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咆哮のグレーテル  作者: 胡桃ヌイ
★第四章 『狼くんと赤頭巾ちゃん』――Kapitel 4:Der Wolf und Rotkäppchen――
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Ⅳ 『真っ直ぐな想い』

「あなたのヌイグルミ、どう見ても普通じゃないんですけど……」


グレーテルのフルスイングを、赤頭巾が両手をクロスして銃身で受け止める。

ヌイグルミと言えばフワフワとした羊毛綿のはずなのに、ぶつけ合った瞬間、

動物繊維とは思えぬ衝撃が風圧と共に襲ってくる。


「負けないん……だからっ!」


鶏銃を散開してヌイグルミを弾き返し、赤頭巾が華麗な足捌きでグレーテルを突き放す。

健康的な美脚から覗く、絶対領域と呼ばれる部分には【KHM26/0426/R】のタグ標が焼印されていた。


「ニューブレッド!」


左手に持った短銃のグリップ底を赤頭巾が前方に傾ける。その瞬間、グリップ底に刻まれていた

幾何学的な紋章が具現化され、鶏銃を形成した時と同じように赤色の魔方円が出現した。

そして、右手に構えたリボルバーを出現した魔法円に重ね合わせ、


「今度は外さないよ」


大反響と共に再び銃口から火が噴いた。


「グレーテル!――うっ!!」


みぞおちに一撃を喰らったヘンゼルが草むらに膝をつく。


「おいおい……お前に妹を心配する余裕があるのか?」


無表情はそのままに、目だけをギラつかせ狼が恫喝する。


「強くなりたい? 弱い自分を変えたい? 吠えるだけなら誰にだって出来る……俺に言わせれば、

 他人の力を借りてしか強くなれないのなら、地べたを這いずり、泥水を啜っていたほうがマシだ」


他力本願に対する狼の否定的な見解に、ヘンゼルは彼に言われた助言を思い出した。


【弱いなら弱いなりの生き方を探すんだな】


自身の力量を見極め、自身の手腕に沿った生き方をする。持論とも心の置き所とも言える狼の思想。

今まさに彼が言い放った言葉と、どこか通じるものがあった――


「どうしてあなたは……独りに……こだわるんですか」


ヘンゼルが弱々しく立ち上がり、他人の助けを必要としない狼に問いかける。

人は誰だって一人では生きていけない。家族や友人、支え合う仲間や兄妹がいるからこそ、

人は成長することができ、生きていくことができる。弱いから……力がないから他人の力を借りる

のではない。お互いに弱い部分を補い、強くなるために切磋琢磨していくとこに仲間の意味がある。


「つまんねぇ質問をしてんじゃねーよ。お前、この森が『黒い森』だってことを忘れていないか?」


黒い森――各地方から買い集められた、大勢の子ども達が暮らす暗い森。

羊飼いと呼ばれる者達から身体にタグ標を焼印され、逃げることもできず被験体として

生活をさせられている法外の地だ。昼夜を問わず、命のやりとりが起きており、

そこで暮らす者達にとって死は特別に近い存在。自身が生き残るために他人を裏切るなどの、

疑心暗鬼が絶えない場所でもある。


「俺は何も教団に屈してこの森にいるわけじゃない……ある人物を探すため、自らの意志でここに

 立っている……俺の全てだったモノを奪い、のうのうと生きているそいつを見つけ出すためにな」


過去に起きた出来事を思い返し、狼が力強く拳を握り締めた。


「仲間などという存在がいるからこそ、それに甘え、そして裏切られる。生きることが前提のこの

 森でも同じだ。仲間の存在は自分の生を分かつことでしかない……信頼? 友情? 糞くらえだ」


失うものがあるから人は恐怖に駆り立てられる……誰かとの繋がりがあるから、失うことへの恐怖

が拭えない……それならいっそ、最初から一人でいれば恐怖に支配されることもないのではないか。

仲間という存在を信じきっていたから、恐怖なんてものに足が竦んでいたから、全てを失ったんだ。

守るべきものがあったからこそ弱かったんだ。始めから不必要な存在だと割り切って捨てておけば、

何も失わず生きることだけに全力をつぎ込めていたのに――


「少しは俺のことが理解できたか? 脳内お花畑のシスコン野郎。強くなるって事はそう言う事だ」


育ってきた環境や歩んできた人生は、人によってそれぞれに違う。

家族に愛され生きてきたヘンゼルと、壮絶な過去を送ってきた狼の人生観もまた違うものだ。

一方的に自身の価値観を押し付けてしまうことだけはやってはならない。相手の生き方を否定する

