初めての依頼
湖の街を出て。
三日が経った。
「……遠い」
俺は。
一人。
街道を歩いていた。
旅に出る前。
地図を見た時は。
もう少し。
簡単だと思っていた。
道を歩けば。
次の街に着く。
それだけだと。
でも。
実際は違った。
足は痛い。
荷物は重い。
夜は寒い。
飯も。
自分でどうにかしなきゃいけない。
前の人生なら。
電車。
車。
コンビニ。
ホテル。
当たり前にあったものが。
この世界にはない。
「旅って……」
思わず。
呟く。
「めちゃくちゃ大変だな」
それでも。
引き返そうとは。
思わなかった。
腰には。
ガルドから借りた剣。
そして。
必要なら。
いつでも呼び出せる神器。
まだ。
撃てないけど。
俺は。
前へ進んだ。
◇
昼を。
少し過ぎた頃。
坂を越えた。
「……おお」
思わず。
声が出た。
遠くに。
大きな壁が見える。
その内側には。
いくつもの建物。
高い塔。
行き交う馬車。
故郷とは。
比べものにならない。
大きな街だった。
「やっと着いた……」
門の前には。
人が並んでいる。
商人。
旅人。
冒険者らしき人間。
剣を持つ者。
槍を背負う者。
杖を持つ者。
見たことのない。
装備もある。
「……」
俺は。
自然と。
彼らの武器を見ていた。
一年前なら。
気にもしなかった。
剣の長さ。
握り。
素材。
傷。
重心。
魔力を帯びた武器まである。
ガルドに教えてもらったことで。
見えるものが。
少しだけ増えていた。
街へ入る。
「さて……」
目的は。
決まっている。
神器について。
調べること。
そして。
調律師を探すこと。
でも。
その前に。
俺には。
大きな問題があった。
財布を開く。
「……」
少ない。
もう一度。
見る。
「……増えないよな」
当然だった。
旅には。
金がかかる。
宿。
飯。
薬。
移動。
これから。
どれくらいの時間。
調律師を探すことになるのかも。
分からない。
父さんたちから。
旅の金は。
少し持たせてもらった。
でも。
ずっと。
頼るわけにはいかない。
自分で。
稼がないと。
俺は。
通りを見る。
そして。
一つの建物の前で。
足を止めた。
大きな看板。
剣と盾を組み合わせた。
紋章。
その下には。
文字が書かれている。
――冒険者ギルド。
「……ここか」
◇
扉を開ける。
ガヤガヤと。
一気に。
声が聞こえた。
広い。
受付。
依頼が貼られた掲示板。
テーブル。
酒を飲んでいる人間。
装備を整えている人間。
何かを。
受付に持ち込んでいる人間。
これが。
冒険者ギルド。
前の人生なら。
ゲームで。
何度も見た場所だ。
でも。
実際に入ると。
少し怖い。
「……とりあえず」
受付を見る。
何人か。
並んでいる。
俺も。
その後ろへ並んだ。
しばらくして。
順番が来る。
「こんにちは」
受付にいた女性が。
笑顔を向けた。
「本日はどうされましたか?」
「あの」
「冒険者になりたいんですけど」
「新規登録ですね」
「はい」
「では、こちらへ」
渡されたのは。
一枚の用紙だった。
名前。
年齢。
出身。
そして。
ジョブ。
「……」
手が止まった。
ジョブ。
書かなきゃダメだよな。
「どうかされました?」
「いや……」
隠しても。
仕方がない。
俺は。
書いた。
――神銃士。
受付の女性が。
用紙を受け取る。
「レンさん。十六歳。ジョブは……」
止まった。
「……神銃士?」
「はい」
受付の女性が。
俺を見る。
もう一度。
用紙を見る。
「神……銃士?」
「二回言わなくても大丈夫です」
「少々お待ちください」
奥へ。
行ってしまった。
「……やっぱりこうなるか」
少しして。
別の職員まで。
やってきた。
二人で。
用紙を見る。
こっちを見る。
また。
用紙を見る。
「レンさん」
「はい」
「念のため、ジョブの確認をさせていただいても?」
「どうぞ」
小さな。
水晶へ。
手を置く。
淡い光が。
広がった。
そして。
文字が浮かぶ。
【神銃士 Lv.2】
「……」
受付の女性が。
固まった。
近くにいた冒険者も。
それに気づいた。
