撃つべき時
翌日。
正午。
俺とリーナ。
そして。
セリアとカイルは。
王城の門の前に立っていた。
昨日。
王城に確認したところ。
セリアとカイルの同行も。
認められた。
ただし。
神器を披露する間は。
指定された場所から。
見学すること。
リーナだけは。
別だった。
神器の魔力の流れを感じ。
途切れた道を繋ぐことができる。
そう説明すると。
王城から。
俺と一緒に来るように言われた。
だから。
神器を披露する時も。
リーナだけは。
俺のそばにいる。
「カイル」
「なんだ」
「お前も来るとは思わなかった」
「……セリアに」
「付き合っただけだ」
「そっか」
カイルは。
それ以上。
何も言わなかった。
昨日。
一緒に行ってもいいかと。
聞いたのはセリアだ。
カイル自身が。
来たいと言ったわけじゃない。
それでも。
セリアに声をかけられて。
結局。
一緒に来ていた。
見上げる。
高い城壁。
巨大な門。
そして。
その向こうに見える。
王城。
「……」
胸の奥が。
少しだけ。
重くなる。
この場所には。
いい思い出がない。
十五歳。
授職の儀で。
自分のジョブが。
伝説級の【神銃士】だと知った俺は。
ここへ呼ばれた。
大勢の人間が。
俺の神器を見ようと。
集まった。
そして。
俺は。
その期待の中で。
引き金を引いた。
――カチッ。
何も。
起こらなかった。
あの音は。
今でも。
覚えている。
「レン」
セリアの声がした。
振り返る。
セリアが。
俺を見ていた。
「大丈夫?」
「……ああ」
俺は。
小さく息を吐く。
「大丈夫」
セリアは。
あの日のことを。
知っている。
神器が撃てず。
街へ帰ってきた俺を。
知っている。
「レンさん」
隣にいたリーナも。
俺を見る。
あの時とは。
違う。
今の俺は。
撃てる。
一発だけ。
だけど。
確かに。
撃てる。
それでも。
あの門を前にすると。
どうしても。
思い出してしまう。
「行こう」
「うん」
「はい」
俺たちは。
門へ向かった。
昨日の使者に。
名前を告げると。
すぐに。
城内へ通された。
長い廊下を。
歩く。
磨かれた床。
高い天井。
壁に並ぶ。
絵画や装飾。
俺の故郷とは。
何もかもが違う。
「……すごいですね」
リーナが。
小さく呟いた。
「俺も」
「前に来た時は」
「同じこと思ったよ」
「前にも」
「ここを歩いたんですか?」
「ああ」
「十五歳の時にな」
あの日。
俺は。
どんな気持ちで。
ここを歩いていた?
伝説級ジョブ。
神銃士。
誰もが。
俺を見ていた。
自分でも。
もしかしたら。
本当に。
特別な人間になれたのかもしれない。
そう思っていた。
前世では。
何をやっても。
人並みだった。
そんな俺が。
初めて。
誰かに期待された。
だから。
嬉しかった。
そして。
怖かった。
その期待の中で。
俺は。
引き金を引いた。
――カチッ。
何も。
起こらなかった。
それだけで。
俺を見る目が。
変わった。
「レンさん」
「ん?」
「手」
リーナが。
俺の右手を見る。
気づけば。
握りしめていた。
「……悪い」
ゆっくり。
力を抜く。
リーナは。
何も言わなかった。
ただ。
俺の隣を。
歩いていた。
少し後ろから。
セリアとカイルも。
ついてくる。
セリアは。
何も聞かなかった。
カイルも。
何も言わない。
それが。
今は。
ありがたかった。
案内されたのは。
謁見の間ではなかった。
王城の奥にある。
広い中庭。
いや。
中庭というには。
広すぎる。
地面には。
石が敷かれ。
奥には。
巨大な石壁がある。
「修練場……?」
「王城の」
「演武場です」
案内役の男が答える。
なるほど。
ここなら。
神器を使っても。
周囲への被害は抑えられる。
俺たちが。
中へ入る。
すでに。
何人もの人間が。
集まっていた。
騎士。
兵士。
魔術師らしき人間。
そして。
その中央。
一段高くなった場所に。
一人の男が。
座っている。
年齢は。
五十前後だろうか。
派手すぎない。
けれど。
一目で。
普通の人間ではないと分かる。
その隣には。
何人もの側近。
俺は。
すぐに。
誰なのか理解した。
この国の。
国王。
「神銃士レン」
低い声が。
演武場に響く。
「よく来た」
「……はい」
俺は。
頭を下げた。
隣で。
リーナも。
同じように頭を下げる。
後ろの。
セリアとカイルも。
頭を下げた。
「顔を上げよ」
言われた通り。
顔を上げる。
国王の視線が。
俺へ向いていた。
「話は」
「聞いている」
「かつて」
「この王城で」
「何の力も示さなかった」
「神銃士の神器」
少し。
間が空く。
「それが」
「ついに」
