帰ってきた街
街道を。
歩き続けて。
二日。
見慣れた。
景色が。
少しずつ。
増えてきた。
山の形。
街道の。
曲がり方。
遠くに見える。
森。
どれも。
覚えている。
「……もうすぐだね」
セリアが。
言った。
「ああ」
俺も。
分かっていた。
この道を。
もう少し。
進めば。
見えてくる。
十五年間。
俺が。
育った街。
初めて。
神器を。
呼び出した場所。
何度。
引き金を引いても。
――カチッ。
それしか。
鳴らなかった。
あの頃。
俺は。
この道を通って。
街を出た。
使えない。
神器の。
答えを。
探すために。
「レンさん」
隣から。
声がする。
「どうした?」
リーナが。
俺を。
見ていた。
「少し」
「嬉しそうです」
「……そうか?」
「はい」
「セリアさんも」
「え?」
セリアが。
自分を。
指差す。
「私も?」
「はい」
「さっきから」
「ずっと」
「前を見ています」
「……だって」
セリアが。
少しだけ。
笑う。
「久しぶりだから」
「そうですね」
リーナが。
前を見る。
その目は。
少し。
楽しそうだった。
考えてみれば。
リーナにとっては。
初めての街だ。
俺と。
セリアが。
育った場所。
そう思うと。
なんだか。
少し。
変な感じがした。
「見えた」
セリアが。
言った。
街道の。
向こう。
小さく。
城壁が。
見える。
そのさらに。
向こうには。
山。
そして。
ここからでは。
まだ見えないけど。
あの街の。
近くには。
巨大な湖がある。
「……帰ってきたな」
口から。
自然に。
出た。
「うん」
セリアが。
頷く。
リーナは。
何も言わず。
俺たちを。
見ていた。
そして。
小さく。
笑った。
◇
街へ。
入る。
何も。
変わっていない。
……いや。
少しくらいは。
変わっているのかもしれない。
でも。
アルト。
王都。
旅の途中で。
いくつもの街を。
見てきたせいか。
ここだけは。
妙に。
落ち着く。
「ここが……」
リーナが。
周囲を見る。
「レンさんたちの」
「故郷」
「ああ」
「どう?」
セリアが。
すぐに。
聞く。
「どうって」
「普通の街だろ」
「レンには」
「聞いてない」
「なんでだよ」
リーナが。
困ったように。
二人を見る。
「……落ち着く」
「街ですね」
「ほら!」
セリアが。
なぜか。
勝ち誇った。
「何が」
「ほらなんだよ」
「いい街ってこと」
「俺も」
「悪いなんて」
「言ってないだろ」
そんな。
話をしながら。
歩く。
すると。
道の向こうから。
歩いてきた。
男が。
俺たちを見た。
一度。
通り過ぎる。
そして。
止まった。
振り返る。
「……レン?」
「え?」
顔を見る。
知っている。
街の。
住人。
名前までは。
すぐに。
出てこない。
「やっぱり!」
男が。
近づいてくる。
「帰ってきたのか!」
「あ、はい」
「セリアも!」
「お久しぶりです」
「なんだ!」
「二人とも!」
「随分」
「立派になって!」
声が。
大きい。
周りの人まで。
こっちを見る。
「おい!」
「レンが」
「帰ってきてるぞ!」
やめてくれ。
「レン?」
「神銃士の?」
「王都で」
「戦ったっていう?」
……ん?
