ただいま
ガルドの。
店を。
出る。
外は。
まだ。
明るかった。
久しぶりの。
故郷。
見慣れた。
道。
見慣れた。
店。
歩いている。
人たちも。
知らない顔ばかりじゃない。
「じゃあ」
セリアが。
立ち止まった。
「私」
「一回」
「家に」
「帰るね」
「ああ」
「明日は?」
「また」
「来る」
「どこに?」
「レンの家」
「なんで」
「勝手に」
「決めてるんだよ」
「いいでしょ」
「どうせ」
「湖」
「調べるんでしょ?」
「まあ」
「そのつもりだけど」
「じゃあ」
「朝」
「行くから」
相変わらず。
勝手だ。
「リーナも」
「それでいい?」
「はい」
リーナが。
頷く。
「では」
「私は」
「宿を」
「探してきます」
「……え?」
俺と。
セリアの声が。
重なった。
リーナが。
目を。
瞬く。
「どうしました?」
「いや」
俺は。
聞く。
「なんで」
「宿?」
「……?」
今度は。
リーナの方が。
不思議そうな。
顔をした。
「泊まるところが」
「ないので」
「うち」
「来ればいいだろ」
「……え?」
リーナが。
止まった。
「だから」
「俺の家」
「部屋くらい」
「あるだろうし」
多分。
ある。
……いや。
勝手に。
決めていいのか?
まあ。
一人くらい。
大丈夫だろ。
「でも」
リーナが。
少し。
困ったように。
俺を見る。
「ご家族に」
「迷惑では」
「大丈夫だって」
「そうそう」
セリアも。
頷く。
「レンの家なら」
「大丈夫」
「なんで」
「お前が」
「言い切るんだよ」
「昔から」
「知ってるもん」
「だからって」
「お前の家じゃ」
「ないだろ」
「細かいなあ」
「細かくない」
リーナが。
俺たちを。
交互に見る。
それから。
少しだけ。
笑った。
「……では」
「お言葉に」
「甘えても」
「いいですか?」
「ああ」
「もちろん」
「じゃあ」
セリアが。
手を上げる。
「また明日」
「ああ」
「リーナ」
「レンが」
「変なことしたら」
「すぐ」
「言ってね」
「何するんだよ」
「一応」
「言っただけ」
「一応って」
「ふふっ」
リーナが。
笑う。
「大丈夫です」
「信用」
「されてるな」
「今の」
「どっちの意味?」
「知らん」
セリアが。
笑いながら。
別の道へ。
歩いていく。
「じゃあね」
「ああ」
「また明日」
「はい」
俺と。
リーナは。
その背中を。
見送った。
◇
家へ。
向かう。
歩けば。
歩くほど。
懐かしい。
ここ。
まだ。
あるんだな。
昔。
よく。
通った店。
角を。
曲がる。
細い道。
そして。
見えてきた。
「……あれ」
俺は。
足を。
止める。
「レンさん?」
「いや」
「なんでもない」
変わってない。
家。
十五年間。
暮らした。
俺の家。
旅に出た時と。
ほとんど。
変わっていない。
「ここですか?」
「ああ」
「俺の家」
リーナが。
家を見る。
「……」
「普通だろ?」
「はい」
「そこは」
「少しくらい」
「否定してくれても」
「え?」
「いや」
「いい」
扉の前へ。
立つ。
手を。
伸ばす。
なぜだろう。
少し。
緊張する。
地竜と。
戦う時とは。
全然違う。
ただ。
扉を。
開けるだけなのに。
「……レンさん?」
「開ける」
「はい」
扉を。
開けた。
「ただいま」
声が。
出る。
家の。
奥。
物音が。
止まった。
足音。
近づいてくる。
そして。
「……レン?」
母さんが。
立っていた。
俺を見る。
しばらく。
何も。
言わない。
「……久しぶり」
俺が。
言う。
母さんは。
しばらく。
俺の顔を。
見ていた。
それから。
少し。
笑った。
「おかえり」
「……ただいま」
その言葉を。
聞いた瞬間。
なんだか。
本当に。
帰ってきたんだと。
思った。
母さんの。
目が。
俺の。
防具へ向く。
黒い。
地竜の甲殻。
腰には。
見覚えのない。
新しい剣。
街を出た時とは。
随分。
違う。
「なんだか」
「立派になったわね」
「見た目だけな」
「そうなの?」
「そこは」
「否定してくれよ」
母さんが。
笑う。
そして。
俺の後ろへ。
目を向けた。
「……」
リーナが。
少し。
緊張したように。
立っている。
母さんが。
