折れた剣
王都の。
大通りから。
少し外れた場所。
そこに。
一軒の鍛冶屋があった。
――カンッ。
――カンッ。
店の奥から。
金属を叩く音が。
響いている。
開け放たれた扉から。
熱気が。
外まで流れていた。
セリアは。
店の前で。
足を止める。
腕には。
一本の。
細長い布包み。
中にあるのは。
剣。
いや。
剣だったもの。
王都を守る。
あの戦いで。
折れた。
セリアの剣だった。
「……よし」
小さく。
息を吐いて。
店の中へ入る。
「すみません」
返事はない。
――カンッ。
――カンッ。
奥では。
一人の男が。
炉の前に立っている。
大きな腕。
煤で汚れた服。
男は。
赤く熱された金属を。
何度か叩いてから。
ようやく。
こちらを見た。
「なんだ?」
「剣を」
「見てもらいたくて」
「剣?」
男の視線が。
セリアの。
腕の中へ向く。
「……それか」
「はい」
「出してみろ」
セリアは。
近くの台へ。
布包みを置いた。
ゆっくり。
布を開く。
二つに折れた。
剣が。
姿を現した。
男の目が。
僅かに細くなる。
折れた刃。
傷だらけの刀身。
何度も。
研ぎ直された跡。
男は。
何も言わず。
折れた剣を。
手に取った。
刃を見る。
折れた断面を見る。
柄を見る。
そして。
小さく。
息を吐いた。
「……随分」
「無茶させたな」
セリアが。
少し。
俯いた。
「王都の」
「戦いで」
「なるほどな」
男は。
もう一度。
剣を見る。
「直せますか?」
男の手が。
止まった。
「直すだけならな」
「本当ですか?」
思わず。
声が明るくなる。
だが。
男は。
すぐに続けた。
「ただ」
「俺なら」
「直さねえ」
「……え?」
セリアの表情が。
止まる。
「どうして?」
「もう」
「使えないんですか?」
「違う」
男は。
折れた剣を。
台へ置いた。
「いい剣だ」
「……え?」
「特別な素材を」
「使ってるわけじゃねえ」
「名のある職人が」
「打ったようにも見えねえ」
「だが」
男の太い指が。
刀身を。
ゆっくりなぞる。
「よく手入れされてる」
「刃も」
「何度も研がれてる」
「傷も多い」
「それでも」
「ここまで」
「使い続けた」
男が。
セリアを見る。
「長いんだろ?」
「こいつと」
「……はい」
セリアが。
小さく頷く。
授職の儀で。
自分が。
剣士だと知ってから。
ずっと。
一緒だった。
強い魔物と。
戦った時も。
怖くて。
逃げたくなった時も。
この剣を。
握ってきた。
「だから」
セリアが。
折れた剣を見る。
「できるなら」
「直したいんです」
「だろうな」
男は。
少しだけ。
黙った。
そして。
折れた剣を。
持ち上げる。
「だが」
「こいつは」
「もう」
「お前についていけねえ」
「……私に?」
「ああ」
「剣が」
「弱くなったんじゃねえ」
男は。
セリアを見る。
「お前が」
「こいつより先に」
「強くなっちまったんだ」
セリアは。
何も言えなかった。
頭に。
数日前。
確認した。
自分のジョブが浮かぶ。
【上級剣士 Lv.35】
王都を守る。
あの戦いのあと。
自分のジョブは。
変わった。
剣士から。
上級剣士へ。
嬉しかった。
強くなれた。
そう思った。
でも。
「強くなったから……」
セリアが。
折れた剣を見る。
「折れたんですか?」
「それだけが」
「原因じゃねえ」
「だが」
「今のお前の力を」
「この剣じゃ」
「受け止めきれなくなってたのは」
「間違いねえ」
男が。
折れた刃を。
指で示す。
「ここだけじゃない」
「刃も」
「芯も」
「かなり無理してる」
「直して」
「また使えば」
「同じことになる」
セリアは。
黙って。
剣を見つめた。
直せる。
でも。
直しても。
また。
折れる。
「じゃあ」
セリアが。
顔を上げる。
「新しい剣を」
「作ってもらえますか?」
「作れる」
即答だった。
「本当ですか?」
「ああ」
「今のお前に」
