使えない神器
王都から戻って。
数日が経った。
俺の生活は。
少しだけ変わった。
いや。
正確には。
俺を見る周りの目が変わった。
「おい」
「神銃士だ」
「え?」
「ほら。あいつだよ」
道を歩けば。
声が聞こえる。
「伝説級なんだろ?」
「ああ」
「でも、撃てないらしいぞ」
「神器なのに?」
「王様の前でも、音が鳴っただけだって」
聞こえている。
全部。
聞こえている。
「……」
俺は何も言わず。
その横を通り過ぎた。
少し前まで。
この街で俺は。
ただのレンだった。
魚屋のおじさんに声をかけられて。
近所のおばさんに野菜をもらって。
セリアやカイルと。
湖のほとりを走り回っていた。
それだけだった。
それが今では。
――神銃士。
ただし。
撃てない。
「……くそ」
家に帰る気にはなれなかった。
そのまま街を抜け。
湖へ向かった。
人の少ない場所まで歩く。
いつも見ていた湖。
風が吹くたび。
水面が小さく揺れている。
周囲に誰もいないことを確認して。
右手を前に出した。
「……来い」
青白い光が集まる。
空間が歪む。
そして。
――ズンッ。
巨大な神器が現れた。
黒を基調とした本体。
金色の装飾。
青白く光る紋様。
何度見ても。
神器と呼ぶにふさわしい姿だった。
見た目だけなら。
「……絶対、強いんだけどな」
前の世界で。
俺は。
これに似たものを知っている。
――銃。
もちろん。
本物を撃ったことなんてない。
映画やテレビ。
ゲーム。
その程度の知識だ。
それでも。
これが銃に近い武器だということくらいは。
分かる。
銃口を向けて。
引き金を引く。
そうすれば。
何かが飛び出す。
少なくとも。
俺が知っている銃なら。
そういう武器だった。
巨大な神器を構える。
湖の向こうへ。
銃口を向ける。
引き金に。
指をかけた。
「……」
息を吸う。
そして。
引く。
――カチッ。
「……」
何も起きない。
もう一度。
――カチッ。
「……」
もう一度。
――カチッ。
「…………」
分かっていた。
王都でも。
何度もやった。
帰ってきてからも。
毎日やっている。
それでも。
思ってしまう。
もしかしたら。
今日は撃てるんじゃないか。
何かの拍子に。
突然。
使えるようになるんじゃないか。
――カチッ。
「……はぁ」
神器を下ろした。
「何が足りないんだよ……」
答えはない。
巨大な神器は。
ただ静かに。
俺の手の中にあった。
◇
それから俺は。
思いつくことを。
片っ端から試した。
最初は。
魔力。
王都の神官に言われたことを思い出して。
神器へ魔力を流してみる。
「……っ」
全身から。
右腕へ。
右腕から。
神器へ。
魔力を送る。
黒い本体を走る紋様が。
ほんの少し。
青白く光った。
「……いけ!」
引き金を引く。
――カチッ。
「……ダメか」
次の日。
今度は。
もっと魔力を込めた。
「……っ!」
限界まで。
流し込む。
頭が痛い。
息が苦しい。
それでも。
「撃て……!」
――カチッ。
「…………」
その場に座り込んだ。
次は。
構え方を変えた。
肩に当てる。
――カチッ。
腰の位置で構える。
――カチッ。
膝をつく。
――カチッ。
地面に伏せる。
――カチッ。
神器を一度消して。
もう一度。
呼び出す。
――カチッ。
魔力を流してから。
引き金を引く。
――カチッ。
引き金に指をかけてから。
魔力を流す。
――カチッ。
朝。
――カチッ。
昼。
――カチッ。
夜。
――カチッ。
何をしても。
同じだった。
神器は。
一発も。
撃てなかった。
◇
「レン」
ある日。
家を出たところで。
セリアが待っていた。
「……何?」
「今日も湖?」
「そうだけど」
「私も行っていい?」
「……なんで」
「なんでって……」
セリアは。
少し困ったように笑った。
腰には。
一本の剣があった。
剣士。
それが。
セリアの授かったジョブ。
「私も練習したいし」
「一人でやればいいだろ」
「レンも一人じゃなくていいでしょ」
「……」
俺は。
何も答えられなかった。
王都から帰った日。
俺はセリアに。
言ってしまった。
――お前には分からないだろ!
