湖の中央
役所を。
出たあと。
俺たちは。
そのまま。
湖へ。
向かった。
昔から。
見慣れている。
道。
子供の頃。
セリアと。
何度も。
通った。
その先に。
大きな。
湖がある。
「……なんか」
隣を。
歩いていた。
セリアが。
言った。
「変な感じ」
「何が?」
「湖」
「昔から」
「普通に」
「あったじゃん」
「ああ」
「それが」
「二百年以上前には」
「なかったって」
「言われても」
「なんか」
「信じられない」
分かる。
俺だって。
同じだ。
生まれた時から。
そこにあった。
巨大な湖。
疑問に。
思ったことなんて。
一度もない。
でも。
古い地図には。
確かに。
なかった。
そして。
湖が。
現れた時代。
その周辺だけ。
記録が。
不自然に。
抜け落ちている。
「レンさん」
リーナが。
隣から。
聞く。
「湖には」
「よく」
「行っていたんですか?」
「子供の頃は」
「結構な」
「セリアと」
「遊びに」
「行ってた」
「懐かしいね」
セリアが。
笑う。
「一回」
「レンが」
「湖に落ちたこと」
「あったよね」
「……あったっけ?」
「あったよ」
「私が」
「助け呼んだもん」
「覚えてない」
「都合の悪いことだけ」
「忘れてる」
「昔のことだろ」
「でも」
「泳げなかったよね」
「今は」
「泳げる」
「本当?」
「多分」
「多分?」
「……」
リーナが。
俺を見る。
「レンさん」
「何だよ」
「今日は」
「落ちないでくださいね」
「お前まで」
「言うのかよ」
二人が。
笑った。
まったく。
◇
しばらく。
歩く。
木々の。
隙間から。
光が。
見え始める。
そして。
視界が。
開けた。
「……」
巨大な。
湖。
風に。
揺れる。
水面。
太陽の光が。
反射している。
何も。
変わっていない。
俺が。
知っている。
湖。
「大きい……」
リーナが。
呟いた。
「こんなに」
「大きかったんですね」
「初めて見るのか?」
「はい」
そういえば。
リーナは。
この街自体。
初めてだった。
「どう?」
セリアが。
少し。
嬉しそうに。
聞く。
「綺麗です」
「でしょ?」
「なんで」
「お前が」
「得意げなんだよ」
「故郷の湖だから」
「俺の故郷でも」
「あるんだけど」
「細かいなあ」
「細かくない」
そんな。
話をしながら。
岸へ。
降りていく。
何艘か。
木造の舟が。
浮かんでいる。
少し。
離れた場所では。
網を。
片づけている。
男たち。
漁師だ。
「まず」
「聞いてみるか」
「あの印?」
「ああ」
役所で。
見つけた。
古い冊子。
そこに。
描かれていた。
湖。
そして。
中央付近に。
残されていた。
一つの印。
『底』
それが。
何なのか。
今は。
まだ。
分からない。
近くにいた。
年配の。
漁師へ。
声をかける。
「すみません」
「あ?」
男が。
振り返る。
日に焼けた。
顔。
太い腕。
俺たちを。
順番に見る。
そして。
俺で。
止まった。
「……お前」
「レンか?」
「え?」
「やっぱり」
「レンだろ」
またか。
「はい」
「帰ってたのか」
「昨日」
「帰ってきました」
「そうか」
男が。
笑う。
「王都で」
「随分」
「やったらしいな」
「……その話」
「ここまで」
「広まってるんですね」
「そりゃ」
「この街から出た」
「神銃士だからな」
勘弁してほしい。
後ろで。
セリアが。
笑っている。
「英雄様」
「やめろ」
漁師も。
笑った。
「それで」
「何の用だ?」
「あ」
そうだった。
俺は。
古い冊子を。
そのまま。
持ち出すことは。
できなかったので。
写してきた。
簡単な。
湖の図を。
取り出す。
「この辺りについて」
