湖の記録
翌朝。
目を。
覚ます。
久しぶりの。
自分の部屋。
見慣れた。
天井。
一瞬。
旅に出る前へ。
戻ったような。
気がした。
「……」
でも。
違う。
壁には。
昨日。
置いた。
新しい剣。
椅子には。
黒い甲殻が。
組み込まれた。
防具。
俺が。
旅に出た時には。
なかったもの。
身体を。
起こす。
今日は。
湖について。
調べる。
王都で。
見つけた。
古い地図。
そこには。
湖がなかった。
なら。
いつ。
できたのか。
まずは。
そこからだ。
◇
下へ。
降りると。
すでに。
リーナが。
起きていた。
「おはようございます」
「早いな」
「そうですか?」
「俺より」
「早い」
「それは」
「レンさんが」
「遅いのでは?」
「……」
言うように。
なったな。
リーナが。
少しだけ。
笑う。
その時。
――コンコン。
扉が。
鳴った。
「来たか」
開ける。
「おはよ」
セリアが。
立っていた。
「早いな」
「普通でしょ」
「リーナにも」
「同じこと」
「言われた」
「じゃあ」
「レンが」
「遅いんじゃない?」
二対一。
もう。
勝てない。
「セリアちゃん?」
奥から。
母さんの。
声。
「あ」
セリアが。
顔を。
覗かせる。
「おはようございます」
母さんが。
出てくる。
セリアを。
見て。
笑った。
「おかえり」
「ただいま」
……。
普通に。
返したな。
「お前」
「ここ」
「自分の家じゃ」
「ないだろ」
「昔から」
「来てたんだから」
「いいでしょ」
「よくないだろ」
母さんまで。
笑っている。
「昔は」
「毎日のように」
「来てたものね」
「そうそう」
「母さんまで」
「乗るなよ」
「何よ」
「本当のことでしょ」
リーナが。
俺たちを。
見ている。
「……本当に」
「昔から」
「一緒だったんですね」
「まあな」
「うん」
俺と。
セリアの声が。
重なった。
セリアが。
俺を見る。
俺も。
見る。
「何?」
「いや」
「別に」
「変なの」
母さんが。
そんな。
俺たちを。
見て。
また。
少し。
笑った。
なんだ。
その顔。
昨日から。
たまに。
その顔するな。
◇
朝飯を。
食べて。
俺たちは。
家を出た。
「で」
セリアが。
聞く。
「どうやって」
「調べるの?」
「まずは」
「昔の記録だな」
「この街に」
「残ってる?」
「分からない」
「分からないの?」
「だから」
「探すんだよ」
「相変わらず」
「行き当たりばったりだね」
「お前にだけは」
「言われたくない」
「なんで?」
「自覚ないのかよ」
後ろから。
小さな。
笑い声。
振り返ると。
リーナが。
笑っていた。
「何?」
「いえ」
「仲が」
「いいなと」
「どこが?」
「どこが?」
また。
重なった。
「……そういうところです」
どういう。
ところだよ。
「とりあえず」
俺は。
前を見る。
「古い地図が」
「残ってないか」
「聞いてみよう」
王都で。
見つけた。
古い地図。
あれが。
いつのものなのか。
それより。
後の地図が。
この街に。
残っていれば。
湖が。
いつ現れたのか。
ある程度。
絞れるかもしれない。
「それと」
リーナが。
言う。
「当時の」
「記録も」
「見たいです」
「湖が」
「できたなら」
「何か」
「残ってるかもしれない」
「あれだけ」
「大きいからな」
地震。
洪水。
魔物。
何でもいい。
あれだけ。
地形が。
変わったなら。
何か。
あったはずだ。
「じゃあ」
セリアが。
言う。
「まず」
「役所?」
「ああ」
「多分」
「多分?」
「俺だって」
「古い記録なんて」
「調べたことないんだよ」
「十五年も」
「住んでたのに?」
「普通」
「調べないだろ」
「それは」
