英雄と呼ばれて
「……リーナ」
返事は。
ない。
眠ったまま。
俺は。
その場に。
膝をついた。
「大丈夫なのか?」
リーナを支えていた。
兵士に。
聞く。
「呼吸はあります」
「ただ」
「かなり消耗しているようです」
「すぐに治療を」
「お願いします」
それだけ。
言ったところで。
身体から。
力が抜けた。
「レン!」
セリアの声が。
聞こえる。
「大丈夫だ」
そう。
答えたつもりだった。
でも。
立てない。
魔力を。
使い切った。
いや。
それだけじゃない。
終わったんだ。
そう思った瞬間。
身体が。
動かなくなった。
「……はは」
地面に。
座り込む。
空を見る。
さっきまで。
あれだけ。
うるさかった。
戦場。
今は。
静かだった。
巨大な魔物は。
もう。
いない。
淡い光も。
消えた。
本当に。
終わったんだ。
「やったな」
声がした。
レオンだった。
《天穿槍》を。
肩に担ぎながら。
こちらへ。
歩いてくる。
「レオン……」
「まったく」
「とんでもないものを」
「見せられた」
そう言って。
俺の隣に。
座り込んだ。
「神槍士が」
「そんなところに」
「座ってていいのか?」
「うるさい」
「俺も限界だ」
「……そうか」
「ああ」
しばらく。
二人で。
何も言わず。
空を見る。
「でも」
レオンが。
口を開いた。
「お前」
「ちゃんと」
「決めたな」
「え?」
「どこで使うか」
「決められる奴が」
「強い」
以前。
レオンに。
言われた言葉。
俺は。
巨大な魔物が。
いた場所を見る。
「……ああ」
「やっと」
「分かった気がする」
レオンが。
小さく。
笑った。
「なら」
「忘れるな」
そう言って。
立ち上がる。
「先に戻るぞ」
「怪我人が多すぎる」
「ああ」
戦いが。
終わった。
でも。
やることは。
まだ。
残っている。
負傷者を。
運ぶ。
動ける者は。
動けない者を。
支える。
俺も。
少し休んでから。
立ち上がった。
リーナは。
担架で。
運ばれている。
その隣を。
歩く。
何度か。
ふらついた。
その度に。
セリアに。
支えられた。
「無理しないでよ」
「してない」
「今」
「倒れそうだったでしょ」
「気のせいだ」
「もう……」
セリアが。
呆れたように。
笑う。
その手には。
折れた剣。
「それ」
「……うん」
セリアも。
剣を見る。
「折れちゃった」
「ごめん」
「なんでレンが謝るの?」
「俺のために」
「戦ってただろ」
「違うよ」
セリアが。
首を振る。
「みんなのため」
「私も」
「戦いたかったから」
「……そっか」
「うん」
少し前を。
カイルが。
歩いている。
「おい」
「置いてくぞ」
「分かってる!」
「それと」
カイルが。
振り返る。
「レン」
「なんだ?」
「……いや」
「何でもない」
また。
前を向く。
「なんだよ」
「うるさい」
なんなんだ。
こいつ。
でも。
その横顔は。
少しだけ。
笑っているように。
見えた。
王都が。
見えてきた。
城壁。
城門。
ここを。
守るために。
俺たちは。
戦った。
門の前には。
人が。
集まっていた。
兵士。
街の人。
避難していた。
人たち。
俺たちの姿を。
見つける。
最初は。
誰も。
何も言わなかった。
怪我をした。
兵士たち。
肩を借りながら。
歩く冒険者。
壊れた武器。
血に汚れた。
鎧。
その列を。
みんなが。
黙って。
見ていた。
そして。
誰かが。
言った。
「……帰ってきた」
別の誰かが。
声を上げる。
「魔物は!?」
「魔物はどうなったんだ!?」
兵士の一人が。
答えた。
「倒した!」
一瞬。
静かになる。
「巨大な魔物も!」
「倒したぞ!」
ざわめきが。
広がっていく。
「勝った……?」
「俺たち」
「助かったのか……?」
「ああ!」
「勝ったんだ!」
歓声が。
上がった。
「やった!」
「勝ったぞ!」
「王都は守られた!」
次々と。
声が。
重なる。
俺は。
その中を。
歩いていく。
リーナの。
担架の隣。
ただ。
歩いていた。
その時。
「……あれ」
一人の男が。
俺を見る。
「あの神器……」
周りの人も。
こちらを見る。
「神銃士……?」