「神銃士?」
「伝説級じゃねえか?」
「神器持ち?」
小さなざわめきが。
広がる。
「……」
嫌だ。
この感じ。
王都で。
嫌というほど。
味わった。
期待する目。
珍しいものを見る目。
俺は。
無意識に。
右手を握った。
「神器ってどんなのだ?」
誰かが。
そう言った。
「見せてくれよ」
別の声。
俺は。
少しだけ迷った。
そして。
首を振った。
「すみません」
「今は出しません」
「なんだよ」
「減るもんじゃないだろ」
減りはしない。
でも。
出せば。
次に聞かれる。
どんな力なんだ。
どれくらい強いんだ。
撃ってみろ。
そして。
最後は。
――カチッ。
「登録を」
俺は。
受付の女性を見る。
「続けてもらえますか?」
「……はい」
受付の女性は。
俺の表情を見て。
何かを察したのか。
それ以上。
神器について。
聞かなかった。
◇
登録は。
思ったより。
簡単だった。
最初は。
最低ランクから。
依頼をこなし。
実績を積む。
魔物の討伐。
護衛。
採取。
調査。
いろいろな。
仕事がある。
そして。
依頼を達成すれば。
報酬がもらえる。
「最初は」
受付の女性が。
掲示板を指した。
「採取依頼などがおすすめです」
「採取?」
「はい」
「街の外で採れる薬草などですね」
「危険も比較的少ないです」
なるほど。
いきなり。
強い魔物を倒せ。
とかじゃなくてよかった。
俺は。
掲示板を見る。
いくつもの。
依頼が並んでいる。
その中から。
一枚を取った。
【薬草採取】
街の北東。
森の浅い場所に生える。
薬草を十本。
採取する。
「これにします」
「分かりました」
受付の女性が。
依頼書を確認する。
「ただし」
「はい」
「森の浅い場所でも」
「魔物が出ることがあります」
「戦闘経験はありますか?」
「少しなら」
この一年。
街の近くで。
弱い魔物とは。
何度か戦った。
神器ではなく。
剣で。
「無理はしないでください」
「危険だと思ったら」
「依頼を諦めて戻るのも」
「冒険者の判断です」
「分かりました」
依頼書を受け取る。
初めての。
仕事。
「……よし」
◇
森までは。
歩いて。
一時間ほどだった。
依頼書に書かれた。
特徴を確認する。
細長い葉。
根元に。
薄い青色の筋。
「これか?」
しゃがむ。
一本。
採る。
「……たぶん」
袋に入れる。
さらに。
探す。
二本。
三本。
四本。
「意外と簡単だな」
そう思った時だった。
――ガサッ。
「……」
動きを止める。
草むら。
何かいる。
俺は。
ゆっくり。
腰の剣へ。
手を伸ばした。
ガルドから。
借りた剣。
――ガサッ!
飛び出してきた。
灰色の獣。
狼に似ている。
ただ。
前の世界の狼より。
明らかに大きい。
「……っ!」
剣を抜く。
魔物が。
地面を蹴った。
速い。
横へ。
飛ぶ。
牙が。
目の前を通り過ぎる。
「危なっ……!」
すぐに。
剣を構える。
心臓が。
うるさい。
訓練とは。
違う。
こいつは。
本気で。
俺を殺そうとしている。
魔物が。
低く唸る。
俺の右手が。
一瞬。
動きそうになる。
神器。
呼べる。
でも。
呼んだところで。
撃てない。
――カチッ。
それだけだ。
「……違う」
俺は。
剣を。
両手で握った。
今は。
こっちだ。
この一年。
何度も。
振った。
才能は。
ない。
上手くもない。
でも。
何もしてこなかったわけじゃない。
魔物が。
飛び込んでくる。
見る。
牙。
前脚。
身体の向き。
「……!」
避ける。
完全には。
避けきれない。
爪が。
腕をかすめる。
「っ!」
痛い。
でも。
止まらない。
振り向いた魔物へ。
剣を振る。
――ザシュッ!
浅い。
魔物が。
吠える。
再び。
向かってくる。
怖い。
逃げたい。
でも。
一年前の俺なら。
もっと。
何もできなかった。
ガルドに。
教わった。
剣の重さ。
間合い。
どうやって。
力を伝えるのか。
足を。
止めるな。
相手を見る。
魔物が。
飛ぶ。
今度は。
少し早く。
動けた。
横へ。
半歩。
そして。
剣を振る。
――ザンッ!
