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咆哮のグレーテル  作者: 胡桃ヌイ
★第三章 『三匹の子豚』――Kapitel 3:Die drei kleinen Schweinchen――
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Ⅲ 『初陣』

「ブハハハ! 弱いくせに粋がるんじゃねェ……この森では力こそ全て、力こそ正義なんだよ」


衰弱した魔女を踏みつけて、長男が意気揚々と嘲笑う。

『ホーム』を賭けた三豚からの宣告に、魔女は成す術もなく屈服した。


昼食前――見張りのために、ホーム周辺に飛ばしていた使い魔から警告があった。

『魔女の家』領域内に、何者かが侵入したと。


ホーム『魔女の家』は、家を中心に扇形の陣形を取っている。

重要な家屋は森の最奥部に構え、周辺領域は〝魔法の木〟――通称『マギ』を配備した、

『マホウノモリ』と呼ばれる、特殊な森林で蔽っていた。


『マギ』には、侵入者を迷わす幻術が常時発動しており、魔女の許可なく『マホウノモリ』へ

侵入した者は、たちまちに方向感覚を惑わされ、永遠に森をさ迷うことになる。


そのため、今までにホームを襲撃されたことは一度もなく、〝絶対的な安全圏〟を称していた。

はずだったのだが――


「ぐっ……お前達……どうやってここまで……」


降りかかる暴挙にひたすらに耐え、魔女が長男に詰問する。


「あん? 旨そうな匂いを嗅ぎつけた、それだけのことだ。俺はァ……誰よりも鼻が利くんだ」


魔女は〝匂い〟という完全な盲点に失態を感じ、呻くように奥歯を噛みしめた。


「おのれぇ……魔力さえ残っていれば……」

「ブハハハ! これで諦めがついただろう。観念してホームを明け渡しな」


全身ズタボロの魔女を、長男が踏みつける。

そして、会心の一撃を加えるべく、大きく足を振り上げた時だった。


「おばあさんから離れろぉおおお!」

「あん? 何だァ……」


物陰から兄妹が勢いよく飛び出し、三匹の子豚と対峙した。


「おいおい……もしかして、この家の子どもじゃねェだろうな?」


長男が片目を吊り上げて、兄妹を睨みつける。


「お前達……なんで出てきたんじゃ……こやつらは……お前達の敵う相手ではない。

 今すぐここから……ここから逃げるんじゃ!」


傷ついた身体を引きずって、魔女が兄妹を責め立てる。

魔女は使い魔からの警告で危険を察し、万が一に備えて、兄妹を森へと避難させるつもりだった。

そうしてしまえば、『マギ』の効力で、二人は森から帰ってこれないからだ。

普段、兄妹が森へと出入りしているときは、魔女が一時的に術を解除しているため、

『マギ』の幻術に、(かか)ることはない。だからこそ、解術していない状態で森へ送ったのだ。


しかしながら、三豚の襲撃により、『マギ』の効果を維持する、魔力への集中が途切れてしまい、

『マギ』を練りこんだ『マホウノモリ』は、たちまち普通の森へと戻ってしまった。

その結果、兄妹をホームへと帰してしまったのだ。


「ねえねえ君。名前は何て言うの? すごく可愛いね。ぼくと友達になってよ」


食べていた鍋を放り投げ、三男がグレーテルに近づく。


「グレーテルに何をする気だ!」

「じゃまだよ」


パァーンっという渇いた音が響き、ヘンゼルが地面を転がった。

妹を守るため前に出たヘンゼルを、三男が平手打ちで払い除けたのだ。


「ジーゲル。悪い癖だぞ……ほら見ろ。お前の顔を見て、怯えちまってるじゃねーか」


三男の肩にポンと手を据え置き、次男がニヤニヤとグレーテルを一瞥する。


「ブハハハ! ホルツ、ジーゲル。手加減しろよォ」


手の早い弟達を見て、長男が腕を組んで指示を出す。


「ぼく、ジーゲルって言うんだ。えっと……君といろいろお話したいなぁ」


そう言って、三男がグレーテルの腕を強引に掴んだ瞬間――


「いっ! たあああああああ!」


片足を押さえて三男が飛び跳ねた。

ジーゲルのつま先を、グレーテルが全体重を乗せて踏みつけたのだ。

彼は片足を両手で抱えて、ぴょんぴょんと飛び回り、やがて足を押さえて屈みこんだ。


「な、なにするんだよぉ~」


そして涙目で訴えるジーゲルの頭部に、白い物体が勢いよくヒットする。

グレーテルの振り回したヌイグルミが三男を薙ぎ払い、彼は白目を剥いて草むらに倒れこんだ。


「ほえ?」


目の前で起きた光景を見て、次男が唖然と口を開けた。

そこには、羊のヌイグルミ――ムーちゃんを、武器のように構えた、グレーテルの姿があった。


「おいおい……ちーと可愛いからって、おいたが過ぎるぜ。嬢ちゃんよ」


ポキポキと手首を鳴らしながら、ホルツがグレーテルに接近する。


「悪い子には、お仕置きだ!」


相手が女だろうが、ジーゲルをやったことに変わりはない。

開戦の火蓋は、切って落とされたのだ。次男がグレーテルを目がけて拳を打ち込む。

弟の仇だと言わないばかりの形相で――


しかし、次男の放った拳は、グレーテルには届かなかった。

彼女がヌイグルミを前方へと突き出し、盾のようにしてホルツの攻撃を受け止めていたからだ。

彼の放った一撃はグレーテルではなく、ムーちゃんの腹部にめり込んでいた。


「な、何なんだこの人形……ぴくりとも動かねぇ……」

 

想定外の事態に、ホルツの表情が曇る。


「うおおおおお!」

「!!!」


驚愕している次男の背後から、ヘンゼルが飛びかかる。

グレーテルにばかり気を取られていたホルツは、いとも容易くヘンゼルに羽織締めにされ、

二人共々に、地面を転がった。


「ちくしょう! 離しやがれ!!」

「絶対に離すもんか!」


二人はじゃれ合う猫のように、優位体勢を取ろうと攻め合った。


「離せコラ! 離せって言ってんだろーが!!」


次男の肘打ちが、ヘンゼルの顔や腹部などあちこちに命中する。

ヘンゼルは殴打される度、歯を食いしばった。


痛い。想像以上の痛みだ。だけど……あの妹が戦っているんだ。

泣き虫で弱かったグレーテルが、ホームを守るために全身全霊で戦っているんだ。

自分だけがやられっぱなしでどうする。弱くたっていい。大切なのは、ほんの少しの勇気。

戦う覚悟だ!!