「そうか」
納得するのかよ。
◇
街の。
役所。
昔から。
何度か。
来たことはある。
でも。
こんな目的で。
来たのは。
初めてだ。
事情を。
説明する。
昔の。
湖について。
調べたい。
対応した。
職員は。
不思議そうな。
顔をした。
「湖ですか?」
「はい」
「いつ頃から」
「あそこにあるのか」
「分かるものって」
「ありませんか?」
「いつ頃から……」
職員が。
少し。
考える。
「そんなこと」
「調べたことも」
「ありませんね」
やっぱり。
そうなるよな。
この街の。
人間にとって。
あの湖は。
昔から。
そこにあるものだ。
俺だって。
王都で。
あの地図を見るまで。
疑問に。
思ったことすら。
なかった。
「古い地図なら」
職員が。
言う。
「いくつか」
「残っていますよ」
「見せてもらえますか?」
「構いません」
案内された。
奥の部屋。
棚には。
古い。
書類や。
本が。
並んでいる。
王都の。
記録院とは。
比べものに。
ならない。
それでも。
この街の。
歴史が。
ここには。
残っている。
「……多いね」
セリアが。
棚を見る。
「さっきまで」
「やる気だっただろ」
「やる気は」
「あるよ」
「でも」
「多いものは」
「多い」
「手分けしましょう」
リーナが。
すでに。
一冊。
手に取っていた。
「はい」
「……はい」
また。
俺と。
セリアが。
同時に。
返事をした。
◇
最初に。
見つけたのは。
街の。
古い地図だった。
机へ。
広げる。
「湖」
「あるね」
セリアが。
指を差す。
今より。
少し。
形は違う。
でも。
間違いない。
あの湖だ。
「年代は?」
リーナが。
端を見る。
「百二十七年前」
「じゃあ」
「その時には」
「あった」
次。
もっと。
古いもの。
「百四十一年前」
「ある」
さらに。
古い。
「百五十八年前」
「……あるな」
一枚ずつ。
遡る。
百七十年。
百八十年。
百九十年。
湖は。
ある。
「結構」
「昔から」
「あるじゃん」
セリアが。
言う。
「ああ」
でも。
王都で。
見た地図には。
なかった。
なら。
もっと。
前だ。
さらに。
古いものを。
探す。
「……これ」
リーナが。
一枚を。
広げた。
二百十三年前。
湖は。
ある。
「まだ」
「あるな」
「じゃあ」
「もっと前?」
「ああ」
探す。
二百二十年前。
見つからない。
二百三十年前。
ない。
二百四十年前。
それも。
ない。
「地図自体が」
「残ってないね」
「みたいだな」
そして。
さらに。
古い。
地図。
広げる。
「……」
俺は。
止まった。
見覚えがある。
王都で。
見た。
古い地図と。
近い時代のもの。
年代は。
二百五十二年前。
「これ」
セリアが。
地図を見る。
そして。
黙った。
湖が。
ない。
今。
巨大な湖が。
広がっている。
場所。
そこには。
川。
平地。
そして。
今とは違う。
古い街道。
「……本当に」
「なかったんだ」
セリアが。
呟く。
王都から。
帰る途中。
説明はした。
でも。
実際に。
地図を見るのは。
初めてだ。
「ああ」
俺も。
改めて。
二枚を。
並べる。
二百五十二年前。
湖は。
ない。
二百十三年前。
湖が。
ある。
「四十年くらい?」
「その間だな」
リーナが。
二枚を。
見比べる。
「もっと」
「絞れるかもしれません」
「どうやって?」
「地図以外の」
「記録です」
「ああ」
そうだ。
地図が。
残っていなくても。
他の記録なら。
残っているかもしれない。
湖が。
できた。
その時。
何かが。
あったはずだ。
俺たちは。
棚へ。
戻った。
◇
「……ない」
しばらく。
探した。
でも。
見つからない。
