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咆哮のグレーテル  作者: 胡桃ヌイ
★第二章 『魔女の家』――Kapitel 2:Das Hexenhaus――
17/81

Ⅶ 『民謡伝承者』

魔女に掴まり、檻に入れられてから一週間が過ぎた。

正確には〝それくらい〟の感覚で、今日が何曜日なのか、もはや分からなくなっている。

ヘンゼルは藁束の中に身をゆだね、無感動になりつつある精神と戦った。


脳裏をかすめるのは、貧しかったけれど幸せだった家族との思い出。

父親がいて、母親がいて、グレーテルがいる。そんなあたり前だった毎日さえ、

今ではひどく懐かしいと思ってしまう。


チャンスを待つとはいえ、一刻も早くそのときを迎えないと、

先にこちらの気が滅入ってしまいそうだ。


「お兄さま……ごはんです」


食事の容器を持って、グレーテルが格子戸の前にやってくる。

朝方に一回目の食事を済ませたから、時刻はちょうど真昼くらいだろう。

一滴の光さえ通さない家畜小屋は、時間の感覚すらも狂わしていく。


「ありがとう、グレーテル。魔女は近くにいないかい?」


ヘンゼルが鉄格子の隙間から食事を受け取り、妹に警戒する仕草を見せる。


「……おばあさまは、台所で鍋を煮詰めています」

「良かった……あんまり帰りが遅いと怪しまれる。今のうちに早く食べてしまおう」


兄妹はひとまず安堵の息を吐いて、一人分の食事を二人で分け合って食べた。

魔女に隠れて、妹に食事を分け与えていることは、絶対に見つかってはならない。

ヘンゼルは極限状態の中でも、注意を払うことだけは怠らなかった。


それから数分後。空になった容器を持って、グレーテルが小屋から家へと戻っていく。

大丈夫。今のところは怪しまれていない……ヘンゼルは確信を持って彼女を見送った。


季節はすでに夏。ジリジリと照りつける太陽から、光を(さえぎ)る木々の群れ。

瑞々しい葉身が揺らめくその横で、羽を休めた白鳥が、グレーテルの背中を見つめていた。


      ★


「18世紀末。教団が結成される以前の話だ。この国に伝わる『物語』を、

 集めようとした者達がいた」


樹木の幹に背を預け、羊飼いの一人エルフが口を開く。


「フランス革命、それに続くナポレオン・ボナパルトのドイツ占領。彼らはこれらによる、

 ナショナリズム高揚の中、土着の民衆文化に目を向けるようになった」

「民衆文化……ですか?」

「そうだ。有名どころで言えば、ヘルダーによる『民謡集』、ビュッシングの『民間伝説・

 メルヘン・聖者伝』あたりだろう。他にも多くの著者が発掘収集を進めていた」


まるで『物語』を集める我々のようだと、話の中の彼らにツヴェルフは共感した。


「彼らは様々な方法で収集活動に励んだ。そして、それを手伝っていたのが『民謡伝承者』

 だと云われている」


民謡伝承者――教団の結成以前から、『物語』に深く携わっていた者を指す。

魔女ドロテーア。彼女がその一人だ。


「当時、民謡伝承者は『語り手』と呼ばれ、古今東西ドイツに伝わる民謡を、口伝えで

 収集者に伝えていた。ドロテーア・フィーマン。彼女も実に多くの民話を提供している」

「では、それら一つ一つが集まって、出版されたものが『物語』だと?」

「ああ……彼女らの功績なしでは、世にある多くの物語は誕生しなかっただろう」


忌々しさを噛みしめて、エルフが吐き捨てた。教団の手が出せない場所がある。

彼がそう言っていたのを思い出し、ツヴェルフはエルフの心中を悟った。


童話創生論――ロマン主義教団『クレメンス』が唱える物語の創造。

それには実に多くの〝素材〟を用意する必要があった。人、舞台、演出、小道具……

そして語り手。物語の創造には『民謡伝承者』の存在が必要不可欠だった――


被験体と称した子ども達を、黒い森という舞台に上げ、森の中で起こる様々な演出に

立ち向かってもらう。舞台には川や洞窟、家屋といった小道具もあり、いつどこで物語が

誕生しても、不思議ではない条件の提供。にもかかわらず、語り手の存在が重視される理由。

それが教団が手を出せない理由でもあり、エルフが苛立たしく思う、要因の一つでもあった。


「教団が手を出せない理由って、何なんですかね……」


ツヴェルフが重い空気に耐えかねて、先輩の機嫌を窺いつつ尋ねた。


「さあな……教団結成時のメンバーにでも聞けば、教えてくれるんじゃないか。どちみち

 俺達の仕事は被験体の観察だ。変な油を売っていると、ツェーンの奴に告発される」

「ツェーン様に?」

「あいつはああ見えて、怒らすと教団内で二番目に恐い。ドライ様が(なだ)めるくらいだ」

「へ、へぇ……」

「ちなみに一番恐いのはフィア様だ。団長が二度ほど死にかけた」

「………………」


教団に属する二人の女性の名を挙げ、エルフがガタガタと震えた。


「と、とにかくだ……東洋の国の言葉だが、触らぬ神に祟りなし、だ。

 変な探りは絶対に入れるな。それが身のためでもある。いいか。俺は忠告したぞ?」

「はい……肝に銘じておきます」


民謡伝承者の重要性については、あまり関わりを持つな。そう強く念を押され、

ツヴェルフは手元の端末機を操作して、魔女ドロテーアの情報をシャットアウトした。


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