俺を見る。
もう一度。
リーナを見る。
なんだ。
その顔。
「あ」
そうだった。
「リーナ」
「一緒に」
「旅してる」
「仲間」
「リーナです」
リーナが。
頭を下げる。
「突然」
「お邪魔して」
「すみません」
「いいのよ」
母さんが。
笑う。
「レンが」
「いつも」
「お世話に」
「なってるのね」
「いえ」
「私の方が」
「助けてもらってます」
「そう?」
母さんが。
また。
俺を見る。
なんだろう。
妙に。
楽しそうだ。
「……何?」
「別に?」
絶対。
何かある。
「それで」
母さんが。
何でもないように。
聞いた。
「セリアちゃんは?」
「……」
やっぱり。
聞くのか。
「いるよ」
「一緒に」
「帰ってきた」
「今は?」
「自分の家」
「そう」
母さんが。
頷く。
そして。
リーナを見る。
また。
俺を見る。
「……何だよ」
「何も」
「さっきから」
「その顔」
「何なんだよ」
「久しぶりに」
「帰ってきたと思ったら」
母さんが。
少し。
笑う。
「ちゃんと」
「仲間も」
「増えてるんだなって」
「……まあ」
「増えたな」
「そう」
母さんは。
それ以上。
何も。
言わなかった。
でも。
なんとなく。
まだ。
何か。
言いたそうな。
顔をしていた。
「それで」
俺は。
言う。
「今日」
「リーナも」
「泊まっていい?」
「もちろん」
答えは。
早かった。
「本当ですか?」
「ええ」
「ゆっくりしていって」
「ありがとうございます」
リーナが。
また。
頭を下げる。
「ほら」
俺は。
小声で。
言う。
「大丈夫だったろ」
「……はい」
リーナが。
少し。
笑った。
◇
夜。
久しぶりに。
家で。
食事をした。
旅のことを。
聞かれた。
王都のこと。
アルトのこと。
神銃のこと。
全部を。
話したわけじゃない。
話したら。
多分。
朝になる。
それでも。
母さんは。
いろいろ。
聞いてきた。
「じゃあ」
「本当に」
「撃てるように」
「なったの?」
「ああ」
「神銃?」
「ああ」
「ちゃんと?」
「ちゃんと」
何回。
確認するんだ。
「だって」
母さんが。
言う。
「昔は」
「何回やっても」
「鳴るだけだったじゃない」
「……」
――カチッ。
思い出す。
何度。
やっても。
撃てなかった。
あの頃。
「今は」
「撃てる」
俺は。
答える。
「一発だけだけど」
「一発?」
「今はな」
「それでも」
母さんが。
笑った。
「良かったじゃない」
「……まあ」
俺も。
少し。
笑う。
「そうだな」
母さんが。
俺の。
腰の剣を見る。
それから。
防具を見る。
「いろいろ」
「あったみたいね」
「あったな」
「本当に」
「いろいろ」
横を見る。
リーナも。
小さく。
頷いている。
「でも」
母さんが。
言う。
「こうして」
「帰ってきたなら」
「それでいいわ」
「……ああ」
短い。
言葉。
でも。
なんとなく。
その方が。
母さんらしい。
「そういえば」
リーナが。
聞いた。
「レンさんは」
「子供の頃」
「どんな感じだったんですか?」
「おい」
なんで。
急に。
そんな話に。
なるんだ。
「そうねえ」
母さんが。
考える。
やめろ。
「今と」
「あまり」
「変わらないかも」
「そうなんですか?」
「余計なこと」
「言わなくていいから」
「何よ」
「本当のことでしょ」
リーナが。
少し。
楽しそうに。
こっちを見る。
「例えば?」
「リーナ」
「聞かなくていい」
「聞きたいです」
即答。
なんでだよ。
母さんが。
楽しそうに。
昔の話を。
始める。
セリアと。
喧嘩した話。
湖の近くまで。
遊びに行って。
帰りが。
遅くなった話。
剣を。
初めて。
持った頃の話。
俺が。
忘れていたような。
ことまで。
次々。
出てくる。
「……レンさんにも」
リーナが。
言った。
「そんな時が」
「あったんですね」
「お前」
「俺を」
「何だと」
「思ってるんだ」
「いえ」
「今とは」
「少し」
「違うなと」
「十五年」
「生きてるんだから」
「そりゃ」
「変わるだろ」
言ってから。
少し。
引っかかった。
十五年。
この世界で。
生きてきた。
長い。
ような。
短い。
ような。
「そういえば」
俺は。
