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咆哮のグレーテル  作者: 胡桃ヌイ
★第二章 『魔女の家』――Kapitel 2:Das Hexenhaus――
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Ⅵ 『魔女』

「被験体が『民謡伝承者』の一人と接触した」

「民謡伝承者?」


高く、空にそびえる枝木の上で、教団に属してまだ日の浅い羊飼いが、

先輩羊飼い、エルフに聞き返す。二人は白いローブに身を纏い、森に放った子羊達を観察していた。


「そうか。お前にはまだ教えていなかったな」


粒子状の端末機を片手で操作し、エルフが後輩のタブレットへデータを転送する。

直後。宙に浮かんだツヴェルフの端末機に【Dorothea Viehmann】の文字と、

一枚の顔写真が添付されていた。


「ドロテーア・フィーマン?」


転送されたデータを眺めながら、ツヴェルフが詳細に目を配る。


「ドロテーア・フィーマン――元々はヘッセン州・カッセル近郊の村に住む、野菜売りの農婦だったんだが、

 仕立屋の旦那に先を立たれ、その後は『黒い森』へと移住している」

「黒い森に? この森は我々『クレメンス』の管轄域のはずでは……」

「管轄域……お前の言葉を借りると、この森には、我々の管轄域であって〝管轄域ではない区域〟が

 存在する」


エルフからの詳言を受け、ツヴェルフがひどく困惑する。

黒い森の中に、教団の手が出せない場所がある。そう言われているようだった。


「では、その特別な区域内で、ドロテーアという女性は生活していると?」

「ああ……そして、それと同時に、彼女は『魔女』でもあったんだ」


魔女――新異教主義の一種、魔女宗(ウィッチクラフト)を信仰し、実践しようとする者達。

その存在は有史以前にまでさかのぼり、超自然的な力で人畜に害を及ぼした、と伝えられている。

しかし、15世紀から17世紀にかけて起きた、大規模な魔女狩りによって、魔女達は世間から処断され、

魔女であることを隠し普通の家庭を築く者、人里離れた場所で細々と暮らす者など、

その存在は人々の中に浸透しつつも薄れていった。


「魔女ドロテーアは、森の奥深くに住み着き、我々が森を管轄する前から『物語』に携わっていた」


エルフが淡々と語り始め、ツヴェルフは端末機に添付された顔写真に目を向ける。

そこには、いかにも善良そうな老婆の姿が写っていた――


      ☆


早朝。子ども達がまだぐっすりと眠っているうちに、老婆はすでに起き出していた。

老婆はベッドで眠る、兄妹の姿を見てほくそ笑んだ。


「ホォッホッホッ……ご馳走が二つも飛び込んでくるなんてね。おバカな子達だよ」

 

そこにいたのは、あの善良そうな老婆ではなく、黒いマントに身を包み、黒い三角帽を被った、

まぎれもない魔女の姿だった。


「逃がしゃしないよ」


兄妹を喰らうべく、魔女は手始めに、ヘンゼルに目を付けた。

スヤスヤと眠るヘンゼルをベッドから引きずり出し、格子戸のついた小屋に放り込む。

まどろんでいたヘンゼルは、とっさに反応ができず、いとも簡単に狭い小屋へと閉じ込められた。


「くっ……どうして。おばあさん出して、ここから出してよ!」


ヘンゼルは格子戸を揺らして、魔女に救いを求めた。


五月蝿(うるさ)い子だね。いくら騒いでも、そこからは出られやしないよ」


魔女はヘンゼルを小屋に閉じ込めた後、次にグレーテルを叩き起こした。


「いつまで寝てるんだい! さっさと起きて水を汲んできな!!」


昨日とは打って変わった老婆の様子に、グレーテルは戸惑いながらも、

いつも母親の手伝いをしていたように、魔女の言うことに従った。


「水を汲んできたら、火をおこして食事を作るんだよ。料理くらいは出来るだろう」


魔女は、グレーテルがおとなしいことを良いことに、次々とこきを使った。


「……おばあさま。お兄さまはどこに?」

「お前の兄さんは外にある小屋の中さ。おっと、どうしてそんなところにって顔だね。

 まだ気がつかないのかい。お前達は罠にはまったんだよ。私に食べられるためにね」


そう言って魔女は、グレーテルの背中を荒々しく突き飛ばし、炊事場へと連れ込んだ。


「さあ、さっさと食事を作りな。お前の兄さんを、うんと太らせて食べるんだからね」


      ☆


その日から、兄妹の苦しい毎日が始まった。

朝早くから夜遅くまで、魔女はグレーテルをこき使い、小突き回すように炊事場に立たせた。

彼女への食事は一日に一回。それもザリガニの殻のみ。グレーテルはひもじさと切なさの中、

魔女に従って黙々と働いた。


一方。ヘンゼルは光も差さない小屋の中で、妹が運んでくる食事を、

ただただ待つばかりの、家畜以下の生活を強要されていた。


うかつだった。まさか人喰いの魔女の家だったとは……。

せめて、せめてグレーテルだけでも逃がしてあげれれば。

ヘンゼルは暗い小屋の中で、妹の安否を気遣った。

                                             

「……お兄さま、ごはんです」


グレーテルが格子戸越しに食事を運んでくる。少しばかり彼女の表情に疲労の色が窺える。

ヘンゼルに、たくさんの食事が与えられているのに対して、グレーテルには満足な食事が

与えられていなかったからだ。


「グレーテル……魔女に見つかる前に、その食事を少しでも食べるんだ」


ヘンゼルはグレーテルの疲労を気にかけて、持ってきた食事を食べるように進めた。

もちろん、そんなところを見つかれば、たちまち二人とも魔女に食べられてしまう。

それでもヘンゼルは、妹の様子を気にかけた。

 

「わたしは……大丈夫です。お兄さま、もうしばらく待っててください。カギを探してきます」

「無茶だグレーテル! そんなことをして見つかったら、君が先に食べられてしまう」


小屋のカギを探し出し、格子戸を開けようと試みる妹に、ヘンゼルが静止を呼びかける。


「大丈夫、何とかなるから。ね」


そう言ってヘンゼルは、魔女のいない隙を見て、妹に食事を分け与えた。


今はまだ動くときではない。必ず逃げ出せるチャンスがやってくる。

そう、魔女がヘンゼルを食そうと、格子戸のカギを開けたとき――

そこがここから逃げ出せる、唯一のチャンスだ。

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