二人の調律
五匹が。
一斉に。
地面を蹴った。
「来る!」
俺は。
剣を構える。
正面から。
二匹。
左右から。
一匹ずつ。
そして。
一匹が。
後ろへ回ろうとしている。
「リーナ!」
「はい!」
返事と同時に。
リーナが動いた。
俺の横から。
一歩。
前へ。
「え?」
速い。
飛びかかってきた狼の。
爪を。
身体を沈めて避ける。
そのまま。
短剣を。
下から振り上げた。
――ザシュッ!
「ギャウッ!」
狼の前脚から。
血が飛ぶ。
「……!」
弱い。
そう聞いていた。
だから。
もっと。
戦えないと思っていた。
でも。
違う。
強くはない。
力もない。
速さだって。
特別じゃない。
それでも。
慣れている。
何度も。
この短剣で。
魔物と戦ってきた。
そんな動きだった。
「レンさん!」
「っ!」
見とれてる場合じゃない。
正面。
牙。
剣で受ける。
――ガキンッ!
「重っ……!」
押される。
さらに。
もう一匹。
横から来る。
「くそっ!」
剣を。
無理やり振る。
狼が。
後ろへ跳ぶ。
その瞬間。
リーナの声。
「右!」
「え?」
「右から来ます!」
反射的に。
剣を右へ。
――ガンッ!
爪と。
刃がぶつかった。
「……!」
見えてたのか?
いや。
考えてる暇はない。
俺は。
狼の身体を。
剣で押し返す。
「はっ!」
そのまま。
斬る。
――ザシュッ!
一匹。
倒れる。
「まず一匹!」
でも。
残り四匹。
「リーナ!」
見る。
リーナは。
さっき傷を負わせた狼と。
向かい合っていた。
短剣を。
低く構えている。
狼が。
飛びかかる。
リーナは。
動かない。
ギリギリまで。
待つ。
「危な――」
瞬間。
横へ。
半歩。
牙が。
空を噛む。
リーナの短剣が。
狼の首元へ。
滑り込んだ。
――ザクッ!
「ギャッ!」
狼が。
地面へ転がる。
リーナも。
勢いで。
倒れそうになる。
「っ……!」
それでも。
踏ん張った。
「二匹……!」
俺は。
思わず。
笑った。
「やるじゃん!」
「だから」
リーナが。
息を切らしながら。
短剣を構える。
「弱い魔物なら」
「倒せるって」
「言いました」
「ごめん」
「信じてなかったんですか?」
「ちょっとだけ!」
「……ひどいです」
そんなことを。
言っている場合じゃない。
残り。
三匹。
でも。
さっきより。
いける。
そう思った。
その時。
「……!」
リーナの顔が。
変わった。
「レンさん!」
「今度は何!?」
「下がって!」
俺は。
反射的に。
後ろへ跳ぶ。
直後。
――ブンッ!
狼の爪が。
目の前を通過した。
「うわっ!」
あと少し。
遅かったら。
顔を。
持っていかれていた。
「なんで分かった?」
「分かりません!」
「また!?」
「でも」
リーナが。
俺の剣を見る。
「今のまま」
「受けたら」
「剣が耐えられないって」
「感じたんです」
「……」
武器の。
状態が分かる。
それだけじゃない?
リーナは。
剣だけじゃない。
俺が。
その剣を使った時の。
噛み合わせまで。
感じている?
「レンさん!」
「分かってる!」
狼が。
二匹。
同時に来る。
俺は。
剣を振る。
一匹が避ける。
もう一匹。
間に合わない。
「っ!」
リーナが。
飛び込んだ。
――ガキッ!
短剣で。
爪を受ける。
「リーナ!」
「大丈夫です!」
でも。
身体ごと。
吹き飛ばされる。
「きゃっ!」
「っ……!」
俺は。
剣を。
両手で握った。
「ふざけんな!」
踏み込む。
一閃。
――ザンッ!