「僕達の……僕達のホームから出て行けぇええええ!」


ヘンゼルがありったけの力を振り絞り、次男の首を締め上げた。


「バカ! やめろ!!」


次男がヘンゼルの腕をタップする。ヘンゼルはそれでもホルツの首を締め続けた。


「……わ、わかった。俺の負けだ……やめてくれ……」


締め上げていた腕を、ヘンゼルが緩める。次男は口から泡を吹いて気絶していた。


「ハァ……ハァ……やった、ぞ……」


ヘンゼルが肩で息をしながら、草むらから立ち上がる。成り行きだったとはいえ、

相手二人を気絶へと追い込んだ。これで人数的には優位に立った。だが、しかしだ。


「いくら油断してたからって、よくも弟達をやりやがったな」


思わず見上げるほどの巨体を操り、長男が兄妹を目の敵にする。

二人は互いに並んで立ち、三兄弟の長兄、シュトロと対峙した。


あの大きい子は他の二人とは違う……ヘンゼルの本能がそう感じ取っている。

まるで、子ウサギがクマにでも挑むかのような縮図だ。

ヘンゼルは歴然とした力の差に、再び恐怖に煽られた。


しかし、そんな兄の恐怖をかき消すかのように、グレーテルが長男に向かって駆け出した。


「グレーテル!」


彼女は長男の足元に駆け寄ると、右後方へと大きくヌイグルミを振りかぶり、

彼の腹部を目がけて、ヌイグルミをフルスイングした。


が、グレーテルの放った渾身の一撃は、シュトロの太い腕に容易く防御され、

反撃とばかりに、長男がグレーテルの胸倉を掴み、軽々と上空へ持ち上げる。


「どぉりゃあああァ!」


そして、持ち上げたグレーテルを躊躇もなく地面に叩きつけた。

背中から草むらに叩きつけられ、彼女の表情が苦痛に歪む。


さらに長男は片足を大きく振り上げて、横たわるグレーテルを踏み潰そうと、

追撃の一撃を放った。草むらにシュトロの足が突き刺さり、辺りに土塊が飛び散る。

グレーテルは横方向へ転がって、攻撃をかわすと、地べたに手をついて起き上がり、

バックステップで後方に退いた。


「俺ァ、相手が誰であろうと手加減はしねェ……たとえ女であってもな」


一旦、距離を取ったグレーテルを見て、長男がギロリと睨みつける。

ヘンゼルは長男と妹の一戦を目の前にして、その場から動けなくなっていた。


彼が動けなくなっていた原因は、今までずっと自分の後ろについていたはずの妹が、

自らの意志で、自身よりもはるかに大きな相手に、小さな身体で挑んでいるからだ。

三男を攻撃した際も、次男の攻撃を受け止めたときも、

彼女は臆することなく立ち向かっていった。


『ホームを守りたい』――その気持ちは妹と同じはずなのに。なぜ、グレーテルは、

自身よりも大きく、敵いそうにない相手と戦えるのだろうか。いったい何が、

彼女の衝動に、火を点けているというのか。


「うおおりゃああああァ!」


長男の剛拳がグレーテルを襲う。グレーテルは寸前のところで攻撃をかわし、

拳を放ったことで無防備になったシュトロの脇腹に、半月を描くようヌイグルミを打ち込んだ。


「ぐぅ……重いぜェ。人形の中に何か仕込んでやがるな……だが!」

 

避けられた拳を軸に、長男が反転を加えた肘打ちを、グレーテルにお見舞いする。

彼の懐に深く入りすぎていた彼女は、その攻撃に防御が間に合わず、

強烈な肘打ちを顔面に受けて、数メートルほど吹き飛んだ。

 

