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咆哮のグレーテル  作者: 胡桃ヌイ
★第三章 『三匹の子豚』――Kapitel 3:Die drei kleinen Schweinchen――
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Ⅱ 『守るべき場所』

『魔女の家』に住み始めて一週間。兄妹は森での生活にも、ようやく慣れだしていた。


ホームでの生活は、主に魔女とグレーテルが家事を担当し、

ヘンゼルが外回りの手伝いを請け負っている。実家と違うのは、

自分達の働き一つで、その日の生活に変化が現れることだった。


例えば今晩の夕食に、キノコを採ってきて欲しいと魔女に言われ、

キノコを探しに森へ行ったとする。言われた通りにキノコが見つかれば、おいしいキノコ料理を

食べられるが、逆に見つけることができなかったり、少量しか採れなかった場合だと、たちまち

その日の夕食に影響が出てしまう。キノコ入りのスープのはずが、

キノコのない、スープになるということだ。

 

実家にいたときは、母親が毎日の献立を管理していたから、よほどのことがない限り、

そのような状況になることはなかったが、ここでは生活の全てを自分達に一任されているため、

毎日が大忙しで、両親の存在がいかに大きかったかを改めて認識した。


魔女はこの家を、自分達の実家だと思って住むよう勧めてくれた。

もちろん家に住むための条件はある。歳を召した魔女の代わりに、

彼女の手となり足となって手伝いをすることだ。

 

グレーテルは母親から教わるそれのように、いろんなことを魔女から教わっている。

料理、洗濯、掃除。それに何やら怪しい魔術のようなこと。

なんだろう……妹が小さな魔女に見えてきそうだ。


それはともかく『ホーム』を手にしてからは、森で起きている惨状が嘘みたいに思え、

どうにかこの森で、生きていけるような気持ちになっていた。そして、それと同時に、

ホームを失いたくないとも思い始めていた。


危険な環境下にある黒い森では、ホームの有無が、生存率を左右すると言われるほど、

重要な生命線になっている。兄妹だけではない。森で生活をする、多くの子ども達が、

求めて止まない存在でもあった。


そのため、森で起きている争奪戦での敗北は、ホームを失うことにも繋がり、

ホームを失うことは、死ぬことと同様と言っても過言ではなかった。


『ホーム』とはすなわち、絶対的な安全圏を備えた前線基地である。

基地があるから、身を守るにも夜露を防ぐにも事欠かず、食料調達などで森の中を出歩いても、

身体を休めことができるのだ。森で生活を行う者にとってホームへの依存は大きく、

生きていくために手放したくないと思うのは、当然の流れだった。

 

「ヘンゼル。すまないが森に入って、薪になる小枝を拾ってきておくれ。おおかた料理のほう

 はできたから、グレーテルも連れて行っておやり」


大きな鍋の中身を木杓子で掻き混ぜながら、魔女が枝木の収拾を兄妹に言いつける。


「うん、分かったよおばあさん。行こうグレーテル」


ヘンゼルはグレーテルを誘って家を飛び出し、真直ぐに森の中へと分け入った。

彼女の背中には、相変わらず肩紐を装着した、リュックスタイルのムーちゃんが担がれている。

まるで、妹の背中を守っている相棒のようだ。


兄妹が森に分け入ってから数分後。時間にして十五分ほどだろうか。

枝木はすぐに集まり、二人は両手いっぱいに薪を抱え、童謡『幼いハンス』を口ずさみながら

並んで帰路についた。


そして、森を抜けて家の大樹が見えてきた頃。一際大きな音がホームから聞こえ、

兄妹は互いに顔を見合わせた。


「何だろう……」

 

兄妹は足を急がしてホームへと駆け出し、そこで信じがたい光景を目の当たりにした。


「おばあさん? それと……」


      ☆


ホームの窓ガラスが拳によって叩き割られる。

散らばったガラスの破片をジャリジャリと踏み潰して、背丈も体格もある三人組が、

地べたでうずくまる魔女に詰め寄った。


「おい婆さん……この家に住んでいるのはあんた一人か?」


戸を開けた魔女を外へと引きずり出し、三人の中で一番背丈のある長男が、魔女に訊ねる。


「だからそうじゃと言っておろうが……この家は私のホームで、他に誰も住んでおらんと」

 

ガシャーン! 再び窓ガラスが割れた。


「ひぃ……もうやめておくれ。家が壊れてしまうよ」

「おいおい。つまらん冗談はよそうぜェ婆さんよ。一人で住んでいるには、ちと鍋の中身が

 多いんじゃねェのかい……他にも誰かいるんだろう? どこにいるんだ」


長男の後ろでは、大きな鍋を抱え込み、中身を貪り食う三男と、

その様子を呆れた顔で見ている次男が、何やら口論をしている。

三人組は兄弟だった。それも森で有名な悪ガキ三人組――


「どうしようグレーテル……おばあさんが……」


兄妹は裏庭にある物置に身を隠し、物陰から三人組の様子を窺っていた。


見たところ年齢に違いはなく、同世代だということが辛うじて判別できるが、

何より体格の違いに、ヘンゼルは固唾を呑んだ。特に、三人の中でも一際目立っている大男。

優に190センチは超えている。ヘンゼルで約35センチ、グレーテルにいたっては、

60センチ以上の身長差が大男とはあった。


事の経緯からして、自分達が森へ薪を拾いに行っている間に、

昼食を作っていた魔女を襲ったに違いない。会話の流れから、おそらくは森に住んでいる

子ども達であろう。となると、彼らの狙いは――


「ぎゃああ!」


長男が魔女の髪を引っ張って持ち上げる。


「何度も言わせんじゃねェよ。どこにいるのかって聞いてんだ。いるんだろ? この家に

 住んでいる子どもがよォ……俺達は人様のホームを、勝手に奪ったりはしねェ。そこに

 住む子ども達と戦ってから手に入れる。圧倒的な力の差を魅せつけ、敗北感を味わわせ

 てからなァ」

「……他所様の昼食を奪っておきながら、よくもそんなことが言えたもんだ」

「あん? 奪ったのは俺じゃねェ。手癖の悪い弟の不始末だ」

「弟の面倒も見れないくせに、自論だけは一人前だね……虫唾が走るよ」

「ババァ……どうやら痛い目に遭いたいらしいなァ。俺は相手が誰であろうと手加減はしねェ。

 子どもだろうが、女だろうが、年寄りだろうがな」

                                  