ずっと。
引っかかっていた。
謝らないといけない。
それくらい。
分かっている。
セリアは。
何も悪くない。
俺が神銃士になった時。
誰よりも喜んでくれた。
王都から戻った俺を。
笑わなかった。
それなのに。
俺は。
セリアに当たった。
「……俺」
謝ろうとした。
その時。
セリアの腰にある剣が。
目に入った。
剣士。
伝説級でも何でもない。
だけど。
剣を振れば。
少しずつ上手くなる。
魔物と戦えば。
少しずつ強くなる。
努力した分だけ。
前に進める。
俺とは。
違う。
「……やっぱり、一人で行く」
「レン」
「ごめん」
逃げるように。
歩き出した。
セリアは。
追ってこなかった。
◇
神器が使えないなら。
使えるようになるまで。
別の武器を覚えればいい。
そう考えたのは。
それから少し経ってからだった。
神銃士だからといって。
普通の武器が持てないわけじゃない。
だったら。
神器が使えるようになるまで。
別の武器で戦えるようになればいい。
最初に選んだのは。
剣だった。
「ふっ!」
振り下ろす。
「ふっ!」
もう一度。
「……っ!」
重い。
見るのと。
やるのとでは。
全然違う。
前の世界で。
剣なんて握ったことはない。
この世界でも。
子供の頃。
木の棒を振り回した程度だ。
それでも。
毎日振った。
百回。
二百回。
手の皮が剥けた。
それでも。
振った。
しばらくして。
近所に住む。
元冒険者のおじさんに。
見てもらった。
「……レン」
「はい」
「お前」
「はい」
「剣の才能は、あんまりないな」
「…………」
かなり。
はっきり言われた。
「ただ」
おじさんは。
俺の剣を拾った。
「才能がないのと、使えないのは別だ」
「……え?」
「続けるなら、教えてやる」
「……!」
俺は。
頭を下げた。
「お願いします!」
次は。
槍も試した。
「腰が入ってない!」
「はい!」
突く。
引く。
また。
突く。
何度やっても。
穂先がぶれる。
弓も試した。
矢をつがえる。
弦を引く。
狙う。
放つ。
――ヒュッ。
「……」
矢は。
的から大きく外れた。
もう一度。
――ヒュッ。
外れる。
「…………」
剣。
才能なし。
槍。
才能なし。
弓。
才能なし。
魔法も。
昔から。
特別得意ではない。
俺は。
神銃士という。
とんでもないジョブを除けば。
本当に。
何の才能もなかった。
「……前と同じじゃん」
思わず。
笑ってしまった。
前の人生でも。
そうだった。
勉強。
大したことない。
運動。
大したことない。
仕事。
大したことない。
二十八年間。
何をやっても。
一番になったことなんて。
一度もなかった。
そして。
上手くいかなければ。
そのうち。
諦めた。
どうせ俺には。
才能がない。
頑張ったって。
大した人間にはなれない。
そんな理由をつけて。
いつの間にか。
頑張ること自体を。
やめていた。
でも。
「……決めたんだろ」
この世界で。
まだ子供だった頃。
父さんと。
絵本を読んだ。
どんなジョブでも。
一生懸命頑張ろう。
今度の人生では。
ちゃんと。
やってみよう。
そう決めた。
なのに。
伝説級のジョブをもらった瞬間。
俺は。
自分が特別な人間になったと。
勘違いした。
努力なんてしなくても。
すごい人間になれるんだと。
どこかで。
思っていた。
「……ダサいな」
剣を拾う。
構える。
才能がないなら。
練習する。
神器が撃てないなら。
撃てる方法を探す。
前の人生と。
同じことだけは。
しない。
「……もう一回」
剣を振った。
◇
さらに。
数か月が経った。
剣の練習を続けながら。
俺は。
神器のことも調べ続けた。
教会。
街の本屋。
冒険者が持ち帰った古い記録。
読めるものは。
何でも読んだ。
南の神槍士。
東の神魔導師。
北の神闘士。
