積み重ね
翌朝。
俺たちは。
ダンジョンへは。
向かわなかった。
「……駄目だな」
ドワーフの老人が。
セリアの剣を。
見ながら。
そう言った。
「もう?」
セリアが。
少しだけ。
驚いた顔をする。
「もうじゃねえ」
「よく」
「ここまで持たせた」
刃には。
いくつもの。
欠けがある。
第三層域で。
何度も。
魔物と。
斬り合った。
その度に。
少しずつ。
傷が。
増えていた。
老人が。
剣を。
横にして。
じっと。
眺める。
「刃だけじゃねえ」
「中まで」
「きてる」
「直せますか?」
「直せる」
セリアの顔が。
少し明るくなる。
でも。
「だが」
「意味はねえ」
「……え?」
老人が。
剣を。
作業台へ置く。
「直したところで」
「また」
「すぐこうなる」
セリアが。
黙って。
剣を見る。
「次に」
「でかいのと」
「やり合えば」
老人が。
剣を。
指で。
軽く叩いた。
「折れるぞ」
「…………」
セリアは。
何も。
言わなかった。
俺にも。
なんとなく。
分かる。
この剣は。
王都を出る時に。
買った。
普通の剣だ。
最初は。
それでも。
十分だった。
でも。
第三層域まで。
潜るようになって。
相手も。
変わった。
そして。
セリア自身も。
少しずつ。
強くなっている。
剣が。
ついてこられなくなっている。
前の剣と。
同じだ。
「じゃあ……」
セリアが。
老人を見る。
「まだ」
「打っては」
「もらえないんですよね」
「ああ」
即答だった。
「言ったはずだ」
老人が。
俺たちを見る。
「持ってこい」
「お前が」
「自分で」
「持ち帰れるものをな」
「…………」
セリアが。
小さく。
頷いた。
「分かりました」
そう言って。
作業台の剣へ。
手を伸ばす。
「待て」
「え?」
老人が。
工房の奥へ。
歩いていく。
何だ?
奥から。
ガチャ。
ガチャ。
何かを。
動かす音がする。
しばらくして。
老人が。
戻ってきた。
その手には。
一本の剣。
派手な。
装飾はない。
柄も。
鞘も。
どちらかと言えば。
地味だ。
でも。
「…………」
なんだろう。
今まで。
セリアが。
使っていた剣とは。
何かが。
違う。
俺でも。
そう感じた。
「使え」
老人が。
セリアへ。
剣を。
差し出した。
「……え?」
「聞こえなかったか」
「いや」
「聞こえましたけど……」
セリアが。
戸惑いながら。
受け取る。
鞘から。
ゆっくり。
剣を。
抜いた。
――スッ。
綺麗な。
刃。
セリアが。
握りを。
確かめる。
そして。
――ヒュッ。
一度だけ。
振った。
「…………」
速い。
いや。
速いというより。
自然だった。
今までの剣より。
セリアの動きに。
剣が。
ついてきている。
セリア自身も。
驚いたように。
剣を。
見ていた。
「これ……」
もう一度。
軽く。
振る。
「かなり」
「いい剣じゃ……」
「勘違いするな」
老人が。
腕を組む。
「やるんじゃねえ」
「え?」
「貸すだけだ」
そして。
「これは」
「貸しだ」
「…………」
セリアが。
剣を見る。
それから。
老人を見る。
「ありがとうございます」
頭を。
下げた。
「壊すなよ」
「……努力します」
「努力じゃねえ」
老人が。
睨む。
「返せ」
「はい」
セリアが。
苦笑した。
その横で。
リーナが。
じっと。
剣を。
見ていた。
「リーナ?」
セリアも。
気づいたらしい。
「触ってみる?」
「…………」
リーナが。
少しだけ。
迷う。
それから。
「……はい」
剣を。
受け取った。
両手で。
大事そうに。
持つ。
目を。
閉じる。
「…………」
静かだった。
聞こえない。
そう思った。
でも。
「……あ」
リーナの。
目が。
開いた。
「どうした?」
「…………」
リーナは。
答えなかった。
もう一度。
目を閉じる。
指先が。
ゆっくりと。
剣の上を。
動いていく。
そして。
ある場所で。
止まった。
「……分かりません」
「分からない?」
「はい」
リーナが。
剣を見る。
「声じゃ」
「ないです」
「でも……」
指先が。
同じ場所へ。
触れる。
「ここ」
老人の。
