答えを求めて
あの日から。
一年が経った。
俺は。
十六歳になった。
「……来い」
青白い光が集まる。
空間が。
わずかに歪む。
――ズンッ。
右手に。
神器が現れる。
もう。
この重さにも慣れた。
構える。
湖の向こうへ。
銃口を向ける。
引き金に。
指をかける。
――カチッ。
「……やっぱりダメか」
何も出ない。
一年前と。
同じ。
神器を下ろす。
そして。
自分の状態を確認した。
【神銃士 Lv.2】
「……一年で、一つか」
思わず。
ため息が出る。
この一年。
何もしていなかったわけじゃない。
剣を振った。
魔力を鍛えた。
街の近くに出る。
弱い魔物とも戦った。
それでも。
上がったのは。
たった一つ。
伝説級のジョブだから。
必要な経験値が。
普通とは違うのか。
それとも。
神器を使えていないからなのか。
分からない。
ただ。
一つだけ。
確かなことがある。
このまま。
同じことを続けていても。
答えには。
辿り着けない。
◇
この一年。
俺は。
ガルドの鍛冶屋へ。
何度も通った。
武器を学んだ。
剣。
槍。
弓。
魔力を使う武器についても。
分かる範囲で教えてもらった。
神器について書かれた本も。
探した。
教会にも行った。
街を訪れた冒険者にも。
商人にも聞いた。
神銃士。
神器。
過去の神銃士についての記録。
そして。
調律師。
チューニング。
手掛かりになりそうなものは。
何でも調べた。
調律師については。
何人か。
話を聞くことができた。
大きな街には。
武器の調律を専門にする人間もいるらしい。
魔力を使う武器を。
使い手に合わせる。
そんな調律師もいる。
だけど。
神器となると。
話は別だった。
――神器を調律する?
――そんな話、聞いたことないぞ。
――神器は持ち主を選ぶんだろ?
――最初から使えるんだから、必要ないじゃないか。
誰に聞いても。
似たような答えだった。
当然だ。
神器は。
その存在が明らかになった時から。
持ち主が扱える。
だから。
神器をチューニングする。
そんな発想自体が。
この世界には。
ほとんど存在しない。
それでも。
俺は。
諦められなかった。
俺の神器だけは。
撃てない。
なら。
俺の神器だけが。
普通の神器とは。
違う可能性だってある。
そして。
もし。
神器に触れられる調律師が。
どこかにいるなら。
会ってみたい。
何か。
分かるかもしれない。
「……外に行くしかないか」
湖を見ながら。
俺は呟いた。
この街で。
できることは。
もう。
ほとんどやった。
◇
「やっと決めたか」
ガルドは。
驚かなかった。
次の日。
俺が。
旅に出ようと思う。
そう伝えると。
それだけ言った。
「分かってたんですか?」
「一年も見てりゃ分かる」
ガルドは。
作業台に。
一本の剣を置いた。
「この街じゃ」
「これ以上は無理だ」
「……はい」
「神器のことも」
「調律師のことも」
「ここにねえ答えを探すなら」
ガルドは。
俺を見る。
「外へ行くしかねえ」
俺は。
頷いた。
「まずは大きな街を回ってみます」
「王都は?」
「……」
「まだ嫌か」
「できれば」
「最後にしたいです」
「ガハハ!」
笑うなよ。
あそこには。
いい思い出が。
一つもない。
「まあいい」
ガルドは。
作業台の剣を。
俺へ差し出した。
「持ってけ」
「……これ」
鞘から。
少しだけ抜く。
普通の剣だ。
神器みたいに。
光ったりしない。
特別な力も。
感じない。
でも。
一年。
武器について学んだ今なら。
分かる。
丁寧に。
作られている。
「いいんですか?」
「貸しだ」
「貸し?」
「ああ」
ガルドは。
ニヤッと笑った。
「神銃士様が出世したら」
「十倍にして返してもらう」
「金取るんじゃないですか!」
「当たり前だろ」
「貸しじゃないじゃん!」
ガルドが。
ガハハと笑う。
俺も。
少しだけ笑った。
