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咆哮のグレーテル  作者: 胡桃ヌイ
★第三章 『三匹の子豚』――Kapitel 3:Die drei kleinen Schweinchen――
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Ⅳ 『両親の教え』

ヘンゼルが駆ける。長男シュトロを倒すため、握りしめた拳を振りかざす。


「どっせィ!」


長男がヘンゼルの攻撃を、難なくと手のひらで受け止める。

そして、そのまま彼の拳を掴み、グシャりと握りつぶした。


「があぁ! くっ……まだだ! グレーテル!!」


グレーテルが兄の後ろから回り込むように現れ、長男の腹部を狙ってヌイグルミを当てにいく。

が、これも容易く防御され、兄妹は仲良くシュトロに振り払われた。地面を転がるヘンゼルと、

受け身をとって後ずさるグレーテル。二人がかりで仕掛けた最初の攻撃は、長男の分厚い肉壁

に阻まれて、彼にダメージを与えることなく終息する。


「ダメだ……隙がない。僕達の攻撃がまったく効かないや。どうにかして崩さないと……」

 

顔に付着した汚れを(こす)りながら、ヘンゼルが長男への対抗策を探る。

シュトロとの身長差は、軽く見積もっても35センチ。頭部への攻撃はまず不可能だ。

となると、長男を〝気絶〟へと追い込む術は何もない。見ての通り彼の身体は、

武骨な肉体でくまなく覆われている。


長男との開戦直後。グレーテルが彼の腹部にヌイグルミを打ち込んだ際、

多少なりと痛みは感じていたようだったが、ダメージは限りなく0に近かった。

やはり頭部への攻撃が、一番有効ではあるんだが――


「ブハハハ! 今度はこっちから行くぜェ……」


長男がヘンゼルを目がけて突進する。

ドスドスドスと、彼が前進するたびに地面が揺れ動く。


「お兄さま!」


グレーテルの援護が入るよりも早く、ヘンゼルは長男に胸倉を掴まれていた。


「くっ……しまった」

「弱ェ、弱ェ、弱すぎるぜェ。弟を二人もやったんだ、もうちょっと楽しませろォオオオ!」


シュトロはヘンゼルを空中に放り投げると、彼の落下に合わせて、腕の内側部分を打ち当てる。

《ラリアット》と呼ばれる打撃技だ。ヘンゼルは無防備な状態で技を喰い、

数メートル先へと吹き飛んだ。


グレーテルが走る。吹き飛んだ兄を追いかけて。そして落下地点に自ら飛び込んで、

ヘンゼルをダイビングキャッチ――はできず、兄妹は二人揃って、地面を転がった。

それでも、頭からの落下は何とか免れた。グレーテルはホッとした表情で息をつく。


「うぅぅ……ありがとう。グレーテル」


攻撃を喰らった箇所に手を当てて、ヘンゼルが身体を起こしながら呟く。

軽く脳が揺れたのか、視界がぼやけフラフラとする。


「ブハハハ! どうだ。かなり効いただろう……俺様の自慢の必殺技は」


森が鳴動するほどの笑い声を上げ、長男が自身の技を高らかに自賛する。


どうすればいい……どうすればあの子に勝てるんだ。

ヘンゼルは朦朧とした意識の中で、グレーテルが長男に立ち向かっていく姿を眺めた。


      ☆


グレーテルは長男に喰らいついた。

すでに何度殴られて、何度吹き飛ばされたか分からない。

それでも彼女は、長男に立ち向かうことを止めなかった。


兄は意識がはっきりとしていないのか、まだ動ける状態ではない。

その間、自分が兄を守らないと、確実に兄がやられてしまう。

グレーテルは自分にそう言い聞かせて戦った。




『いいグレーテル? これからは女の子も強くなくちゃいけないの』


頭に浮かぶのは、幼い日の自分と母親の姿。


『……強く?』

『そうよ。お父さんは、毎日朝から晩までお仕事で家にいないし、ヘンゼルは学校に出払っているわ。

 その間、この家には、お母さんとグレーテルの二人だけ。もし強盗にでも入られたら、一溜まりも

 ないでしょ? だから……強くなくちゃいけないの。男の子にも負けないくらい、うんと強くね』


母親が腰に手を当てて微笑む。


『お母さんはこう見えても、自分の身を守るための術を会得しているのよ。《護身術》って言うの。

 グレーテルにも、いずれ必要になる時がきっと来るわ。身につけといて損はないわよ』


その日から母親と、《護身術》を習得するための特訓が始まった。


『ダメよグレーテル。そんな動きじゃ、大きい子を相手には通用しないわ。いい? 《護身術》は、

 あくまで身を守るための格闘術。攻撃には向かないの。いかに相手の攻撃を受け流し、いかに相手の

 攻撃に耐えられるか……そのためにもまずは、きちんと受け身が取れるようになること。今の動きじゃ、

 すぐにやられてしまうわ。はいもう一度。最初からいくわよ』


母親との特訓は厳しかった。何度も何度も泣いた。いっぱいケガだってした。

だけど、少しずつだけど……強くなっていくのを、日に日に実感した。何もできなかった自分が、

泣き虫で弱かった自分が、少しずつだけど、家族に、兄に追いつける。そんな気持ちになっていた。

 

父親は顔をしかめるだろうが、いつまでもおとなしい女の子じゃダメなんだ。

いつまでも、みんなに守られてばかりじゃ強くなんかなれない。


『男の子になんか負けちゃダメよ。家庭は女の子が守るんだからね』




「うあぁ!」


グレーテルが叫ぶ。何度目かの攻撃が、長男の腹部にヒットし、

(わず)かだが、シュトロの表情が苦痛に歪んだ。


「ぐっ……花のある顔をしているくせに……とんだお転婆だな」


長男が腹部に手を当てて、ぼそっと洩らした。


「可愛いだけじゃ生き残れない……家庭はホームはわたしが守る!」


      ☆


「……グレーテル」


ぼんやりとした意識の中で、ヘンゼルは妹の名を呼んだ。

戦わなくちゃ……妹が必死で戦っているんだ。


片膝を立てて、どうにか身体を引き起こすと、ヘンゼルはフラフラと立ち上がった。

そして、ようやく争奪戦という洗礼を浴びていることに、今さらながら気がついた。

これが、戦うってことなんだと。森で生き残るためには、

甘えや弱さを捨てなければ、勝てないんだということを。


ヘンゼルがそう感じた時だった。


【ヘンゼル。全身に力が入り過ぎている。肩の力を抜いてリラックスしろ】


頭の中に聞き覚えのある声が響いてきた。

それはヘンゼルが村を離れる何日か前に、森の中で聞いた父親の言葉だった。


「父さん……?」


【そうだ。いいぞ……力を抜いたら、まずは伐採する樹木を決めるんだ】


幻聴でも聞いているのか。はっきりと鮮明に、父親の言葉が頭の中に再生される。


「これは……あの時の……」


ヘンゼルは父親の言葉が、自分に何かを語りかけているように感じた。


「――!?」


そして、父親の言葉を聞いて思い出す。

あの日、森の中で教わった〝どんなに大きな樹木でも倒せる技術〟を。

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