前任者
「今……」
「神器が」
俺は。
自分の胸元へ。
手を当てた。
神器は。
出していない。
それなのに。
確かに。
感じた。
あの感覚を。
「神器が……どうしたんですか?」
リーナが。
不安そうに。
俺を見る。
「……反応した」
「え?」
「リーナの判定が出た時」
俺は。
もう一度。
判定用の水晶を見る。
さっきまで。
白。
青。
金。
眩しいほどの光を放っていた水晶は。
もう。
何事もなかったように。
静かになっている。
その上に浮かんでいるのは。
たった二つ。
【――――】
【Lv.?】
ジョブ名も。
レベルも。
分からない。
正式な判定を受ければ。
何か分かると思っていた。
でも。
分かったことは。
何も分からないということだけだった。
「……私にも」
神官が。
水晶を見つめたまま。
呟いた。
「このような判定は」
「見たことがありません」
リーナの肩が。
小さく揺れる。
「やっぱり……」
「私には」
「何もないんでしょうか」
「違います」
神官が。
すぐに否定した。
「何もないのであれば」
「この水晶は」
「これほどの反応を示しません」
神官は。
水晶へ。
手を添える。
「判定できなかった」
「それが」
「今分かっていることです」
リーナは。
もう一度。
表示を見る。
【――――】
【Lv.?】
何もない。
そういう意味じゃない。
何かが。
ある。
ただ。
それが。
何なのか。
分からない。
王都の。
正式な判定ですら。
「それに……」
神官の視線が。
俺へ向いた。
「今」
「神器が反応したと」
「言いましたね?」
「はい」
俺は。
頷く。
「リーナの判定が」
「出た瞬間です」
神官は。
少しの間。
考え込んだ。
「……神銃士」
小さく。
その名を呟く。
「私も」
「詳しいことは知りません」
「ですが」
「過去にも」
「神銃士が存在したという記録は」
「残されています」
「記録……?」
「はい」
神官は。
頷いた。
「あなた自身は」
「これまでに」
「何か調べましたか?」
「……あります」
俺は。
頷く。
「書物や記録を調べました」
「王都へ来る前にも」
「古い記録を」
「見せてもらっています」
「でも」
ほとんど。
何もなかった。
神銃士というジョブが。
かつて存在したこと。
その神器が。
遠くの敵を穿ったとされていること。
そして。
ベルグさんに。
見せてもらった。
古い記録。
『――北方――』
『――戦線――』
『神銃士――』
残っていたのは。
それくらい。
誰が使っていたのか。
どこで。
何と戦ったのか。
神器が。
どういうものだったのか。
知りたかったことは。
何一つ。
分からなかった。
「そうですか」
神官が。
小さく頷いた。
「それなら」
「王立記録院を」
「訪ねてみるといいでしょう」
「王立記録院?」
「王都にある」
「古い記録を保管している場所です」
「教会の記録だけではありません」
「過去の戦争」
「失われたジョブ」
「神器に関する調査記録」
神官は。
そこで。
一度言葉を切った。
「一般には」
「閲覧できないものもあります」
俺の心臓が。
強く鳴った。
「そこに」
「神銃士の記録も?」
「分かりません」
神官は。
首を横に振る。
「私も」
「中に何が保管されているのか」
「すべてを知っているわけではありません」
「ただ」
神官の視線が。
リーナへ向く。
「今日の判定結果」
そして。
俺へ。
「さらに」
「神銃士の神器が反応したというのであれば」
「調べてみる価値はあるでしょう」
神官は。
机へ向かうと。
一枚の紙に。
何かを書き始めた。
やがて。
書き終えた紙を。
俺へ差し出す。
「これを」
「王立記録院へ」
俺は。
その紙を。
受け取った。
「今日」
「ここで確認したことを」
「書いておきました」
「リーナさんの」
「判定結果」
「そして」
「その時」
「神銃士の神器が反応したこと」
神官は。
紙へ視線を落とす。
「私からの紹介があれば」
「神銃士に関係する資料については」
「閲覧を認めてもらえるかもしれません」
紙を持つ手に。
少しだけ。
力が入った。
ずっと。
探していた。
俺より前に。
神銃士だった人間のことを。
もしかしたら。
やっと。
分かるかもしれない。
◇
王立記録院。
そこは。
王都の中心から。
少し離れた場所にあった。
石造りの。
大きな建物。
窓は少なく。
入口には。
二人の兵士が立っている。
神官から渡された書類を見せると。
何度か確認された後。
俺たちは。
中へ通された。
「……すごい」
リーナが。
小さく呟く。
俺も。
同じことを思っていた。
棚。
棚。
棚。
見渡す限り。
古い本と。
束ねられた紙。
巻物。
木箱。
王都の大書庫とは。
少し違う。
ここにあるのは。
誰かに読ませるための本じゃない。
残すための。
記録だ。
案内された机に。
いくつかの資料が。