神器は。
まだ撃てない。
だから。
今の俺が。
戦うための武器は。
この剣だ。
俺は。
剣を腰に差した。
「ありがとうございます」
「死ぬなよ」
「はい」
「あと」
ガルドが。
俺の右手へ。
目を向けた。
そこは。
いつも俺が。
神器を呼び出す手だった。
「見つけてこい」
「え?」
「お前の神器が」
「何なのか」
「……」
俺は。
頷いた。
「絶対に」
◇
その日の夜。
父さんと。
母さんに話した。
「旅に出たい」
二人とも。
すぐには。
何も言わなかった。
母さんが。
先に口を開いた。
「どこへ行くの?」
「まだ決めてない」
「大きな街を回ろうと思ってる」
「神器について」
「もっと調べたい」
少し迷ってから。
続ける。
「それと」
「調律師を探したい」
「調律師?」
父さんが聞く。
「武器と使い手を」
「繋ぐジョブなんだ」
「俺の神器にも」
「何かできる人がいるかもしれない」
「……そうか」
父さんは。
それ以上。
聞かなかった。
母さんを見る。
母さんは。
少し寂しそうな顔をしていた。
「行かないとダメ?」
その言葉に。
胸が痛んだ。
この街は。
嫌いじゃない。
むしろ。
好きだ。
父さんも。
母さんもいる。
生まれてから。
ずっと見てきた湖がある。
ここにいれば。
きっと。
平和に暮らせる。
神器なんて。
諦めれば。
それでいいのかもしれない。
でも。
前の人生で。
俺は。
何度も。
そうやって諦めた。
向いてない。
才能がない。
どうせ無理。
そうやって。
理由をつけて。
途中でやめた。
だから。
この人生では。
決めたんだ。
どんなジョブでも。
一生懸命頑張るって。
それなのに。
神銃士だけ。
諦めるなんて。
できない。
「……行きたい」
母さんを見る。
「俺」
「まだ何もしてないから」
「神器をもらっただけで」
「何もできてない」
「だから」
「ちゃんと知りたい」
「俺のジョブが」
「何なのか」
母さんは。
しばらく黙っていた。
やがて。
小さく笑った。
「分かった」
「……母さん」
「ただし」
「はい」
「ちゃんと帰ってきなさい」
「……うん」
父さんが。
俺の肩に。
手を置いた。
「レン」
「神器が撃てようが撃てまいが」
「お前は俺たちの息子だ」
あの日と。
同じ言葉だった。
「でも」
父さんは。
笑った。
「お前が答えを知りたいなら」
「行ってこい」
「……ありがとう」
その夜。
俺は。
なかなか。
眠れなかった。
◇
出発まで。
十日かけた。
旅の荷物。
食料。
水。
薬。
地図。
そして。
ガルドから借りた剣。
神器は。
必要な時に。
呼び出せる。
だから。
荷物にはならない。
出発の日。
朝早く。
俺は。
家を出た。
「気をつけてね」
母さんが。
何度も言う。
「うん」
「危ないことしないでね」
「たぶん」
「たぶん?」
「……できるだけ」
父さんが。
笑った。
「行ってこい」
「……行ってきます」
二人に。
背を向ける。
歩き出す。
いつもの道。
何度も通った。
市場。
魚を焼く匂い。
湖へ向かう漁師。
店を開ける商人。
白い教会の塔。
全部。
いつもと同じだった。
なのに。
今日だけ。
違って見えた。
街の入口が。
近づく。
その時。
「レン!!」
聞き慣れた声が。
後ろから聞こえた。
足が。
止まった。
振り返る。
「……セリア」
走ってきたのは。
セリアだった。
腰に。
剣を下げている。
朝の訓練を。
していたのだろう。
少し。
息を切らしていた。
「今日だったんでしょ!」
「うん」
「なんで言わないの!」
「……言いにくくて」
「なんで?」
「それは……」
言葉に詰まる。
あの日から。
一年。
セリアとは。
ほとんど。
まともに話せていなかった。
原因は。
俺だ。
王都から帰ったあと。
心配してくれた。
セリアに。
俺は。
言った。
――お前には分からないだろ!