狼が。
倒れる。
残り。
二匹。
「リーナ!」
「……大丈夫」
起き上がる。
腕を。
少し押さえている。
「怪我した?」
「少しだけ」
「下がってて」
「嫌です」
即答。
「でも」
「二匹なら」
リーナが。
短剣を構える。
「一人一匹です」
「……」
「いけます」
その目を見て。
分かった。
この子。
意外と。
頑固だ。
「分かった」
俺も。
剣を構える。
「一匹ずつ」
「はい」
二匹の狼が。
低く唸る。
そして。
同時に。
走った。
俺の方へ。
一匹。
リーナへ。
一匹。
「来い!」
俺は。
剣へ。
魔力を流す。
その瞬間。
「……あれ?」
違う。
さっきまでより。
流れがいい。
剣を。
振る。
速い。
いや。
剣が。
速くなったんじゃない。
俺の力が。
前より。
ちゃんと。
剣に伝わっている。
――ザシュッ!
狼の肩を。
深く斬る。
「これ……!」
さっき。
リーナが。
剣に触れた。
あの時から。
明らかに。
違う。
「リーナ!」
横を見る。
「……!」
思わず。
目を奪われた。
リーナが。
短剣を構えている。
狼が。
飛び込む。
避ける。
刺す。
引く。
また。
構える。
派手じゃない。
でも。
妙に。
滑らかだ。
短剣が。
リーナの手から。
離れない。
いや。
違う。
まるで。
最初から。
身体の一部だったみたいに。
動いている。
俺の剣には。
あった。
わずかな。
ずれ。
でも。
リーナと。
あの短剣には。
それが。
見えない。
「……まさか」
リーナが。
狼の攻撃を。
紙一重で避ける。
短剣が。
首元へ入る。
――ザシュッ!
狼が。
倒れた。
ほぼ同時に。
俺も。
目の前の狼へ。
剣を振り下ろす。
――ドサッ。
静かになった。
「……」
「……」
俺たちは。
しばらく。
動けなかった。
「終わった?」
リーナが。
周りを見る。
「たぶん」
「……」
「……」
二人で。
顔を見合わせる。
「勝った……」
リーナが。
小さく呟いた。
「勝ったな」
五匹。
一人だったら。
危なかった。
でも。
二人だったから。
勝てた。
「リーナ」
「はい?」
「やっぱり」
「戦えるじゃん」
「……弱い魔物だけです」
「五匹いたけど」
「レンさんもいたので」
「それでも」
俺は。
笑った。
「十分だろ」
リーナは。
何も言わなかった。
ただ。
ほんの少し。
嬉しそうに。
短剣を見た。
◇
魔物から。
使えそうな素材を。
回収する。
その間も。
俺は。
自分の剣が。
気になっていた。
何度か。
軽く振ってみる。
「……やっぱり」
「どうしました?」
「これ」
剣を。
リーナに見せる。
「さっきより」
「使いやすい」
「……」
「リーナが触ってから」
「俺の魔力が」
「ちゃんと剣に入る感じがする」
「そんな……」
「それって」
俺は。
ガルドの言葉を思い出す。
――武器の力を。
――使い手が引き出せるようにする。
――そして。
――使い手の力を。
――武器へ伝える。
――武器と使い手。
――その二つを。
――繋ぐんだ。
「調律なんじゃない?」
「……違います」
「なんで?」
「だって」
リーナは。
自分の手を見る。
「私は」
「調律師じゃないから」
「ジョブが分からないから?」
「……」
「でも」
俺は。
剣を握る。
「実際に」
「変わった」
「剣が強くなったわけじゃない」
「俺が急に強くなったわけでもない」
「でも」
剣を。
軽く振る。
「さっきより」
「俺の力が」
「ちゃんと伝わってる」
リーナが。
剣を見る。
「……」
「これが」
「調律じゃないなら」
「何なんだ?」
「……分かりません」
「じゃあ」
「調べよう」
「え?」
「分からないなら」
「調べればいい」
「……」
俺は。
少し笑う。
「俺も」
「それをするために」
「街を出たんだから」
リーナは。
何も言わなかった。
◇
「そういえば」
俺は。
リーナの短剣を見る。
「それも」
「調律してるの?」
「……これ?」