運ばれてくる。
「神銃士に関するものは」
「これだけです」
「……これだけ?」
思わず。
聞き返した。
机の上に置かれたのは。
古びた本が二冊。
紙の束が三つ。
そして。
欠けた石板の写し。
伝説級ジョブ。
神銃士。
それについて残された記録が。
たった。
これだけ。
「関連する可能性のある資料も含まれています」
「ですが」
「神銃士本人についての記録は」
「非常に少ないのです」
係の人は。
それだけ言うと。
離れていった。
俺とリーナは。
顔を見合わせる。
「……調べましょう」
「うん」
一冊目。
何もない。
二冊目。
神器についての。
一般的な記録だけ。
紙の束。
戦争の記録。
部隊名。
地名。
死者の数。
何枚。
めくったか。
分からなくなった頃。
「レンさん」
リーナの声。
俺は。
顔を上げる。
「これ」
リーナが。
一枚の紙を。
指差していた。
文字が。
ところどころ。
消えている。
『――北方――』
『――戦線――』
そして。
その下。
『神銃士――』
「……これ」
俺は。
その文字を。
見つめる。
見覚えがある。
ベルグさんに。
見せてもらった。
あの記録。
そこに。
残っていた文字と。
同じだ。
「ベルグさんの……」
「はい」
リーナも。
気づいたらしい。
『――北方――』
『――戦線――』
『神銃士――』
偶然。
同じ言葉が。
残っていたわけじゃない。
ベルグさんが。
ずっと守ってきた。
あの古い記録。
あれは。
本当に。
前の神銃士へと。
繋がっていた。
「……あった」
初めて。
伝説じゃない。
戦いの記録の中に。
神銃士という文字があった。
俺は。
慎重に。
次の紙をめくる。
同じ年代。
同じ筆跡。
だが。
そこにも。
名前はない。
さらに。
次。
次。
断片ばかり。
それでも。
少しずつ。
一つの形が。
見えてきた。
そして。
俺の手が。
止まった。
「……これ」
そこには。
一人の人間が辿った。
ジョブの記録が。
残されていた。
『狩人』
その下。
『弓使い』
さらに。
『天弓士』
そして。
『天弓士 Lv.MAX』
「MAX……」
俺は。
その文字を。
見つめた。
リーナも。
隣から。
紙を覗き込む。
狩人。
弓使い。
天弓士。
一つずつ。
ジョブを成長させ。
ついには。
天弓士を。
極めている。
でも。
記録は。
そこで。
終わっていなかった。
その下に。
さらに。
文字が続いている。
『神器――顕現』
「神器……?」
俺は。
思わず呟いた。
さらに。
その下。
『神器による選定を確認』
「……選定?」
リーナが。
小さく。
その言葉を繰り返す。
そして。
次の一行。
『ジョブ変化――神銃士』
「……え?」
俺は。
何度も。
その文字を見た。
神銃士。
間違いない。
「レンさん……」
「……違う」
「え?」
「俺と」
「違う」
俺は。
もう一度。
最初から。
記録を追う。
『狩人』
『弓使い』
『天弓士』
『天弓士 Lv.MAX』
そして。
『神器――顕現』
『神器による選定を確認』
『ジョブ変化――神銃士』
「この人は」
「最初から」
「神銃士じゃなかった」
進化したわけじゃない。
天弓士の。
さらに上に。
神銃士というジョブが。
あったわけでもない。
前の神銃士は。
天弓士だった。
それも。
Lv.MAX。
そこまで。
辿り着いた時。
神器が。
現れた。
そして。
神器に。
選ばれた。
その結果。
ジョブそのものが。
【神銃士】へ。
変わっている。
「……神器が」
「選んだ……?」
リーナが。
呟く。
「そう……みたいだ」
神器は。
持ち主に。
与えられるもの。
俺は。
ずっと。
そう思っていた。
でも。
この記録には。
逆のことが。
書かれている。
人が。
神器を得るんじゃない。
神器が。
人を選ぶ。
前の神銃士は。
狩人から。
弓使いへ。
そして。
天弓士へ。
一つずつ。
積み重ね。
Lv.MAXまで。
辿り着いた。
その時。
神器が。
現れた。
神器に。
選ばれ。
【神銃士】になった。
でも。
俺は。
違う。
「俺は」
「十五歳の時」
「最初から神銃士だった」
授職の儀。
水晶に。
浮かんだ文字。
【神銃士】
あの時。
誰もが驚いた。
伝説級。
英雄。
選ばれた人間。
俺も。
ほんの少しだけ。
思った。
前の人生では。
何をやっても。
人並みだった俺が。
今度こそ。
特別になれたのかもしれないと。
だけど。
前の神銃士とは。
まるで違う。
俺は。
狩人だったこともない。
弓使いだったこともない。
天弓士だったことも。
当然。
Lv.MAXまで。
辿り着いたこともない。
なのに。
十五歳の時には。
すでに。
【神銃士】だった。
「……じゃあ」
思わず。
声が出た。
リーナが。
俺を見る。
「俺は」
「いつ」
「神器に選ばれたんだ……?」
分からない。
授職の儀より前?