魔女の叫ぶ声が聞こえてくる。長男が再び魔女に暴行を働いた。


「……おばあさんが死んじゃう!」


ヘンゼルは魔女が自分達を守るために、無慈悲な暴行を受けていることを悟った。

長男が言うように、もし自分達が彼らに見つかれば、おそらくタダでは済まないだろう。

嫌でも魔女と同じ目に遭わされる。たとえ許しを請うたとしても、

待っているのは……ホームからの追放だ。


ヘンゼルは完全に腰が引けてしまい、その場で立ちすくんでいた。


「ぐっ。ここは……お前達のホームじゃ……ない。いくら殴られても……家は明け渡さんよ」


降りかかる暴挙にひたすらに耐え、魔女が強い意思を持って断言する。


「……おばあさん」


必死に抵抗する魔女を見て、ヘンゼルは震えだし、グレーテルはヌイグルミを抱え込んで

沈黙している。兄妹は物置の陰に隠れて、ただただその様子を見ることしかできなかった。


頭では今すべきことは分かっている。この家を――ホームを守らなければ、自分達の居場所が

なくなってしまうことを。生きて村に帰るためには〝この場所〟を守らないといけないことを。

それなのに……どうして身体が動かないのだろうか。


ここで自分達が出て行かなければ、魔女は死ぬまで殴られてしまう。

しかも、相手は自分達よりも格段に大きく、強そうな三人組だ。自分達が立ち向かったところで、

何ができるというのか。あんなに大きな子を相手に戦えというのか。

無理だ。勝てるわけがない。


考えられる最善の手段は『魔女の家』を諦めてあの子達に譲り、

別のホームを探すこと……それが自分達にできる良案だと思う。

が、本当にそれでいいのだろうか? この家は自分達のホームではなかったのか? 

森で生き抜いて、村に帰るために手に入れた、希望じゃなかったのか?


自分達は魔女からこの家の子だと言われた。森でさ迷っていた自分達を優しく迎え入れ、

美味しいご飯や、フカフカのベッドを与えてくれた。本当の子どものように、

魔女は優しく接してくれた。


この家に住むことができて、村に帰れる希望が強くなった。

惨状が渦巻く森の中でホームを持つことは、暗い闇の中で、光を見つけることと同じ。

ここには自分達の希望がたくさん詰まっている。二度と失たくない、もう一つの家庭。

そう、このホームは自分達の大切な場所なんだ。


だからこそ、戦わないといけないのは分かっている。分かっているんだ……。

ヘンゼルは震える身体でグレーテルを見やった。


「グレーテル……僕はこの家を、ホームを失いたくない。この場所は、

 森で生きていくための希望なんだ。だから……」


ヘンゼルの声が口ごもる。それを言ってしまえば妹を、

グレーテルを巻き込んでしまうと分かっているからだ。


自分に、みんなを守れるだけの力があれば、すぐにでも、あの子達と取っ組み合いを始めている。

だけど自分には、そんな強さは持ち合わせていない。ケンカなんかしたこともないし、ましてや

殴られるなんて絶対に嫌だ。勇気がないのは分かっている。だけど……ここで逃げ出したら、

もっと何か、大切なモノを失ってしまう気がする。だから――


「一緒に……戦ってほしいんだ」


ヘンゼルが喉に(つか)えていた言葉を吐き出した。

羊飼いとの契約時、グレーテルに強く念を押されたことだ。自分達は〝兄妹〟だと。

だからこそ、ヘンゼルは彼女に打ち明けた。情けない兄に力を貸してほしい……そう込めて。


「お兄さま……ホームを守りたいという気持ちは……わたしも同じです」


グレーテルが顔を上げてヘンゼルの顔を見る。戦わないといけない、それは彼女とて同じだった。

自分は兄の行動に最善の信頼を寄せている。だからこそ兄が「この家を守りたい」――そう願う

なら、自分はそれに従うだけ。自分の意思がないのではない。信じているのだ。今どうするべきか、

何をするべきか。兄ならきっと正しい選択をする。だから兄を信じて、その言葉を待った。


「おともします……お兄さま」

「グレーテル……相手は三人。それも僕達よりずっと大きな子達ばかりだ。

 勝てる見込みは限りなく0に近い。それでも……それでもいいのかい?」


ヘンゼルの再三の確認に、グレーテルが抱きかかえていたヌイグルミを、

兄に見せるよう、彼の目の前に突き出した。


「ムーちゃんも一緒に戦ってくれるの?」


兄からの問いに、グレーテルが黙って頷く。


「はは……ははは。そうだね、こっちだって〝三人〟だ!」


兄妹が立ち上がる。その瞳には先ほどまでの弱さは微塵も映っていない。

自分達の大切な場所――『魔女の家』を守るために、二人は誓いを持って出陣する。


「行こうグレーテル! 守るんだ。僕達のホームを!!」

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