「聞きたいんですけど」
男が。
図を見る。
「湖か?」
「はい」
「中央って」
「どのくらい」
「深いんですか?」
「中央?」
男が。
湖を見る。
「正確には」
「分からんな」
「分からない?」
「ああ」
「測ったことが」
「ない」
「でも」
「この辺じゃ」
「一番深いって」
「言われてる」
男の。
指が。
湖の。
中央付近を。
示す。
「漁も」
「岸に近い方が」
「多いからな」
「わざわざ」
「真ん中まで」
「行く奴は」
「あまりいねえ」
「魚が」
「いないんですか?」
リーナが。
聞く。
「いないわけじゃ」
「ない」
「ただ」
男が。
少し。
言葉を。
止めた。
湖を見る。
「昔から」
「あそこは」
「あまり」
「行かねえ方がいいって」
「言われてる」
俺と。
セリアが。
顔を。
見合わせた。
「どうして?」
セリアが。
聞く。
「さあな」
「俺も」
「爺さんから」
「聞いただけだ」
「危ないんですか?」
「普段は」
「何もねえよ」
男が。
答える。
「ただ」
「たまに」
「水の流れが」
「変になる」
「流れ?」
「ああ」
「風もねえのに」
「舟が」
「持ってかれたり」
「逆に」
「そこだけ」
「妙に」
「静かになったり」
男が。
手を。
回す。
「水が」
「ぐるぐる」
「回ったって」
「話もある」
「渦?」
「みたいな」
「もんだろうな」
セリアが。
俺を見る。
「……レン」
「何だよ」
「行くんでしょ?」
「まだ」
「何も」
「言ってないだろ」
「その顔」
「行く顔してる」
「どんな顔だよ」
「行く顔」
俺は。
リーナを見る。
「分かる?」
「……」
リーナが。
真剣に。
俺の顔を見る。
「分かりません」
「リーナ」
「そこは」
「真面目に」
「考えなくていい」
「すみません」
漁師が。
俺たちを。
呆れたように。
見ている。
「お前ら」
「行くつもりか?」
「ちょっと」
「確認するだけです」
「何を?」
「それが」
「まだ」
「分からなくて」
「……」
男が。
ものすごく。
嫌そうな。
顔をした。
「余計」
「行かねえ方が」
「いいんじゃねえか?」
正論だ。
でも。
行かないわけにも。
いかない。
俺は。
もう一度。
図を見る。
「この印」
「大体」
「どの辺だと」
「思います?」
男が。
図を。
受け取る。
湖を見る。
図を見る。
また。
湖を見る。
「古いな」
「はい」
「今とは」
「岸の形も」
「少し違う」
指で。
位置を。
確かめる。
そして。
止まった。
「……この辺なら」
指したのは。
やっぱり。
湖の。
中央。
「多分」
「一番深い辺りだ」
『底』
その。
一文字。
偶然とは。
思えなかった。
「舟」
「借りられます?」
俺が。
聞くと。
男が。
大きく。
ため息をついた。
◇
借りたのは。
漁に使う。
木造の舟だった。
三人で。
乗っても。
まだ。
余裕がある。
荷物を。
置いても。
動けるくらいには。
広い。
「これなら」
「大丈夫そうだな」
俺が。
舟へ。
乗り込む。
「何が?」
セリアが。
聞く。
「いや」
「三人で」
「乗るには」
「十分だろ」
「それは」
「そうだけど」
リーナも。
続いて。
乗り込む。
舟が。
少し。
揺れた。
俺たちは。
岸を離れる。
「本当に」
「行くの?」
セリアが。
聞く。
「乗ってから」
「言うなよ」
「だって」
「さっきの話」
「聞いたでしょ」
「聞いた」
「渦だよ?」
「いつも」
「出るわけじゃ」
「ないらしいし」
「出たら?」
「その時」
「考える」
「出てから!?」
「他に」
「どうしろって」
「言うんだよ」
「戻るとか」
「それじゃ」
「来た意味」
「ないだろ」
「……まあ」