「ちょっと」
「待って」
俺は。
男を見る。
「なんで」
「それ」
「知ってるんですか?」
「なんでって」
男が。
不思議そうに。
俺を見る。
「王都を」
「守った神銃士が」
「この街の出身だって」
「話になってるぞ」
「……」
もう。
ここまで。
来てるのか。
横を見る。
セリアが。
笑いを。
堪えている。
「英雄様」
小声。
「やめろ」
「お帰りなさい」
「英雄様」
「セリア」
「ふふっ」
リーナまで。
少し。
笑っている。
「……とりあえず」
俺は。
歩き出す。
「先に」
「行くところがある」
「ガルドさん?」
セリアが。
聞く。
「ああ」
荷物へ。
手をやる。
そこには。
一本の。
剣。
旅に出る時。
ガルドが。
貸してくれた。
剣。
何度も。
俺を。
助けてくれた。
でも。
今の俺には。
もう。
自分の剣がある。
だから。
返す。
ちゃんと。
自分の手で。
◇
懐かしい。
音が。
聞こえてきた。
――カンッ。
――カンッ。
金属を。
叩く音。
「……変わってないな」
店の前で。
足を止める。
看板も。
扉も。
前と。
ほとんど。
同じ。
「入らないの?」
セリアが。
聞く。
「入るよ」
扉を。
開けた。
――カラン。
「いらっしゃ……」
奥から。
声。
そして。
止まる。
「……なんだ」
ガルドが。
いた。
前と。
変わらない。
太い腕。
無愛想な顔。
手には。
鍛冶道具。
俺たちを。
順番に見る。
セリア。
リーナ。
最後に。
俺。
「生きてたか」
「第一声が」
「それかよ」
「死んでたら」
「帰ってこねえだろ」
「そうだけど」
ガルドが。
鼻で。
笑った。
「随分」
「遅かったな」
「いろいろ」
「あったんだよ」
「見りゃ」
「分かる」
ガルドの。
目が。
俺たちの。
防具へ向く。
黒い。
甲殻。
胸。
肩。
腕。
部分的に。
組み込まれた。
地竜の素材。
「……なんだ」
「その防具」
「それも」
「話すと」
「長い」
「なら」
「後で聞く」
相変わらずだ。
俺は。
荷物から。
剣を。
取り出した。
鞘に。
入ったまま。
両手で。
差し出す。
「ガルド」
「あ?」
「これ」
ガルドが。
剣を見る。
「返しに来た」
一瞬。
ガルドが。
黙った。
俺が。
街を出る時。
貸してくれた。
剣。
神器が。
使えない。
俺に。
「持ってけ」
そう言って。
渡してくれた。
「……そうか」
ガルドが。
受け取る。
鞘から。
少しだけ。
抜く。
刃を見る。
傷。
細かな。
刃こぼれ。
何度も。
戦った。
跡。
「随分」
「使ったな」
「……悪い」
「馬鹿」
ガルドが。
剣を。
鞘へ戻す。
「剣は」
「使うもんだ」
「飾っとくもんじゃ」
「ねえ」
「……ああ」
ガルドが。
剣を。
作業台へ。
置く。
「役には」
「立ったか?」
聞かれて。
俺は。
迷わず。
答えた。
「めちゃくちゃ」
「助かった」
「そうか」
それだけ。
ガルドは。
言った。
でも。
少しだけ。
嬉しそうに。
見えた。
「ありがとう」
俺が。
言う。
ガルドは。
こっちを。
見なかった。
「礼なら」
「次の剣を」
「大事に使え」
「……え?」
ガルドの。
目が。
俺の腰へ。
向いていた。
新しい。
俺の剣。
「さっきから」
「気づいてたのか?」
「俺を」
「誰だと」
「思ってんだ」
ガルドが。
手を出す。
「見せろ」
俺は。
少しだけ。
笑って。
腰から。
剣を外す。
「驚くぞ」
「いいから」
「寄越せ」
渡す。
ガルドが。
鞘から。
剣を抜いた。
――スッ。
その瞬間。
顔が。
変わった。
「……」
何も。
言わない。
刃を見る。
角度を。
変える。
光へ。
透かす。
柄を。
握る。
軽く。
振る。
重心を。
確かめる。
そして。
刃元。
峰。
鍔。
細かなところまで。
見る。
長い。
「……どう?」
セリアが。
先に。
聞いた。
ガルドは。
答えない。
もう一度。
剣を。
軽く振る。
それから。
ようやく。
「……いい剣だ」
「だろ?」
思わず。
声が出た。
ガルドが。
俺を見る。
「なんで」
「お前が」
「得意げなんだ」
「俺の剣だから」
「打ったのは」
「お前じゃねえ」
「それは」
「そうだけど」
セリアが。
笑っている。
ガルドは。
もう一度。
剣を見る。
「素材も」
「いい」
「打ち方も」
「丁寧だ」
「それだけじゃねえな」
柄を。
握る。
「お前に」
「合わせてある」
俺は。
少し。
驚いた。
アルトで。
初めて。
この剣を。
振った時。
感じた。
動かしたいところへ。
剣が。
ついてくる。
あの感覚。
ガルドは。
少し。
触っただけで。
分かったらしい。