「合う剣ならな」
「……今の?」
男が。
腕を組む。
「お前」
「上級剣士になったの」
「最近だろ?」
「分かるんですか?」
「動き見りゃ」
「なんとなくな」
「鍛冶屋を」
「何年やってると思ってる」
男は。
セリアを。
上から下まで見る。
「まだ」
「伸びるぞ」
「お前は」
「……まだ?」
「ああ」
「今のお前に」
「ぴったりの剣を打つ」
「それだけなら」
「俺でもできる」
男は。
折れた剣へ。
視線を戻す。
「だが」
「お前が」
「この先も」
「強くなるつもりなら」
「話は別だ」
セリアが。
少し考える。
そして。
答える。
「強く」
「なりたいです」
迷いは。
なかった。
もっと。
強くなりたい。
あの戦いで。
何度も。
思った。
自分が。
もっと強ければ。
もっと。
できることが。
あったかもしれない。
「だったら」
男が言った。
「アルトへ行け」
「……アルト?」
聞いたことのない。
名前だった。
「鍛冶の街だ」
「鍛冶の……街?」
「ああ」
男が。
店の奥にある。
古い地図を。
指差した。
「王都から」
「少し離れたところに」
「でかいダンジョンがある」
「その近くに」
「できた街だ」
「ダンジョンからは」
「普通じゃ採れねえ鉱石や」
「魔物の素材」
「たまに」
「古い武具なんかも」
「出てくる」
セリアが。
地図を見る。
「そんな場所が……」
「そういうもんが」
「集まる場所には」
「当然」
「鍛冶屋も集まる」
「いつの間にか」
「鍛冶の街なんて」
「呼ばれるようになった」
男は。
少し。
面白くなさそうに。
鼻を鳴らした。
「腕のいい奴も」
「多い」
「あなたより?」
「そこは」
「少しくらい」
「遠慮しろ」
「……すみません」
男が。
ため息をつく。
でも。
少しだけ。
笑っていた。
「まあ」
「いる」
「俺より」
「腕のいい奴がな」
セリアが。
男を見る。
「その人なら」
「これからの私にも」
「ついてこられる剣を」
「作れますか?」
「可能性はある」
「ただし」
男の顔が。
少し険しくなる。
「面倒な奴だ」
「面倒?」
「ドワーフだ」
セリアが。
瞬きをする。
「ドワーフ……」
「腕は確かだ」
「だが」
「金を積めば」
「剣を打ってくれるような」
「奴じゃねえ」
「気に入らなきゃ」
「王族相手でも」
「追い返す」
「……そんな人を」
「私に紹介するんですか?」
「だから」
「紹介するんだよ」
「え?」
男が。
折れた剣を。
軽く叩く。
「こいつを」
「持っていけ」
「この剣を?」
「ああ」
「お前が」
「今まで」
「どう戦ってきたのか」
「鍛冶屋なら」
「剣を見りゃ」
「少しくらい分かる」
男は。
布を。
セリアの方へ。
押し戻した。
「気に入られるかは」
「知らねえけどな」
セリアは。
折れた剣を見る。
もう。
使えない。
そう思っていた。
でも。
まだ。
役目が。
残っている。
「……分かりました」
セリアは。
折れた剣を。
丁寧に。
布で包み直した。
「ありがとうございます」
「ああ」
「それと」
店を。
出ようとした。
セリアが。
振り返る。
「なんですか?」
「アルトの」
「ダンジョンには」
「一人で入るなよ」
「え?」
「いい素材ほど」
「深いところにある」
男が。
炉へ戻る。
「今のお前でも」
「一人じゃ」
「死ぬぞ」
「…………」
セリアが。
少し。
顔を引きつらせる。
「覚えておきます」
――カンッ。
再び。
金属を叩く音が。
響き始める。
セリアは。
店の外へ出た。
腕には。
折れた剣。
そして。
頭の中には。
一つの名前。
アルト。
鍛冶の街。
そこへ行けば。
今の私だけじゃない。
これから。
もっと。
強くなった私とも。
一緒に戦ってくれる。
そんな剣に。
出会えるかもしれない。
セリアは。
腕の中の。
折れた剣を。
少しだけ。
強く抱いた。
「……アルトか」
次の目的地が。
決まった。