事になってしまうからだ。しかし……強くなるために、仲間の存在を不必要だと考える狼の主張を、

ヘンゼルは受け入れることができなかった。


「僕は……羊飼いと契約をするとき、自分が犠牲になれば誰も悲しい思いをしなくて済むと、

 そう思ってたんだ……自身が犠牲になることで誰かを守れるものだと、そう思って一人で契約を

 交わした。すごく手が震えたよ……恐かった。これからどうなるんだろうって、様々な思考が頭

 の中を()ぎって行った」


でもね、とヘンゼルが続ける。


「グレーテルが……妹が一緒について来てくれたんだ。どうして自分を頼ってくれないのかってね。

 最初は戸惑ったよ。家族を、妹を守るために、自分一人が犠牲になろうと腹を括っていたからね。

 だけどグレーテルの想いを聞いて、僕は自分の考えが間違っていたことに気がついたんだ。僕が

 いなくなることで、悲しむ人がいるということにね。そしてそれと同時に、自分に懸かっていた

 負担が軽くなったんだ……僕は一人じゃない、支えてくれる人がいる。一人ではできない事でも、

 仲間がいれば、どんな困難だって乗り越えられる……そう感じたんだ。そしたら恐怖なんてどこ

 かに吹き飛んじゃってたよ。仲間の大切さが自分を強くするんだって、そう妹に教えられたんだ」


ヘンゼルが仲間の大切さを一生懸命に語る。少しでも狼の心に響けばと、そう信じて――


「――ったく、俺に説教とはいい度胸だな。まあいい。お前の言う仲間とやらが、そんなに大切な

 ら……守ってみろよ。お前の想いとやらで俺の全てを全否定して、何もかも守って見せてみろ!」


狼の姿が瞬時に消える。雑草を刈り取るかのような鋭い一閃がヘンゼルを襲った。


「があっ!!」

「ムカつくんだよ……仲間、仲間って。俺は群れなきゃ吠えられない奴とは違う。独りでも充分に

 生きていける。ふざけた虚言(きょげん)、垂れてんじゃねぇぞ!!」


サンドバック――と言った表現が的確だろうか。狼の放つ超高速な攻撃に、

ヘンゼルは防御もままならず、ただただ悲鳴を上げる事しかできなかった。


「あーあ。狼くん怒っちゃったよ……あの子、大丈夫かなぁ……」


グレーテルに銃弾を打ち込んだ赤頭巾が、戦闘への姿勢は崩さずに、チラリと狼の様子を窺った。


「……っ、お兄……さま」


赤頭巾の放った銃撃のうち、一発をヌイグルミに受けたグレーテルが、

少し離れた位置でよろよろと立ち上がる。不幸中の幸いだったのは、いつもの条件反射で、

弾丸をヌイグルミで受け止めてしまったことだが、銃弾は羊毛綿を貫通せず、

着弾による衝撃だけで事なきを得たことだ……しかし、その代償はあまりにも大きかった。

ヌイグルミの一部が被弾によって欠落し、破損を(まね)いてしまったからだ。


「それにしても……やっぱりそのヌイグルミ、普通じゃないわね」


トントンと、右手に持った鶏銃を右肩に当て、着弾の衝撃で吹き飛んだグレーテルを見やる。

宣言どおり、左右のリボルバーから放たれた弾丸は、一発を大きく外し、どうにか一発だけ

は彼女に命中させることができた。


ただ、予想外だったのは、事もあろうか銃弾をヌイグルミで受け止められたことだった。

命中を避けるための咄嗟(とっさ)の判断とはいえ、あまりにも無謀な行為である。

ヌイグルミを貫通する可能性は十二分にあるのだから。


「うらぁ!!」


狼がヘンゼルの首元を掴み、勢い良く木立へと打ちつける。

もはや勝敗など決まったようなものだったが、暴徒と化した狼の攻撃は止まらなかった。

自分の生き様を否定され、尚且(なおか)つ説教まで喰らったのだ。怒りに震えないわけがない。


「お兄さま!」


兄の元へと急ぎたいグレーテルを、赤頭巾が(かたく)なに抑止する。


「助けに行きたいのはわかるけど……私だって狼くんに頼まれているもん。絶対にいかせないよ」


グレーテルが破損したヌイグルミを握りしめて、細々と言葉を紡いだ。

手遅れになる前に……一刻も早く兄の救出に向かうために――


「そこを……どいてくださいっ!」


      ★


閑散とした森の中に、けたたましいビープ音が突如として鳴り響いた。


「何事だ!?」

「わかりません!! 何の前触れもなく『ローレライ』が危険信号を発しています!!」

「危険信号だと? エルフ、被験体ナンバー【KHM15/0514/R】の生命反応はどうだ」

「危険水域に近づいてはいますが、いまだロストの反応はありません」


非常事態の警告音に、再編成された教団の監視班達が慌てふためいた。