リーナが。
短剣を持ち上げる。
「してません」
「本当に?」
「はい」
「でも」
俺は。
さっきの戦いを。
思い出す。
「すごく」
「馴染んでた」
「……」
「俺の剣と」
「全然違った」
リーナは。
短剣を見る。
「ずっと」
「使ってるだけです」
「どのくらい?」
「……ずっと」
曖昧な。
答え。
でも。
それ以上。
聞くのはやめた。
昨日。
十五歳の頃の話を。
したくないと言った。
この短剣も。
もしかしたら。
リーナの過去に。
関係しているのかもしれない。
「手入れも」
「自分で?」
「はい」
「刃を研いで」
「柄を直して」
「少しでも」
「使いにくくなったら」
「直します」
「自分に合わせて?」
「……?」
リーナが。
首を傾げる。
「使いやすいように」
「してるだけです」
「……それ」
俺は。
短剣を見る。
「もしかして」
「ずっと」
「無意識に」
「調律みたいなことを」
「してたんじゃない?」
「……え?」
リーナの動きが。
止まった。
「自分と」
「短剣が合うように」
「知らないうちに」
「少しずつ」
「……」
「だから」
「あんなに」
「馴染んでるんじゃない?」
リーナは。
短剣を見る。
長い間。
自分を守ってきた。
相棒を見るように。
「……分かりません」
「うん」
「でも」
「可能性はある」
リーナは。
そっと。
短剣を鞘へ戻した。
「……この子が」
「私に」
「合わせてくれてるだけかも」
「それも」
「いいな」
「……はい」
今度は。
少しだけ。
笑った。
◇
街へ。
戻ろうとした時だった。
「レンさん」
「ん?」
リーナが。
立ち止まる。
「昨日の」
「もう一度」
「見せてもらっても」
「……神器?」
小さく。
頷いた。
「怖くない?」
「少し」
「じゃあ」
「無理しなくても」
「でも」
リーナは。
自分の短剣を見る。
そして。
俺を見る。
「知りたいです」
「……」
昨日とは。
違う。
「分かった」
俺は。
右手を前へ。
「来い」
青白い光。
空間が歪む。
――ズンッ。
巨大な神器が。
姿を現した。
リーナが。
見上げる。
「やっぱり」
「変?」
「……はい」
「ひどいな」
「そういう意味じゃ」
「分かってる」
少し。
リーナの緊張が。
解ける。
俺は。
神器を支える。
「触ってみる?」
「……はい」
リーナが。
ゆっくり。
手を伸ばす。
神器に。
触れる。
――キィン。
青白い紋様が。
光る。
昨日と。
同じ。
いや。
違う。
「……!」
光が。
昨日より。
少しだけ。
長い。
「リーナ?」
「待って」
目を閉じている。
神器の奥。
――ヴゥン……。
低い音。
「……聞こえる?」
「はい」
「何て?」
「昨日と」
「同じです」
「足りない?」
「……はい」
リーナの指が。
神器の表面を。
ゆっくり。
なぞる。
「でも」
「何か」
「分かる?」
「……奥」
「奥?」
「もっと」
「中です」
リーナが。
眉を寄せる。
「この神器」
「外から見えてるものと」
「中が」
「全然違う」
「どういうこと?」
「分かりません」
「でも」
リーナが。
ある場所で。
指を止める。
「ここ」
「……?」
神器の。
中央より。
少し後ろ。
俺から見れば。
ただの。
黒い装甲。
「ここに」
「何かある?」
「……はい」
リーナが。
目を閉じる。
「空いてます」
「空いてる?」
「何もない場所が」
「ある」
「……」
何もない?
俺は。
神器を見る。
外から見ても。
俺には。
何も分からない。
でも。
リーナには。
俺には見えない。
何かが。
見えている。
「……まさか」
「レンさん?」
俺は。
リーナが示した場所を。
見つめる。
「中を」
「もっと調べよう」
「……はい」
撃てない理由。
その答えが。
初めて。
形を持ち始めた。
神器の。
中にある。
何もない場所。
そこには。
本当は。
何が。
あるはずなのか。
俺たちは。
まだ。
知らなかった。