「力を示したとな」
その言葉を聞いて。
十五歳の時の。
あの光景が。
また。
頭をよぎった。
「はい」
俺は答えた。
「一発だけですが」
「今は」
「撃てます」
周囲が。
僅かにざわつく。
「一発だけ?」
国王が。
聞き返した。
「はい」
俺は。
隠さなかった。
「一度撃つと」
「神器の中の」
「魔力の通り道が切れます」
「それを」
「もう一度繋がないと」
「次は撃てません」
国王の視線が。
リーナへ動いた。
「その者が」
「繋ぐのか?」
「はい」
「リーナです」
リーナが。
少し緊張したように。
頭を下げる。
「彼女が」
「神器の中の」
「魔力の流れを感じて」
「途切れた場所を探します」
「そして」
「自分の魔力を重ねながら」
「道を繋いでくれます」
「道が繋がった後は」
「俺が魔力を流して」
「弾を作ります」
国王は。
しばらく。
リーナを見ていた。
「神器に」
「所有者以外の者が」
「干渉する……」
小さく。
そう呟く。
その表情から。
何を考えているのかは。
分からなかった。
「珍しいことなのですか?」
俺が聞く。
「少なくとも」
国王の隣にいた男が答えた。
「我々の知る神器とは」
「異なる」
やっぱり。
レオンが言っていたことと。
同じだ。
普通の神器は。
所有者一人で。
使える。
俺の神器だけが。
違う。
第二接続。
昨日見た。
消えた記録。
一瞬。
その言葉が。
頭をよぎった。
「ならば」
国王が言った。
「その力を」
「見せてもらおう」
来た。
そう思った。
「神銃士の神器が」
「どれほどのものなのか」
「この目で」
「確かめたい」
案内役に促され。
セリアとカイルが。
演武場の端へ移動する。
リーナだけは。
俺の隣に残った。
周囲の人間たちも。
俺を見ている。
騎士。
兵士。
魔術師。
側近。
期待。
興味。
疑い。
いろんな視線が。
俺に集まっている。
あの日と。
同じだった。
十五歳の俺を。
大勢の人間が。
見ていた。
伝説の神銃士。
その神器を。
見せてくれ。
そして。
俺は。
神器を構えた。
引き金を引いた。
――カチッ。
何も。
起こらなかった。
「レンさん」
小さな声。
横を見る。
リーナが。
俺を見ていた。
その向こうには。
セリアがいる。
あの日。
神器を撃てず。
故郷へ帰った俺を。
知っている。
セリアが。
今の俺を。
見ている。
その隣には。
カイル。
俺が。
神銃士だと知った時。
そして。
神器が使えないと分かった時。
あいつが。
何を思っていたのか。
俺には。
分からない。
ただ。
今は。
俺の神器を。
じっと見ている。
俺は。
ゆっくり。
息を吐いた。
「……分かりました」
右手を。
前へ出す。
意識を。
集中させる。
魔力が。
反応する。
そして。
――ズンッ。
重い音とともに。
巨大な神器が。
俺の手に現れた。
演武場が。
静まり返った。
何度見ても。
異様な形だ。
剣でもない。
槍でもない。
弓でもない。
この世界の人間には。
何のための武器なのか。
見ただけでは。
分からない。
俺には。
分かる。
銃。
前世で。
実物を扱ったことなんてない。
映画や。
ゲームで。
見た程度。
それでも。
この形が。
何をするためのものなのかは。
分かる。
俺の視界に。
文字が浮かぶ。
【神器情報】
【使用者:レン】
【接続状態:極低】
【使用可能弾種:魔力弾】
【装填数:1】
【残弾数:1/1】
一発。
ある。
今なら。
撃てる。
俺は。
神器を構える。
奥にある。
巨大な石壁。
十分な距離。
射線上に。
人はいない。
撃てる。
引き金に。
指をかける。
周囲が。
息を呑む。
国王も。
俺を見ている。
セリアも。
カイルも。
俺を見ている。
あとは。
引くだけ。
それだけで。
証明できる。
俺は。
もう。
使えない神銃士じゃない。
あの日。
笑われた。
あの日。
失望された。
あの日。
何も起こらなかった。
この場所で。
今度こそ。
撃てる。
――撃ってやりたい。
一瞬。
そんな気持ちが。
胸の奥から。
湧いた。
俺だって。
見せたい。
俺の神器は。
使えるんだって。
俺は。
役立たずじゃないって。
証明したい。
でも。
その瞬間。
別の光景が。
頭に浮かんだ。
森の中。
俺の前に。
立っていたリーナ。
魔物に。
追い詰められて。
俺たちは。
逃げることもできなかった。
あの時。
初めて。
撃った。
あの一発は。
誰かに。
見せるためじゃなかった。
誰かに。
認めてもらうためでもなかった。
生きるため。
守るため。
必要だったから。
撃った。
その後。
俺は。
何度も考えた。
一発しかないなら。
どこで使う?