土ほこりと草木を撒き散らしながら、数回ほどバウンドを繰り返し、

グレーテルは地べたを転がった。その様子を見たヘンゼルが、慌てて妹の元に駆け寄る。


「グレーテルしっかりして! もういい、もう充分だ。君はよく戦った。あとは……あとは

 僕が戦うから!! だから……無茶をしないで」


妹は長男の肘打ちを、咄嗟の判断により額で受け止めていた。

そのため、彼女の額には裂傷が走り、(おびただ)しい量の鮮血が、溢れるように流れていた。


それでも、グレーテルは――戦う意志を濁らせていなかった。

生まれたての子山羊のように、ゆっくりと……ゆっくりと震えながら立ち上がる。


「グレーテル……なんで……どうして君はそこまで戦えるんだ……」


必死に立ち上がるグレーテルを見て、ヘンゼルは茫然自失となった。


「こんなの……」


グレーテルがそう言って、スカートのポケットから何かを取り出す。

それはヘンゼルもよく知っている妹のトレードマーク……絆創膏だった。


「こんなの……ぜんぜん痛くない!」


グレーテルは服の袖口で額の血を吹き払い、手に取った絆創膏をぞんざいに傷口に貼り付けた。


ヘンゼルは、なぜグレーテルがこうまでして戦えるのか。なぜ、毎日のように絆創膏が

増え続けていたのか。必死で立ち上がった妹を見て、ようやく理解した。

 

あれは……あの絆創膏は、彼女にとっての、〝強さの証明〟だったのだ。

何にもできないからこそ、妹は何事にも全力で取り組んで、一生懸命に努力をしていた。

そして、その度にケガをして傷ついて。それでも、絆創膏を貼ることで、

たちまちそれが〝努力の結果〟になるんだと、グレーテルは確信したに違いない。


おそらくその日から、グレーテルの中で絆創膏の存在は、

貼れば強くなれる〝おまじない〟の一つに変わったはずだ。

一枚貼るたびに、一つ強くなれる……そんな自分ルールを作って。

だからこそ失敗を恐れず、何事にも全力でぶつかれるのだ。

傷つく度に強くなれるのだから――


それなのに、だ。自分が知らないところで、グレーテルが頑張っていたにもかかわらず、

自分は、勝手に彼女のことを弱い存在だと決めつけ、守るなんて大口をたたいて。


ずっとずっと守られていたのは、自分のほうじゃないか。

今だってそうだ。『ホーム』を守るなんて言って妹を巻き込んだくせに、

蓋を開けてみればこの様だ。彼女が自分の行動を信じて、ついてきてくれたにもかかわらず、

自分は相手の強さに尻込みして、ただ漠然と突っ立っているだけ。


グレーテルだって恐いに決まっている。夜中に何度お手洗いに付き添ったことか。

みんな弱いんだ。弱いから希望にすがって強くなる。あの子達だって必死なんだ。

生きるか死ぬか、この森ではそれが日常なんだから。


ヘンゼルは大きく深呼吸をする。森の中に風が吹いているのを感じ取り、冷めきった身体に、

ピリピリと熱が籠もっていくのを実感した。これ以上、グレーテルを傷つけられてたまるか。


妹の強さを実感し、ヘンゼルが真剣な表情でグレーテルを見やる。


「これ以上、グレーテルばかりに辛い思いはさせない。痛い思いも苦しい思いも、

 全部二人で分かち合っていく。僕達は二人で一つだ!」


兄に(したた)められ、グレーテルは嬉しさを噛みしめて大きく頷いた。

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