そのうちの一人ツェーンが、自身の端末機を操作して危険状態の詳細を急ぐ。


「これは……『ロマン周波』!? でも、いったいどこから……」

「ロマン周波なら《民謡伝術》の発動に、反応を起こしているんじゃないのか!?」

「ええ。おっしゃる通りなんですが……被験体ナンバー【KHM26/0426/R】のロマン反応なら即に

 確認されています。発生源も発動ログもデータと一致しており、彼女でないことは明らかです」

「そんなバカな……それじゃあ一体、この『ロマン周波』はどこからだというのだ」


ツェーンからの冷静な分析を受け、新たに監視班を率いることになった男が頭を悩ました。


「ツェーン。これはまずいね……瞬間ロマン値がどんどんと上昇している」


彼女と同期であろう小柄な教団員が、目まぐるしい速度で上がる値を見て危機感を訴える。


「瞬間ロマン値400%オーバー!! 440、470、500、上昇が止まりません!!」

「落ち着いてツヴェルフ。ノイン、エルフ、同期中のIOに制限をかけるわ。ブロックレベル同期

 を落としてちょうだい。『ローレライ』の負担を減らすわよ」

「了解だ」 「了解だよ」


ビープ音が激しく鳴り続ける中、ツェーンの指示で、エルフとノインと呼ばれた小柄な教団員が、

データの処理能力を落とすため、マスタプロパティを開く。その間も、ツヴェルフの持つ

タブレットでは、ぐんぐんと瞬間ロマン値が上昇していた。


「550、690、700! まだまだ上がります!! 800、880、900――」


      ☆


「嘘でしょ……あんなに小さい子が……」


赤頭巾が驚愕の眼差しで前方を見つめる。今しがた目の前で起きている出来事に、

彼女はおろか狼さえも驚きを隠せていなかった。


下草が揺れる。優しい感じではなく、ピリピリとした不穏な空気を纏わせながら、

渦巻くように揺れる。まるで台風の目でもあるかのように、風がグレーテルを中心に展開していく。


「……グレーテル」


狼に首元を押さえつけられたまま、満身創痍のヘンゼルが妹の名を口にする。

そして、グレーテルの周りで漂っていた風が、一気に彼女の元へと集まった。


「……お兄さまを傷つけて……絶対に……許さない」


バチバチバチと収集された風を身に纏い、グレーテルが両手で持ったヌイグルミを前方に突き出す。

無意識なのか、意識的なのかは分からないが、次の瞬間――彼女の眼前に巨大な魔方円が出現した。


戦闘の最中(さなか)、赤頭巾が見せたものと同じ、

外周を奇妙な象形文字で縁取られた、幾何学的な桃色の紋章陣だ。赤頭巾の魔方円と違うのは、

紋章を彩る鮮やかなカラーだけではない。何よりもその出現した魔法円の〝大きさ〟にあった。


「……《童術》だと!? それも何て大きさだ……」


グレーテルが発動した巨大な魔法円を横目に、狼がらしくもなく萎縮(いしゅく)する。


「ちょ、ちょっと! 《童術》が使えるなんて聞いてないよ!! それに……」


ゴクリ。赤頭巾が冷や汗と共に唾を飲み込み、


「どう見たってこれ……ピンチじゃない? どんな能力かは知らないけど、あの規模の《童術》に

 当たったら……間違いなく昇天しちゃうよ」


ワナワナと震えながら狼に助けを求めた。


「くっ、赤頭巾! 避けろっ!!」


狼が叫ぶよりも早く、巨大な魔法円はしぼむように収縮され小さな光弾となる。

そしてグレーテルの叫声と共に、圧縮された光弾が、一気に膨張しながら前方へと解き放たれた。




メェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!




耳をつんざくような奇声が上がり、地面を震わす巨大なレーザー砲が、

軌道上に存在する全ての物質を飲み込むように薙ぎ倒していく。まるで〝そこだけ〟が、初めから

無かったんだと言わないばかりに、プラズマと化した弾体が一直線に森の中を焼き払う。


「いっ――!? やああああ!!」


グレーテルの放ったレーザー砲から回避するため、

赤頭巾が目に涙を浮かべて、必死の横っ飛びで草むらに滑り込む。

桃色のプラズマ砲は、彼女のすぐ側を(さえぎ)っていき、数キロ先の彼方までその脅威は及んだ。


「グレーテルが……」

「咆えた……だと?」


光弾を高出力で放った反動を受け、グレーテルが後方へ二転三転と下草を巻き込んで転がって行く。

一連の様子を見ていたヘンゼルと狼が、転がる彼女を目で追いながら唖然と言葉を漏らした。

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