誰に使う?
いつ撃つ?
そして。
レオンの言葉を。
思い出す。
――使えるから偉いんじゃない。
――どこで使うか決められる奴が強い。
「……」
引き金に置いた指から。
ゆっくり。
力を抜いた。
神器を。
下ろす。
ざわっ。
周囲が。
ざわめいた。
「レン……」
演武場の端から。
セリアの声が。
小さく聞こえた。
カイルは。
何も言わない。
ただ。
俺の手の中にある神器を。
じっと見ていた。
「どうした?」
国王が聞く。
俺は。
神器を見た。
残弾。
一発。
これを撃てば。
また。
ゼロになる。
そして。
リーナと。
もう一度。
道を繋がなければならない。
時間も。
必要になる。
その間に。
何かが起きたら?
誰かを。
守らなければならなくなったら?
その時。
俺は。
また。
撃てない神銃士に戻る。
俺は。
顔を上げた。
「申し訳ありません」
国王を見る。
そして。
はっきり。
言った。
「……撃ちません」
演武場が。
静まり返った。
「何?」
国王の隣にいた男が。
声を上げる。
「陛下の御前だぞ」
「承知しています」
「ならば」
「なぜ撃たぬ?」
俺は。
神器を握る。
「一発しか」
「ないからです」
「……一発?」
「はい」
俺は。
石壁を見る。
「ここで撃てば」
「俺の神器は」
「また」
「撃てなくなります」
「再び使えるようにするには」
「リーナと」
「もう一度」
「神器を繋がないといけません」
誰も。
口を挟まない。
だから。
俺は続けた。
「この一発を」
「撃てることを証明するためだけに」
「使いたくありません」
国王が。
俺を見ている。
怖くない。
と言えば。
嘘になる。
相手は。
国王だ。
ここで。
機嫌を損ねれば。
どうなるかなんて。
分からない。
それでも。
引き金を。
引く気にはなれなかった。
「では」
国王が。
静かに聞いた。
「何のためなら」
「その一発を」
「使う?」
俺は。
少しだけ。
考えた。
でも。
答えは。
もう決まっていた。
「誰かを」
「守るためです」
静かな。
演武場に。
自分の声だけが。
響いた。
「必要な時に」
「必要な相手へ」
「撃ちます」
「そのために」
「今は」
「撃ちません」
長い。
沈黙。
誰も。
何も言わない。
俺は。
神器を持ったまま。
国王を見ていた。
十五歳の時。
俺は。
この場所で。
撃とうとした。
撃ちたかった。
でも。
撃てなかった。
今は。
違う。
撃てる。
それでも。
撃たない。
ようやく。
分かった気がする。
神銃士だから。
撃つんじゃない。
神器を持っているから。
撃つんじゃない。
撃つかどうかを。
決めるのは。
俺だ。
ふと。
演武場の端を見る。
セリアが。
俺を見ていた。
驚いたような。
それでも。
どこか。
嬉しそうな顔で。
その隣で。
カイルも。
俺を見ている。
何も。
言わない。
ただ。
さっきまでとは。
少しだけ。
違う目で。
俺を見ていた。
やがて。
国王が。
ゆっくりと。
口を開いた。
「……なるほど」
怒っているようには。
見えなかった。
むしろ。
僅かに。
目を細めている。
「では」
「その一発」
「無駄にするな」
「……はい」
俺は。
神器を。
強く握った。
「必ず」
答えた。
その時だった。
――ゴォォォン。
遠くから。
鐘の音が響いた。
一度。
二度。
三度。
演武場にいた。
騎士たちの表情が。
一斉に変わる。
「……この鐘は?」
俺が聞く。
国王の隣にいた男が。
顔を上げる。
その顔から。
さっきまでの余裕が。
消えていた。
「警鐘……?」
次の瞬間。
一人の兵士が。
演武場へ駆け込んできた。
「陛下!」
息を切らし。
膝をつく。
「急報です!」
国王が。
立ち上がる。
「何事だ」
兵士が。
顔を上げた。
「王都北方にて」
「多数の魔物を確認!」
「現在も」
「数を増しています!」
ざわめきが。
一気に広がった。
北方。
その言葉に。
昨日見た。
古い地図が。
頭をよぎる。
兵士が。
続ける。
「確認された数――」
一瞬。
息を呑む。
「三千を」
「超えています」
俺は。
手の中の神器を見る。
【残弾数:1/1】
ほんの少し前。
撃たなかった。
一発。
それが。
今も。
俺の手の中に。
残っていた。