神器を持つ者たちの話は。
いくつも見つかった。
どれも。
俺とは違った。
神器を授かり。
すぐに使いこなし。
英雄になった者たち。
だけど。
神銃士については。
ほとんど何もない。
「……なんでだ?」
同じ伝説級なら。
何か残っていても。
おかしくない。
それなのに。
名前すら。
ほとんど出てこない。
まるで。
最初から。
存在していなかったみたいに。
そして。
もう一つ。
おかしなことがあった。
自分の状態を確認する。
【神銃士 Lv.1】
「……まだ、レベル一」
剣を振った。
魔力も鍛えた。
街の外で。
大人について行き。
弱い魔物とも戦った。
それでも。
神銃士のレベルは。
上がらなかった。
伝説級だから。
必要な経験が。
普通とは違うのか。
それとも。
神器を使わないと。
神銃士として認められないのか。
分からない。
何も。
分からない。
◇
その日の夕方。
俺は。
また湖にいた。
右手を前に出す。
青白い光。
空間が歪む。
――ズンッ。
神器が現れる。
「……」
構える。
引き金に指をかける。
――カチッ。
やっぱり。
撃てない。
でも。
今日は。
もう一度引こうとは。
思わなかった。
「……」
神器を。
じっと見る。
黒い本体。
金色の装飾。
青白い紋様。
巨大な銃口。
引き金。
俺は。
今まで。
こいつを見れば。
一つのことしか考えていなかった。
どうすれば。
撃てる?
魔力が足りないのか。
構え方が違うのか。
レベルが足りないのか。
そればかりだった。
だけど。
ふと。
思った。
「……俺」
銃を知っている。
そう思っていた。
前の世界で。
何度も見た。
引き金を引けば。
弾が出る。
でも。
それだけだ。
本物を。
触ったことはない。
分解したこともない。
中がどうなっているのかも。
詳しくは知らない。
ましてや。
これは。
前の世界の銃ですらない。
――神器だ。
「……何も知らないじゃん」
俺は。
その場に座った。
神器を。
横から眺める。
銃口を見る。
引き金を見る。
持ち手を見る。
装飾の隙間を見る。
今までとは。
違う目で。
神器を見る。
試しに。
ゆっくり。
引き金を引いた。
――カチッ。
「……」
小さな音。
今までは。
何度聞いても。
腹が立つだけだった。
王都で。
笑われた音。
カイルに。
真似された音。
俺が。
撃てない神銃士だと。
突きつけてくる音。
だけど。
「……待てよ」
もう一度。
ゆっくり引く。
――カチッ。
「……音はする」
当たり前だと思っていた。
でも。
違う。
引き金を引けば。
確かに。
何かが動いている。
少なくとも。
何も反応していないわけじゃない。
俺は。
神器を見つめた。
「じゃあ……」
何が。
動いている?
この中で。
何が起きている?
そして。
何が足りない?
今まで。
こいつのことを。
使えない神器だと思っていた。
撃てない武器。
俺を。
笑い者にした武器。
だけど。
もしかしたら。
違う。
「撃てないんじゃなくて……」
神器に。
そっと手を置く。
「俺が」
「まだ」
「使い方を知らないだけ……?」
初めてだった。
王都から帰ってきて。
初めて。
この神器を見て。
悔しい以外の感情を持った。
知りたい。
こいつが。
どういう武器なのか。
なぜ。
俺のところに現れたのか。
そして。
なぜ。
撃てないのか。
「……調べよう」
引き金を引き続けても。
答えは出ない。
だったら。
まず。
武器を知る。
そこから。
始めればいい。
俺は。
神器を消した。
青白い光が散り。
巨大な銃が。
夜の空気に溶けていく。
この時の俺は。
まだ知らなかった。
撃てない神器の答えを探すために。
最初に必要だったのは。
強い魔法でも。
高いレベルでも。
特別な才能でもない。
ただ。
武器というものを。
一から知ることだった。