あれから。
ずっと。
謝れなかった。
俺は。
セリアを見る。
「……ごめん」
「え?」
「前に」
「お前には分からないって言ったこと」
「……」
「セリアは」
「何も悪くなかった」
「俺が」
「勝手に」
「八つ当たりした」
しばらく。
沈黙が続いた。
「……遅い」
「うん」
「一年だよ?」
「……うん」
「ほんっと」
「バカ」
「……ごめん」
セリアは。
俺を睨んでいた。
でも。
少しして。
ため息をついた。
「もういい」
「え?」
「謝ってくれたから」
「……いいの?」
「よくない」
「どっち?」
「これから許すの!」
よく分からない。
でも。
セリアらしかった。
「それで?」
セリアが。
俺の荷物を見る。
「神器のこと調べに行くの?」
「うん」
「それと」
「調律師を探す」
「調律師?」
「武器と使い手を繋ぐジョブらしい」
「神器にも通用するかは」
「分からないけど」
「可能性があるなら」
「探してみたい」
「そっか」
セリアは。
少しだけ。
笑った。
「じゃあ」
「ちゃんと撃てるようになって」
「帰ってきてね」
「……簡単に言うなよ」
「だって」
セリアは。
俺の右手を見る。
「私」
「まだ見てないから」
「何を?」
「レンの神器が」
「本当に撃つところ」
「……」
「見せてよ」
「いつか」
俺は。
少し考えて。
拳を出した。
「分かった」
セリアが。
その拳を見る。
そして。
自分の拳を。
軽くぶつけた。
「約束」
「ああ」
俺は。
再び。
街の外へ向かう。
「レン!」
振り返る。
セリアが。
大きな声で言った。
「私も負けないからね!」
「何に!?」
「全部!」
「意味分かんないよ!」
セリアは。
笑っていた。
俺も。
笑った。
そして。
今度こそ。
街を出た。
◇
道を歩く。
振り返れば。
湖の街が。
少しずつ。
小さくなっていく。
前の人生では。
何かを変えたいと。
何度も思った。
でも。
結局。
何もしなかった。
会社が嫌でも。
辞めなかった。
新しいことを。
始めようと思っても。
やらなかった。
失敗するのが。
怖かった。
だから。
同じ毎日を。
繰り返した。
でも。
今は。
違う。
撃てない神器を。
背負って。
いや。
普段は消してるから。
背負ってはいないけど。
「……締まらないな」
一人で。
苦笑する。
それでも。
俺は。
歩いている。
答えが。
あるかどうかも。
分からない。
神器を調律できる人間なんて。
本当に。
いるのかも分からない。
それでも。
探す。
俺の神器が。
何なのか。
どうすれば。
撃てるのか。
そして。
俺は。
神銃士として。
何ができるのか。
その答えを。
見つけるために。
俺は。
生まれて初めて。
湖の街を。
一人で出た。
◇
その日の夕方。
湖のほとり。
セリアは。
一人で。
剣を振っていた。
「九十八……!」
振る。
「九十九……!」
もう一度。
「百!」
剣を下ろす。
荒い息を吐く。
「……行っちゃったか」
「寂しいなら、一緒に行けばよかっただろ」
後ろから。
声がした。
セリアが。
振り返る。
「カイル」
木にもたれて。
カイルが立っていた。
「別に」
「寂しくないし」
「ふーん」
「何?」
「何でもない」
カイルは。
湖の向こうを見る。
「レン」
「帰ってくると思う?」
「帰ってくるよ」
即答だった。
「なんで分かるんだよ」
「約束したから」
「……そう」
カイルの目が。
セリアの腰の剣へ向く。
「お前も」
「強くなるのか?」
「うん」
セリアは。
剣を握る。
「次に会った時」
「私だけ」
「何も変わってなかったら」
「嫌だから」
「……」
「だから」
もう一度。
剣を構える。
「私も強くなる」
カイルは。
何も言わなかった。
ただ。
その拳を。
強く握っていた。
◇
夜。
街から。
人の姿が消えた頃。
湖は。
静かだった。
月の光が。
水面を照らしている。
その向こう。
森の奥。
木々の隙間で。
何かが。
動いた。
一つ。
そして。
もう一つ。
二つの赤い光が。
闇の中に浮かぶ。
それは。
しばらく。
湖を見つめていた。
やがて。
音もなく。
闇の中へ。
消えていった。
まだ。
誰も知らない。
レンが。
答えを求めて。
湖の街を旅立ったその日。
この街でも。
何かが。
静かに。
動き始めていた。