地図だけじゃない。
街の。
記録。
土地の。
記録。
当時の。
出来事。
他の年代は。
それなりに。
残っている。
全部じゃない。
抜けているものも。
当然ある。
紙なんだから。
失われることも。
あるだろう。
でも。
「この辺だけ」
リーナが。
机に。
並べた。
記録を見る。
「少ないです」
俺も。
気づいていた。
湖が。
なかった。
二百五十二年前。
湖が。
あった。
二百十三年前。
その間。
だけ。
妙に。
記録が。
少ない。
「たまたま」
「なくなったとか?」
セリアが。
言う。
「ありえる」
火事。
水。
虫。
何百年も。
前の記録だ。
残っていない方が。
普通なのかもしれない。
「でも」
リーナが。
一冊の。
古い台帳を。
見ていた。
「これ」
「見てください」
俺と。
セリアが。
近づく。
年代が。
続いている。
二百四十六年前。
二百四十五年前。
二百四十四年前。
ページを。
めくる。
そして。
次。
「……え?」
セリアが。
声を出す。
二百十七年前。
「飛んでる」
「ああ」
二十年以上。
丸ごと。
抜けている。
「途中の」
「ページが」
「なくなったとか?」
「……違うと思います」
リーナが。
本の。
背を見る。
慎重に。
ページを。
確認する。
「破られたようには」
「見えません」
「じゃあ」
「最初から?」
「分かりません」
俺も。
見る。
確かに。
途中を。
破いたような。
跡はない。
まるで。
二百四十四年前。
その次が。
最初から。
二百十七年前だった。
みたいに。
続いている。
「……変だな」
王都で。
感じた。
違和感。
それと。
似ている。
北方戦役。
前任の。
神銃士。
確かに。
存在していた。
記録。
なのに。
その周辺だけ。
不自然に。
失われていた。
「他のも」
「見よう」
俺は。
言った。
「これだけじゃ」
「分からない」
◇
別の。
記録も。
調べた。
土地の。
台帳。
昔の。
出来事を。
まとめたもの。
街道の。
記録。
どれも。
同じではない。
残っている。
年もある。
抜けている。
年もある。
でも。
調べれば。
調べるほど。
一つの。
時期に。
空白が。
集まっていく。
湖が。
なかった時代。
湖が。
ある時代。
その。
間。
「……やっぱり」
セリアが。
小さく。
言った。
「おかしくない?」
「ああ」
偶然。
それだけで。
片づけるには。
少し。
多すぎる。
「王都でも」
リーナが。
呟く。
「同じでしたね」
「ああ」
「前の神銃士の」
「記録?」
セリアが。
聞く。
「そう」
俺は。
頷く。
「目録には」
「残ってた」
「でも」
「肝心の資料だけ」
「なくなってた」
「……じゃあ」
セリアが。
机に。
並んだ。
古い記録を見る。
「これも」
「誰かが?」
「分からない」
俺は。
首を振る。
「まだ」
「そこまでは」
「言えない」
古い。
記録だ。
偶然。
失われた。
可能性だって。
十分ある。
でも。
気になる。
同じ。
場所。
近い。
時代。
前任の。
神銃士。
そして。
湖。
「湖について」
「直接」
「書かれてるもの」
「ないかな」
セリアが。
棚を見る。
「探そう」
湖が。
できたなら。
何か。
残っているはずだ。
地震。
洪水。
大きな。
戦い。
何でもいい。
あれだけの。
湖が。
生まれた。
理由。
三人で。
もう一度。
棚を探す。
しばらくして。
「レンさん」
リーナが。
呼んだ。
「これ」
古い。
一冊の。
冊子。
表紙は。
かなり。
傷んでいる。
「何の記録?」
「街で」
「起きたことを」
「まとめたもの」
「みたいです」
机へ。
置く。
開く。
収穫。
祭り。
街道の。
修繕。
魔物の。
