに攻撃を仕掛けたことで、長男は勢い余って前のめりになっていた。

ヘンゼルがシュトロの背後に追いつく。そして――


「た、おれろぉおおお!!」


先ほど妹が攻撃した膝裏とは逆の、もう片方の膝裏に渾身の蹴りを放つ。


「ぐおおおっ!?」

 

轟音と共に地面が揺れる。長男が草むらに両膝を突き刺して、激しく転倒した。


「ハァ……ハァ……こいつら……」

 

長男が四つん這いの格好で兄妹を睨みつける。二人は互いに寄り添って合流し、


「えらいぞグレーテル。これで《受け口》ができた。いける、あと少しであの子を倒せるぞ!」

 

ヘンゼルが妹の頭を撫でてやり、彼女の頑張りを称えた。


「こんな奴らに……こんな奴らにィイイイ!」

 

長男が雄叫びと共に立ち上がる。


「もう許さんぞォ……お前らァ……泣いて謝っても許さねェからなァ」


【よし。《受け口》が出来たな。そうしたらいよいよ伐倒だ】 


ヘンゼルは不思議な感覚になっていた。身体は熱いのに、頭はいたって冷静だったからだ。

興奮しているのとはまた違う。どこからか、不思議と力が湧いてくるのだ。殴られ過ぎて

麻痺しているのだろうか……先ほどまでの痛みはまったく感じない。


「グレーテル、次で決めるよ。あの子に……《伐倒》をお見舞いしてやろう!!」

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