「どこで」
「打ってもらった?」
「アルト」
その瞬間。
ガルドが。
止まった。
「……アルト?」
「ああ」
数秒。
黙る。
そして。
納得したように。
息を吐いた。
「なるほどな」
「知ってるのか?」
「鍛冶やってて」
「アルトを」
「知らねえ奴が」
「いるか」
ガルドが。
俺へ。
剣を返す。
「そりゃ」
「いい剣が」
「できるわけだ」
少し。
悔しそうに。
言うのかと。
思った。
でも。
違った。
純粋に。
剣を。
評価している。
「大事に」
「使え」
「ああ」
受け取る。
なんだか。
嬉しかった。
ガルドから。
借りた剣を。
使っていた俺が。
今。
自分の剣を。
見てもらっている。
「じゃあ」
セリアが。
一歩。
前へ出た。
「私のも」
「見て」
「……お前も」
「新しくしたのか」
「うん」
セリアが。
腰から。
黒い剣を。
外す。
ガルドへ。
渡す。
「これ」
「アルトで」
「作ってもらった」
「またか」
ガルドが。
受け取る。
鞘から。
剣を。
抜いた。
――スッ。
黒い。
刃。
ただ。
真っ黒ではない。
光を。
受けると。
深い。
黒鉄のような。
色が。
浮かぶ。
そして。
その奥。
細い。
青白い。
筋。
ガルドの。
動きが。
止まった。
「……おい」
さっきとは。
違う。
声。
「なんだ」
「これ」
セリアが。
少し。
嬉しそうに。
笑う。
「いい剣?」
「そういう」
「話じゃねえ」
ガルドが。
刃を。
見る。
指先を。
近づける。
でも。
触れない。
「この色……」
「何の素材だ?」
「地竜」
「……は?」
ガルドが。
セリアを見る。
「地竜」
「地竜って」
「あの」
「地竜か?」
「多分」
「他に」
「どの地竜が」
「いるんだよ」
俺が。
言う。
「お前は」
「黙ってろ」
「なんでだよ」
ガルドが。
もう一度。
剣を見る。
「……いや」
「それだけじゃ」
「ねえだろ」
青白い。
細い筋。
そこを。
じっと。
見ている。
「これ」
「なんだ?」
「それは」
セリアが。
リーナを見る。
ガルドも。
見る。
「……私が」
リーナが。
少し。
前へ出る。
「調律しました」
「お前が?」
「はい」
「剣を?」
「はい」
ガルドが。
黙った。
前に。
この街にいた頃。
リーナは。
武器と。
使い手を。
繋ぐことは。
できた。
でも。
今とは。
違う。
アルトで。
一度。
失って。
もう一度。
取り戻した。
今の。
リーナの。
調律。
ガルドが。
黒い剣を。
もう一度。
見る。
「……なるほど」
小さく。
呟く。
「何?」
セリアが。
聞く。
「いや」
ガルドが。
剣を。
鞘へ戻す。
そして。
セリアへ。
返す。
「嬢ちゃん」
「はい」
「それ」
「絶対」
「なくすなよ」
「なくさないよ!」
「折るな」
「それは」
「……頑張る」
「そこは」
「言い切れ」
俺が。
笑う。
「だって」
「前の剣」
「折れたし」
「あれと」
「これを」
「一緒にするなよ」
「分かってるけど」
セリアが。
黒い剣を見る。
「剣って」
「折れる時は」
「折れるでしょ?」
「そりゃ」
「そうだけど」
「なら」
「大事に使え」
ガルドが。
呆れたように。
言った。
「はい」
今度は。
セリアも。
素直に。
頷いた。
その横で。
ガルドが。
俺たちを。
見ていた。
「……変わったな」
声が。
聞こえた。
俺と。
セリアが。
止まる。
「え?」
ガルドは。
俺を見る。
セリアを見る。
最後に。
リーナを見る。
「お前ら」
「街を出た時とは」
「随分」
「変わった」
俺は。
自分を見る。
新しい。
防具。
新しい。
剣。
確かに。
見た目は。
変わった。
でも。
ガルドが。
言っているのは。
多分。
それだけじゃない。
「……まあ」
俺は。
笑う。
「いろいろ」
「あったからな」
「みたいだな」
ガルドが。
作業台へ。
戻る。
「暇なら」
「聞いてやる」
「暇なのか?」
「俺じゃねえ」
「お前らがだ」
「なんだよ」
ガルドが。
金槌を。
手に取る。
そして。
何でもないように。
言った。
「帰ってきたんだ」
「少しくらい」
「ゆっくりしてけ」
俺は。
一瞬。
黙った。
それから。
「ああ」
頷く。
「そのつもり」
久しぶりの。
故郷。
ガルドも。
街も。
何も。
変わっていないように。
見える。
でも。
変わったものも。
ある。
俺たちだ。
そして。
もう一つ。
俺は。
店の外。
この街の。
向こうにある。
湖の方角を。
見る。
昔から。
そこにあるのが。
当たり前だった。
巨大な湖。
でも。
今の俺には。
もう。
ただの。
湖には。
見えなかった。