「そうだけど」
セリアが。
水面を見る。
「レンさん」
リーナが。
聞く。
「中央に」
「着いたら」
「どうするんですか?」
「……」
「レンさん?」
「まず」
「行ってから」
「考える」
「やっぱり」
「考えてなかったんだ」
セリアが。
呆れている。
「仕方ないだろ」
「湖の底なんて」
「見えないんだから」
「潜る?」
「どれだけ」
「深いかも」
「分からないのに?」
「無理だな」
「じゃあ」
「本当に」
「何しに」
「行くの?」
「だから」
「それを」
「考えてるんだよ」
「今?」
「今」
「……」
リーナが。
小さく。
笑った。
「何だよ」
「いえ」
「レンさんらしいなと」
それ。
褒めてないだろ。
◇
舟は。
進む。
岸が。
少しずつ。
遠くなる。
水面。
その下。
覗き込んでも。
何も。
見えない。
ただ。
深い。
暗い。
水。
「……深そう」
セリアが。
呟く。
「落ちるなよ」
「レンに」
「言われたくない」
「なんでだよ」
「昔」
「落ちたから」
「覚えてないって」
「言ってるだろ」
「落ちたことは」
「変わらないでしょ」
それは。
そうだけど。
さらに。
進む。
風が。
少し。
弱くなった。
「……?」
俺は。
周囲を見る。
さっきまで。
揺れていた。
水面。
今は。
妙に。
静かだ。
「レンさん」
リーナも。
気づいたらしい。
「風……」
「ああ」
止まった。
いや。
違う。
遠くの。
水面は。
まだ。
揺れている。
でも。
俺たちの。
周囲だけ。
静かだ。
「……さっきの」
セリアが。
言う。
「漁師さんの」
「話」
誰も。
答えなかった。
舟が。
ゆっくり。
進む。
そして。
「この辺か?」
俺は。
写してきた。
図を見る。
岸の位置。
山の形。
大体。
合っている。
湖の。
中央。
最も。
深いと。
言われている。
場所。
「多分」
リーナが。
周囲を見る。
「この辺りです」
舟を。
止める。
「……」
何も。
起きない。
普通の。
湖。
セリアが。
水面を。
覗き込む。
「何も」
「見えないね」
「そりゃ」
「これだけ」
「深ければな」
「で」
セリアが。
俺を見る。
「どうする?」
「……」
考える。
本当に。
何もない。
図に。
印が。
あった。
それだけ。
潜る?
いや。
無理だ。
深さすら。
分からない。
「一回」
「周りを――」
その時だった。
――ドクン。
「……?」
胸の。
奥。
何かが。
動いた。
「レン?」
セリアが。
俺を見る。
「どうしました?」
リーナも。
気づく。
「いや……」
何だ?
痛い。
わけじゃない。
魔力が。
減ったわけでもない。
ただ。
感じる。
何か。
遠くから。
引かれるような。
感覚。
違う。
これは。
「……呼ばれてる?」
口から。
自然に。
言葉が出た。
「え?」
セリアが。
聞き返す。
「何に?」
「分からない」
でも。
分かる。
俺自身じゃない。
もっと。
深いところ。
俺と。
繋がっている。
もの。
「まさか……」
手を。
前へ。
伸ばす。
意識する。
次の瞬間。
空間が。
揺れた。
青白い。
光。
巨大な。
黒い影。
――神銃。
俺の。
神器。
ずしりとした。
重さが。
肩と。
腕へ。
伝わる。
太く。
重厚な。
砲身。
黒い。
外殻。
そこへ。
走る。
金色の。
装飾。
青白い。
光。
舟の。
中央には。
神銃を。
構えられるだけの。
広さがある。
「神銃?」
セリアが。
目を。
丸くする。
「なんで?」
「俺にも」
「分からない」
召喚した。
その瞬間だった。
――……ン。
「え?」
神銃の。
表面。
刻まれた。
古い文字。
青白い。
光が。
走る。
一本。
また。