それとも。
あの瞬間?
そもそも。
俺も。
前の神銃士と同じように。
神器に選ばれたのか?
何一つ。
分からない。
ただ。
一つだけ。
はっきりしている。
俺と。
前の神銃士は。
神銃士になるまでの。
過程が。
まるで違う。
「レンさん」
リーナの声で。
我に返る。
「まだ」
「続きがあります」
別の紙。
古い。
端が。
ぼろぼろになっている。
俺は。
そこに書かれた文字を読む。
『神器による選定を確認』
『ジョブ変化――神銃士』
そして。
その次。
『同日』
『大型魔獣三体を撃破』
「……同日?」
リーナが。
呟いた。
俺は。
何も言えなかった。
意味は。
分かる。
分かってしまう。
神器が。
現れた。
神器に。
選ばれた。
神銃士になった。
そして。
その日のうちに。
大型魔獣を。
三体。
倒した。
つまり。
前の神銃士は。
撃てた。
最初から。
「……やっぱり」
声が。
少し。
掠れた。
俺が。
十五歳の時。
神器を初めて出した。
王都。
大勢の人。
期待する声。
そして。
引き金を引いた。
――カチッ。
何も。
起きなかった。
神器は。
使える。
その存在が。
明らかになった時から。
持ち主が。
扱える。
それが。
この世界の常識。
俺だけが。
違った。
でも。
どこかで。
思っていた。
神銃士だから。
特殊なのかもしれない。
昔の神銃士も。
最初は。
撃てなかったのかもしれない。
そんな。
小さな可能性を。
どこかに。
残していた。
でも。
違った。
前の神銃士は。
撃てた。
最初から。
「レンさん……」
「大丈夫」
そう答えたけど。
自分でも。
何が大丈夫なのか。
分からなかった。
ただ。
昔とは。
一つだけ。
違う。
俺は。
もう。
撃てる。
一発だけ。
リーナと。
繋いだ。
一発を。
俺は。
もう一度。
前任者の記録を見る。
『天弓士 Lv.MAX』
『神器による選定を確認』
『ジョブ変化――神銃士』
俺とは。
あまりにも。
違う。
前任者が。
最初から神器を使えたことと。
天弓士を。
Lv.MAXまで。
極めていたことに。
何か。
関係があるのか。
それすら。
まだ。
分からない。
そして。
もう一つ。
俺自身のこと。
俺も。
神器に。
選ばれたのか。
もし。
そうなら。
いつ。
どうして。
俺だった?
だから。
「……続きを」
俺は。
次の資料へ。
手を伸ばした。
「調べよう」
「はい」
知りたい。
どうして。
俺だけが違うのか。
どうして。
俺は。
いきなり神銃士だったのか。
どうして。
俺の神器だけが。
撃てなかったのか。
その答えが。
どこかに。
あるかもしれない。
しばらく。
何も見つからなかった。
戦闘記録。
地名。
壊れた文字。
消された名前。
そして。
最後の紙の束。
その奥に。
一枚だけ。
他とは違う紙が。
挟まっていた。
「これは……」
戦争の記録じゃない。
上部に。
小さく。
題名が残っている。
『神銃士神器・接続調査記録』
「接続……」
俺とリーナが。
同時に。
その言葉を見る。
俺は。
ゆっくりと。
続きを読んだ。
『通常神器との構造差異を確認』
その下は。
大きく。
欠けている。
読めない。
さらに。
下。
かろうじて。
残っている文字。
『詳細は――』
そして。
最後。
『第二接続研究記録へ』
「第二……」
リーナが。
小さく呟く。
「接続……?」
その瞬間。
頭の中に。
いくつものことが。
浮かんだ。
撃てなかった。
俺の神器。
触れた。
リーナ。
初めて。
反応した。
何日もかけて。
切れていたものを。
繋いだ。
そして。
昨日。
王都の教会で。
正式な判定を受けた。
【――――】
【Lv.?】
その瞬間。
召喚すらしていない。
俺の神器が。
反応した。
俺は。
隣にいる。
リーナを見る。
「……レンさん?」
判定できないジョブ。
俺にしか反応しないはずだった神器。
それを。
撃てるところまで。
繋いだ少女。
そして。
普通の神器とは。
構造が違うという。
神銃士の神器。
『第二接続』
偶然。
そう思うには。
もう。
出来すぎていた。