足が。
止まりそうになった。
神銃士。
何度も。
呼ばれた。
その名前。
でも。
今までとは。
声が。
違った。
「あの人だ!」
「神銃士だ!」
「神銃士が!」
「巨大な魔物を倒したんだ!」
違う。
俺だけじゃない。
そう。
言おうとした。
でも。
声が。
どんどん。
広がっていく。
「神銃士!」
「ありがとう!」
「王都を守ってくれた!」
「ありがとう!」
俺は。
何も。
言えなかった。
使えない。
神銃士。
役立たず。
一発も。
撃てない。
そんな言葉なら。
聞いたことがある。
でも。
「ありがとう!」
これは。
初めてだった。
隣を見る。
リーナは。
まだ。
眠っている。
「……リーナ」
小さく。
呟く。
「聞こえてるか?」
「俺たち」
「勝ったみたいだぞ」
◇
王都へ。
戻ってから。
三日が。
経った。
俺は。
城の中にいた。
身体は。
まだ。
重い。
魔力も。
完全には。
戻っていない。
それでも。
歩けるくらいには。
回復した。
リーナも。
治療を。
受けている。
命に。
別状はない。
その言葉を。
聞いた時。
本当に。
安心した。
「入れ」
扉の向こうから。
声がする。
俺は。
扉を。
開けた。
王が。
そこにいた。
前に。
会った時と。
同じ。
鋭い目。
俺は。
その前へ。
進む。
「神銃士レン」
「はい」
「報告は」
「すべて聞いた」
王が。
俺を見る。
「三千を超える魔物」
「そして」
「その奥にいた」
「巨大な魔物」
「よく」
「止めてくれた」
「……俺だけじゃ」
「分かっている」
言葉を。
遮られた。
「神槍士レオン」
「冒険者」
「兵士」
「そして」
「お前と共にいた者たち」
「すべて」
「報告を受けている」
「……はい」
王が。
少しだけ。
表情を緩める。
「以前」
「余は」
「お前に言ったな」
思い出す。
あの日。
神器を。
撃つようには。
命じなかった。
ただ。
一つだけ。
言われた。
「その一発」
「無駄にするな」
王が。
立ち上がる。
「どうやら」
「あの一発」
「無駄には」
「しなかったようだな」
「……はい」
俺は。
答える。
「でも」
「俺一人じゃ」
「撃てませんでした」
王が。
黙って。
俺を見る。
「リーナが」
「神器を」
「繋いでくれました」
「セリアと」
「カイルが」
「戦ってくれました」
「レオンが」
「時間を作ってくれました」
「兵士も」
「冒険者も」
「みんなが」
「戦ってくれた」
「だから」
「俺は」
「あの一発を」
「撃てたんです」
王は。
しばらく。
何も。
言わなかった。
そして。
「だからこそだ」
「……え?」
「一人で」
「王国を救う者など」
「いない」
王が。
俺を見る。
「共に戦い」
「共に守り」
「最後に」
「己の役目を」
「果たした」
「それでいい」
俺は。
何も。
言えなかった。
「胸を張れ」
「神銃士レン」
「お前たちは」
「この王都を救った」
◇
城を。
出たあと。
俺は。
そのまま。
リーナのいる。
部屋へ向かった。
扉を。
開ける。
ベッドの上。
リーナは。
眠っている。
椅子を。
引いて。
その隣へ。
座る。
「……英雄だってさ」
返事は。
ない。
「俺たち」
「王都を」
「救ったらしい」
まだ。
実感がない。
巨大な魔物を。
倒した。
王都を。
守った。
王から。
直接。
言われた。
それでも。
どこか。
自分のことじゃ。
ないような。
気がする。
「前の俺が」
「聞いたら」
「笑うだろうな」
前の世界。
何をやっても。
人並みだった。
特別な。
才能もない。
毎日。
仕事をして。
家に帰って。
また。
仕事へ行く。
そんな。
俺だった。
転生して。
今度こそ。
何か。
変わるかもしれないと。
思った。
そして。
知った。
自分のジョブが。
伝説級の。
【神銃士】だと。
でも。
神器は。
撃てなかった。
結局。
俺は。
どこへ行っても。
同じなのかと。
思ったこともある。
それでも。
諦めなかった。
そして。
リーナと。
出会った。
「……本当に」
「変わるもんだな」
その時。
「……レン……さん?」
「……え?」
顔を。
上げる。
リーナの。