被害。
そんな。
細かな。
出来事が。
書かれている。
「年代は?」
「……」
リーナが。
確認する。
「二百三十年ほど」
「前です」
俺と。
セリアが。
顔を。
見合わせた。
ちょうど。
湖が。
現れた可能性がある。
時代。
ページを。
慎重に。
めくる。
でも。
古い。
文字が。
薄れている。
読めない。
場所も。
多い。
「これじゃ」
「分かんないね」
セリアが。
言う。
「待って」
俺は。
顔を。
近づける。
全部は。
無理だ。
でも。
ところどころ。
残っている。
『夜』
その下。
文字が。
消えている。
さらに。
下。
『大地』
そして。
『光』
「……光?」
リーナが。
呟く。
俺は。
その先を。
追う。
ほとんど。
読めない。
でも。
最後。
一つだけ。
残っていた。
『湖』
「……」
三人とも。
黙った。
「これ」
セリアが。
冊子を見る。
「湖が」
「できた時の」
「記録じゃない?」
「かもしれない」
夜。
大地。
光。
湖。
間が。
読めない。
それだけじゃ。
何が。
起きたのか。
分からない。
俺は。
慎重に。
次のページを。
めくった。
「……ん?」
文章では。
なかった。
簡単な。
図。
街。
山。
川。
そして。
大きな。
湖。
「地図?」
「みたいだな」
でも。
変だ。
湖の。
中央。
そこに。
小さな。
印がある。
「これ」
「何?」
セリアが。
指を差す。
「島?」
「いや」
俺は。
首を振る。
「今の湖に」
「島なんて」
「ない」
「ですよね」
リーナが。
図へ。
顔を近づける。
そして。
「……ここ」
「何か」
「書いてあります」
印の。
すぐ横。
薄い。
文字。
ほとんど。
消えている。
俺も。
覗き込む。
一文字。
残っている。
「……底?」
セリアが。
聞き返す。
「底って」
「湖の?」
「多分」
もう一度。
見る。
湖の。
中央。
そこに。
残された。
印。
そして。
『底』
という。
一文字。
それだけ。
意味なんて。
分からない。
ただの。
深さを。
示したものかも。
しれない。
何か。
沈んでいる。
場所なのかも。
しれない。
でも。
なぜか。
目が。
離せなかった。
「レン」
セリアが。
言う。
「これ」
「調べる?」
俺は。
少し。
考える。
王都で。
見つけた。
湖のない。
地図。
不自然に。
消えている。
同じ時代の。
記録。
夜。
大地。
光。
湖。
そして。
湖の。
中央に。
残された。
印。
偶然。
かもしれない。
まだ。
何も。
分からない。
だから。
「調べよう」
俺は。
答えた。
「ここまで」
「来たんだから」
リーナも。
頷く。
セリアが。
図を見る。
「でも」
「どうやって?」
「何が?」
「湖の底」
「……」
三人で。
黙った。
考えて。
なかった。
あの湖は。
大きい。
しかも。
中央が。
どれくらい。
深いのか。
俺は。
知らない。
「まず」
俺は。
言った。
「湖のことを」
「知ってる人を」
「探そう」
「漁師とか?」
「ああ」
「昔から」
「あそこで」
「仕事してる人なら」
「何か」
「知ってるかもしれない」
リーナが。
もう一度。
古い図を見る。
「それに」
「この印が」
「今の湖の」
「どの辺りなのかも」
「確認したいです」
「決まりだな」
冊子を。
見下ろす。
昔から。
そこにあると。
思っていた。
湖。
でも。
違った。
始まりが。
ある。
そして。
その始まりだけが。
まるで。
何かに。
隠されたように。
抜け落ちている。
俺は。
図の。
中央を見る。
湖の。
底。
そこに。
何がある?
まだ。
分からない。
でも。
少なくとも。
次に。
調べる場所は。
決まった。