一本。
「レンさん」
リーナが。
神銃を見る。
「これ……」
「ああ」
俺は。
何も。
していない。
魔力を。
込めてもいない。
引き金にも。
触れていない。
なのに。
神銃が。
勝手に。
反応している。
――ドクン。
また。
来た。
今度は。
はっきり。
分かった。
下。
湖の。
底。
そこから。
何かが。
神銃を。
呼んでいる。
「下だ」
「え?」
「湖の」
「底」
俺は。
水面を見る。
暗い。
何も。
見えない。
でも。
そこに。
何かが。
ある。
そんな。
感覚だけが。
強くなる。
「レンさん!」
リーナが。
声を上げた。
「何?」
「下!」
三人で。
水面を。
見る。
深い。
暗い。
湖。
その。
遥か下。
――パッ。
一瞬。
青白い。
光が。
見えた。
「……今」
セリアが。
水面へ。
顔を近づける。
「光った?」
「ああ」
見間違いじゃない。
湖の。
底。
何かが。
光った。
その瞬間。
――ゴウン。
低い。
音。
「……っ」
身体の。
奥まで。
響く。
どこかで。
聞いたような。
音。
「この音……」
リーナが。
呟く。
「アルトの……」
俺も。
思った。
地下。
古代遺跡。
あそこで。
聞いた。
低い音。
似ている。
でも。
同じなのかは。
分からない。
――ゴウン。
もう一度。
神銃の。
文字が。
強く。
光る。
「レン!」
セリアが。
叫んだ。
「水!」
「え?」
見る。
舟の。
周囲。
さっきまで。
静かだった。
水面。
それが。
ゆっくり。
動いている。
円を。
描くように。
「……おい」
舟が。
動いた。
漕いでいない。
なのに。
回っている。
「これ」
リーナが。
舟の端を。
掴む。
「渦……?」
最初は。
ゆっくりだった。
でも。
少しずつ。
速くなる。
「レン!」
「分かってる!」
神銃を見る。
こいつだ。
多分。
神銃が。
何かを。
起こしている。
「一回」
「消す!」
召喚を。
解除する。
いつも通り。
そう。
意識した。
「……?」
消えない。
「おい」
もう一度。
解除。
「消えろ!」
何も。
起きない。
神銃は。
俺の肩と。
腕に。
残ったまま。
青白い。
光を。
放っている。
「レンさん?」
「消えない」
「え?」
「神銃が」
「消えない!」
――ゴウン!
湖の。
底から。
大きな。
音。
次の瞬間。
水面が。
一気に。
沈んだ。
「きゃっ!」
舟が。
大きく。
傾く。
木材が。
軋む。
「掴まれ!」
俺が。
叫ぶ。
セリアが。
舟の縁を。
掴む。
リーナも。
身体を。
低くする。
でも。
無理だ。
水が。
回る。
舟が。
激しく。
振り回される。
さっきとは。
比べものに。
ならない。
巨大な。
渦。
舟ごと。
中心へ。
引っ張られていく。
「レン!」
「分かってる!」
でも。
どうすればいい?
神銃は。
消えない。
舟は。
止まらない。
湖の。
中央。
俺たちの。
真下。
そこから。
青白い。
光が。
近づいてくる。
いや。
違う。
俺たちが。
そこへ。
引かれている。
「リーナ!」
手を。
伸ばす。
リーナも。
手を。
伸ばした。
その瞬間。
舟が。
大きく。
傾いた。
次の。
瞬間。
ひっくり返る。
「――っ!」
水。
冷たい。
息が。
止まる。
上も。
下も。
分からない。
身体が。
回る。
手を。
伸ばす。
何かに。
触れた。
掴む。
誰だ?
分からない。
離すな。
絶対に。
離すな。
青白い。
光。
暗い。
湖の。
底。
そこから。
まるで。
俺たちを。
待っていたように。
光が。
広がった。
――ゴウン。
神銃が。
強く。
光る。
そして。
俺の。
意識は。
そこで。
途切れた。