目が。
少しだけ。
開いていた。
「リーナ!」
「……声」
「大きいです」
「ご、ごめん」
慌てて。
声を。
落とす。
「大丈夫か?」
「……はい」
小さく。
答える。
そして。
リーナは。
俺を見る。
「……レンさん」
「ん?」
「撃てましたか?」
一瞬。
言葉が。
出なかった。
あれだけ。
無茶をして。
倒れるまで。
神器を。
繋いで。
目を覚まして。
最初に。
聞くことが。
それなのか。
「……ああ」
俺は。
笑った。
「撃った」
リーナの。
目が。
少しだけ。
大きくなる。
「リーナが」
「繋いでくれた」
「あの道で」
「撃った」
「……倒せました?」
「ああ」
「倒した」
「もう」
「戻ってこなかった」
「……よかった」
リーナが。
笑った。
小さな。
笑顔。
「信じてました」
「……知ってる」
「聞いたからな」
「……覚えてません」
「え?」
「最後」
「何を言ったのか」
「……覚えてないです」
「おい」
思わず。
笑ってしまった。
リーナも。
少しだけ。
笑う。
「でも」
「レンさんなら」
「撃ってくれるって」
「思ってました」
「……そっか」
「はい」
俺は。
リーナを見る。
「ありがとう」
「え?」
「リーナが」
「繋いでくれなかったら」
「俺は」
「撃てなかった」
リーナは。
少し。
黙った。
そして。
「私」
「役に立てましたか?」
その言葉。
昔なら。
迷わず。
答えていた。
でも。
今は。
少し。
違う。
「役に立ったとか」
「そういう話じゃないだろ」
「……え?」
「リーナが」
「いなかったら」
「勝てなかった」
リーナの。
目が。
俺を見る。
「だから」
「もっと」
「自信持てよ」
「……はい」
小さく。
答える。
でも。
その顔は。
少しだけ。
嬉しそうだった。
◇
数日後。
俺は。
王都の街を。
歩いていた。
「あ!」
「神銃士だ!」
まただ。
最近。
ずっと。
これだ。
「神銃士!」
「ありがとう!」
「……どうも」
どう返せば。
いいんだ。
分からない。
横で。
セリアが。
笑っている。
「人気者だね」
「やめてくれ」
「英雄様」
「本当にやめろ」
「ははは!」
後ろから。
カイルの。
笑い声。
「似合わねえな!」
「お前にだけは」
「言われたくない」
「なんだと?」
いつもの。
やり取り。
少し後ろには。
リーナも。
歩いている。
まだ。
完全には。
回復していない。
それでも。
もう。
自分で。
歩ける。
街の人が。
俺たちを見る。
英雄。
そんな言葉も。
聞こえてくる。
英雄。
そんなものに。
なったつもりは。
ない。
俺は。
ただ。
自分に。
できることを。
やった。
撃てなかった。
神器と。
向き合って。
撃てるようになった。
そして。
撃つべき時に。
撃った。
それだけだ。
でも。
もし。
それを。
英雄と。
呼ぶのなら。
少しくらい。
胸を張っても。
いいのかもしれない。
俺は。
隣を歩く。
リーナを見る。
「レンさん?」
「いや」
「なんでもない」
まだ。
神器のことは。
何も。
分かっていない。
前任の。
神銃士。
消された。
記録。
そして。
リーナが。
繋いだ。
今までより。
さらに奥の。
道。
知りたいことは。
まだ。
山ほどある。
だから。
俺たちの旅は。
まだ。
終わらない。
英雄と。
呼ばれるようになっても。
俺は。
まだ。
神銃士として。
歩き始めたばかりだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
今回で、レンとリーナの物語の最初の大きな区切りとなる「王国編」は完結となります。
一発も撃てなかった神銃士は、リーナと出会い、仲間たちと共に戦い、ついに王国を救う一発を撃つことができました。
ですが、神器にはまだ多くの謎が残っています。
消された記録。
前任の神銃士。
神器のさらに奥にあるもの。
そして、リーナ自身の謎。
レンとリーナの旅は、まだ続きます。
ここまで楽しんでいただけましたら、引き続きレンとリーナの旅を見届けていただけると嬉しいです。
「撃てない神銃士」の物語は、ここから「神銃士」の物語へ。