手に。
重い感触。
魔物が。
地面へ倒れた。
「……」
動かない。
俺は。
しばらく。
剣を構えたまま。
立っていた。
「……倒した?」
息が。
荒い。
腕も。
震えている。
格好いい戦いじゃない。
一撃でもない。
傷も。
ついた。
でも。
俺は。
自分の手で。
倒した。
その時。
身体の奥で。
何かが。
小さく。
動いた。
「……?」
確認する。
【神銃士 Lv.2】
変わっていない。
「……まあ」
一匹で。
上がるわけないか。
でも。
少しだけ。
笑った。
レベルが。
上がらなくても。
俺自身は。
一年前より。
確実に。
強くなっている。
「よし」
剣についた血を。
拭う。
「薬草探すか」
◇
薬草を。
十一本。
採った。
一本多いのは。
不安だったからだ。
夕方。
街へ戻る。
ギルドへ。
依頼品を出す。
受付の女性が。
一本ずつ。
確認していく。
「十本、確認しました」
「依頼達成です」
「……おお」
小さな袋が。
渡される。
中には。
硬貨。
「これが……」
初めて。
冒険者として。
自分で稼いだ金。
前の人生では。
給料なんて。
振り込まれて。
数字が増えるだけだった。
でも。
これは。
歩いて。
探して。
魔物と戦って。
自分で。
手に入れた。
「……なんか嬉しいな」
「初めての報酬ですからね」
受付の女性が。
笑った。
「大切に使ってください」
「はい」
これなら。
旅を続けられる。
依頼を。
こなしながら。
神器の情報を集める。
そして。
調律師を探す。
「……あ」
思い出した。
「すみません」
「はい?」
「聞きたいことがあるんですけど」
「何でしょう?」
「この街に」
少し。
声を落とす。
「調律師って」
「いますか?」
受付の女性の表情が。
少し変わった。
「調律師……ですか?」
「はい」
「武器のチューニングができる人を」
「探してるんです」
「それなら」
受付の女性は。
少し考えた。
「この街にも」
「何人かいますよ」
「本当ですか!?」
思わず。
身を乗り出す。
「はい」
「魔法武器を専門にしている方もいます」
「ただ……」
「ただ?」
受付の女性が。
俺を見る。
「神器を調律できる方となると」
「私は聞いたことがありません」
「……やっぱり」
そう簡単には。
いかない。
でも。
初めから。
分かっていたことだ。
「調律師について」
「もっと詳しい人っていますか?」
「そうですね……」
受付の女性が。
考える。
「あ」
何かを。
思い出したようだった。
「少し前に」
「変わった話を聞きました」
「変わった話?」
「ええ」
受付の女性は。
少し声を落とした。
「武器に触れただけで」
「その武器の状態が分かる」
「そんな人がいるって」
「……触れただけで?」
「噂ですけどね」
胸が。
小さく鳴った。
「どこにいるんですか?」
「それが」
受付の女性は。
困ったように笑う。
「分からないんです」
「……え」
「旅をしているとか」
「どこかの工房にいるとか」
「話す人によって」
「全部違うんですよ」
「なんだ……」
肩を落とす。
「でも」
受付の女性が。
続ける。
「調律師を探しているなら」
「冒険者を続けるのは」
「悪くないと思いますよ」
「どうしてですか?」
「冒険者は」
「いろんな街から来ます」
「珍しい武器を使う人も」
「珍しいジョブを持つ人も」
「情報を集めるなら」
「ギルドほど向いている場所はありません」
「……なるほど」
冒険者になる。
それは。
金を稼ぐためだけじゃない。
旅をして。
人と出会って。
情報を集める。
俺の目的にも。
繋がっている。
「ありがとうございます」
「いえ」
俺は。
初めて稼いだ硬貨を。
握った。
旅は。
始まったばかり。
神器について。
分かったことは。
まだ何もない。
神器を調律できる人間も。
見つかっていない。
それでも。
一歩。
進んだ。
俺は。
そう思っていた。
この時は。
まだ。
知らなかった。
俺が探している答えが。
噂の中にいる。
名の知れた調律師でも。
大きな工房の職人でもなく。
周囲から。
価値がないと思われている。
一人の少女へと。
繋がっていることを。




