判定不能
「今……」
「なんと言った?」
老人の声に。
家の前を歩いていた男たちが。
足を止めた。
「え?」
「今の話だ」
老人――ベルグは。
椅子から。
ゆっくりと。
立ち上がる。
「神銃士が」
「現れたと」
男たちは。
顔を見合わせた。
「ああ」
「そうらしいぜ」
「俺たちも」
「街で聞いただけだけどな」
ベルグの視線が。
机の上へ。
戻る。
そこにあるのは。
古びた。
一枚の紙。
何代も前から。
この家に残されていた。
古い記録。
その一部に。
確かに。
残されている。
一つの言葉。
――神銃士。
「どこだ」
「え?」
「その神銃士は」
「どこにいる」
*
翌日。
俺とリーナは。
いつものように。
ギルドへ来ていた。
ただ。
昨日までとは。
少しだけ。
違う。
俺の身体には。
昨日買った。
新しい革の防具。
まだ。
身体に馴染んでいないのか。
動くたびに。
少しだけ。
気になる。
そして。
隣を歩く。
リーナも。
昨日までとは。
違っていた。
身体を。
動かしやすそうな。
新しい服。
その上には。
軽い。
革の胸当て。
腰には。
いつもの。
古びた短剣。
そこだけは。
変わっていない。
ギルドへ。
入る。
「お?」
声がした。
見ると。
前にも。
何度か見かけた。
冒険者の男が。
こっちを見ていた。
「リーナじゃねえか」
「……はい」
男は。
リーナを。
上から下まで見る。
リーナが。
少しだけ。
身を縮めた。
けれど。
男が言ったのは。
「見違えたな」
「え?」
「ちゃんと」
「冒険者らしくなったじゃねえか」
リーナが。
自分の胸当てを見る。
「……そうでしょうか」
「ああ」
「前は」
「いつ破れてもおかしくない格好してたからな」
「……そんなに」
「ひどかったですか?」
「ひどかったぞ」
即答だった。
リーナが。
少しだけ。
落ち込む。
「まあ」
「今の方がいい」
男は。
そう言って。
俺を見る。
「神銃士も」
「少しは冒険者らしくなったな」
「俺は」
「ついでですか」
「お前は」
「前から目立ってたからな」
「嬉しくない……」
男が。
笑う。
リーナも。
小さく。
笑った。
その横顔を見て。
昨日のことを。
思い出す。
――結構。
可愛いんだな。
「……」
「レンさん?」
「いや」
「なんでもない」
「?」
「依頼」
「見よう」
「……はい」
逃げるように。
掲示板へ向かう。
リーナも。
その後を。
ついてきた。
「これ」
「どうでしょう」
リーナが。
一枚の依頼を。
指差した。
小型魔物の。
討伐依頼。
街の近くに。
数体。
出ているらしい。
危険度も。
それほど。
高くない。
「これなら」
「今の俺たちでも」
「大丈夫そうだな」
「はい」
「神器を使わなくても」
「倒せると思います」
「じゃあ」
「これにするか」
依頼書を。
見ながら。
ふと思う。
少し前まで。
リーナが選ぶ依頼は。
薬草採取や。
危険の少ないものが。
ほとんどだった。
俺だって。
初めて受けた依頼は。
薬草採取だった。
今も。
俺たちは。
強い冒険者じゃない。
無茶をすれば。
簡単に。
死ぬ。
それは。
変わらない。
でも。
自分たちで。
倒せる相手なら。
討伐依頼も。
選べるようになった。
俺の神器には。
一発。
魔力弾が。
残っている。
腰には。
ガルドさんから。
借りた剣。
リーナには。
いつもの短剣。
少しずつ。
本当に。
少しずつだけど。
俺たちは。
前へ。
進んでいる。
「レンさん」
受付から。
声がした。
振り返る。
受付の女性が。
こちらを。
見ていた。
「あなたに」
「会いたいという方が」
「来ています」
「俺に?」
また。
神器を。
見たい人だろうか。
最近。
そういう人間が。
少しずつ。
増えていた。
「どこに?」
「こちらです」
受付の女性が。
視線を向ける。
その先。
一人の老人が。
椅子に。
座っていた。
俺と。
目が合う。
老人は。
ゆっくりと。
立ち上がった。
「お前さんが」
「レンか」
「はい」
「神銃士の」
「……はい」
