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咆哮のグレーテル  作者: 胡桃ヌイ
★第二章 『魔女の家』――Kapitel 2:Das Hexenhaus――
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Ⅷ 『黒い森②』

「ホルツ! 左側から挟み込め!!」


閑静な森の中。兄弟と思しき三人の少年が、自身の縄張り内で、

敵対した〈黒い影〉と争奪戦を繰り広げていた。


瀕死の状態で、弟に指示を出す長男の背後には、彼らのホームであろう『藁の家』が、

まるで落雷でも受けたかのように半壊している。


「好き勝手に暴れやがって! くたばりやがれ!!」


〈黒い影〉を左右から挟み込み、長男と、ホルツと呼ばれた次男が同時に拳を振るう。


「好き勝手に暴れているのはお前達だろう」


左右からの攻撃を、羽のように両手を広げて受け、〈黒い影〉が吐き捨てる。

彼の足元には、プスプスと焼け焦げた三男が転がっていた。


「ぐゥ……華奢な身形くせに、どこにこんな力が……」


まったく動じない〈黒い影〉に、長男が歯軋りを立てて(おのの)いた。

体格の差では、圧倒的に勝っているはずなのに。なぜ、自分達の攻撃が通用しないのか?

兄弟の渾身の攻撃はどれも軽くあしらわれ、〈黒い影〉の前では何の意味も成さなかった。


「兄者! 相手が悪すぎる。ここは一旦離脱しよう」


長男に向かって、次男ホルツが戦線離脱を所望する。

これ以上の戦闘は身を削るだけでなく、ホームを含む全ての縄張りを失い兼ねないからだ。


「ああ……そのほうがいい。俺も無駄な争いは好きじゃない」

「ふ、ふざけやがって……」


退陣を要望する次男に、〈黒い影〉が同調する。言葉通り慈悲を受けた長男は、

屈辱のあまり身体を震わせ怒りを露にした。


「ホルツ! ジーゲルを担いで撤退しろ!! 俺はァ……こいつをぶっ潰す!」


次男ホルツに、三男を担いで逃げるよう促し、長男が〈黒い影〉を睨みつける。


「兄者、もうやめてくれ。ホームならまた作り直せばいい。一緒に離脱しよう」

「いいから黙って俺の指示に従え! 早く行け!!」


長男の威圧的な言葉に、ホルツは止むを得ず従った。


「くっ……すまねえ兄者!」


〈黒い影〉の攻撃を受け、焼き豚と化した三男ジーゲルを担ぎ、

次男が一目散に森の中へと敗走した。


「てめェは……てめェだけは、絶対に許さねェえええ!!」


巨大な身体をイノシシのように転がし、長男が〈黒い影〉に向かって突撃する。


「哀れな奴だ」


迫り来る長男の突進を見据え、〈黒い影〉が重心を落とす。

右手にグッと力を籠め、長男の攻撃に合わせて叫んだ。


「《童術・黒爪ヴォルフガング!》」


瞬間。〈黒い影〉と長男の間に、幾何学的な魔方円が出現した。

真円の外枠は、謎の象形文字で縁取られ、中心の紋章は五芒星を刻んでいる。

長男の攻撃に合わせ、〈黒い影〉が前方の魔方円を〝通す〟ように拳をぶつけた。

術式の力なのか、魔方円を介した〈黒い影〉の拳には、バチバチと黒色の電流が帯びている。


拳と拳がぶつかり合う。一際大きな轟音を立て、森の中に雷土(イカズチ)が舞い降りた。


「ぎィやああああ!!」


けたたましい叫び声を上げ、長男が電圧の前に沈んだ。

術によって生じた落雷は数十万ボルトを優に超え、直撃を受けた長男は瞬く間に感電した。


肉の焼ける臭いが鼻につく。ラードをたっぷりと含んだ身体はよく燃えた。

長男はやがて黒炭と成り果て力尽き、〈黒い影〉の前で崩れ落ちた。


「すごーい。あの三豚さんを退けちゃったよ」


どこからともなく少女の声がする。

〈黒い影〉は今しがた聞こえた声のほうを見やり、目を細めて、短くため息を吐いた。


「あー。今、ものっすごく嫌な顔したでしょ? またお前かって顔してた」


少女は木々の合間からひょこっと姿を現すと、バスケットを片手に〈黒い影〉に近づいた。

年齢は十二、三といったところだろう。髪型は耳の後で二つ結びにした金色のおさげ。

バルーンパンツ型のサロペットに、上から赤いケープを羽織り、肉球のプリントが印字された

ニーソックスと、ハーフブーツの組み合わせ。まさに少女と呼べる女の子だった。


「……っ、なんだよ」


少女にジーっと眺められ、〈黒い影〉が困惑した様子で威圧する。


「今日はどこで夜を過ごすの? 寝る場所まだ決まってないんでしょ?」

「お前には関係ない」

「まーたそんな言い方する。素直じゃないなぁ。うちに来ればいいのに」

「断る」


〈黒い影〉は素っ気無い態度で少女に接した。誰かと群れるなんて死んでも御免だ。

そんな雰囲気を醸し、〈黒い影〉が腕組みをする。


「ふ~ん。美味しいブドウ酒とリンゴのケーキ、用意してるんだけどなぁ……」


……ピクッ。


「あー! 今、ピクッってなった。耳がピクッってなったよ!!」

「……っ」


リンゴという単語に反応を示したのか、〈黒い影〉が失態に舌打ちをする。

そんな影の腕に強引に手を回し、赤いケープの少女が引っ張るように誘導した。


「ほらほら、いくよ。早く帰らないと日が暮れちゃう」

「……分かったから。手を離せ」

「逃げない?」

「ああ」


〈黒い影〉は観念した様子で、少女の手を振り解いた。面倒な奴に掴まった。

最低でも明日までは付きまとわれるだろう。〈黒い影〉の表情がそう物語っている。


「それでは『おばあちゃんの家』に、一名様ご案なーい」

「その言い方はやめろ」


〈黒い影の少年〉と、〈赤いケープの少女〉。二人は日の暮れる暗い森の中へ、

並ぶようにして消えていった――

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