眉が。
僅かに動いた。
「貸せ」
リーナから。
剣を受け取る。
さっきまで。
セリアの剣を。
見ていた時とは。
少し違う。
何度か。
角度を変え。
指で。
その場所を。
なぞる。
「…………」
「どうなんだ?」
俺が聞く。
老人は。
しばらく。
何も言わなかった。
やがて。
「……なるほどな」
小さく。
呟いた。
「何かあるんですか?」
リーナが。
聞く。
「大したもんじゃねえ」
老人が。
剣を。
セリアへ返す。
「打った時の」
「僅かな癖だ」
「癖……」
「使う分には」
「何の問題もねえ」
そして。
リーナを見る。
「よく分かったな」
「…………」
リーナ自身が。
一番。
驚いていた。
自分の。
短剣以外。
今まで。
何も。
聞こえなかった。
セリアの剣も。
俺の剣も。
神銃も。
でも。
今。
ほんの少しだけ。
何かを。
感じた。
「リーナ」
「……はい」
「聞こえたのか?」
リーナは。
少し考えて。
首を。
横に振った。
「まだ」
「聞こえたとは」
「言えないです」
それから。
ほんの少し。
笑った。
「でも」
「何も」
「分からなかったわけじゃ」
「ありません」
「……そっか」
それで。
十分だ。
今は。
少しずつで。
いい。
「で」
老人が。
俺を見る。
「今日は」
「剣だけか?」
「あ」
そうだった。
俺は。
持ってきていた。
ダンジョンの地図を。
作業台に。
広げた。
「昨日」
「第三層域の」
「ここまで行った」
指で。
場所を示す。
以前。
巨大な魔物から。
逃げた場所。
その。
さらに先。
「この辺りで」
「変な音を聞いた」
「音?」
「ああ」
一定の。
間隔で。
低く。
地面まで。
震えるような。
――ゴウン。
「魔物の音には」
「聞こえなかった」
老人の。
顔から。
少しだけ。
表情が消えた。
「……どの辺だ」
「ここ」
もう一度。
指す。
老人が。
地図を見る。
「…………」
長い。
「そこまで」
「行ったか」
「知ってるのか?」
「知らん」
「どっちだよ」
「俺は」
「潜る側じゃねえ」
老人が。
鼻を鳴らす。
「ただ」
地図から。
目を離す。
「昔から」
「妙な話はある」
「妙な話?」
セリアが。
聞いた。
「ああ」
老人が。
工房の奥を見る。
そこでは。
今日も。
炎が。
燃えている。
「深くまで」
「潜った奴が」
「たまに」
「言うんだ」
「地下で」
「何かが」
「動いてる音を」
「聞いたってな」
「…………」
俺と。
セリアが。
顔を見合わせる。
「それって……」
「知らん」
セリアが。
言い切る前に。
老人が。
答えた。
「同じ音かも」
「分からねえ」
「場所も」
「話す奴によって」
「違う」
「ただ」
老人が。
少しだけ。
声を落とした。
「昔の坑夫どもは」
「よく」
「言ってたらしい」
「何て?」
老人が。
俺を見る。
そして。
「アルトの底は」
一拍。
「死んでねえ」
「…………」
死んで。
いない。
「どういう意味だ?」
「知らん」
「またそれかよ」
「俺が」
「ガキの頃から」
「ある話だ」
それ以上。
老人は。
何も。
言わなかった。
工房を。
出る。
外では。
今日も。
――カン。
――カン。
街中から。
鉄を打つ音が。
聞こえてくる。
セリアの。
腰には。
借りた。
一本の剣。
リーナの。
腰には。
ずっと。
一緒だった。
古い短剣。
そして。
俺の腰には。
いつもの剣。
まだ。
何一つ。
完成していない。
セリアの剣は。
借り物だ。
リーナの力も。
完全には。
戻っていない。
俺だって。
神銃を。
撃つことは。
できない。
それでも。
少しずつ。
本当に。
少しずつ。
前には。
進んでいる。
俺は。
手に持った。
地図を見る。
第三層域。
昨日。
引き返した場所。
その先。
――ゴウン。
あの音が。
何なのか。
まだ。
分からない。
でも。
アルトの底は。
死んでいない。
「……行こう」
俺が言うと。
セリアが。
借りた剣の柄へ。
手を置いた。
「うん」
リーナも。
小さく。
頷く。
「はい」
次は。
もう少しだけ。
その先へ。
俺たちは。
また。
積み重ねていく。