老人は。
俺を。
じっと見る。
俺の腰には。
ガルドさんから。
借りた剣。
神器は。
出していない。
それでも。
老人は。
俺から。
目を逸らさなかった。
「本当に」
「撃ったのか?」
その言葉に。
俺は。
少しだけ。
目を見開いた。
神器を。
見せてくれ。
そう言われると。
思っていた。
でも。
違った。
「……はい」
「撃ちました」
老人の目が。
僅かに。
細くなる。
「そうか」
「本当に」
「撃ったのか」
まるで。
自分に。
言い聞かせるように。
老人は。
呟いた。
「あなたは?」
俺が聞くと。
老人は。
少し間を置いた。
「ベルグだ」
「街の外れの」
「小さな村に住んでいる」
ベルグ。
聞いたことのない。
名前だった。
「レン」
「お前さんに」
「見せたいものがある」
「俺に?」
「ああ」
「神銃士に」
「見せたいものだ」
*
俺とリーナは。
ベルグの家へ。
向かった。
街を出て。
しばらく歩く。
小さな村。
その端に。
古い家が。
建っていた。
中へ。
入った瞬間。
俺は。
足を止めた。
「……すごい」
本。
紙。
巻物。
棚だけじゃない。
机にも。
箱にも。
積まれている。
古いものばかりだった。
「これ」
「全部……」
リーナも。
驚いたように。
周囲を見る。
「何代も前から」
「この家に」
「残っているものだ」
ベルグは。
そう言いながら。
机へ向かった。
そして。
一枚の。
古びた紙を。
取り出した。
「これだ」
俺は。
差し出された紙を。
受け取る。
黄ばんでいる。
所々。
文字が。
消えていた。
読めるところを。
目で追う。
『――北方――』
『――戦線――』
ほとんど。
読めない。
でも。
その中に。
一つだけ。
はっきりと。
残っている。
言葉があった。
『神銃士――』
「……え?」
思わず。
声が出た。
もう一度。
見る。
間違いない。
神銃士。
俺と。
同じ。
ジョブ。
「これ……」
「いつの記録ですか?」
「正確には」
「分からん」
ベルグが。
首を振る。
「少なくとも」
「わしが生まれる」
「ずっと前だ」
俺は。
紙から。
目を離せなかった。
神銃士。
過去にも。
いた。
それ自体は。
おかしくない。
伝説として。
名前が。
残っている。
だから。
俺が。
神銃士だと分かった時。
誰もが。
その名前を。
知っていた。
でも。
俺は。
前の神銃士について。
何も知らない。
王都でも。
街でも。
本を。
探した。
それなのに。
ほとんど。
何も。
見つからなかった。
「この人は」
「神器を」
「使えたんでしょうか」
俺が聞く。
ベルグは。
すぐには。
答えなかった。
「分からん」
「……分からない?」
「ああ」
ベルグが。
紙を指差す。
「わしが持っているのは」
「これだけだ」
「続きもない」
「誰だったのかも」
「何をしたのかも」
「分からん」
「ただ」
ベルグの指が。
『神銃士』の文字で。
止まる。
「いた」
「それだけは」
「間違いない」
胸の奥が。
ざわついた。
俺より前に。
神銃士がいた。
その人も。
俺と同じような。
神器を。
持っていたのだろうか。
撃てたのか。
何を。
撃っていたのか。
そして。
なぜ。
その記録が。
ほとんど。
残っていない。
「もっと」
「記録はないんですか?」
ベルグは。
少しだけ。
考えた。
「ここには」
「ない」
「だが」
ベルグが。
俺を見る。
「王都なら」
その言葉を。
聞いた瞬間。
指が。
僅かに。
動いた。
王都。
頭の中に。
あの日が。
蘇る。
大勢の。
人間。
期待する。
視線。
俺の手の中に。
現れた。
巨大な神器。
そして。
――カチッ。
何度。
引いても。
――カチッ。
鳴ったのは。
それだけ。
笑う声。
失望する声。
あの日から。
俺は。
神銃士という名前が。
嫌いになった。
「レンさん?」
リーナの声で。
我に返る。
「……大丈夫」
ベルグが。
俺を見ている。
「王都には」
「古い記録が」
「集められている」
「この紙も」
「元は」
「もっと大きな記録の」