聞く。
「湖って」
「俺が」
「小さい頃から」
「行ってたよな」
「ええ」
「セリアちゃんと」
「何度も」
「いつから」
「あそこに」
「あるんだ?」
母さんが。
止まった。
「いつから?」
「ああ」
「湖」
「いつ」
「できたんだ?」
「……さあ?」
やっぱり。
「私が」
「生まれた時には」
「もう」
「あったわよ」
「その前は?」
「その前って」
「もっと」
「昔」
母さんが。
少し。
考える。
「おじいちゃんの」
「頃にも」
「あったんじゃない?」
「多分」
「多分?」
「そんなこと」
「考えたこと」
「ないもの」
まあ。
そうだよな。
俺だって。
王都で。
あの地図を。
見るまで。
考えたことなんて。
なかった。
湖は。
湖。
昔から。
そこにあるもの。
それだけだった。
「気になるなら」
母さんが。
言う。
「街の昔のこと」
「知ってる人に」
「聞いてみたら?」
「いるの?」
「いるでしょ」
「昔話が」
「好きな人くらい」
適当だな。
でも。
悪くない。
「明日」
「セリアも」
「来るから」
「聞いてみるか」
「私も」
リーナが。
言う。
「行っても」
「いいですか?」
「もちろん」
「そのために」
「来たような」
「もんだし」
「……はい」
リーナが。
頷いた。
◇
夜。
久しぶりの。
自分の部屋。
ベッドへ。
横になる。
「……」
天井を見る。
変わってない。
少し。
懐かしい。
匂い。
外から。
聞こえる。
音。
全部。
知っている。
今日。
街が。
見えた時。
俺は。
思った。
帰ってきた。
そう。
自然に。
思った。
「……帰ってきた」
もう一度。
小さく。
言ってみる。
そして。
少しだけ。
変な感じがした。
考えてみれば。
俺には。
もう一つ。
故郷がある。
この世界へ。
来る前。
俺が。
生きていた。
世界。
そこで。
生まれて。
そこで。
育って。
そして。
死んだ。
記憶は。
今も。
残っている。
忘れた。
わけじゃない。
でも。
今日。
この街が。
見えた時。
最初に。
浮かんだのは。
帰ってきた。
だった。
前の世界じゃない。
この街に。
「……そっか」
いつの間にか。
ここも。
俺の。
故郷に。
なってたんだな。
十五年。
この街で。
生きた。
家族がいて。
セリアがいて。
ガルドがいて。
笑って。
怒られて。
剣を。
振って。
そして。
十五歳で。
神銃士になった。
使えない。
神銃士に。
俺は。
目を閉じる。
――カチッ。
あの音も。
今となっては。
随分。
昔みたいだ。
前の世界で。
生きていた。
俺。
この世界で。
レンとして。
生きてきた。
俺。
どちらも。
消えたわけじゃない。
どちらも。
俺の。
記憶だ。
目を。
開ける。
窓の外。
月明かりが。
入っている。
俺は。
身体を。
起こした。
窓へ。
近づく。
ここから。
湖そのものは。
よく見えない。
でも。
場所は。
分かる。
昔から。
そこにある。
巨大な湖。
俺が。
子供の頃。
セリアと。
遊びに行った。
湖。
母さんが。
生まれた時にも。
あった。
多分。
その前にも。
あった。
でも。
王都で。
見た。
古い地図。
あの地図には。
なかった。
「……」
いつ。
できた?
どうやって?
あれだけ。
大きな湖が。
突然。
現れるなんて。
普通なら。
何か。
残っているはずだ。
記録。
伝承。
昔話。
何か。
一つくらい。
それなのに。
俺は。
何も。
知らない。
この街で。
十五年。
生きてきたのに。
知らない。
俺が。
知らないだけなのか。
それとも。
本当に。
誰も。
知らないのか。
前任の。
神銃士。
消えた。
記録。
古い地図。
そして。
湖。
まだ。
繋がっているとは。
限らない。
偶然かも。
しれない。
でも。
確かめる。
価値はある。
「……明日」
まずは。
この街に。
残っている。
昔の話を。
調べてみよう。
俺は。
もう一度。
窓の外を見る。
生まれた時から。
そこにあった。
当たり前の。
景色。
でも。
今は。
もう。
同じようには。
見えない。
俺の知らない。
この街の。
記憶。
その一つが。
あの湖に。
眠っているような。
そんな。
気がした。




