Ⅰ 『三兄弟』
「ハァ……ハァ……大丈夫か兄者」
「……ちィ。相手が悪かったぜェ……まさかあいつが『黒い森』最強の男だったとは。
三人がかりでこの様だ……」
「あ~あ。ホーム壊されちゃったね。気に入ってたのになぁ『藁の家』」
閑静な森の中に、三人の会話が入り雑じる。
三人の名は、シュヴァイン三兄弟――上から長男シュトロ、次男ホルツ、三男ジーゲル。
酷く太った体型と大柄な体格から、森の中では〈三匹の子豚〉と呼ばれていた。
三匹の子豚は森の獣道を敗走し、木々の開けた草むらで傷ついた身体を休めていた。
「無茶しすぎだぜ兄者はよ。あいつがその気になれば、今頃みんなまとめて消し炭になってたぞ」
〈黒い影〉が腕に黒電を絡ませて放った、数十万ボルトの電圧。
それを受けた長男と三男は、ものの見事に感電して気を失った。
おそらく、それでも本気は出していない。その気になれば、数億ボルトの電流すら発生できただろう。
手加減されていたのだ。〈黒い影〉を分析した結果、次男ホルツがそう語った。
「それにしても……ジーゲルよ。お前はほとんど逃げ回ってただけじゃねーか。根性見せろや」
「ホルツあんちゃんこそボコボコだったじゃないかぁ……ぼく、ちゃんと見てたんだからね」
「ちゃんと見てた。じゃねーよ! 加勢しに来いってんだ」
「だって……お腹が空いて力が出ないんだもん。この前だってあと少しってところで、
食料を獲り損ねるしさ。あ~あ、一度でいいからお腹いっぱい食べてみたいなぁ」
三男ジーゲルが草むらに足を投げ出し、パタパタと草木を蹴り扇いだ。
「まったくお前は能天気だな。ホームを失ったってのによ。お前の頭の中は、
食い物のことばっかじゃねーか」
「ブー。そんなことないもん。ぼくだってやるときはやるんだからね」
「ヘイヘイ……微力ながら期待してるぜ。食いしん坊ちゃん」
根拠のない三男の自信に、次男ホルツが呆れた表情で吐き捨てた。
「に、してもよ……どうすんだ兄者。ホーム周辺の縄張りはあいつに取られちまったし、
『藁の家』だって跡形もなく破壊されちまった……これからどうやって生きていきゃいいんだよ」
樹木にもたれ傷を癒す長男に、次男がすがるように確認する。
「うん。ご飯だって何とかしないと大変だよ」
「お前はそこら辺の草でも食って、黙って寝てろ!」
「それじゃあブタさんじゃないかぁ」
話を遮る三男を次男が叱責する。長男は先ほどから目を瞑っては、鼻をスンスンと動かしていた。
「……匂うなァ。それも、とびきりうまそうな匂いだ」
長男が目を閉じたまま、口の端を吊り上げて呟いた。
「匂い? 俺には何にも匂わねーぞ」
「なになに? 匂い? もしかしてご飯の予感!?」
次男と三男が、長男に倣って鼻を動かし、周辺の匂いをクンクンと嗅いだ。
どうやらこの近くから、香ばしい匂いが漂っているようだ。
「もしかしたら……飯どころかホームまでも奪えるかもしれねェ。
どうだお前ら。もう一戦、行けるか?」
ギラリと目を開けた長男が、弟二人を見渡して問いかける。
「俺は賛成だぜ。どちみち失うモノは何もないんだ。次で勝てなきゃ獣たちの餌にされちまう」
「ぼくもぼくも! 空腹で死ぬなんて絶対に御免だよ」
弟二人が長男の意見に賛同する。長男はもう一度二人の弟を見渡すと、
「こっちだ」
負傷した身体を重々しく持ち上げ、獲物を見つけたと言わんばかりに、舌なめずりをした――
★
「被験体ナンバー【KHM05/0215/R】が、予定通り〈三匹の子豚〉と接触。彼らのホーム
『藁の家』の破壊に成功しました」
太陽が真上に昇ったお昼時。リーダー格の男、ドライの前に跪き、
側近の羊飼い、ツェーンが更新された情報を報告する。
「ほう。さすがは、我が教団が期待する最有力候補の一人。ここまで順調に、『物語』を
描いているようだな」
「ええ……同じ〝物語を共有する〟被験体ナンバー【KHM26/0426/R】との『結びつき』にも
支障はないようで、このままいけば『物語の完成』も間近かと」
粒子状のタブレットを、慣れた手つきで操作して、
ドライの端末機に、ツェーンがデータの転送を完了した。
「ククク……そうだな。お前の報告通り、〝事が上手く運べば〟いいがな。世の中そうは
いかないのが悩みの種でもある。どうやら、新たな『結びつき』が生まれそうだ」
ツェーンが不服そうにタブレットを操作し、そして新たに更新されたデータを見てハッとする。
被験体ナンバーと記載された数字の隣から、別の被験体に対して、一本の接続線が伸びていたからだ。
画面内の矢印の矛先は→【KHM15/0514/R】&【KHM15/1113/R】となっていた。
「どうだ? 面白いことになってきただろう」
「しかし……これでは、あの子達の物語が潰されてしまう危険性が……」
「そうなってしまえば、所詮その程度だったということだ」
ドライが冷ややかな口調で、平然と言ってみせる。
「さあ、初陣だぞ。物語タイトル〈兄妹〉……お前達の『想い』、我々に見せてみろ」