「一部だった可能性がある」
王都。
正直。
行きたい場所じゃない。
でも。
俺の神器について。
知るための。
手掛かりが。
そこにあるかもしれない。
俺は。
隣にいる。
リーナを見る。
「リーナ」
「はい」
「王都」
「行ってみないか?」
リーナが。
少しだけ。
目を見開く。
「王都に……」
「うん」
「前の神銃士のこと」
「もっと」
「調べてみたい」
リーナは。
少しだけ。
考える。
「でも」
「レンさん」
「王都は……」
「大丈夫なんですか?」
その言葉に。
俺は。
一瞬。
答えられなかった。
リーナには。
話したことがある。
王都で。
神器を。
撃てなかったこと。
大勢の前で。
何度やっても。
――カチッ。
それだけだったこと。
「……大丈夫」
そう言ってから。
少しだけ。
考える。
「いや」
「行きたい場所では」
「ないけど」
リーナが。
俺を見る。
「それでも」
「知りたいんだ」
「俺の神器のこと」
「前の神銃士が」
「どうやって」
「神器を使っていたのか」
そして。
俺は。
リーナを見る。
「でも」
「勝手に決めたくない」
「リーナは」
「どうしたい?」
リーナは。
古い紙に残された。
『神銃士』の文字を見る。
しばらく。
それを見つめてから。
「……行きたいです」
「私も」
「知りたいです」
「レンさんの神器のこと」
少しだけ。
間を置いて。
「私が」
「触った時に」
「感じるものが」
「何なのかも」
「……そっか」
俺は。
頷いた。
「じゃあ」
「一緒に行こう」
王都。
逃げるように。
離れた場所。
正直。
今でも。
怖くないわけじゃない。
でも。
今度は。
一人じゃない。
そして。
あの時とは。
違う。
あの日。
何度引いても。
何も起きなかった。
この手で。
俺は。
撃った。
一発だけ。
それでも。
撃てた。
今度は。
逃げるためじゃない。
答えを。
探すために。
リーナと。
王都へ。
戻る。
*
数日後。
巨大な城壁が。
見えてきた。
王都。
俺は。
その姿を。
黙って。
見上げた。
変わっていない。
当たり前だ。
一年ほどで。
王都が。
変わるわけがない。
変わったのは。
俺の方だ。
「ここが」
「王都……」
隣で。
リーナが。
城壁を。
見上げている。
「初めて?」
「はい」
「……人」
「多そうですね」
「多いよ」
「ものすごく」
リーナの顔が。
少し。
引きつった。
俺は。
思わず。
笑った。
「大丈夫」
「食べるところも」
「いっぱいあるから」
「……それなら」
「大丈夫かもしれません」
この前。
肉を。
嬉しそうに食べていた。
リーナを思い出す。
少しだけ。
肩の力が。
抜けた。
王都へ。
入る。
人。
人。
人。
リーナは。
俺から。
離れないように。
歩いていた。
そして。
大きな通りを。
進んでいる時だった。
白い塔が。
見えた。
教会。
俺が。
十五歳の時。
授職の儀を。
受けた場所とは。
違う。
王都にある。
大きな教会。
それを見て。
ふと。
思い出した。
「リーナ」
「はい?」
「そういえば」
「リーナって」
「授職の儀」
「受けてないんだよな」
リーナの表情が。
少しだけ。
固まった。
「……はい」
「十五歳の頃は」
「そういうことを」
「できる状況じゃ」
「なかったので」
詳しくは。
聞かない。
聞かないと。
決めていた。
でも。
今なら。
「調べて」
「もらわない?」
「え?」
リーナが。
俺を見る。
「王都なら」
「ちゃんとした」
「判定ができるかもしれない」
冒険者ギルドの。
簡単な水晶では。
何も。
表示されなかった。
でも。
リーナには。
力がある。
武器の。
流れを感じる。
普通の武器を。
調律する。
そして。
俺の神器の。
中にまで。
触れた。
「でも……」
リーナが。
俯く。
「もし」
小さな声。
「本当に」
「何もなかったら……」
俺は。
リーナを見る。
少し前の。
リーナなら。
たぶん。
言わなかった。
自分が。
怖いこと。
不安なこと。
それを。
少しずつ。
俺に。
話してくれるようになった。
だから。
俺も。
ちゃんと。
答える。
「何もないわけないだろ」
リーナが。
顔を上げる。
「俺の神器を」
「撃てるところまで」
「繋いだのは」
「リーナだ」
「でも」
「あれは……」
「リーナがいなかったら」
「今でも俺は」
「カチッて」
「やってるよ」
リーナの目が。
少しだけ。
大きくなる。
そして。
「……それは」
「ちょっと」
「嫌ですね」
「だろ?」
少しだけ。
笑った。
「行ってみよう」
「……はい」
*
教会の中は。
静かだった。
事情を。
神官へ説明する。
十五歳の時に。
授職の儀を。
受けていないこと。
冒険者ギルドの。
簡易判定では。
ジョブが。
表示されなかったこと。
神官は。
少し驚いていた。
でも。
正式に。
調べてもらえることになった。
案内されたのは。
奥にある。
小さな部屋。
中央に。
大きな。
水晶がある。
ギルドにあったものとは。
違う。
透明な水晶の中に。
細い光が。
ゆっくりと。
流れている。
「こちらへ」
リーナが。
水晶の前へ。
立つ。
緊張しているのが。
分かる。
手が。
僅かに。
震えていた。
「大丈夫」
俺が言う。
リーナが。
一度。
俺を見る。
そして。
頷いた。
「……はい」
神官が。
水晶へ。
手を向ける。
「触れてください」
リーナが。
ゆっくりと。
手を。
伸ばす。
指先が。
水晶に。
触れた。
一秒。
二秒。
何も。
起きない。
リーナの顔が。
少しずつ。
曇っていく。
その時だった。
――キィン。
「え?」
水晶の中に。
光が。
走った。
白。
次に。
青。
そして。
金。
三つの光が。
一気に。
水晶の中を。
駆け巡る。
「なっ……」
神官が。
息を呑む。
光が。
部屋を。
照らす。
俺は。
思わず。
目を細めた。
「リーナ!」
「だ、大丈夫です!」
リーナ自身も。
何が起きているのか。
分かっていない。
水晶の光が。
さらに。
強くなる。
こんな反応。
俺も。
見たことがない。
神官が。
水晶を。
凝視している。
「これほどの」
「反応が……」
「なぜ……」
やがて。
光が。
一点へ。
集まる。
文字が。
浮かび上がる。
俺も。
リーナも。
神官も。
そこを見る。
そして。
表示された。
【――――】
一瞬。
誰も。
声を出せなかった。
続いて。
もう一つ。
文字が。
浮かぶ。
【Lv.?】
「……え?」
リーナの。
声。
神官が。
目を見開く。
「そんな……」
「どういうことですか?」
俺が聞く。
でも。
神官は。
答えない。
いや。
答えられない。
「分かりません」
「これほどの」
「反応が出ているのに……」
神官が。
水晶へ。
近づく。
「ジョブ名が」
「判定できない」
「レベルすら……」
その瞬間。
――キィィン。
今度は。
水晶じゃない。
俺の。
胸の奥。
いや。
違う。
この感覚を。
俺は。
知っている。
「……え?」
思わず。
胸元へ。
手を当てる。
神器。
俺の神器が。
反応している。
召喚していない。
触れてもいない。
それなのに。
確かに。
分かる。
俺と。
繋がっている。
あの神器が。
震えた。
「レンさん?」
リーナが。
俺を見る。
「今……」
「神器が」
「え?」
俺は。
リーナを見る。
水晶には。
まだ。
二つの表示が。
残っている。
【――――】
【Lv.?】
何も。
分からない。
リーナの。
ジョブも。
レベルも。
そして。
どうして。
その判定に。
俺の神器が。
反応したのかも。
何一つ。
分からない。
ただ。
一つだけ。
分かった。
リーナには。
何かが。
ある。
この王都の。
正式な判定ですら。
名前を。
付けられない。
何かが。
そして。
それは。
俺の神器と。
何か。
関係している。
そんな。
気がした。
判定は。
終わった。
それでも。
水晶に浮かぶ。
文字だけは。
俺たちの前に。
残っていた。
【――――】
【Lv.?】
――判定不能。
それが。
今。
分かった。
唯一の。
答えだった。




